上 下
5 / 12

マスターと光の関わり①

しおりを挟む



マスターである倫はいつものように喫茶店で常連のマダムたちと会話を交わす。その間にもずっと光はカウンターでお茶を飲んでいた。
珍しく静かな光に倫は内心でため息をついた。

(・・・一旦回復したとはいえ、こんな調子だもんな・・・)

ニャー

ふと猫の鳴き声に誘われて玄関の方を見ると、同年代ぐらいの子が猫をつれて困ったように立っていた。

「こ、んにちは。こちらは・・・猫は大丈夫でしょうか?あの、ほんの10分ほどでよいのですが。」
「少々お待ちくださいませ。皆様、猫アレルギーの方や苦手な方はいらっしゃいませんか?」
「大丈夫よ~」「ええ、問題ありませんわ。」「長居するわけでもないですし、かまわないのでは。」

協力的な声が聞けたことにほっとした倫は立っていた子に短時間なら問題ないと告げ、席へと案内した。
安堵したのか、その子は猫を抱えて席へ着いた。そこへ水を出すべく、倫は動き出した。

「どうぞ。もしや待ち合わせか何かでしょうか?」
「あ、そういうわけではないのですが・・・あの・・・頼まれたのです。」
「・・・・・どういう意味でしょうか。」

周りの目を気にするようにその子はあたりを伺った後、倫の耳元に囁いた。

「・・・姫様にあなたのことを監視するようにと言われています・・・。」

(姫様・・・・)

思わず倫は舌打ちをかましていた。その舌打ちに驚いたのか、女の子はすでに耳元から離れて再び縮こまっていた。

「・・・・つまり、あそこから来たと。」
「あの、その・・・一か月前から働いております。」
「ああそう・・・ご随意にどうぞ。見飽きたら勝手に帰ってください。」
「も、申し訳ございません。あの・・・アメリカンコーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」

他のお客さんがいる手前、倫はこの女の子を追い出せなかった。この時点で倫はおそらく猫に何かが仕込まれているのだと気づいた。どう見てもなついている雰囲気はない。

(姫も相変わらずだな。あいつについているのは満里江だけかと思っていたら、他にも子飼いがいたのか。)


蘇る過去。
姫に関しては、どう考えてもどう好意的にとっても、自分にとっていい思い出はない。
だが、自分と光にとっては避けられない人物でもあるから厄介だ。

「どうしたのだ、倫。そんなしわを寄せて。」
「・・・・ネコを抱えてる子いるでしょ。あれ、姫がよこしたらしいよ。」
「なぬ!?・・・どうする、必要とあらば私が対応するが・・・」

立ち上がろうとする光を押しとどめ、再び座らせた。ほうっておけという意味を込めて。倫は少し落ち着けるためにと、自分もコーヒーを入れだした。幸い、今は常連も落ち着いている。
珈琲を飲んでいると、光の方も解せぬとばかりに顔をかしげていた。はた目からすれば完全に化粧が整っている美女だ。これで男の娘とかありえぬと思いながら、倫は光の長いまつ毛に見入っていた。

「しかし、どういうことなのだ。最上殿はお役目ごめんになったと申すのか?」
「そういうわけじゃないと思うよ。たぶん、複数抱えてるんじゃないの。」
「ふむ。しかし、あの姫様も諦めたわけではないのだな。ここしばらくは平和だったのだが。」
「大方、抜け出したか、目を盗んだかのどちらかだろうな。」

はぁと二人してため息をついているといきなりドアが盛大に開き、おーほほほという盛大な笑い声とともに満里江が登場した。

「ごきげんよう、来て差し上げたわ・・・・あら、どうしましたの?」
「・・・・いや、噂をすればと思って。」
「相変わらず派手な服が似合うことで・・・こきげんようなのだ、最上殿。」
「ほめても何も出ませんことよ。で、どういう意味ですの、噂って。」

頬を染めながらもバラ柄のワンピースを翻した満里江はカウンターにいる二人の方へと近寄る。他の常連たちは光達の知り合いと分かると自分たちの談笑に戻っていった。近寄ってくる満里江に女の子の方を指さして答えると、満里江は苦々しい顔を見せる。

「あちらの女の子もお前と同じだとよ。」
「・・・そう、ですの。少なくとも私はあの子については聞いておりませんわね。」
「へー、信頼されてないのか?」
「こちらも信頼していないのですからお互い様ですわ。」

ツンと顔をそむける満里江に光も倫も目を見合わせた。

(満里江は・・・姫が仕向けたスパイというかそんな立ち位置にいながら、なぜか自分の方にも情報を流している。彼女曰く、家の関係上言う事を聞かねばならないだけだそうだが。)

「しかし、佐野社長は厳しく姫様に注意されたとお聞きしていたのだが、懲りなかったのであろうか・・・。」
「あれが懲りるぐらいなら俺は命を何度も狙われてやいないよ。」
「それは仕方がないのでは。何しろ、倫さんが正統な佐野家の後継者ですもの。」
「・・・本当に厄介な家だ、潰れてしまえばいいのに。」
「それは止むなきことだ。我らは生まれてくる場所を選べないからの。」

メンドクサイという表情を隠さずにちらっと女の子の方を見ると、さっと目を逸らしてきた。どう考えてもバレバレの視線で、彼女はこの仕事に向いていないのではと思うぐらいである。

「光。あれ、うっとうしいからあいつに引きとってもらってよ。」
「え、あ、ああ・・・そうだな。」

いきなり出た倫の発言に目を丸くさせつつ、光はスマホを取り出した。光が外へと出ていったのを見つつ、満里江は倫に話しかけた。

「・・・姫様は光様にまだ執着しておいでですわ。」
「ふーん。で、満里江はどうするの。」
「今は見逃してくださると大変助かるのですけれど。」
「・・・私の平穏を壊さないならお好きにどうぞ。」
倫姫ともき様の寛大なお心に感謝いたします。」

深くお辞儀をした満里江を放置してカウンターの裏へと戻った倫は包丁を取り出し、パイを切り出した。仕事に戻るのだと察した満里江は適当な席に座る。
窓からは光が電話を終えて戻ってこようとする様子が見えた。

「おい、倫・・・あれ?」
「倫さんなら、裏で仕事をなさっておりますわ。」
「・・・・そう。とりあえずバカが引き取りに来るって。」
「バカって・・・一応身内の方ではなくて?」

珍しく口調が荒い光に気づいたのか、満里江は光に対して、隣の席に座るよう促した。光も抵抗感はないのか、あっさりと座る。

「バカは父の顔色を伺い、意志なく動くことしかできないからの。」

辛らつな光の言葉を聞き、満里江の頭によぎったのは姫様から言われた言葉。

『光はね、啓仁たかひとより優秀なの。啓仁はずっと優秀な弟に追い抜かれることに焦っているから、囁くのは容易かったわ。でも、光は私の甘言には騙されないでしょう。そこが光の良いところであり、私が嫌いな部分よ。』

「光様はかつて、姫様のお目付け役だったとか。でも、あの事件をきっかけに倫様の方へつけられたと聞いていますが。」
「・・・最上殿に関係あるわけではないのに、なぜそんな事をご存知なのだ?」
「姫様がもったいないことをしたとおっしゃっていたので。」
「ふん、相変わらずであるな。だが、あの姫様はそんな甘い理由で私を呼び寄せたいわけではなかろう。」

おおかた、倫にダメージを与える、もしくは自分の実家を従わせたいのか・・・もしくは、自分を傷つけたいかのどれらかであろうと光は言う。
淡々と話す冷静さを見せた光に満里江は思わず本音を呟いてしまった。

「多分・・・光様があの時に姫様の計画を邪魔なさったことを根に持っておいでかと。」
「倫があの時のことを許した意味も解っておらぬのか、あのバカ姫は。」
「光様!」
「全くなぜこうも違うのであろうな、おなじ母の腹から生まれた姉妹であろうに。」

静かに光が呟いていたころ、倫の方でも思案していた。

(・・・双子で生まれた姉妹でありながら、俺を殺そうとした姉に今さら姉妹愛も家族愛も含めて情など感じない。だが、売られた喧嘩は買おう。お前だってそのつもりであの子をこちらに寄越したんでしょう?)


「・・・菜津姫なつき、今度という今度は容赦しないよ。」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

優等生と劣等生

和希
恋愛
片桐冬夜と遠坂愛莉のラブストーリー

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...