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4)彼の意図はどこにあるのか

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ディアは何かに包まれている感触を感じながらもぼんやりと目を開けた。ぼやけた輪郭がはっきりと見えた時、スピカに抱き寄せられていることに気付いた。

「ひっ!」
「……何気にひどくないか、その驚き方」
「し、失礼しまひた……」

何とか平常心を取り戻したが、彼の顔を正面から見るのは目に毒を塗りたくるようなもの。2年前と変わらない端正な顔立ちはわずかに弧を描き、先ほどまで自分を映していた翡翠のような目。思わず目を逸らそうとすると、スピカは視線を窓の方に向けてきた。その意図に気付いたディアは恐る恐る彼と同じように窓の方を振り返った。

「うわぁ……!」

目の前には真っ青な空に眩しく太陽が輝いている。あちこちに見えている村や町が遠く、豆粒のように小さい。

「え、馬車だよね? なんで浮いてるの?!」
「そういう馬車だからな」
「あ、これ……あれだ、飛行機についてる翼みたいなやつ。そっか、これ…翼のバランスと揚力で浮いてるんだ」
「相変わらず、どこで得たかわかんない知識を持っているな」

ギクッと肩をすくませると、いきなり窓から引き剝がされ、彼に抱きしめられた。だらだらと汗を流していると耳を舐められた。別の意味でビクッとするが、彼の動きは止まらない。耳を舐めては口づけたり、奥の方をいじってきたりとやりたい放題だ。

「ちょ、やめっ……んっ……」
「本当ならここで押し倒したいところを我慢しているんだ。これぐらいは許せ」
「とか、言いながらっ……耳!! そ、それに、お尻も撫でないで……!!」

さっきから腰やお尻を撫でて来てるんだよね、この王子様!!

「心配するな。着いたらすぐに俺の部屋へ連れていく。……あんな奴らに顔を見せる必要はない」
「あんなやつらって?」
「部屋でゆっくり説明してやる。名残惜しいが、もうすぐ到着だ」

次第に揺れる振動が大きくなる。急激に上昇したようで、一気に浮く感覚が襲ってきた。慌ててると、スピカに抱きしめられる力が強くなった。何、これ。もうこの人の傍が定位置になってしまってる私って。
そもそも、私……この人のお嫁さんになるって……ってことは、王妃になるってこと?

「……えー、無理じゃない」
「大丈夫だ。お前ならできる」
「何よ、その根拠は」

何故私の思考を読めるんだとは言わない。非情に不本意だが、心当たりがあるだけにつっこみたくない。

「さ、着いたぞ」
「え、早くない?」
「王族の馬車は直接城へ乗り込めるからな」

ああ、そういうことかと納得する。スピカが先に降りてエスコートしてくれる。手を取って恐る恐る地に降り立つと、城門が見えた。それは2年前に入場した時と別の扉だった。なぜかずらりと兵士やメイドたちが脇に並んでいる。しかも、スピカの近くにアメジスもちゃっかりと傍にいた。それから、もう1人。アメジスと同じ銀色の髪と目でうさぎのような長い耳が付いたメイドが立っていた。明らかにアメジスと同類のようだけれど、誰なのかわからない。スピカに目配せすると後でと返事をされたので、頷いて横を通り過ぎた。
アメジスはというと、スピカにパーカーのついたケーブを差し出していた。何をするのだろうと思っていたら、あっという間にかぶせられ、顏が見えないようにと整えられた。

「……私のため?」
「お披露目するまで我慢するんだな」

えーと文句を言おうとしたら、今度はいきなり抱き上げられた。何、この人。2年前は敵に襲われるぐらい弱かった癖に、今はすっかり私を抱きかかえられるまでになったのか…。
スピカが男であることは疑いようもなく解っていたことだけれど、複雑この上ない。
揺れるぞと言われたので、渋々とスピカの胸に頭を預けて大人しく目を瞑っていた。
……ざわざわする周りもひそひそ声も徹底してスルーすることにした。全部スピカのせいなのだからこのままにしておけばいい。
アメジスがスピカの部屋の扉を開ける。ずかずかと入ったスピカは私をベッドの裾に降ろしてくれた。ここまでくれば大丈夫だろうとケープを剝がし、ぼさぼさになった髪の毛を整える。扉は後ろから着いてきたアメジスと(うさぎ耳の)メイドが閉めてくれた。

「ねぇ、あの貴族やらなんやらのあからさまな視線は何なの」
「身定めってやつだろう。あいつらは納得していないからな」
「何それ。だったら私を連れてこなくても」
「そうそう、お前にパルを付ける」

スピカがパルと呼んだ時、うさぎ耳のメイドがディアの近くへと立った。にこりと微笑んでいるが、明らかにアメジスと同じ系統。近くで見ると、銀髪も耳も精巧な人工毛髪でできているとはっきり分かる。

「……彼女もアメジスと同じ?」
「ああ、アンドロイドだ。アメジスに次ぐ傑作だから心配するな」
「それなら問題ないね」
「アメジスの方も2年前より強化してある。……今度は逃げられると思うなよ」
「ああ、そう……」

アメジスがアンドロイドだと知ったのはあの2年前。彼に犯される前に逃げようとしてアメジスと戦う羽目になった時だ。その時にアメジスをなんとか相打ちで沈めたのは良かったのだけれど、糸を使い果たしてしまって、彼に捕まったのは運が悪かったとしか言えない。そもそも、彼が病気である故に甘く見たのが間違いだった。

(そもそも、外で敵に襲われた時とは状況がまったく違ったし)

はぁとため息をつくと、スピカに顎を掴まれて顔を近づけられた。あ、キスされると分かったときにはもう舌を入れられた後だった。性急で何度も角度を変えては口づけされる。…何故この人が相手だと隙ができてしまうのだろうか。あの2年前も結局は身体を許してしまった形になる。忌々しい記憶が脳裏をよぎる。思わず彼の胸を叩いてしまったのは当然といえよう。もっとも、彼はちっとも放してくれなかったが。ようやく唇を解放してもらえた時には息苦しさで呼吸するので精いっぱい。ちらっとスピカを見ると平然と唇を舐めていた。……ちょっとイラっとしたのは私だけだろうか。

「……今すぐ抱きたいところだが、説明をいくつかしなきゃいけない」
「勝手に決めないで。まだ婚約に納得してないし、同意もしていないけれど?」
「それも含めての説明だ」
「……わかった」

スピカはめんどくさそうに立ち上がりながらマントやら上着やらを放りなげた。……一応王子様っぽく見えていた恰好があっという間にシャツとズボンだけに早変わり。ちなみに散らばった服やらはアメジスがさっそうと回収していた。うん、よくできた部下さんだと内心で感心する。

「2年前の薬のことを覚えているな?」
「あ、うん。盛った人間はおおよそ掴めているって言っていたわよね」
「そう。この国は前にも言ったように、3つの勢力に分かれている。だが、実際はこの3つとも俺の敵になる」
「……意味が解らない」
「だろうな。俺に薬を盛ったのは、ネイティフェル・カルーヤ・ツニャル」

スピカが淀みなく告げたことに言葉を詰まらせ、目を見開く。スピカが自嘲気味に口元を歪めるのが見えた。
いくら小国と言えど、言われた名前ぐらいはちゃんとわかる。だけれど、その人物だとは思えなかった。だって、その人は――
なんとか震える声を振り絞ろうとするが、言葉にならない。ディアの様子をさもありなんと受け止めたスピカは改めてはっきりと口にした。

「さすがに、名前は知っていたようだな」
「え、ええ。でも……ありえ、るはずが。それは、まちがい、ないのですか……?」
「ああ」
「でも、その方は……太子様のお母様ですよね?」

恐る恐る口にすると、スピカは大きく縦に頷いた。


「ああ。残念極まりないことにネイティフェル王妃は間違いなく俺の実母だ」


スピカの淡々とした声で思いだしたのは2年前に言われたあの言葉。

『女は愛情なんかなくとも子を産めるし、貴族には残酷なほどに子を利用して這い上がる雌豚がたくさんいる。お前は……一体どういう女に育つんだろうな』


ようやく、わかった。あの言葉の意味。あの私を抱く時に言っていたあの言葉は……自分の母親を指していた。




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