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番外編
マダムの優雅なカフェの一時(マスター話番外編)
しおりを挟む皆様、ごきげんよう。
わたくしは今日もお友達と一緒にこのカフェに愛用のコップを持って訪問しておりますの。このお店には先々代の佐野輪様が経営されていたころから、ずっと通っていますが、相変わらず居心地の良いところですわ。
珈琲を専門としている店なのですが、先々代が愛する奥様のためにと、一種類の紅茶とアップルパイをこっそりとメニューに残しているところがこれまたにくいところですわね。
ちなみに、このアップルパイは私たちの中でも人気のあるデザートですわ。
今は三代目のマスターが店のマスターを引き継いでいるのだけれど、この子がまた面白いこと。
姫子様もいろいろ面白かったけれど、この子はそれ以上ですわね。
「いらっしゃいませ、マダム。今日はマイセンですか」
「ええ。この花柄が気に入ってね」
「素晴らしい薔薇柄だ。では、今日はこちらの豆を使いましょうか」
「ええ、お願いするわ」
・・・造詣にも深い方でね、若いのに大したものですわ。
ちなみに、マイコップを持参しているのは、わたくしがそそっかしく、何度もこちらのコップを割ってしまうからです。それでは申し訳ないとこちらから持ってくるようになりました。
それはそうと、マスターの見た目は黒髪のベリーショットに黒い瞳。どことなく、雰囲気が先々代によく似ておられるわ。血筋を考えれば当然なのだけれど・・・ここにいる時はウェイターの恰好でズボンをはいているからか、男と間違われがちですわね。
まぁ・・・本人がそれを狙っている節があるので、苦言は申しませんけれども・・・ちょっともったいないと思うときはありますわ・・・。
「大変なのだ、倫!!!」
「・・・光、うるさい。マダム達の迷惑になるだろう」
「む、す、すまぬ・・・そ、それはそうと、レポート提出の締め切りが明日に早まったのだが、どうするつもりじゃ?」
「は?一週間後じゃなかったの?」
「教授が海外旅行に行かれるとかで」
「あんの教授がっ・・・・!!!!」
「倫、落ち着いて~っ! ほら、ほら、ハイジがびっくりしているからねっ?」
わなわなと震えだしたマスターを宥める美少女を眺めた私たちは遠い目になった。
誰もが思っただろう・・・この二人、性別が逆のくせに、見た目を裏切らないと。
倫と呼ばれているマスターは、佐野倫様のお孫さんで、本名は倫姫とおっしゃる。
ボーイッシュな姿だが、完全なる女性だ。
そして、そのマスターを宥めている人は、市松光という方。
見た目はスカートをはいている美少女ですが、性別はれっきとした男性・・・・。極まれに男として来る時があり、その時に正体を知った時、絶叫したぐらい。本当に今の時代は変化しているものですわね。
なんというのだったかしら・・・ああ、そうそう、男の娘というらしいですわ。
口調はこの素っ頓狂なものが本来のものなのかわかりませんが、この店ではこういうしゃべり方をしていますわね。
まぁ、この店の近くに潜む愚か者たちへの対策なのでしょうが・・・もったいないこと。
2人とも大学院に通っていて、マスターは市松様に代理を頼むことが多いとか。
ちなみに、ハイジは最近飼われた猫ですわね。
今や、この店の看板猫として人気を集めているのですが、それはまた別の話ですわ。
ハイジは眠いようで、窓際で寝ていますし。
お友達と珈琲を飲んでいる内に、マスターと市松様の会話が終わりました。
市松様が出ていった後に話を聞いてみると、資料を持ってくるためにいったん家に戻られたとのこと。
「そういえば、一緒に住んでおいでだったわね」
「ええ。こういう時は便利だなぁと思いますよ。・・・はい、お待たせいたしました」
「ありがとう。まぁ、美味しいわ」
「ありがとうございます。今日もお友達と内緒話ですか?」
「うふふ、わたくし達はここでしかおしゃべりできませんもの。」
「重々存じておりますよ。お邪魔はしませんので、どうぞ、ごゆるりと」
「おほほ、ありがとう」
にっこりと微笑を見せてからカウンターの方へ向かったマスター。
彼女を見ていると、昔を思い出す。
「・・・はぁ、懐かしいですわね」
「あら、珍しく思い出にふけっておいでなのね」
「そうなのよ。藍様を思い出したせいかしらね・・・」
「あはは、懐かしい名前が出てきたわ!! そういえば、マスターは藍様にも似ていらっしゃるわね。ちょっと天然っぽいところとか。わたし、今でも彼女の前で元彼をひっぱたいたことを覚えていてよ」
「わたくしもですわ。マスターがさらっと元カレの悪事をばらす横で、藍様がきょとんと立っていらしたわ。うふふ、懐かしい・・・もう結構前のことよね」
「もう彼女はこの世にいないものね。そう考えると、私たちも年を取ったものだわ。あの頃を考えれば、私たちが、まさかこのカフェで集まるようになるだなんて思いもしなかったわ。佐野様・・いえ、先々代マスターの声かけがなければ集まろうとは思いもしませんでしたけれど」
「ええ。私たちの内緒話もその時から始まりましたわね・・・」
懐かしい会話に花が咲く。きゃきゃっと笑いあう私たちの手はもうしわだらけで、肌も衰えた。
それでも、笑顔だけは忘れまいと心掛けている。
それは、懐かしい彼女・・・藍様に教えていただいたことだから。
藍様の死をきっかけに、落ち込んだ先々代に成り代わって娘の姫子様がカウンターに立ったあの時、わたくし達は決めた。
わたくし達のやり方でこのお店を守ろうと。
色々話し合って、やっぱりこのカフェに地道に通うことが大事だろうということになった。
その時以来ずっとこのカフェを見守ってきた。
「・・・この珈琲もようやく、カフェの味になりましたわね」
「ええ。最初は飲めたものではなかったけれど・・・成長されたものですわね」
倫様もいろいろとあった。最初から完璧なわけではなかった。
それでも、一歩ずつ彼女は学んで、カフェの味を覚えようとしたし、引き継ぎにも必死に取り組んでいた。
「でも、アップルパイはもう少しですわねぇ」
「これでも十分美味しいけれど、やはり先々代の味には負けますわ」
「それはしょうがないですわ。何しろ、藍様のためにおつくりになったものよ?」
アップルパイもこの店のレシピを使って作っているが、先々代にはまだまだ負ける。それは無理もないこと。
たった一人のためだけに捧げられたアップルパイはこのカフェの客に出すのとまた意味合いが異なるのですしね。
それでも、藍様がおいしいといわれた味は私たちにとっても懐かしい思い出。
ですから、私たちは時折、このアップルパイを無償に食べたくなってしまいますの。
「ああ、食べたくなりましたわね。」
「ええ。ひとまず食べましょうよ。マスター、アップルパイを3人分いただけるかしら?」
「はーい、少しおまちくださーい」
注文を頼むと、カウンターから遠い返事があった。大丈夫そうなので、満足して会話に戻ることにする。
「今のマスターが、先々代が作られるようなアップルパイを作れるようになるのはいつになるかしらね」
「あら、そう遠くないと私は思っていてよ。あの市松様との関係を思えば。如何かしら?」
「そうね、わたくしもそう思うわ」
「・・・昔は姫子様や嵐さんも、先々代の後をついてお手伝いしていらしたわねぇ。いつか、またあの光景を見られるかしら」
「見られるに決まっているでしょう。わたくし達はひ孫の代まで見届けて、いずれはあの世で藍様に報告しなければなりませんのよ?」
「そうよ、そうよ」
友人とともに笑いあうわたくし達は机に出されたアップルパイを食べながら、彼女を想う。
温かいアップルパイを一口かみしめるたびに、リンゴの味が口の中に広がってゆく。
その味は懐かしい一コマを思い出させる。
カウンターを見れば、温かな家族が目の前に浮かび上がるかのよう。
丁度あの日のように。
『藍、アップルパイは逃げないから落ち着いて食べな?』
『だって、また病院にしばらく入院するんだもん。今のうちに食べて、輪の味を覚えておかないと!』
『心配しなくてもまた差し入れしてやるから。ほら、姫子や嵐も心配してるぞ?』
『無理はしないでね?』
『大丈夫よ。お母さんは頑張るからね!絶対完治して、このカフェにもう一度通うんだから!』
『うん、頑張って、お母様!!』
・・・その会話を最後にもう彼女は現れなかったけれど、このカフェは今も続いている。
先々代の輪様が社長になった時は姫子様がこのお店を守っていらした。
そして、姫子様の次は、倫姫様が。
・・・いつか、わたくし達もこの店から去らなければいけない時が来るだろう。
それまでに仲間たちを集めておかなくては。
先々代マスターと藍様のために、そして、このカフェのために。
だから、わたくし達は今日もこのカフェで一時を過ごす。
「まぁ、もうこんな時間に」
「さぁ、今日のお茶会はお開きね。また明日」
「ええ、それではお先にごきげんよう」
「ごきげんよう」
立ち上がって、扉の方へいくと、マスターがレジでお釣りを渡してくれた。
「今日もありがとうございました」
「今日もおいしゅうございましたわ、また明日」
「・・・はい、また明日お待ちしております」
一礼して外に出ると、目の前には一台の車。
迎えがちょうど来ていたようで執事が立っていた。
ゆっくりと階段を降りながら思い出したのは、さっきのマスターの笑顔。
ふんわりと笑ったあの子の笑顔はやはり、藍様とよく似ておいでだった。
『また明日』
ええ、また明日集まりましょう。
そして優雅な一時を繰り返しましょう、あの日々を懐かしみながら。
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