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11 偽の書状
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エリオットは葬儀後の様々な手続きをこなしながら、仕事に復帰している。色々あってタウンハウスには帰らず、本邸で過ごしている。
葬儀が終わって数日経った夜、一旦帰って行ったはずのエルガー叔父がまたやって来た。
「すまないね、エリオット。実はこんなものを君の兄さんのディランから預かっていたんだ」
そう言って叔父は懐から恭しく何かの書類を出して来た。
広げてみると、エリオットが住居にしているタウンハウスの譲渡に関する書類だった。
兄のディランの署名入りで『自分が何らかの理由で亡くなった時、タウンハウスは叔父のエルガーに譲渡する』と書かれていた。
「…これはいつ?いつ受け取ったのですか?」
「ずいぶん前だね、君がまだこちらで一緒に住んでいた頃だね」
「そんな、ありえない…」
「私もねえ、こんな時に言い出すのも申し訳ないと思って黙っていたんだが…」
「兄さんとは、この前もタウンハウスのことで話をしています。あれはうちの両親の持ち物だったから、この家は兄、あっちは僕と遺産分けの手続きしている筈ですが…」
「いや~、ディランも忙しかったから、すっかり忘れていたんじゃないかな」
そう言うと、叔父はさっさと書類を畳んで懐にしまった。
(そんな筈無い。あのディランがそんな大事なことを忘れる筈がない…)
そんな書類は偽物に決まっているのだが、どうしたものか…
「叔父上、申し訳ありませんが、その書類をお預かりしても?うちの弁護士に調べさせますので…」
エリオットがそう言うと、エルガー叔父は
「いや!これは大事なものなのでね、うっかり無くされでもしたら困る。後ほど、弁護士のところには私が届けよう」
この痴れ者の叔父は、一体どうやってこんなものを作らせたのか?
そう思いながらも、顔は冷静を保ってエリオットは言った。
「そうですか、それでは僕の方から弁護士によく言っておきましょう。あなたが書類を持って訪ねて来るので、よくその内容を確かめるようにと」
「ニャー…」
と鳴き声がして、部屋の中に黒猫のマーリンが入って来ると、叔父はそそくさと席を立った。
「そ、それでは私はこれで失礼する。夜分に申し訳なかった」
エルガー叔父が帰って行き、ドアの傍で立って聞いていた執事のドノヴァンが、何か言いたそうな目でこちらを見ている。
「ドノヴァン、どう思う?」
「失礼ながら申し上げれば “偽の書状” ではないかと…」
「僕もそう思う。ディランが忘れていたなんてこと、有り得ないよ」
「いずれにせよ、エルガー様お一人では、それほど巧妙な書状を作るなど考えられません。誰か協力者がいると考えねばなりませんね」
「弁護士の方には連絡しておいてもらえるか?」
「かしこまりました」
また一つ、新たな問題が起きてしまった。そう思いながら、もう一つの大きな問題に頭を悩ませるエリオットだった。
「奥様のご様子が、心配です…」
昨日、ティナのメイドのメイから相談を受けた。
「無理もないよ、誰だって自分の妻や夫を無くせば立ち直れない時期はあるだろう?」
「そうですが…度を超えている気がします」
「そお?どんなふうに」
「お食事を、ほとんど摂られないんです…眠ってばかりいて…このままでは、死んでしまいます!」
そんな大袈裟な、と思ったが、そういえば最近食事を摂っている姿を見ていない。
…と言うか、兄が亡くなってから一緒に食事をした記憶がない…それだけでなく、家の中ですら会っていない。
エリオットの頭に衝撃が走った。
(まさか、兄の後を追おうとしている?)
すごく嫌な予感がした。
その言葉が気になって、今日は早く帰宅したのだ。そのお陰で、エルガー叔父に会ったのだが。
エリオットはティナが休んでいる寝室を訪ねた。
“コン、コン、コン”
ドアをノックしてみたが、返事がない。どうしよう、また明日にするか、と思って帰ろうとしたところで、中から出て来たメイに引き止められた。
「どうぞ、入ってください」
メイはエリオットを部屋の中に押し込むと、自分は出て行った。
ベッドの天蓋にかけられたカーテンが開けられている。
動きがないので眠っているのかと思い、近くまで寄って声を掛ける。
「…ティナ?」
もぞり、と動いた気がしてもう一度、覗き込んで
「ティナ」
と声をかけた。
すると掛け物の下から細い手が出て来て、腕を掴まれた。
「ティナ?」
次の瞬間、腕を引っ張られてベッドに倒れ込む。
ティナに抱きすくめられていた。
優しく抱きしめると、その躰のところどころが骨張っているのを感じた。
「ティナ…」
「…ディラン…」
その一言に、エリオットは彼女が自分を兄と勘違いしていることに気付き、胸が痛くなった。
「ティナ、僕だよ。エリオットだよ」
「…エリオット…」
「そうだ、君の親友エリオットだよ。顔を見せてくれる?」
ティナはエリオットから手を離すと、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
暗くてよく見えないが、目が落ち窪んで、頬の骨が目立っている。
明らかに痩せてしまって、以前のあの溌剌とした彼女が見る影もない。
(もっと早く気づくべきだった!彼女がこんなふうになるかもしれないって、想像できなかったのか?)
エリオットは自分を責めた。
彼は軽くなってしまったティナを横抱きにすると、自分の部屋に連れて行って、カウチに座らせた。
メイを呼んで、消化の良い食事と着替えを頼む。
理由はわからないけれど、あの部屋に一人で彼女を置いておけない気がした。
(あの部屋にいたら、彼女はディランから抜け出せなくなる…)
葬儀が終わって数日経った夜、一旦帰って行ったはずのエルガー叔父がまたやって来た。
「すまないね、エリオット。実はこんなものを君の兄さんのディランから預かっていたんだ」
そう言って叔父は懐から恭しく何かの書類を出して来た。
広げてみると、エリオットが住居にしているタウンハウスの譲渡に関する書類だった。
兄のディランの署名入りで『自分が何らかの理由で亡くなった時、タウンハウスは叔父のエルガーに譲渡する』と書かれていた。
「…これはいつ?いつ受け取ったのですか?」
「ずいぶん前だね、君がまだこちらで一緒に住んでいた頃だね」
「そんな、ありえない…」
「私もねえ、こんな時に言い出すのも申し訳ないと思って黙っていたんだが…」
「兄さんとは、この前もタウンハウスのことで話をしています。あれはうちの両親の持ち物だったから、この家は兄、あっちは僕と遺産分けの手続きしている筈ですが…」
「いや~、ディランも忙しかったから、すっかり忘れていたんじゃないかな」
そう言うと、叔父はさっさと書類を畳んで懐にしまった。
(そんな筈無い。あのディランがそんな大事なことを忘れる筈がない…)
そんな書類は偽物に決まっているのだが、どうしたものか…
「叔父上、申し訳ありませんが、その書類をお預かりしても?うちの弁護士に調べさせますので…」
エリオットがそう言うと、エルガー叔父は
「いや!これは大事なものなのでね、うっかり無くされでもしたら困る。後ほど、弁護士のところには私が届けよう」
この痴れ者の叔父は、一体どうやってこんなものを作らせたのか?
そう思いながらも、顔は冷静を保ってエリオットは言った。
「そうですか、それでは僕の方から弁護士によく言っておきましょう。あなたが書類を持って訪ねて来るので、よくその内容を確かめるようにと」
「ニャー…」
と鳴き声がして、部屋の中に黒猫のマーリンが入って来ると、叔父はそそくさと席を立った。
「そ、それでは私はこれで失礼する。夜分に申し訳なかった」
エルガー叔父が帰って行き、ドアの傍で立って聞いていた執事のドノヴァンが、何か言いたそうな目でこちらを見ている。
「ドノヴァン、どう思う?」
「失礼ながら申し上げれば “偽の書状” ではないかと…」
「僕もそう思う。ディランが忘れていたなんてこと、有り得ないよ」
「いずれにせよ、エルガー様お一人では、それほど巧妙な書状を作るなど考えられません。誰か協力者がいると考えねばなりませんね」
「弁護士の方には連絡しておいてもらえるか?」
「かしこまりました」
また一つ、新たな問題が起きてしまった。そう思いながら、もう一つの大きな問題に頭を悩ませるエリオットだった。
「奥様のご様子が、心配です…」
昨日、ティナのメイドのメイから相談を受けた。
「無理もないよ、誰だって自分の妻や夫を無くせば立ち直れない時期はあるだろう?」
「そうですが…度を超えている気がします」
「そお?どんなふうに」
「お食事を、ほとんど摂られないんです…眠ってばかりいて…このままでは、死んでしまいます!」
そんな大袈裟な、と思ったが、そういえば最近食事を摂っている姿を見ていない。
…と言うか、兄が亡くなってから一緒に食事をした記憶がない…それだけでなく、家の中ですら会っていない。
エリオットの頭に衝撃が走った。
(まさか、兄の後を追おうとしている?)
すごく嫌な予感がした。
その言葉が気になって、今日は早く帰宅したのだ。そのお陰で、エルガー叔父に会ったのだが。
エリオットはティナが休んでいる寝室を訪ねた。
“コン、コン、コン”
ドアをノックしてみたが、返事がない。どうしよう、また明日にするか、と思って帰ろうとしたところで、中から出て来たメイに引き止められた。
「どうぞ、入ってください」
メイはエリオットを部屋の中に押し込むと、自分は出て行った。
ベッドの天蓋にかけられたカーテンが開けられている。
動きがないので眠っているのかと思い、近くまで寄って声を掛ける。
「…ティナ?」
もぞり、と動いた気がしてもう一度、覗き込んで
「ティナ」
と声をかけた。
すると掛け物の下から細い手が出て来て、腕を掴まれた。
「ティナ?」
次の瞬間、腕を引っ張られてベッドに倒れ込む。
ティナに抱きすくめられていた。
優しく抱きしめると、その躰のところどころが骨張っているのを感じた。
「ティナ…」
「…ディラン…」
その一言に、エリオットは彼女が自分を兄と勘違いしていることに気付き、胸が痛くなった。
「ティナ、僕だよ。エリオットだよ」
「…エリオット…」
「そうだ、君の親友エリオットだよ。顔を見せてくれる?」
ティナはエリオットから手を離すと、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
暗くてよく見えないが、目が落ち窪んで、頬の骨が目立っている。
明らかに痩せてしまって、以前のあの溌剌とした彼女が見る影もない。
(もっと早く気づくべきだった!彼女がこんなふうになるかもしれないって、想像できなかったのか?)
エリオットは自分を責めた。
彼は軽くなってしまったティナを横抱きにすると、自分の部屋に連れて行って、カウチに座らせた。
メイを呼んで、消化の良い食事と着替えを頼む。
理由はわからないけれど、あの部屋に一人で彼女を置いておけない気がした。
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