11 / 21
11 偽の書状
しおりを挟む
エリオットは葬儀後の様々な手続きをこなしながら、仕事に復帰している。色々あってタウンハウスには帰らず、本邸で過ごしている。
葬儀が終わって数日経った夜、一旦帰って行ったはずのエルガー叔父がまたやって来た。
「すまないね、エリオット。実はこんなものを君の兄さんのディランから預かっていたんだ」
そう言って叔父は懐から恭しく何かの書類を出して来た。
広げてみると、エリオットが住居にしているタウンハウスの譲渡に関する書類だった。
兄のディランの署名入りで『自分が何らかの理由で亡くなった時、タウンハウスは叔父のエルガーに譲渡する』と書かれていた。
「…これはいつ?いつ受け取ったのですか?」
「ずいぶん前だね、君がまだこちらで一緒に住んでいた頃だね」
「そんな、ありえない…」
「私もねえ、こんな時に言い出すのも申し訳ないと思って黙っていたんだが…」
「兄さんとは、この前もタウンハウスのことで話をしています。あれはうちの両親の持ち物だったから、この家は兄、あっちは僕と遺産分けの手続きしている筈ですが…」
「いや~、ディランも忙しかったから、すっかり忘れていたんじゃないかな」
そう言うと、叔父はさっさと書類を畳んで懐にしまった。
(そんな筈無い。あのディランがそんな大事なことを忘れる筈がない…)
そんな書類は偽物に決まっているのだが、どうしたものか…
「叔父上、申し訳ありませんが、その書類をお預かりしても?うちの弁護士に調べさせますので…」
エリオットがそう言うと、エルガー叔父は
「いや!これは大事なものなのでね、うっかり無くされでもしたら困る。後ほど、弁護士のところには私が届けよう」
この痴れ者の叔父は、一体どうやってこんなものを作らせたのか?
そう思いながらも、顔は冷静を保ってエリオットは言った。
「そうですか、それでは僕の方から弁護士によく言っておきましょう。あなたが書類を持って訪ねて来るので、よくその内容を確かめるようにと」
「ニャー…」
と鳴き声がして、部屋の中に黒猫のマーリンが入って来ると、叔父はそそくさと席を立った。
「そ、それでは私はこれで失礼する。夜分に申し訳なかった」
エルガー叔父が帰って行き、ドアの傍で立って聞いていた執事のドノヴァンが、何か言いたそうな目でこちらを見ている。
「ドノヴァン、どう思う?」
「失礼ながら申し上げれば “偽の書状” ではないかと…」
「僕もそう思う。ディランが忘れていたなんてこと、有り得ないよ」
「いずれにせよ、エルガー様お一人では、それほど巧妙な書状を作るなど考えられません。誰か協力者がいると考えねばなりませんね」
「弁護士の方には連絡しておいてもらえるか?」
「かしこまりました」
また一つ、新たな問題が起きてしまった。そう思いながら、もう一つの大きな問題に頭を悩ませるエリオットだった。
「奥様のご様子が、心配です…」
昨日、ティナのメイドのメイから相談を受けた。
「無理もないよ、誰だって自分の妻や夫を無くせば立ち直れない時期はあるだろう?」
「そうですが…度を超えている気がします」
「そお?どんなふうに」
「お食事を、ほとんど摂られないんです…眠ってばかりいて…このままでは、死んでしまいます!」
そんな大袈裟な、と思ったが、そういえば最近食事を摂っている姿を見ていない。
…と言うか、兄が亡くなってから一緒に食事をした記憶がない…それだけでなく、家の中ですら会っていない。
エリオットの頭に衝撃が走った。
(まさか、兄の後を追おうとしている?)
すごく嫌な予感がした。
その言葉が気になって、今日は早く帰宅したのだ。そのお陰で、エルガー叔父に会ったのだが。
エリオットはティナが休んでいる寝室を訪ねた。
“コン、コン、コン”
ドアをノックしてみたが、返事がない。どうしよう、また明日にするか、と思って帰ろうとしたところで、中から出て来たメイに引き止められた。
「どうぞ、入ってください」
メイはエリオットを部屋の中に押し込むと、自分は出て行った。
ベッドの天蓋にかけられたカーテンが開けられている。
動きがないので眠っているのかと思い、近くまで寄って声を掛ける。
「…ティナ?」
もぞり、と動いた気がしてもう一度、覗き込んで
「ティナ」
と声をかけた。
すると掛け物の下から細い手が出て来て、腕を掴まれた。
「ティナ?」
次の瞬間、腕を引っ張られてベッドに倒れ込む。
ティナに抱きすくめられていた。
優しく抱きしめると、その躰のところどころが骨張っているのを感じた。
「ティナ…」
「…ディラン…」
その一言に、エリオットは彼女が自分を兄と勘違いしていることに気付き、胸が痛くなった。
「ティナ、僕だよ。エリオットだよ」
「…エリオット…」
「そうだ、君の親友エリオットだよ。顔を見せてくれる?」
ティナはエリオットから手を離すと、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
暗くてよく見えないが、目が落ち窪んで、頬の骨が目立っている。
明らかに痩せてしまって、以前のあの溌剌とした彼女が見る影もない。
(もっと早く気づくべきだった!彼女がこんなふうになるかもしれないって、想像できなかったのか?)
エリオットは自分を責めた。
彼は軽くなってしまったティナを横抱きにすると、自分の部屋に連れて行って、カウチに座らせた。
メイを呼んで、消化の良い食事と着替えを頼む。
理由はわからないけれど、あの部屋に一人で彼女を置いておけない気がした。
(あの部屋にいたら、彼女はディランから抜け出せなくなる…)
葬儀が終わって数日経った夜、一旦帰って行ったはずのエルガー叔父がまたやって来た。
「すまないね、エリオット。実はこんなものを君の兄さんのディランから預かっていたんだ」
そう言って叔父は懐から恭しく何かの書類を出して来た。
広げてみると、エリオットが住居にしているタウンハウスの譲渡に関する書類だった。
兄のディランの署名入りで『自分が何らかの理由で亡くなった時、タウンハウスは叔父のエルガーに譲渡する』と書かれていた。
「…これはいつ?いつ受け取ったのですか?」
「ずいぶん前だね、君がまだこちらで一緒に住んでいた頃だね」
「そんな、ありえない…」
「私もねえ、こんな時に言い出すのも申し訳ないと思って黙っていたんだが…」
「兄さんとは、この前もタウンハウスのことで話をしています。あれはうちの両親の持ち物だったから、この家は兄、あっちは僕と遺産分けの手続きしている筈ですが…」
「いや~、ディランも忙しかったから、すっかり忘れていたんじゃないかな」
そう言うと、叔父はさっさと書類を畳んで懐にしまった。
(そんな筈無い。あのディランがそんな大事なことを忘れる筈がない…)
そんな書類は偽物に決まっているのだが、どうしたものか…
「叔父上、申し訳ありませんが、その書類をお預かりしても?うちの弁護士に調べさせますので…」
エリオットがそう言うと、エルガー叔父は
「いや!これは大事なものなのでね、うっかり無くされでもしたら困る。後ほど、弁護士のところには私が届けよう」
この痴れ者の叔父は、一体どうやってこんなものを作らせたのか?
そう思いながらも、顔は冷静を保ってエリオットは言った。
「そうですか、それでは僕の方から弁護士によく言っておきましょう。あなたが書類を持って訪ねて来るので、よくその内容を確かめるようにと」
「ニャー…」
と鳴き声がして、部屋の中に黒猫のマーリンが入って来ると、叔父はそそくさと席を立った。
「そ、それでは私はこれで失礼する。夜分に申し訳なかった」
エルガー叔父が帰って行き、ドアの傍で立って聞いていた執事のドノヴァンが、何か言いたそうな目でこちらを見ている。
「ドノヴァン、どう思う?」
「失礼ながら申し上げれば “偽の書状” ではないかと…」
「僕もそう思う。ディランが忘れていたなんてこと、有り得ないよ」
「いずれにせよ、エルガー様お一人では、それほど巧妙な書状を作るなど考えられません。誰か協力者がいると考えねばなりませんね」
「弁護士の方には連絡しておいてもらえるか?」
「かしこまりました」
また一つ、新たな問題が起きてしまった。そう思いながら、もう一つの大きな問題に頭を悩ませるエリオットだった。
「奥様のご様子が、心配です…」
昨日、ティナのメイドのメイから相談を受けた。
「無理もないよ、誰だって自分の妻や夫を無くせば立ち直れない時期はあるだろう?」
「そうですが…度を超えている気がします」
「そお?どんなふうに」
「お食事を、ほとんど摂られないんです…眠ってばかりいて…このままでは、死んでしまいます!」
そんな大袈裟な、と思ったが、そういえば最近食事を摂っている姿を見ていない。
…と言うか、兄が亡くなってから一緒に食事をした記憶がない…それだけでなく、家の中ですら会っていない。
エリオットの頭に衝撃が走った。
(まさか、兄の後を追おうとしている?)
すごく嫌な予感がした。
その言葉が気になって、今日は早く帰宅したのだ。そのお陰で、エルガー叔父に会ったのだが。
エリオットはティナが休んでいる寝室を訪ねた。
“コン、コン、コン”
ドアをノックしてみたが、返事がない。どうしよう、また明日にするか、と思って帰ろうとしたところで、中から出て来たメイに引き止められた。
「どうぞ、入ってください」
メイはエリオットを部屋の中に押し込むと、自分は出て行った。
ベッドの天蓋にかけられたカーテンが開けられている。
動きがないので眠っているのかと思い、近くまで寄って声を掛ける。
「…ティナ?」
もぞり、と動いた気がしてもう一度、覗き込んで
「ティナ」
と声をかけた。
すると掛け物の下から細い手が出て来て、腕を掴まれた。
「ティナ?」
次の瞬間、腕を引っ張られてベッドに倒れ込む。
ティナに抱きすくめられていた。
優しく抱きしめると、その躰のところどころが骨張っているのを感じた。
「ティナ…」
「…ディラン…」
その一言に、エリオットは彼女が自分を兄と勘違いしていることに気付き、胸が痛くなった。
「ティナ、僕だよ。エリオットだよ」
「…エリオット…」
「そうだ、君の親友エリオットだよ。顔を見せてくれる?」
ティナはエリオットから手を離すと、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
暗くてよく見えないが、目が落ち窪んで、頬の骨が目立っている。
明らかに痩せてしまって、以前のあの溌剌とした彼女が見る影もない。
(もっと早く気づくべきだった!彼女がこんなふうになるかもしれないって、想像できなかったのか?)
エリオットは自分を責めた。
彼は軽くなってしまったティナを横抱きにすると、自分の部屋に連れて行って、カウチに座らせた。
メイを呼んで、消化の良い食事と着替えを頼む。
理由はわからないけれど、あの部屋に一人で彼女を置いておけない気がした。
(あの部屋にいたら、彼女はディランから抜け出せなくなる…)
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集
春
恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
みられたいふたり〜変態美少女痴女大生2人の破滅への危険な全裸露出〜
冷夏レイ
恋愛
美少女2人。哀香は黒髪ロング、清楚系、巨乳。悠莉は金髪ショート、勝気、スレンダー。2人は正反対だけど仲のいい普通の女子大生のはずだった。きっかけは無理やり参加させられたヌードモデル。大勢の男達に全裸を晒すという羞恥と恥辱にまみれた時間を耐え、手を繋いで歩く無言の帰り道。恥ずかしくてたまらなかった2人は誓い合う。
──もっと見られたい。
壊れてはいけないものがぐにゃりと歪んだ。
いろんなシチュエーションで見られたり、見せたりする女の子2人の危険な活動記録。たとえどこまで堕ちようとも1人じゃないから怖くない。
***
R18。エロ注意です。挿絵がほぼ全編にあります。
すこしでもえっちだと思っていただけましたら、お気に入りや感想などよろしくお願いいたします!
「ノクターンノベルズ」にも掲載しています。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる