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2 悠久の黒い竜
しおりを挟む「レオン、これで全員か?」
「はい、騎士1人、剣士2人、魔法師2人。全5人全員です!」
「なんか、少なくないか?」
王室魔法師副団長のディランが、本当かよと言う顔で、剣士のレオンを見た。
「仕方がないんだ。昨晩遅く東の村で盗賊騒ぎがあって、そっちに人員を割《さ》かれた」
騎士で今回の調査隊隊長を務めるブランドンが、説明を返す。
「あっちは人間だろ?こっちは魔物が相手なんだぞ!」
一応文句を言ってみるが、それで人数が増えるわけでもない…
王城の敷地の端に、石畳が敷かれた転移陣が用意されている。
数人のパーティの場合は、大抵ここから転移して目的の地に向かうのだ。
王都の北に広がる通称『黒い森』への調査隊の魔法師として、王室魔法師副団長のディランは同じ魔法師で弟のエリオットと共に、転移魔法陣を描く。
エリオットは兄と目を合わせて、タイミングを計る。よく似た兄弟だった。性格も外見も似ている。強いて言えば、目の色が弟の方が少し明るいブルーということくらいか。
うっすらと光を放つ魔法陣の上に全員が収まると、魔法師の二人は詠唱を始めた。
昼でも暗い大木が生い茂った北の森に、ぽっかりと転移のための場所が設けられていた。
木を切り倒し、低木を薙いで開けた丸いサークルに一団が転移して来る。
転移の魔法の力で辺りは明るく輝き、下草が風に煽られた。
無事5人全員が転移すると、隊長のブランドンが指示を出す。
「今日はこの人数だ。万が一魔物が出たら無理せず転移して戻る、それでいいか?」
「わかりました!」
「よし、それではここを起点に南と北に偵察だ。あまり遠くに行くな。何かあったら信号弾を上げよ。魔法師のディランと剣士2人は南へ、俺とエリオットは北だ」
それぞれ了解して二手に分かれた。ディランは前後を剣士に挟まれて、森の中に分け入る。しかし、どうにも暗い森は苦手だ。
少し進むと何かが動く気配があった。リスに似た魔物オニリスの子供が木陰からヒョイと出て来た。
「なんだ、おどかすなよ。ほら、どっか行け!」
シッシッ、と追い払って先に進む。
先に進んでいくと今度は耳の奥に響くように、ブンッ…と鈍い振動音がして、森の奥から何かが飛んで来る!
黒い煙のように形を変えてこちらに迫って来る。…この音はキラービーだ!
お尻に鋭い針を持つ奴らに刺されたら、一週間は寝込むという。
「うあぁぁぁーっ!」
3人は逃げた。藪を突っ切り、坂を転がるように木々の間を滑り降りて、パッと視界が開けた。
そこは崖だった。
横には、キラキラと川の水が勢いよく下の滝壺まで流れ落ちている。
咄嗟に自分と剣士2人に浮遊魔法を発動して、落下するのを防いだが、まだキラービーが追いかけて来る音がする。
しかたなく、滝壺の中に着水した。
息を止めてキラービーが去るのを待つ。
極限まで息を止めて我慢していると、やっと水面の上を飛んでいた黒い影が消えた。
ぷはっと水面に浮かび上がり、息をする。
「はあ~、危なかったな…」
3人は急いで近くの河岸に向かって泳ぎ始めた。河岸に這い上がって、急いで魔法で服を乾かす。
「ヤバイな、結構遠くまで来ちまったな」
「そうだな、一旦戻るか?」
「その方が良さそうだ」
話をしながら、方向を確認していると、
傍にある大木から、鳥の群れがバサバサッと飛び立った。
その直後、木の枝がペキペキと折れる音がした。
ズンッ、ズンッ、っと地響きが伝わって来る。
その音に、背中を冷たい汗が伝う。
「こ、これって…まさか?」
剣士のレオンが蒼白になって後ずさる。
ディランの頭の中を嫌な予感がよぎった。
次の瞬間、空気を震わすもの凄い咆哮があたりの空気を揺らした。
大木の枝をベキベキと枯れ枝のように折って、何かが途方もない圧力を伴って現れた。
鈍い黒色の巨大な鱗の上に、濃い緑の苔がビッシリと生えている。
現れたのは、伝説でしか聞いたことのない巨大な黒竜だった。
あまりの迫力に3人とも体がすくんで動けない。
巨大な黒竜の目がゆっくりと動いて我々を睨め付けてくる。
ディランは声を低くして剣士2人に言った。
「転移しますので、ゆっくり私の後ろに…」
そう言いかけた時黒竜がまた、もの凄い咆哮をあげた。周りの空気がビリビリと振動して痛いくらいだ。
レオンが恐怖に駆られて逃げ出した。
「あっ、おい!」
止める間もない。
黒竜の目は動いた剣士を追って首を横に振り、一瞬の間に移動した。
「ウァーッ!」
断末魔の叫び声が上がった。
黒竜の巨大な足が剣士を完全に踏み潰していた。
「ヒィーッ」
それを見たディランの後ろの剣士が悲鳴をあげて逃げ出す。
黒竜の目がそれを追う。次の瞬間、竜の口から膨大な量の炎が吐き出された。
(転移する間もなかったな…)
ディランはぼんやりとそんなことを考えていた。
(焦げ臭い…肉が焼けるような匂いがする…)
気がつくと彼は空中に浮遊していた。
(あれ…どうしたんだろう?)
痛さや熱さは感じられない…彼は地上から3メートル程のところで浮かんでいた。
(浮遊魔法…?)
のんびり考えていたが足下を見ると、真っ黒に焼けこげて原型を留めていない肉の塊のようなものがあった。
(なんだろう?)
よく覗き込むと、焼けこげた人間のようだ…気持ちが悪い…
ふと、焼け残った手に指輪が煌めいているのに気がついた。
その指輪は紛れもなく、自分の結婚指輪だった。
(…ということは、これは私か…)
では、こう考えて覗き込んでいる自分は何者なのだろうと思い、よく見ると体が無かった。
(死んだら魂だけになって天国に行くという寓話があったが、本当だったのか…)
『オイ。ニンゲン』
突然頭の中で声がした。正確に言うともう頭はないのだから、思考の中に別の思考が割って入って来たと言う感じだろうか?
横で生臭い息を吐き出している何かがいる、それに意識を向けると、どうやら私を焼き殺した黒竜が話しかけて来ているようだった。
『ニンゲン、オマエは死んだのだ。わかったら、さっさとあの光の方に行け』
(竜が話しかけて来る!死んだら竜の言葉もわかるのか?)
『わかったか?オマエはもう死んでいる』
(焼き殺しておいてそれは無いんじゃないかな…)
黒竜は目を動かしてギロっとこちらを見た気がした。
『…それは、すまなかったな。だがなここは聖域なのだ、ニンゲンが立ち入っていい場所ではない』
(そんなの知らないし…知ってたら来ません)
『ニンゲン、オマエは随分気安いな…それにしても、どうしてここに留まっている?』
(どうしてでしょう?普通はどうするのでしょうか?)
『あれを見ろ』
先ほど黒竜が踏み殺したレオンの魂?が抜けて体の上をふるふると所在なく彷徨っている。だが、急に何かを思い出したかのように真っ直ぐ上に向かって飛んでいった。
私の横で同じく黒い骸になっていた剣士も、自分の死を確かめた様子で、次の瞬間には真っ直ぐ空に向かって飛んでいった。
(ああ、なるほど…)
『オマエは何故逝かぬのだ?』
(どうして逝かねばならないのでしょう?)
『…!』
(え、驚いてる?)
『人という存在はな、生まれ変わるものなのだ』
(また、やり直しってことですか?)
『そうだ。生まれて来る前に約束をしてくるのだ』
(誰と?)
『魂の根源ともいうべき集合意識、だな』
(よくわかんないですけど、それと約束って?)
『新しく生まれ変わった人生の中で、これをしようってな、決めてから来るんだ』
(ほう…)
『死んだらまた元に戻って、前の人生で約束したことができたか、またやり直したいか…とか、そんなんだ』
(だから、生まれ変わって新しい人生をするために早く行け、ということですか?)
『まあ、そうだ』
(なんのために?)
『そうやって魂の修行をして、より上位の存在に進化するのだ。ちなみに私はオマエより上位の存在だ』
(そうなんですね…)
ディランと黒竜はそんなやりとりを意識の中でしていたが、不意に
『オマエ、何か気になることがあるのか?』
と聞かれた。
(気になる……そうだ!約束してたんだ…何だっただろう?)
ディランは自分の真っ黒な骸の指にはまっているリングを見た。
(結婚指輪…結婚…誰と?)
『ニンゲン、このままこの世に留まるのはオマエのためにならんぞ』
(今何か思い出しかけたんだが…)
『聞いてるのか?このままこの世界に留まれば、いずれは悪霊になってしまうぞ』
(…悪霊?)
『そうだ。この世とあの世の間でどちらにも行けず、自分の意識さえ失う』
(それは嫌だな…)
『決めるのだ。さっさと次の世界に行くか、この世に留まって悪霊となるか』
(…少しだけ待ってもらえませんか?)
『…少しだけだぞ』
(思い出せそうなんですが…)
『…手伝ってやろうか?』
(そんなことができるんですか?)
『ちょっと待て…』
黒竜の黄色い目が見開かれ、ディランの意識の中に昨日の夜の記憶が戻って来た。
(あっ!)
『随分楽しい記憶だな…このメスは何だ?』
(ちょっと勝手に覗かないでください!私の妻なんですから!)
昨夜の妻とのあんな事こんな事が蘇り、嬉しいような恥ずかしいような、高揚した気持ちが蘇って来る。
『ふむ、オマエの番いか?』
(だから、覗かないでくださいってば!)
ディランはこの後、朝になって妻と交わした約束を思い出した。
(そうだ、妻と約束したんだ!…行かなければ)
『待て!待て待て待て。どこへ行く?』
(どこってもちろん、家です)
『オマエが行っても霊の状態では、見ることはできても何をしてやることも出来んのだぞ!』
(そうなんだ?)
『…まったく。だが、オマエがまた必ずここへ戻って来て、上の世界に行くと約束するなら、少し助けてやってもいい』
(…どうしよう…)
『迷うな、約束すると言え!これもオマエの命を奪ったせめてもの罪滅ぼし、お情けだ』
(はい…わかりました。約束します…)
『よし。それなら、授けよう。オマエは
“ニンゲンが起きているときには何もできないが、眠って夢を見ている時だけ、その夢に入り込むことができる”
以上だ、わかったな?』
(ええっ?それだけですか!)
『なんだ、不服か?』
(せめてもう少し…)
『…嫌ならやめてもいいが…』
(お願いします!もうちょっとだけ…)
『仕方のない奴だな…それでは、これでどうだ?』
(…なんですか?)
『よく見ろ。私の中に何か見えないか?』
(何か…そう言えば、胸の辺りが金色に光ってます)
『そうだろう。これは魂の色だ。…これでも大盤振る舞いなのだぞ』
(…ありがとうございます)
『では、行け。そして必ず帰って来るのだ』
そう約束すると、ディランの意識は森の上をすごい速さで越えて、自宅の上に帰って行った。
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