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春より参られし桜華様!

第32話 志士のすれ違い

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この春桜学園には、日本古来の士道を重んじた上、己の武勇と精神を磨き極める事を目的とした士道部と言う部活が存在している。

しかし、士道部とは言っても、剣道部や弓道部と言った部活とは違い。

剣術を始め、槍術、薙刀術、居合術など、本格的な武勇を高めようとする部活である。

少々時代遅れにも思える部活ではあるが、今の時代であるからこその大きな理由があった。

そもそも士道部が作られたのは、今から五年前。

春桜学園の校長である上杉成陰うえすぎなりかげの意向によって作られた特殊な部活であった。

当時、異世界に憧れた多くの若者たちが、遊び半分で異世界へ赴き、亜種族と魔族に襲われ命を落とすと言う大事件が起きていた。

これに上杉うえすぎ成陰なりかげは、生半可な覚悟で異世界へおもむいた多くの若者たちを憂いた。

"異世界で過ごす為には、ある程度の護身術を身につかせなければならい。そうでなければ、若者たちの犠牲は増加するだけでなく、異世界との交流断絶だって有り得る。そうなれば、現実世界で混乱が生じ、後に全世界を巻き込む大戦争を引き起こしてしまうであろう"……っと、当時の上杉校長は、この先起こり得る未来を懸念していた。

そのため上杉校長は、日本全国の中で初となる、決闘による大戦乱祭を始め、部活動、授業の科目に本格的な武道を推進させたのであった。

では、何故武道なのか。

これは命の重さを忘れさせないためである。

異世界では命のやり取りが基本であるため、亜種族、魔獣を日常的にあやめ続ければ、命の重さを次第に軽視し始めるであろう。

これは例であるが、異世界に入り浸っていた若者たちが、とある名の知れた盗賊に襲われるも返り討ちにし、そのまま盗賊団のアジトごと壊滅させたと言う話があった。

盗賊団を壊滅させて若者たちは、ちょっとした英雄として称賛され、その後も亜種族の討伐や盗賊の一掃に協力し、異世界での平和に大きく貢献していた。

しかし、あろう事か。

ある日を境に、かつては英雄として称賛された若者たちは、己の力を過信し始めた挙句、威張り散らす様になった。

そのため若者たちは、両世界の間で暴行、殺人、強姦などの犯罪行為をする様になり、当時開庁して間もない警界庁によって捕縛された。

その後、その若者たちは中田栄角の憲法の大改正によって、犯罪者に対して非常に甘かった刑法から、何十倍も厳しくなった刑法により、問答無用で死刑となった。

取り調べでの話によれば、人を殺めてから徐々に自分が自分で居られなくなったとあった。

確かにそうであろう。

常人な人でも、一人でもあやめてしまえば精神を狂わすだろう。しかしそんな身勝手な理由で、無益な殺生を許せるものでは無い。

命の重みと善悪を忘れ、無益な殺生をする者はただの化け物である。

異世界では仕方がない命のやり取りにせよ、決して自分をおごり、他人の命を軽視して奪ってはならない。

人の過ちは、物事の判断を軽視し始める所から始まる物である。一度、善悪を忘れて化け物に落ちた者に、再び人の心を取り戻すのは非常に困難である。

そのため上杉校長は、この先直面するであろう"命を奪うのは当然であり権利である"と言う、何とも恐ろしい思想が蔓延する前に手を打ったのであった。

現在の法律上でも、問答無用な極刑のお陰で暴徒への抑止力になってはいるが、それでも普通の殺人事件並に世間を騒がせているのも事実である。


話は戻し、

そんな上杉校長の思いが込められた士道部には、今日も多くの生徒たちが精神統一と武勇を磨いていた。

その中で、士道部の居合道場には、白の居合道衣と黒袴くろばかまを履いた四人の生徒たちが居た。

直人「‥‥‥。」

リール「‥‥。」

エルン「‥‥。」

晴斗「‥‥。」

静かな道場で目を瞑りながら正座をしている四人の生徒たちは、目の前に並んでいる巻藁まきわらに身体を向けながら心を落ち着かせていた。

先に動いたのは、両津直人であった。

直人「っ!」

正座の姿勢から刀を抜き、切上きりあげ袈裟けさ斬り、なぎ切りの順に巻藁を斬った。

それに続いて、リール、エルン、晴斗の順に巻藁を斬った。


直人「‥うーん、やっぱり俺のは‥切上となぎの断面にむらがあるな‥。それに比べてエルンは凄いな、むらなく綺麗に斬られてる。」

晴斗「うん、途中で曲がってもいないし、見事なものだね。」

リール「おぉ~!エルンは、やっぱり凄いな!」
  
三人揃って、金髪ポニーテールでスタイル抜群のエルンを誉めちぎる中、クールで真面目なエルンは頬を赤く染めながら謙遜けんそんする。

エルン「そ、そんなに誉めるな//。は、恥ずかしいだろ。」

本来エルンは、淫らでエッチなサキュバス族であるが、サキュバスとしては珍しいひいでた武術の才能を持っていた。

更に他のサキュバスと比べて真面目な性格であり、どことなく姫騎士属性が強い美女である。

そのため、サキュバスのアイデンティティでもある淫らな行為に対しての意欲は、発情期の時を除いて、全く興味がないと言う何とも珍しい堅物気質であった。

直人「いやいや、エルンの剣術は本当に綺麗だよ。ほら、見てみろよ?俺のと比べたらハッキリするだろ?」

エルン「なっ///う、うむ…、そ、そうだな。」

直人「だろ?俺もエルン見たいに上手く切れる様になりたいな。」

エルン「っ///そ、そうだな……。」

相変わらず分かりやすいエルン反応に、今日も晴斗の心はモヤモヤとさせていた。

晴斗(本当にエルンは分かりやすいよな‥。もう変なプライドを捨てて好きって言えばいいのに。それより、直人もいい加減気づいてやれよ……唐変木とうへんぼくにも程があるよ。)

分かりやすいエルンの反応を見抜けない天然な直人は、赤面しているエルンを見ても、"褒められて照れているエルンは可愛いな~"っと、若干ズレた認識をしていた。

ちなみに、直人と同様に天然が入っているリールも、エルンの分かりやすい仕草に全く気づいていなかった。

恐らく直人と一緒にいる分、変なところが似ているのだろう。類は友を呼ぶ…、と言えば良いだろうか。

エルン「そ、それより直人?こ、今年のゴールデンウィークは何か予定があるのか?」

直人「ん、ゴールデンウィーク?あ、あぁ、もちろんあるよ。」

エルン「っ、い、五日間もか!?」

一日だけでもいいから、直人と二人っきりになりたいと思っているエルンは、赤面した顔を直人に近づけながら、空いている一日を確認した。

がしかし……。

直人「う、うん。」

まさかの五日間全滅であった。

エルン「えっ、あっ、そ、そうか。そうだよな……あははっ。」

呆気なく希望が絶たれショックを受けるエルンの姿に、晴斗は小さくため息をついた。

すると直人は、予定が埋まっている事情を話した。

直人「実は、はくび‥じゃなくて、俺の親族が修業している旅館に行く事になっているんだよ。」

エルン「旅館‥?」

リール「‥旅館って?」

直人「ん?二人は旅館を知らないのか?」

エルン「い、いや、私は知っているが‥。」

リール「うーん、私は知らないよ♪」

以外にも旅館について知っていたエルンに対して、何も知らないリールは正直に答えた。

直人「あはは、簡単に言えば和風のホテルだよ。まあ、ちょっと特殊かもしれないけど、温泉街もあって楽しい所だよ?」

リール「温泉!?行きたい!行きたい!私も行き た~い~♪」

温泉と聞いたリールは、直人の袖を掴み羨ましそうに同行をお願いする。

そんな素直なリールの姿に、エルンは少し羨ましそうな眼差しでリールと直人を交互に見つめていた。

エルン(あぁ、リールが羨ましい‥。言いたい事を素直に言えて‥。それに比べて私は、恥ずかしくて何も言えない‥。)

エルン(これが、普段から一緒に居る信頼と言うものなのだろうか。うぅ、このままでは、私の想いを直人に伝える前に、リールと結ばれてしまう。だ、だが、私は淫らなサキュバスだ……。)

エルン(リールの様に、明るくておおらかな普通の魔族であるならまだしも、こんな淫らで素直じゃない堅物な私では……、直人とは釣り合えない。)


こうして堅物過ぎるエルンは、リールと比較し始め、耐え難い劣等感を感じると共に、複雑な感情に陥ってしまった。


だがそんな時、エルンに一筋の光が差し込んだ。


直人「おっ、リールは来てくれるのか?」

リール「うん、直人が良いなら私もついていくよ~♪」

直人「そうかそうか♪それを聞いて少し安心したよ。俺の親父からも、"いつもの四人"を連れて行ったらどうだって言われてたからな。」

晴斗「おっと‥これはまさかの……。」

エルン「わ、私もついて行っても良いのか!?」

直人「あぁ♪でも、五日間も帰れないけど良いかい?」

エルン「わ、私は全然構わないぞ!」

願ってもない直人からのお誘いに、エルンは迷わず同行を決めた。

まさかの嬉しい展開に、思わずサキュバスとしての本能を解放しそうになるエルンであったが、そこは自慢の精神力で込み上げて来る性欲を抑え込んだ。

しかし、もし直人と二人っきりであったら、間違いなく性欲を爆発させ、直人を押し倒しては絞り殺していた事であろう。


直人「ふぅ、良かった。リールと晴斗は大丈夫かな?」

リール「うん、全然大丈夫だよ♪」

晴斗「ま、まあ、俺は大丈夫だと思うけど、四人目の奏太は誘わなくていいのか?」

直人「あぁ、奏太の事か。それ何だけど……。」

昨日の事……。

直人「なあ、奏太?ゴールデンウィーク空いてるか?」

奏太「ゴールデンウィーク?あー、すまん、今年は異世界に籠って武者修業でもしようかなって思ってたんだよ。」

直人「それは凄いな、大会にでも出るのか?」

奏太「まあそれもあるけど、メインは拳式けんしきの四式"阿修羅あしゅら"を使える事が目標かな。」

直人「……お前は拳王にでもなる気かなのか?」

奏太「そうだな。それで"番場"と"楓姉"に勝てるなら拳王になってみたいな。」

直人「‥‥あー、なるほど、その理由なら拳王になっても無理だな。そもそも五組の番場くんはともかく、楓先輩に勝てる訳ないだろう?何連敗してると思ってるんだよ?」

かなり手痛い所を指摘する直人であるが、それでも奏太は意志を曲げなかった。

奏太「あぁ、分かっている。だけど、このまま怖じけづいたままで終わらせたくないんだよ。」

直人「うーん、気持ちは分かるけど、うーん、まあそうだな。楓先輩は喧嘩無敗の鬼人として卒業したけど、会える日があるのか?」

奏太「ふっ、忘れたか直人?楓姉の家は、俺ん家の隣だぜ?しかも、週に三回くらい俺ん家に出入りしてるからな。」

直人「あっ、そうだった、すっかり忘れてたよ。てか、何で出入りしてんの?」

奏太「っ、そ、それは、言えるかよ。」

直人「夜這いか?」

奏太「はぁ、もしそれなら可愛いものだよ。」

直人「じゃあ、何してるんだよ?」

奏太「はぁ、ヤンキーの姉貴に絡まれる弟系の漫画とかあるだろ?」

直人「あぁ、あるね。」

奏太「すぅ~はぁ~、それだよ!」

精神統一しながら答えた奏太は、目の前にある大岩に渾身の正拳突きを打ち込んだ。

すると奏太は、片ひざをつくなり酷く痛そうにしていた。


晴斗「うん、来れない理由は分かったけど、何で奏太は大岩に正拳突きを打ち込んだ?まさか、アニメみたいに割れるとでも思ったのか。」

直人「まあ、奏太なりの照れ隠しだろうよ。」

晴斗「照れ隠しって、ま、まさか奏太って、楓先輩に惚れていたのか?」

直人「えっ?どう見てもそうだろ?」

晴斗「っ、な、何で分かるんだよ?」

直人「いや、まあ、奏太って動揺する時って、下手な誤魔化し方するだろ?"何やってんだこいつ"みたいな。」

晴斗「‥まあ、確かにそうだけど。(それが分かるなら、何でリールとエルンの気持ちが分からないんだ。)」

直人「だろ?」

晴斗「う、うん‥。」

二人がひそひそ話をしていると、その背後より、旅館の行き先について気になったエルンが声をかけて来る。

エルン「な、直人?先程の旅館の件なのだが、行き先はどこなんだ?」

直人「あぁ、すまんすまん、えっと行き先なんだけど、草津って所だよ。」

晴斗「おぉ、有名な温泉地か。ん、草津……。」

エルン「おぉ、それなら私もテレビで見た事があるぞ。あそこの湯畑は、是非とも一度は見てみたいものだ。」

リール「おぉ~♪なんかだか○そうな所だな♪」

直人「こらこら、今の台詞を絶対に現地で言うなよ。物凄い眼光で睨まれるからな。」
 
リール「はーい♪」

何とか三人誘う事に成功した直人は、安堵の一息をついた。これで少しは、"色々な面"に置いて楽しく落ち着いた状態で過ごせだろうと思っていた。

そう、色々な面を総じて言えばの話である。

エルン「ふふっ、ゴールデンウィークが楽しみだな。(やった、やった~♪直人と一緒に旅行が出来るぞ♪し、しかも五日間もだ。こ、これは距離を縮める大チャンスだ。こ、ここで、き、キスの一つくらいしなければ、も、もう二度とこんなチャンスは来ないだろう。)」

直人「ん、ふっ。(エルンは相当嬉しい見たいだな。普段隠している尻尾をあんなに振り回すなんてな。可愛い過ぎるだろ……。)」

普段は尻尾を隠してるエルンだが、ご機嫌の良い時に限っては、無意識に尻尾出して犬の様に振ってしまう癖があった。

クールで真面目なエルンだからこそ見れる、何とも可愛い一面である。

※ちなみにエルンは、魔族専用の居合道衣を来ており、両腰の辺りには尻尾を出せる切り込みが入っていた。


直人しかり、桃馬もそうだが、佐渡家のゆかりの者たちは、不思議と魔族や獣人族などを見ると尻尾と耳を触りたくなる様な、ある意味、変態一族である。※一部を除く。

そのため直人は、エルンの凛々しいハート型の尻尾を見つめながら、触りたい気持ちを抑えていた。

もしここで、エルンの尻尾に馴れ馴れしく触れば、間違いなくエルンに軽蔑され、終いには嫌われてしまうと直人は思い込んでいた。

これに対してエルンは、むしろ触って欲しいと願っていた。

しかしエルンは、直人に性感帯でもある尻尾を素直に触って欲しいとは言えなかった。

もしここで、思い切って触って欲しいなどと言えば、間違いなく直人に痴女だと思われてしまう事だろう。

そのためエルンもまた、直人と同様に欲求を我慢する事になり、噛み合えば上手く行くはずの二人の恋事は、今日もすれ違うのであった。

そもそも、直人の恋人路線であるリールとエルンは、ご覧の通り噛み合えば簡単に成就する恋なのですが、如何せん鈍感と遠慮が混在しているせいで、全く進展がありません。

しかし、そんなすれ違いもこの五日間の旅行を境に大きく進展する事になるとは、誰も予想がつかない事であった。

これにより桃馬と直人は、偶然にも同じ日に草津の温泉街へと赴く事になった。


そして時が進み。

五月二日の土曜日。

佐渡家の玄関にて……。

荷物をまとめた桃馬と桜華が、早速草津へ向けて出掛けようとしていた。

景勝「桜華様どうかお気をつけて、いいか桃馬?しっかり桜華様を守れよ?」

雪穂「もし、桜華ちゃんに怪我とかさせたら、どうなるか分かるわよね……ふふっ。」

桃馬「どうして俺だけそんなに冷たいんだよ……。」

何故か実の息子より、彼女である桜華を心配する両親に、桃馬は冷めた目付きで二人を見つめた。

景勝「あっ、そうだ桃馬。一つ頼まれてくれないか。」

桃馬「……なんだよ?」

景勝「いやな、折角草津に行くのなら、"これ"を妖楼郭ようろうかくと言う旅館の主人に渡してくれないか?」 

景勝は、懐から少し分厚い怪しげな封筒を取り出すと、そのまま桃馬に差し出した。

桃馬「妖楼郭?あと、この怪しげな封筒は何?」

景勝「すまん、昔のツケを代わりに払って来てくれないか?」

桃馬「えぇ~、なんで俺が。」

景勝「頼むよ桃馬~。それに今あそこには、両津家の"子たち"が修業しているから、身内に対して悪い様にはされないと思うから~。」

桃馬「うわぁ、不安しかねぇ~。まあ、旅行費も出してくれたしな。今回は代わりに払って来るよ。」

景勝「おぉ、すまん!助けるよ!」 

桃馬「はぁ、それじゃあ、行って来るよ。」

雪穂「いってらっしゃい、桜華ちゃんも楽しんで来てね♪」

桜華「はい♪行って来ます♪」

こうして桃馬と桜華は、意気揚々と草津へ向けて旅立つのであった。


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