香帆と鬼人族シリーズ

巴月のん

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鬼人族のメンバーの恋

やり直しは可能ですか?(酉編)

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「あー、疲れた」
「お疲れっしたー」
「お疲れー」
「総長と副総長は?」
「いつもの通りだよ」
「ああ、了解」

幹部用の部屋の中は、いつも慌ただしい。今は、丁度、反省会を終えて解散しようとしているところだ。幹部は、総長と副総長を除いて10名。
鬼人族は、総長の手持ちの族を含めて、11団体の族の連合でもある。
そのため、それぞれの団体の族長が、鬼人族の幹部となって、自分のテリトリーを取りまとめている。そして、俺達族長をさらに束ねる上の存在・・・っつーのが、総長というわけだ。

(そう考えると、香帆さんってすげぇな・・・その総長の女狂いを止めた上に、デレデレ甘々な男にかえたんだから。今じゃ、すっかりアジトに女を入れるっつーこともなくなったし。)

「・・・あーあ、めんどくせぇ。もうやめようかな」
「は?何言ってるの。おーい、トリがまた、アホなことを言ってるっ!!」
「おい、やめろ、サル!!!!」

サルが大きな声で叫ぶと、他の幹部が一斉にトリの近くへと近寄った。仲間の中でもわりと古株であるウマが呆れたように近寄ってきた。

「まーた、そんなことを言ってるのか。ここ最近、愚痴が多いな?」

鳥丸とりまるかえで。通称、トリ。この鬼人族の幹部は、わんこのようにからかわれているやつもいるが、大抵は干支になぞらえてあだ名をつけられていて、俺も例外なし。
サルは、ヘビと一緒に入ってきた同期でまだ新米。こいつらも結構強い。
そして、ウマは、俺と同じ3年。他の奴らと違って、他の族のデータを集めるのが得意なので裏方中心にいる。こいつは、俺が何故今の様な腑抜けになっているのかをよく知っているヤツでもあるので、頭があがらない唯一のダチだ。

「あーもー、うっせぇよ。気ががれた・・・帰る」
「トリ、彼女とのことは同情する。でも、それとこれは別だろう?」
「・・・解ってるよ」

幹部用の席を出て、店の方へ行くと、総長と副総長が座っていた。

「総長、副総長、俺ぁ、帰るわ」
「ああ、トリか・・・了解」
「ちょっと待て、トリ」
「・・・なんだよ、総長?」
「ちっと、使いを頼まれてくれ。明日・・・いやもう今日か。今日の夕方でいいから」
「・・・わかった、また明日ー」
「おう、またな」

今度こそ、本当に部屋を出ていく。
あたりはもうすっかり夜中だ。店もほとんどが閉まっていて、家の灯りもほとんど見えない。
少し寒さが残る紺青の空を眺めながら、ゆっくりと歩き出した。

紺青色を見るたびに思いだすのは、彼女のこと。

高校1年の時に、1つ下の女の子に告白されて付き合った。
最初は興味本位だったけれど、気が合ってすごく楽しかった。…最初の頃は。だけれど、族の方がどんどん忙しくなって、なかなか会えなくなった。
結局、それが原因で、彼女からもう我慢できないと言われて、1年とちょっとで別れた。
あっちは、総長と同じ高校に入ったと聞いている。今は確か、2年生のはずだ。多分、楽しい高校生活を送っていることだろう。もしかしたら、彼氏もいるかも知れない。
でも、俺の方は、未練がましく彼女への想いを抱えたまま、ずるずると、今に至っている。

(・・・別に妬むわけじゃねえけれど、やっぱり、他の奴らが上手くいっているから、俺も大丈夫って思ってしまったんだよな。でもそれは、俺の甘えで。)

実際は、彼女が頑張って歩み寄ってくれていた。年下の彼女が我慢してくれていたことに俺が気づかなかっただけだ。

真唯まい・・・」

女々しく、名前まで覚えていて、彼女の誕生日も忘れたことがない。彼女が覚えてと言っていた記念日もスマホに記録してある。もっと早く、彼女に祝ってやれば、何かが変わっていただろうか。
たった一言でも、彼女に何か言えていたら。
もしかしたら、別れようと言われることもなかったのかも知れない。

「まぁ、後の祭りだけれどよ・・・」



次の日、総長から頼まれたのは、花の配達だった。

「トリの家さ、花屋じゃん?」
「ああ、そっちの方かよ・・・」
「そゆーこと。メモのところに行って、花束を渡してきてくれ。花選びも予算も全面的にお前に任せるから、今日中に頼むねー」
「了解・・・ん?相手の方に名前がないけれど?」
「あー・・・・えっと、向こうの希望で名前は明かせないんだとさ。でも、すぐに解るって言っていたぞ」
「訳が分からん依頼だな・・・了解」

(まぁ、仕事となれば引き受けますよ・・・・実家にとっても実りある仕事だし。)

この時の俺は、そんなことを考えていて、総長や副総長が俺の後ろでニタリと笑っていたことなど気づかなかった。
もし、気づいていたらこんなバカげた依頼、引き受けなかったものを。
とりあえずは季節感を考え、花を束ねて籠へと入れた。そして、バイクに乗って、指定されたところへと向かった。

(あれ・・・ここらへん・・・見覚えがある・・・ああ、そうかアイツの家の近くか。)

あの頃は、忙しかったが、何とか合間を縫って、真唯の家へと向かっていた。5分から10分程度の短い逢瀬でも、話が尽きなかった。むしろ、短い時間だからこそ、あれもこれもと話題が盛り上がったのだと思う。
しばらく感慨にふけていると、宛先についた。しかし、着いた先は何故か公園。

(あれ・・・・もしかして、公園に依頼人がいるのかな?)

ヘルメットを外して、花束を持って、公園の中へと入った。少し歩くと、奥の方に見える噴水の近くのベンチに女性が座っているのが見えた。

(あれが依頼人かね・・・・・あれ?)

近づいてみると、輪郭に見覚えがある。一歩、二歩と近づくと、帽子で見えなかった顔が露わになった。

「・・・真唯!?」
「っ・・・あ、えっと・・・その、ひ、久しぶり、です」
「あ、ああ」

思いもよらない再会に目を見開いた。向こうも驚いていたが、俺ほどの驚きはないらしいことから、俺が来ることを解っていたのだと予測はできる。だが、不自然なほどに目を泳がせているのは何故だろうか。


(今更、俺に話があるわけでもなさそうだし・・・。)


「・・・えっと・・・花を依頼されたんだが。」
「そう、です。私が依頼しました・・・っ・・・。」

真唯がまさかの依頼人であることに呆気にとられたものの、とりあえず花束を渡した。

(しかし、俺がここにいてもいいのだろうか。迷惑ではないのか。ひとまず、花束をさっさと渡して退散・・・した方がいいかもしれない。・・・よし、さっさと去ろう・・・。)

「えと、これでいいっすか・・・?」
「あ、は」
「じ、じゃ・・・俺はこれで・・・っ・・・」
「待ってくださいっ!!」

裾を引き留められたことに気づき、後ろを振り返ると、彼女が泣きそうな顔で立っていた。

「お、おい?どうした?何故泣くんだ!?」
「か、楓は、バカですっ」
「ちょ、ちょっと待てぇ、なんで俺がバカ呼ばわりされなきゃならん?」
「・・・い、今頃、バカなことばっかりするからですっ!あなたでしょう?ずっと・・・花をくれたのは」
「―――っ!!」

真唯が言いたいことはすぐに解った。付き合っていた頃にはしなかったことを、何故か、別れた後にしてみたくなったのだ。
誕生日、付き合った日、キスした日、初デートの日・・・・色んな記念日を思いだして、その日と同じだけの数の花を贈ろうと。
家の玄関に朝早く来て、こっそりと置いてから学校へ行く。それがいつの間にか日課になっていた。

「・・・その、まめまめしさを、なんで、付き合っていた時に・・・してくれなかったんですか!」
「えっと・・・・」

返す言葉もない。確かに、彼女の言う通りで、反論もできやしない。

「・・・迷惑だったのなら、もう止める。悪かったな・・・・って、なんでビンタするんだよ、お前は!!」
「迷惑だったら、呼び出していませんっ!!」
「・・・っ・・えっと・・・?」
「別れた一ヶ月後に・・・宇摩うまさんが、私に会いに来て・・・頭を下げてきました」
「宇摩・・・って、あいつが?」
「トリに頼り過ぎた俺達が悪い・・・もう一度付き合ってやってほしい・・・って。でも、当時の私はもう限界で、嫌ですって何度も何度も叫んで拒否しました」
「あいつ・・・っ・・・余計なことを」
「・・・高校に入学したら、今度は総長さんと副総長がやってきたり、幹部のみんなが入れ替わりにきて、あなたのことを、それはもうしつこく、いちいちいちいちいちいち、言ってくるんです」
「っ・・・・あいつら・・・そんなことを」
「お蔭で・・・あなたの情報ばっかり集まって・・・彼氏なんか作れる状態じゃなかったです。高校に入ったら、彼氏を作って普通にデートして、普通に付き合って・・・って、そういうことを考えていたのに」
「えっと・・・すまん、いろいろと、その・・・」

もうこれは、頭を下げることしかできない。彼女は未だにボロボロと涙を零しているが、近寄れない。今の俺は彼氏ではないのだ。彼女を抱きしめる資格などない。

(うう・・・・あいつら、絶対シメてやる・・・総長も、副総長も何やってんだよっ!!)

「・・・彼氏も結局作れなくて、作りたくても、頭も心も・・・何故か、あなたでいっぱいになってて。・・・その上に、家に帰れば花が待っている。もう最悪です。あなたは本当にヒドイ人」
「えっと、何故俺のせいになるかはわからんが、とにかく、弁解べんかいの余地もないです。すまん」

(もう俺が悪いってことでいいよ、だから頼む、泣きやんでくれよ!!)

「だから・・・責任をとって、もう一度付き合ってください」
「・・・はい?」
「もう、一度・・・付き合ってくださいって言ったんですっ!!!返事は!?」

泣いているのか怒っているのかもう解らない。彼女の顔は涙でグショグショな上に、真っ赤だ。
それでも、これは俺にとって、最後のチャンスでもあるのかもしれない。

(・・・・・そうだ、やり直せるチャンス・・・でも、いいのだろうか、本当に。)

「俺は・・・その」
「・・・・また、私に言わせるつもりですか?」
「でも、俺は、また君を泣かせるかもしれない。族を出たとしても今度は仕事に夢中になるかも知れないし」
「構いません・・・これ以上、貴方でいっぱいになるぐらいなら・・・最初から諦めたほうがいいです」

彼女にここまで言わせて、黙っていられるほどできた人間じゃない。気付けば、彼女を懐に入れて抱きしめていた。

「・・・・っ・・・・ごめん」
「本当に、貴方は馬鹿で、最低で・・・自分から動かない人。本当に、酷い人です」
「ごめん、本当に、ごめん。今さらだけれど・・・俺ともう一度、やり直してください」
「・・・はい」

・・・・地面に落ちた花束は、彼女が記念にと持ち帰った。何故今日を選んだのだと聞けば、彼女は呆れて俺の方を向いた。

「・・・今日は私があなたを振って、別れた日です」
「それ、記念日にしなくてもいいよな?」
「ダメですよ。なかったことにはできませんから」
「真唯ぃ・・・」
「楓、別れた日を記念日にするバカがどこにいるんですか。今日は、私達が新たに付き合った記念日になるに決まっているでしょう」
「そう、だな。・・・ハイ、そのとおりです」

真唯にバカと言われることさえ、嬉しくてたまらない。スマホのカレンダーに早速入れる。この日から来年まで続くように、今度は俺も頑張らなければいけない。

(不思議だな、面倒だと思っていた気持ちが、一気にやる気へと変わるんだから。)

とりあえずはと、真唯と少し会話をしてから、アジトへと寄った。
『ブロッサム』に入るなり、幹部の誰もがニヤニヤしていて。しかも、総長や副総長も含め、全員がクラッカーを片手に、もう片手に、ビールやらなにやらジョッキを持っていた。
ニヤニヤしている顔が揃っている中、代表してかウマが話しかけてきた。

「で、うまくいったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、くっそ・・・お前ら最悪だ」
「っていうことは、うまくいったんだなっ、よっしゃああ!!」

クラッカーが鳴らされ、乾杯する音と笑い声があちこちに響いた。

「いやーよかったわ。あれからトリもやる気がこれっぽちもでてこなくて大変だったからな」
「これで、俺達も気を使わなくて済む。良かった、良かった」
「トリ、お前にはまだまだ働いてもらうかからな。族を抜けるとかバカなことは言うなよ」
「・・・へーい」

副総長の厳命を受けて、俺は気の抜けた返事を返した。ウマが俺にもジョッキを渡してくる。そのジョッキを掴んだ俺は思いっきり叫んだ。



「・・・・・・感謝なんかしてやらねぇ!!!この礼は行動で返す、覚えていろよお前ら!」





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