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12 ディランとエリオット
しおりを挟むエリオットは、メイドたちにティナの着替えを手伝ってもらって、消化の良さそうなスープを運んでもらった。
今更ながらに、自分がティナと正面から向き合うのを避けていた事実に気がついた。
心の中ではまだティナが忘れられず、兄とティナが仲睦まじくしていることに嫉妬を感じ、そんな二人を見るのが辛くて、この家を出たのだ。
エリオットは兄が大好きだったし、ティナを愛してもいたが、二人が自分の入り込めない境界線の向こうにいることに、苛立ちを感じていた。
そんな気持ちがあったせいで、ティナを無意識に避けてしまっていたのだろう。
エリオットはティナをカウチに掛けさせて、目の前のテーブルに美味しそうに湯気を立てているスープを置いた。
ティナが食べようとしないのを見ると、彼女の傍に跪いてスプーンでスープをすくった。
そして、子供に食べさせるようにふーふーすると
「あーん、して」
と言った。すると、彼女は素直に口を開けたのだ。
そうして、一口また一口とスープを飲ませていった。
皿が空になると、ティナは横になりたそうにしたので、
「まだ、もう少し付き合おうか」
とエリオットが言って、彼女の胃が落ち着くのを隣に座って見守った。
ティナが寄りかかって来て、彼は彼女の肩を抱いて支えた。
「ごめん…僕がもっと早く気付くべきだった。君がこんなになるまで気がつかないなんて…」
そっと彼女の髪を撫でた。
* * *
ディランは、叔父のエルガーがまたも屋敷を訪ねて来たのが気になって、黒猫のマーリンを部屋に招き入れながら、自分も様子を伺った。
エルガーの胸の辺りにどす黒い紫と黄色が混じった魂が浮かんで見える。
そこで、エルガー叔父がとんでもない嘘を言うのを聞いて、呆れるやら、もうどうしてやろうかとイライラしながら部屋の上を飛び回った。
(私がそんなものを書くわけがないだろう!ましてや、忙しくて忘れたなどと!)
ディランは怒りで、天井付近をグルグルまわる。
マーリンがその怒りの気配に『ニャーッ!』と鳴いて出ていってしまった。
ディランはそそくさと帰るエルガー叔父の後を追って行った。
エルガーは屋敷を出たと思いきや、周囲の様子を伺って戻って来ると、屋敷の裏へ回った。屋敷の裏の物置小屋に近づくと、そっと声を掛けた。
「おーい、俺だよ」
すると中から扉が開いて、メイド頭のロンド夫人が顔を出した。
夫人の魂の色が、赤と紫が入り混じって輝いている。
「どうだった?驚いていたでしょう」
「ああ、寝耳に水って感じだな」
「あの書状のサインは本物だからね。驚くだろうさ」
「君は素晴らしい!これであのタウンハウスも我々のものだ!」
「ディラン様が書いた書き損じの書状を、拾って取っておいた甲斐があったというものね」
「アネット、君は俺の天使だ!タウンハウスに移ったら結婚しよう!」
「あら、エルガーったら、嬉しいわ…」
そう言うと、どこから持って来たのだろうか運び込んであった狭いベッドの上で、二人がイチャイチャと身体を絡ませ始めたので、退散することにした。
部屋に戻ろうと屋根の上を通りがかると、黒猫のマーリンが毛繕いをしている。さっきエルガーに嫌がらせしようと協力してもらったので、一言お礼を言おうと思い、傍に降りていくと
「ごしゅじんさま、もうおこってない?」
と聞いて来る。
「ごめん、さっきは悪かった。怒ってないよ」
「ごしゅじんさま、まだてんごくいかないの?」
「え?…まだいけないんだ」
「ティナ、つれていくの?」
「……それは、どういう意味?」
「ティナ、しにそう…」
「死にそうって、そんな!病気じゃないって言っただろう?」
「…ティナ、ごはんたべない、しぬ」
「……!」
ディランはそこでようやく気がついた。
慌てて屋根をすり抜けてティナを探す。
寝室に…いない。
どこへ行ったんだろう?
食事?
ディランは部屋をひとつ一つ、端から見て回った。
そして、エリオットの部屋に飛び込んでやっとティナを見つけた。
ティナはエリオットに肩を抱かれて、ぼんやりと目を半分開けたまま宙を見ている。
ディランはティナのやつれ果てた様子に、心底驚愕した。
胸の辺りに浮かぶ魂が薄く擦れて見える。色もなく淡く儚げだ。
(誰が、ダレガ、ティナヲ コンナメニ?)
ディランの頭の中が瞬間的に沸騰して、メチャクチャに家の中を飛び回った。
(ダレガ?)
(ダレダ?)
(オマエカ?)
(オマエダ!)
(ワタシダ…)
食事をしているティナを最近見ていない…
食べたと思っているのは夢の中での話で、現実のティナの様子を見た覚えがない…
いつも見かけるのは薄暗いベッドの上で寝ている様子で、すぐ夢の中に入ってしまうので、夢の中のティナが現実のティナのような気がしていた。
…私が、ティナをこんな姿にしてしまったのだ…
ディランは己の愚かさ、身勝手さにゾッとした。
黒竜やマーリンが言っていた『悪霊』に自分がなり始めている…
自己満足のためにティナの夢の中に入り込んでいるくせに、彼女を慰めている気になっていた。
現実の彼女の様子を気に掛けることもなく、ただ己の欲望を夢の中の彼女に求めていた。
まさに『悪霊』に成り下がっていたではないか…
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