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沙也加様の災難
しおりを挟む(前半目線は瑠梨限定オオカミ・後半は沙也加様目線、余談アリ)
「どうなされましたか、オーナー。」
「ふー。悪いけれど、玄関に車まわしておいて。」
「かしこまりました。直ちにまわしてまいりますので少しお待ちくださいませ。」
「ああ、支配人によろしく伝えてくれ。」
受付に挨拶をした後、カウンターから離れていくオオカミ・・・もとい、新は立つ気力もない瑠梨をおんぶしたまま、ホテルのホールへと向かった。疲れ果てた瑠梨は背中でぐっすりと寝ている。これも無理させたから仕方がないと新は甘んじて瑠梨の重みを受け止めた。(・・・・決して背中にはりつく胸の感触が気持ちいいからではない・・・多分。)
外へ出ようとした時、なぜか自分を呼ぶ声がして振り向いた。
「あら、やだ・・もしかして、新君っ!?」
・・・・声の主を見たとたん、新は後悔した。その顔は忘れようもない。あの修学旅行の王様ゲームで無謀にも自分に告白した上に、瑠梨に無神経な発言をかましてくれた瀬尾沙也加が目の前にいるのだ。
しかし、瀬尾は全く気付いていない。見るからに厚い化粧、濃いマスカラ、濃いチーク。とにかく存在そのものも含めて全部が濃い。・・・・まだ化粧していない高校時代の方が好感を持てたのにと新は内心で舌打ちした。
「こんなところで新君と会えるなんてすっごいぐうぜーんっ。これって運命ってヤツよね?そういえば、どうしてここにいたの?」
(それはこっちのセリフだ・・・その指輪を見るにやっぱり既婚者じゃねぇか。それに、後ろにいる男はほっておいていいのか?)
一拍の間をおいて新はニヤリと笑ったが、沙也加はそれをどう誤解したのか、気を良くして会話に乗ってきた。初めは大人しく話を聞いていた沙也加の顔がどんどん引きつっていった。
「久しぶり、瀬尾さん・・・いや、今は浦松さんだったね。」
「ええ。本当に、久しぶりよね。会えて嬉しいわ!」
「昨日さ、同窓会だったんだけれど、君も来ていたの?」
「あ、もしかしていたの?うそ、全然会えなかったよ?」
「ああ、会えなくて当然かも。だって、途中で瑠梨を連れて抜けたからね。」
「え・・・・瑠梨って・・・・えっ、あの三佐さん?」
「そうそう。俺の好みドンピシャの三佐瑠梨のことな。王様ゲームじゃ、恥ずかしくて言えなかったけれど、やっぱ好きな相手には勇気持って告白してみるもんだよ。この通り俺も成功したし。それはそうと、瀬尾はなんでここに泊まっていたの?確か結婚していだろう、家のことは大丈夫か?」
「えっ、な、なんで、そんなことを聞くのよ?」
新が疑問をぶつけると解りやすくうろたえた沙也加が恐る恐る聞き返してきた。待ってたとばかりに、新は畳みかける様に次々と追及する。
「・・・後ろにいる男って、菊池だろ?アイツの結婚って、つい最近だった気がするんだよね。高校の時からの彼女と結婚したって聞いたことあるんだけど?それに、なんで・・・部屋のある方から一緒にやってきたのかな?もしかして浮気とか・・・いや、既婚だから、不倫だよね?」
「そ、そんなわけないでしょ!!!」
強がるように言うが、声の震えからして「バレバレだな」と内心で舌を出しながらも、それを表面に出すことなく、新はにっこりと微笑んでトドメを刺した・・・かなりの棒読みで。
「いや、悪い悪い。そうだよな、不倫するわけがないよな。あっ、そうか、あっちに座って待っている旦那さんと待ち合わせでもしていたとか?」
「・・・えっ、あ・・・な、なんで主人がここに!?」
「あれ、菊池もいつの間にかいなくなってるしぃ。さて、俺も帰ろうかなーーーー。」
顔を真っ青にしながらもなぜか追いかけてくる沙也加を無視して新は玄関を出てすぐ目の前にある車へと向かった。新の姿が見えたのだろう、運転手が現れ、恭しく車のドアを開けてくれる。目の前にあらわれたリムジンの奥に瑠梨を運んだあと、自分も乗り込もうとしている新を引き留めた沙也加の声は震えていた。
「・・・なっ、なんで、そんな高級車に乗ることができるのよ!!」
「なんでって、このホテルの部屋を不倫に使っているくせに、今まで気づいていなかったのか?」
「どういうことよ・・・っ!」
「俺さ、海野っていうんだけど?」
「それぐらい知っているわよ・・え・・・うみ、の・・・えっ、じゃあ、このホテルは!?」
「そう、俺がオーナーをやってるホテルだ。・・・・・超鈍~い瑠梨でさえ同窓会のはがきで気づいていたのに、1年も不倫に使っていたお前が気づかないとはな。」
「なっ・・・なんで、それを・・・!」
「だから、俺がオーナーなんだって。ほっんとう、瑠梨と別の意味で鈍いな、お前。」
皮肉を言い残した後、車に乗り込むと運転手がドアを閉めてくれた。ふぅとため息をつきながら、シートにもたれると、横で寝ている瑠梨の寝息が聞こえる。新は瑠梨の前髪に触れながらため息をついた。
(そう、瑠梨は気づいていたからこそ部屋を予約できた理由を聞いてこなかった。・・・その代りに、「皮肉でそれだけ稼いでるんだー」と棒読みで言われたわけだが・・・。)
「まぁ、いいや。どうせ、瀬尾・・・じゃない、浦松もあの旦那さんの様子じゃ、離婚だろうし。あの膨大なホテルの内部カメラの映像やホテルの宿泊記録を浦松家に送ったかいはあったな。」
支配人から困った客がいると相談されたが、まさかその当のバカップルの片割れが瀬尾だとは。しかも男ひっかえとっかえとお盛んときた。
(面倒だとは思ったが、俺のちょっとした報復も兼ねて楽しませてもらったし、ホテルもこれで平和になるだろうから一石二鳥。いやぁ、よかった、よかった。)
満足そうに瑠梨の前髪に触りながら、新も眠りにつくためにシートへもたれた。
一方、沙也加様はというと・・・玄関で旦那様と喧嘩の真っ最中でございました。
「沙也加、お前っ・・・・半信半疑で来てみれば・・・!!」
「・・・あの新君が海野ホテルのオーナーですって?何よ、それ・・・大体、あんたの給料が安いから!!」
「なんだと!俺の給料は一般的なんだぞ、それを安いというなら、お前の無駄使いが原因だ!!」
沙也加はカチンときたのか、パンプスで旦那の足を踏みつけていた。それに対し、切れた旦那が踏みつけられた足を除け、沙也加の腕をつかみだした。
玄関ホールで始まった喧嘩は一斉に注目の的となっているが、ヒートアップしている2人はまったく気づいていない。
(何よ・・・・大体、同窓会だって腹立ったわ!あの女から低スペック扱いされるだなんて・・・!憂さ晴らしに菊池を誘ってやったセックスも旦那の登場のせいで台無しよ!)
「どこが一般的よ!!エルメスのバッグやシチズンの財布とかちっとも買えないくせに!今日の同窓会なんて、ちっとも美人じゃないあいつが最新作のフェラガモのパンプス履いていたのよ?しかも、ちらっとこっちの古いバージョンのパンプスを見て、あら、開業医の旦那様はどうやら落ち目のようねぇなんて言われて・・・こっちが恥ずかしかったわ!」
「・・・っ・・・お前が金を使いすぎるのが原因だろう!!大体、そんなもののために病院のお金まで盗んだのか!!」
(ああ、確かにもらったわね。だって、旦那がクレジットカードの支払いを止めたのが悪いのよ。大体この男に、新君のような甲斐性があれば・・・!!)
「うるさいわね!!お金のために結婚したのに、期待外れだったわ。さっきのリムジン見た?あれ、新君がオーナーだからなのよ・・・」
「だからなんだというんだ!!もういい、離婚だ!さっきの逃げた男はお前の相手の一人だろう、そいつも含めて全員請求してやる!!!」
「何を言っているの?あんたにできるわけないでしょう。離婚したら、あんたが慰謝料や養育費を払う側になるのに。まぁいいわ、そうねぇ、私の人生を無駄にさせたんだから、そうねぇ、億単位でもらいたいわ。」
旦那がポカーンと口を開き、目を丸くさせるが、そんなこと沙也加には一向に関係ない。やっと黙ってくれたことにふふんと鼻を鳴らし、胸をふんぞり返らせた。
(やっと自分の立場が分かったみたいね・・・!そうだわ、この男と離婚したら、その金を持って新君のところへ行こうかしら。)
もちろん、2人の声が大きかったため、会話は筒抜けだったが、子ども以外の客のほとんどが唖然としていることにも気づいていない。
「・・・お、おい。沙也加・・・お前本当に解っているのか?お前が有責になる離婚だぞ?お前に非があるから、お前が支払うことになるんだぞ・・・・。」
「はぁ?そんなわけないでしょ!いつだって社会は女に有利なのよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
(旦那の方が馬鹿じゃない。こいつ医者だったはずよね・・・もういいわ、菊池も逃げたし、別の男の家に行こうっと。そうだ、あの彼だったら味方になってくれるはず!)
沙也加は名案とばかりにスマホを取り出し、旦那の前で彼に連絡をとりはじめた。玄関を出る際に、ちゃんと旦那に引導を渡すことも忘れずに出ていく沙也加の顔は満足げだった。
「じゃ、次会うのは裁判所になるわねぇ、ちゃんとお金を用意して待っていなさいよ!!」
(楽しみだわ~これで優雅な生活できるはずよ。そうだ、仕事もやめちゃおー!!)
ホテルを出た時は天気も良く、気分爽快になった沙也加は満足そうに彼の元へとさっそうと向かった。
余談
夫婦喧嘩をカウンター越しに見ていたホテルのフロントスタッフの2人はぼそぼそと会話しあっていた。気が強そうな女性が消えていったのを見届けると、今度は旦那らしき人の方が首を振った後、どこかに電話をかけているのが見えた。恐らく裁判のための準備に入るのだろうと予想できる。
「・・・・・・・ちょっとだけ、あの二人の裁判を見に行きたくなりました。」
「うん、あの女の人がどういう反応になるか見てみたい気がするよな。」
「ほんと。そもそもあの人って子どもいる様に見えないんだけれど・・・どうなるんですかね。」
「病院の金・・・とかも聞こえたしなぁ。」
「どう聞いてもどう考えても、あの女性の方が支払うことになりますよね。」
「それどころか、刑事裁判にもなりそうな気がする。盗みまでしたんだから、民事だけで終わるわけない。さぁ、仕事だ。」
「かしこまりました。」
裁判所で絶叫する沙也加様の悲鳴が響いたのは数ヶ月後。
裁判の結果は当然のように、沙也加が有責となり、支払いを命じられた。結果を聞いた沙也加本人はというとありえないと騒ぐが、結果がかわるわけもなく。
弁護についた弁護士はというと、当然の結果に納得するのと同時にようやく解放されることにほっとしていた。そんな弁護士の胸ぐらを掴んで、喚き叫び、暴れ出した沙也加様は警備員に抑えられ、ずるずると引きずられ、法廷を後に消えていった。
「なんで私が捕まるの!?それになんでそんなに支払わないといけないのよーーーーーー!!!!」
その場に彼女の叫びが広がる中、見に来ていたホテルのフロントスタッフの2人は席でボソッと呟いた。
「期待を裏切らない展開・・・結局最後までピエロのままで終わりましたか・・・。」
「いや、最後まで笑わせてもらった。さすが不倫する人間は一味違うね。」
「ふむ、今度、オーナーがお越しになった時にはよい報告ができそうですな。」
「いつの間にいたのっ、支配人!?」
「ふふふ。」
「恐るべし・・・俺たちが気付かないうちに後ろにいたとは、さすが、海野ホテルの支配人・・・・!!」
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