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マスターのごく普通な休日(前編)
しおりを挟む佐野倫姫。通称、倫の朝は、光に起こしてもらうことから始まる。
「倫、起きるのだ。朝だぞ。」
「ううー、もうあと、十分・・・・」
「ダメだ。今日は買い物の約束ではないか。また寝たら熱いお仕置きをするぞ?」
「・・・・・起きる」
彼のお仕置きといえば、キスだ。ねちっこくしつこく長いキス。あれだけは息切れで苦しくなるので勘弁してもらいたい。
倫は彼の言葉を聞くなりすぐに起き上がった。
「倫よ、お主も大概酷いぞ。私のキスを嫌とか!」
「・・・着替える」
「うむ、リビングで待っているぞ!」
黒いパジャマから白いワイシャツに黒いスラックスに着替える。倫の場合、白黒が好きなので、店で働いている時となんら変わらない服装を好んでいる。
リビングに行くと、すでにテーブルには美味しそうなごはんが並んでいる。
朝は光の担当、夜は倫の担当と決めているので、何か特別な事情がない限りは担当をきちんとこなしている。特に光は体重制限を経験していたこともあり、食事のカロリーバランスを考えて料理を作っている。
今日も、ごはん、味噌汁、魚とバランスよい食事が出てきた。
「・・・・相変わらずすごい美味しい。」
「当然だ、私の愛が詰まっているのだから。」
「凝り性で金もあるからとことん食費につぎ込むんだよね・・・。」
「お主を釣るために磨いた腕だ。今さら止めようとも思えぬ。」
もぐもぐと食べている倫とは正反対に上品に箸を動かして食べる光。さすが男の娘というだけあって、動作も女らしい。
口調こそは、以前からの癖で素っ頓狂なしゃべり方だが、これまた個性が突き抜けていてよいと、店のお客様からは評判が良い。
・・・まぁ、倫も内心ではこの口調が好きなので、敢えて放置している。本人には死んでも言わないつもりでいるが。
光は、『男の娘』をモットー扱いしているので、とことん凝って家の中でもスカートをはく。ズボンをはく時もあるが大概スカート。
家の中ならいいが、外だとびっくりするだろうなと思う・・・ちなみに光は外の時はちゃんと男のトイレに行く。(そこを弁えているあたり、まだ男としての羞恥心はあるらしい。)
「時に、今日は買い物日和の天気だ。どこへ行きたい?」
「うーん。あ、熱帯魚に癒されたいかな。」
「む、では、熱帯魚の専門店を探そうか。」
箸を机に置いてからタブレットを探す光に、倫はため息をついた。ここまで自分より女らしい動作はないだろうと。それでも、ごはんがおいしいので落ち込む暇もないとすぐに思い直した。倫がご飯を食べ終わる頃に、光がタブレットを持ってきて、画面を見せる。
「見つけたぞ。ここはどうだ?」
「あ、良さそう。」
「うむ。では、ここへ行ってから買い物をしようぞ。というか、もう食べたのか・・・早いな。」
「早食いだからね。光はゆっくりしていいよ。」
「うむ。あ、新聞とお茶を準備するからちょっとソファーにおれ。」
「はーい。」
光のまめまめしい気配りは真似できないと思いつつ、言葉に甘えてソファーに座って光が持ってきた新聞とお茶(抹茶)を堪能する。
光はそれを満足そうに見てから、再びご飯を食べる。不思議なのは、倫が新聞を読み終えた頃、光も片づけを終わらせているところだ。
どんなに急いでも必ず終わっているあたり、きちんと時間配分を決めているのだろう。
ここらへんは本当に見習いたいとさえ思う。
「倫、もう準備は終わったか?」
「あ、うん。光が全部持ってくれてるし。」
「お主はそそっかしいからな・・・携帯さえもってくればよい。」
ため息をつく光の服装は小悪魔系スタイリッシュなイメージでまとめ、シンプルにモノクロでそろえている。かかとの高い細長いブーツをこなしているあたりが恐ろしい。太腿も絶対領域というらしいぞといいつつ、ノリノリでタイツをはいていた。これが似合うあたりがまた恐ろしい。腰までの長い三つ編みも、化粧も似合う。光に言わせれば、倫に合わせているだけだそうだが、似合いすぎて逆に恐ろしい。
「・・・倫は自覚がないからの。断っておくが、お前を狙う輩は結構いるぞ?」
「いやいや、全員女の子だからね?この格好を見て男が私を狙うとは思わない。」
「解らんぞ、物好きなやつもいるからな・・・私みたいに。」
光が眉間にしわを寄せていたのを見た時、倫はぽんと手を叩いた。
「そういえば、良く気付いたね、光。」
「高校が違ったとはいえ、かつては同じ中学校に通っていた想い人を忘れはせぬぞ・・・いや、何でもない。」
倫の独り言にぼそっと突っ込んだ光だが、面と向かってはさすがに言えないらしい。誤魔化してさっさと車の方向へと向かった。
狭いながらも、熱帯魚の種類が豊富な店へと入る。壁一面にずらりと並ぶ水槽に目を輝かせた倫はあちこちの水槽に見入っていた。そんな倫に寄り添う形で光がついていく。
「あー、コリドラス可愛い。」
「コリドラスはナマズであるな。一番の人気はコリドラス・パンダだそうだ。」
「あ、こっちはグッピー。」
「うむ。メダカの仲間だ。改良品種が多いが国産を選ぶとよいらしい。」
「エビもいる。」
「人気なのは、ヤマトヌマエビやミナミヌマエビだな。熱帯魚と混泳させるとよいぞ。」
店員から説明をしましょうかと勧められたが、光が即座に断り、自分が紹介すると言い出した。訝しく思った店員の前で、光は見事にそれぞれの熱帯魚について説明することができた。あっけにとられた店員の前で、倫は感心した。
「・・・本当に博識。」
「一般的な知識しかないぞ。少々急いでいたからな、タブレットで確認しかできなかった。コリドラスのモフモフというキーワードも見つけたぞ。もう少し時間があれば調べて研究したいところではあったが・・・」
「凝り性すぎる。」
「ハマればうまくいくが、飽きるととことんやらなくなるところが難点ではある。」
「男の娘は良く続いているね。」
「そうだな、老化を感じるまではやるつもりだ。」
男の娘という言葉のあたりで、店員がぎょっと目を見開いていたがスルー。光もわかっていたのだろう、否定せずに流している。
「で、熱帯魚は飼うつもりかね?見積もりはできているが。」
「ううん。育てるのが大変だから、お店で見るぐらいがちょうどよいよ。」
「そうであるか。」
「それに、もうでかい魚はいるしね。」
「ふむ、そうなのか・・・・うん?」
「その魚でていっぱいだし、自立できている熱帯魚だからべつにいいかなって。」
「・・・・・・。」
倫が言う魚が一体何のことだか気づいた光は何とも言えない表情を浮かべた。光の顔に満足したように、倫は外へでた。その時にしっかりと手をつないでいったのはあくまでも作戦である・・・あくまでもだ。
「・・・・都合の良い時だけ、手をつなぐとか卑怯であるぞ。くっ。」
「こういう時の光は可愛いよね。」
「・・・すまぬ、こういう時のお主の感性だけは理解できぬ。」
立ち止まった光はかかとを鳴らしながらも、額に手を付け、ポーズをとった。その凛とした容姿はどこからどうみても女性だ。
「・・・光、恥ずかしいからそこで格好をつけないで。そこ、ベンチの上だし!」
「む、すまぬ。」
手を繋いでいる感触がなくなったことで、光がいないことに気づいた倫が慌てて引き返すと、堂々とベンチの上に立ってポーズをとっている光が注目を浴びていた。
「ったくもう・・・」
「すまぬといったではないか。」
「考え事すると、高いところへ行こうとするとこは光の悪い癖だよっ!」
「む、せ、善処しよう。」
「そういって、直ったためしがない・・・。もういい、ごはん。」
「うむ、私のおすすめの場所へ連れてゆく。楽しみにしているが良いぞ。」
「・・・期待してる。」
なかなか休みを取らない倫にとって、光とゆっくり過ごせる日はなかなかない。だけれど、たまにはこういう休日もいいなと思いながら、倫は駐車場のほうへ向かった。それを慌てて追いかけてくる光と一緒に。
・・・・・この後、とんでもないことが起きるとは知らずに。
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