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6)つかの間の休憩

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※第二王子と妃の夫婦事情の番外編『他国からの来訪者』とつながりがあります。






ディアが起きた時にはすでに陽が高く昇っていて、スピカは不在。ぼーっとしていると、パルが傍に立っていた。

「おはようございます、ディア様」
「ん、王太子……スピカ様は?」
「執務中でございますよ。ディア様が疲れているだろうからと起こさずに行かれました」
「裸にひん剝いた人が言うことなの!?」

パルの言葉で一気に覚醒したディアは嫌々ながらも、パルからランジェリーを受け取るが、そのランジェリーはいつも身につけているものと全く違った。可愛らしいしましまな紐パンを眺めながらも感動していたディアはパルに向き直った。

「ねぇ、パル」
「はい?」
「このランジェリー、紐パンなのはともかく、めちゃくちゃ可愛いんだけれど、どこで買えるの?」

実際、ディアはこの下着を見た時にびっくりした。それこそ、日本にいた時に着ていたランジェリーとよく似ていたから。ディアの国では他の国から伝わってきた布を巻く形が主流で、とても日本にいた頃と同じランジェリーなどとてもムリだった。このツニャル大国のランジェリーを前に見たことがあるが、スポーツブラにかぼちゃパンツだった。柄がいろいろあるのがまだ救いだった。だからこそ、ディアはこの精巧なランジェリーに感動していた。

「ああ、それはマスターがブラパーラジュで買い付けてきたものでございますよ。ディア様のためにと他にも大量に買っております。他にも洋服やドレスもありますので、クローゼットをご覧になられるとよろしいかと」
「本当?」

パルの言葉を受けてクローゼットの方を見ると、これでもかとばかり入っていた。パルの言う通り、ランジェリーの棚をみるとたくさんのブラジャーとショーツが入っている。いずれもお揃いでセットになっていてびっくりだ。一つを手に取ると、ブランドタグが付いてるのに気付き、読んでみる。

「『レディ・ランジェリー』っていうんだ」
「『レディ・ランジェリー』はブラパーラジュで一番人気があるランジェリーショップですね。メンズやキッズ部門も展開されていてかなり好評とのことです。確か、第二王子の妃であせられるアリア様とおっしゃる方がオーナーをされてるとか」
「えっ、皇族なのに店の経営をしているの?」
「アリア様は聖女として召喚されてきたそうで。その際に何もしないのは申し訳ないからと開発を次々とされておられて。ランジェリーもアリア様の世界で広まっていたものを改良したのだとか」

召喚という言葉に耳が反応する。ディアは転生という形だったが、召喚で呼びだされた人も確かにいるのだと知って胸がぎゅっと締め付けられた。
もしかしたら日本で行方不明になっている人たちもも召喚されてどこかで生きているかもと考えるのは浅はかすぎるだろうか。せめて転生してくれていたらと思う。たとえ記憶があろうとなかろうと。

「……お母さんも、どこかで生きてくれていたらいいのに」

前世での母は身体が弱く、ディアが5歳の時に亡くなった。だから、現世での母と接するたびに、母が生きていたらこうだっただろうかと考える節がある。それでも、前世での記憶は徐々に失われつつある。そうなる前にと2年前にこの国に来たのだが――

「はー、まさか、王太子様に食われるとは思わなかった」

ため息をついていると、パルがそっとワンピースを差し出してきた。この服にしたらどうかということだろう。見てみると薄い黄色で後ろにリボンがついているシンプルなものだった。これならと着てみればぴったりなサイズ。

「ちょっと待って。なんで私のランジェリーや服のサイズを知っているのよ?」
「方法は解りかねますが、マスターがお調べになりました。もしや合わなかったでしょうか?」

……合わなかったらとっくに文句を言っているよとため息をついたディアである。



一方、執務室を抜けたスピカは父親である王と面会していた。スピカの前のソファーに座っていた王は、便せんを机に放りだし、息子の意図を問いただしていた。

「モーント国の王から手紙が来た。まさか本当に結婚するつもりだったとはな」
「それに何か問題でも? ……彼女なら十分釣り合うでしょう。モーント国の医学技術は相当なものですし、友好国の一つでもありますよ」
「それについては確かに認めよう。だが、正妃にするには弱すぎないかね」
「父上、それを言ったらあなたの最愛の人もそうでしょう。敗戦国の姫だった方ですし、身分的にはディアとそれほど変わらない」
「それは、彼女が様々な知識を持っていたから…‥」
「ディアも同じですよ」
「それは医学についてだろう」
「いえ、それ以外の知識……もっというならば、異世界の知識を有しています」
「なんだと?」

珍しく驚きを露わにした父親を見たスピカは後ろに控えていたアメジスを指さした。

「気になるならば、後でアメジスの記録を見られるがいい。本気を出したアメジスと対等に戦い、アンドロイドの技術の弱点を突いた彼女の戦いには身震いしたほどだ」
「まさか、そんな馬鹿な……彼女のような人間はなかなかいない」
「それがいたんですよね。それで、ブラパーラジュ国に問い合わせてみたら、転生者でも前世の記憶を持っていたら異世界の知識を有してる可能性はあるとのことです」
「……お前から転生者という言葉を聞くことになろうとは」
「父上。俺は貴方の愛した人が何者かはどうでもいい。だが、俺にとってはディアが必要であり、それに付属する価値はどうでもいい。だが、貴族たちを黙らせるにはその価値が必要になる。不本意すぎるが、彼女の持つ転生者の知識を利用しない手はないでしょう」
「お前の言いたいことは解る。わしに後ろ盾になってくれというのだろう?それほどの価値があるのならば、会話しなければならんことも解っているはずだ」
「ええ、解っています。明日にでも時間を作りますよ」
「うむ、そうしてくれ。わしの方も時間を作っておく。…后とは会わせるつもりか?」
「父上と一緒の時であれば問題ありません。ですが、単体で会わせる気はありませんよ」

そういいながらも、スピカは考えていた。あの女が自分に関わる存在に会うことなどなかろうと。何しろ自分とも会おうとしない人なのだ。父上が呼べば一瞬で飛んでくるというのに、自分が話があるといってもあれこれと理由をつけて会おうとしなかった人。それぐらいに自分は嫌われているのだと思う。だが、苦々しいことに自分の姿はあの女と同じ色をしている。

「……父上もいい加減あの人との関係を何とかしてください」
「む。だがな、心にもないことを言うなどわしには到底できん。正妃は無理でも王妃にななれたのだからそれで我慢してもらわねばならん」
「あの人はそれが嫌なんでしょう。……そういう意味ではディアが唯一の妃になることに安堵を覚えていますよ。俺は多分、あの子以外を娶ることはない」

はっきりと口にしたスピカの言葉に瞠目したのか、王は何かを言いかけて首を振った。そして、口にしたのは恐らく別のこと。

「そうか。……本気ならば、わしも真剣に検討しよう」

王が立ち上がったのを合図に、その部屋にいた誰もが頭を垂れた。スピカも王が去ったあとようやく頭をあげた。アメジスに目配せすると、彼はスピカが気にしていることを口にした。

「ディア様ならば、クローゼットに夢中であれこれとメイドたちと話し合っていると報告がありました」
「そうか。とりあえず逃げる心配はなさそうだな」
「本当に残念です」

ほっとしたスピカだが、自分と反してテンションが下がったアメジスに思わず問いかけた。

「何故だ」
「せっかくアップデートしていただいたのに戦えませんからね。2年前のとデータを見比べてみたかったのですが……」
「機会があれば手合わせを頼むがいい。あれなら多分嬉々として戦ってくれるんじゃないか」
「おお、その手がありましたか。マスターは天才ですね!!」

その手がありましたかとばかりに手を叩いてる。いや、普通に考えつくことだろうと思いつつも、口にしなかった。アメジスはどういうわけかたまに自分の予想のつかないことを発言する。これもAIの知能からだとするとかなり人間に近いのではないか。自分が開発したプログラムを一度点検する必要があるのではないかと思うスピカだった。

「とりあえず、執務室に戻る。それからディアにおやつの差し入れをしといてくれ。あれだ、ザン兄やアリアに教えてもらったお土産だぞ」
「かしこまりました。パルに伝えておきます」
「それから、あの手配も忘れるなよ!」
「心得ております。現在も経過の確認をしておりますので、良いタイミングでお伝えできるかと」

まかせたとばかりに機嫌よく部屋を出ていくスピカの後ろ姿を眺めていたアメジスはぽつりとつぶやいた。


「本人は無自覚なんでしょうが、本当に親子そっくりですよ……」




アメジスからの指令を受けたパルは即座にテーブルにこれでもかとおやつを並べた。それはツニャル国では通常見かけないテザートばかりだったが、ディアには見知ったものばかり。

「え、なんでドーナツやプリンにゼリーまで!! どうしたの、これ? どこで売っていたの?」
「これもマスターからお土産で、ブラパーラジュの有名なお店で人気の品だそうです」
「うわぁ、あの国に一度は行ってみたいけれど、遠いからなかなかなぁ」
「モーント国には転移装置はないのですか?」
「そんな高価なもの買えないし、それを買うぐらいなら医療に使う精密機械を買うよ」
「なるほど」
「緊急時のために短距離用転移装置はあるけれど。でも、国民も医学に詳しいし、それほど多くないから、転移装置があっても活躍の場はなかなかないかなぁ」

(何しろ、国民のほぼ全員が医療関係者だしね。知識がないのはそれこそ子どもか赤ちゃんぐらいじゃないかなー)

「自給自足を地でいく国だし、小さいころから医学を習っているから、国民もたくましいしね!」
「なるほど。確かに怪我しても自分で治療できるなら病院なんてほとんど行かないでしょうね」
「そういうこと」

うんうんと頷きながら、デザートを頬張る。この感覚は本当に懐かしく、前世をより思いだす。
「それにしてもこんなデザートをよく知っていたね。これもアリア様が?」
「それはスピカ様にお聞きになった方がいいかと思います。私にこのデザートのデータは入っていませんので」

少々悔しいですねと付け加えたパルに興味を持ったディアはフォークをおいて、色々と質問してみることにした。パルは嫌な顔一つせず、長い耳をぴょこぴょこさせながら答えてくれた。

「パルもアメジスもスピカ様に作られたんだよね?」
「はい、そうですよ。立場でいうなら、私が妹ポンジョンになりますね」
「そうか、姉妹揃って髪の毛が銀色なのはそのためなんだね」
「いえ、姉妹ではありません」
「うん、でも、順番から言えば」
「いえ、そういう意味ではなく。アメジスはもともと男性型で作られているのでどちらかというと兄ポンジョンで」

はぁと驚くディアをよそにパルは笑顔で告げた。

「ディア様が女性型の方しか見ていないので、今はそちらを使っていますが、メインは男性型です。ディア様が落ち着かれたら、おそらくもとに戻るかと思われます」
「つまり、えーと、いろんな体にデータを入れ替えて動いているということ?」
「簡単に説明するとそうなりますね。ですから、いざとなれば戦闘機のAIに私のデータを組み込めば、私が戦闘機になることも可能です」
「……パルは女性型?」
「はい、私はディア様の護衛のために作られたので女性型しか持っていません」

なるほどと頭を整理しながら残りのプリンを食べ終えたディアは、紅茶をのみながらいろんなことを考えていた。すると、一人のメイドがパルを呼んでいる。失礼しますと下がったパルを見送ったディアが考えことをしていると、扉の方でパルの大声が聞こえた。気になったディアがそっと近づくと、ディアと兵士らしき人が言い争っていた。

「…‥どうしたの、パル?」
「ディア様、こちらに来られませんように」

慌てたパルだが、それより早く、兵士がディアの前に立った。

「お初にお目にかかります。貴方がディア様ですね。貴方にお会いしたいという方がいらっしゃいます。お手数ですが、ご足労願えますか」
「突然言われましても……。一体、どなたでしょうか」

まさかいらん貴族たちとかじゃないよね……?と思っていると兵士から出たのは予想外の言葉だった。

「この国の王妃であせられるネイティフェル様でございます」

顔が引きつらないようになんとか持ちこたえたことを誰かほめてほしいと思う。瞬時に判断したディアは兵士とパルに向って口を開いた。

「パル、スピカ様に私が今から王妃殿下とお会いすることを伝えてきてちょうだい。もうしわけないですが、そちらの貴方は案内してくださるのでしたら、少しお待ちください。身なりを整えてまいります」
「ディア様、いけません!」
「遅かれ早かれ、会わなければならない相手であることは解っていました。長くはお待たせしませんので、よろしいでしょうか」
「もちろんです。王妃殿下も無理強いしていることは承知の上ですのでお待ちくださるでしょう」

兵士にお礼を告げたディアは一旦扉を閉めた。そして、狼狽えているパルや他のメイドたちに向かって指示を始めた。

「こんなに早く対峙するなんて思わなかったけれど、ある意味チャンスではあるわ。パル、あなたはすぐにスピカ様に連絡を。他のメイドは着付けを手伝って!」
「「「は、はい!」」」
「スピカ様の言葉や考察を客観的に判断するいい機会よね。どんな人なのかな」

王に愛されることを望みながらも、正妃の座は姉のもの。王妃として君臨しながらも、本当に欲しい望みは叶わなかった人。それについては同情さえ感じる。だからといって、殺そうとするのは行き過ぎていると思う。

幸い、美味しいデザートも食べられたし、ランジェリーのお蔭で気分は悪くない。これから何か起こるかわからないけれど、ここまで来た以上、逃げられない。

「だって、私はモーント国の姫だもの。ここで逃げたら、末代までの恥よ」


(それにーー日本人としても、おめおめと引き下がれないもの!)






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