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26)懐かしい味
しおりを挟む日本のたこ焼きは美味しい。
俺のソウルフードって言っても過言じゃないと思う。
もぐもぐと食べていると、アリエッタの呆れた顔が目に入ったが、敢えてスルーする。
ああ、マヨネーズが半端なく美味しい。
さすが、母上。
そして、さすが、過去の俺。
たこ焼きを広めた人が誰だか知らないけれど、これは国賓待遇してもいいぐらいの美味さ。
(ああ、懐かしい。)
たかが三日間、されど三日間。
たった三日間だったけれど、俺はたこ焼きを食べるたびに思い出す。
『どう?美味しいかしら?』
『あつっ・・・』
『慌てるな、たこ焼きは消えん』
『う、うん・・・』
プリムが持ってきた鏡は俺に思いもよらない出会いを与えてくれた。
たこ焼きの味を味わいながら思うのは、懐かしいあの人たち。
『・・・・どこ、ここ』
魔法も使えず、魔術も効かないあの世界でたった一人。
初めて見る何もかもが怖かった。
父様も母様もいない。
辛うじて、あちこちの看板や建物にある日本語で日本だと分かったが、それだけだった。
見知らぬたくさんの人間が無言で前を向いて歩く。青になったら一斉に歩き、赤になったら一斉に止まる様子ははっきり言って気持ち悪かった。
(後から信号の意味を知ったけれど、あれは意味が解らないと恐怖さえ感じる)
極めつけは、周りの奇異なものをみるような目。それは畏怖とも違う、まるで無関心なようで冷たい視線。多分、マントを羽織っていたせいかも。よりによって裸足だったのもまずかった。
しばらくうろうろしていたけれど、次第に暗くなっていく景色に焦りを感じた。
誰もいない、魔力も使えないこの世界でどうすればいいのか。
初めて無力というものを感じて涙が出そうになった。
その時、だった。
『いた! この子だ』
涙を我慢していた俺に手を差し伸べてくれたのは、とある老人夫婦だった。
(しかも・・・)
『あなた、どうしたの・・・?』
『この子から魔力を感じるんだ。多分この子はあそこから飛ばされてきたのだろう』
『まぁ!娘とは逆のパターンね』
なぜか異世界に理解がある夫婦だった。
おばあさんが俺のマントの汚れを払ってくれたし、おじいさんが手を繋いでくれた。
『しかし、こんな偶然もあるのか。まさか大阪でこのような出会いがあるとは』
『そうね。そうだわ、名前はなんというのかしら?』
質問されたのだと気付き、慌てて、ケイトと名乗った。
『ケイト君ね。良い名前だこと』
『丁度、東京に帰るところだったんだ。帰るあてがないのなら一緒にどうだい?』
(あの時は頼るすべがなかったから迷わず頷いた・・・。間違いなく一番年相応になっていた時だったと思う。)
初めての電車や新幹線にはびっくりした。人は魔法がなくてもこんな便利なものを使うんだと。マントはまずいからと、Tシャツにズボンも買ってくれた優しい人たち。
何もかもがびっくりで思わずいろいろと聞いてしまった自分に対して、にこにことあれはあれで、これは・・・・と、嫌がらずに丁寧に説明してくれた。
『あれはね、日本で一番有名な山なのよ』
『もしかして、富士山?へぇ、綺麗な色!』
『そうよ、詳しいわね?』
『母様が教えてくれました』
『・・・つまり、君のお母さんは日本人なのかい?』
『あ、はい』
『・・・・・名前はなんと?』
『母様はアリアっていいます。日本にいた時はタカハラだったけれど、父様と結婚して名前が変わりました』
(母様のことを話した時、おじいさんはコップを落とすほど驚いていた。おばあさんも目を潤ませていた。あの時は突然の行動にびっくりしたけれど・・・今ならわかる。)
あれは・・・・あの驚きは・・・・
(多分、あの時に俺が孫だって気付いたんだろうなあ。ずるいよ、こっちは戻ってきた後に気付いたのにさ。)
母様のことを話してからはいろんな質問をされた。
家族は何人なのか、どんな世界なのか。
どんなことをして遊んでいるのか・・・。
母様や父様はどんな人なのか、どんな会話をしているのか・・・。
話してているうちに疲れたのか、ぐっすり眠ってしまっていたし。
気付いたら、もう家の中にいてびっくりした。しかも、パジャマまで着せられていた。
『えっと・・・?』
『起きたかい』
『夜ごはんはどうする、食べる?』
色々とお世話になったおじいさんとおばあさん。
帰れないか不安になって大泣きしたときもあったけれど、そんな日はおばあさんやおじいさんが一緒に寝てくれた。
初めての浴衣、初めての花火大会、虫取り、キャッチボール。
おじいさんはいろんなところに連れて行っては経験させてくれた。
それを不思議に思って聞いたことがある。
『どうして優しくしてくれるの?』
『ふふ、孫ができたようで嬉しいのよ』
『孫?おばあさんにはいないの?』
『そうね、娘は結婚でかなり遠いところにいて会えないの。でも、きっと生まれているだろうなとは思っていたけれど、確信は持てなかったわ・・・今まではね』
『じゃあ、今では解っているんですね、良かった!』
『ええ、ええ・・・本当に良かったわ』
涙をためて笑顔を見せてくれたおばあさん。
あの時は何故泣いているのかわからなかったけれど、今ならわかる。
あれは、そういうことだったんだなって。
だけど、その楽しい時間はあっさり終わった。
ピーポーピーポー
『どうしたの!? おじいさん、おばあさんが!!!』
朝起きたら、おばあさんが倒れていたのを見て、すぐにおじいさんを呼んだ。
おじいさんはどこかに電話をして、すぐに救急車っていう車を呼んできた。それを見て、命が危ないことを悟った。
『おじいさん、おばあさんはどうなるの!?』
『わからない。だが・・・』
おじいさんと一緒に病院に向かった。おじいさんはずっと険しい顔をしていたから本当に危ないんだって思った。
命ってこんなに重いんだってあの時実感した。
自分の国は長寿で病気も怪我もほとんどない。魔法や魔術という便利なものに守られているから、そうそう危険なことにもならない。結界のおかげで温度も急激な変化はない。
だけれど、この世界で暮らして、おばあさんの危機を見て、本当にここはあそこと違う世界なんだっていうことを初めて実感した。
同時に、自分は今まであの子の言うように命を軽視してきたんだっていうことにも気づいた。
『・・・・・・・化け物・・・・・』
そうだ、人間は・・・脆くて、弱い。
そして、何よりも尊い。
おじいさんと一緒に病室に入ると、弱弱しくおばあさんが微笑んでいた。横たわっているその体を初めて弱弱しいと思った。
『おばあさん・・・』
そっと話しかけると、皺くちゃになった手が伸びて、頭を撫でてくる。
『びっくりしちゃったでしょう?ごめんね・・・』
『ううんっ・・・・・・大丈夫?』
『あなた、あのお店覚えているかしら?あそこのたこ焼きを食べたいわ、この子と一緒にね』
『わかった。買ってこよう』
何かを感じたのか、おじいさんが財布をもって出て行った。椅子に座った俺に向かって、おばあさんはゆっくりと話しはじめた。
自分の子どものことをいろいろと。
『・・・ふぅ、たくさんしゃべったわねぇ』
なぜか、おばあさんのその声がとても小さくて。子どもながら思った。もう、長くないのだと。
『買ってきたぞ』
いい匂いのする丸い六つのボールにソースと鰹節。これは?と聞くと、たこ焼きだと返事が返ってきた。
おばあさんと二人でたこ焼きをゆっくりと食べた。おじいさんはなぜかいらないと首をふっていたけれど、今思うと、そういうことだったのかなと思う。
『ふふふ、昔はね・・・あの子とよくたこ焼き屋でたこ焼きを食べたものよ。今になって、こんな嬉しい日がくるとは思ってなかったわ・・・』
おばあさんは泣きながらたこ焼きを嬉しそうに頬張っている。その涙の意味は分からなくとも、俺の頬には自然に涙が伝っていた。
『ありがとうねぇ・・・ああ、本当に美味しいたこ焼きだったわ』
・・・その日、おばあちゃんは静かに目を閉じた。そして、俺はあの最後に交わしたやりとりを今でも忘れていない。むろん、忘れられるはずがない。
だって、本当に美味しいたこ焼きだったんだ。
おばあちゃんと泣きながら、それでも笑って食べたあの味はもう感じられない。
だけれど、それでも鮮やかによみがえるあの記憶は――――
「あー美味しい」
「もう・・・いい加減にしてくださいっ!!もう十個は食べていますよねっ!?」
想い出のたこ焼きは色あせることなく。
おばあさんが亡くなった次の日、俺は強制的に元の世界に戻された。丁度、おじいさんと一緒にたこ焼きを買おうとしていた時だった。
『ほら、たこ焼きだ。・・・君と出会えたお蔭で、妻も心置きなく逝けただろう』
『おばあさんは・・・わかっていたの?』
『ああ。病気で長くないといわれていてね。大阪に行ったのも、妻の最後の想い出作りのためさ』
『そうですか』
俯いていると、いきなり魔法陣が発生した。まぶしい光に驚いておじいさんのほうを見ると、まったく驚いていない様子だった。まるでこうなることをわかっていたみたいに。
『・・・女神様が気を利かせてくれたのかもな。・・・ケイト、君のお蔭で、妻へ最後に素晴らしい思い出を作ってやれた。ありがとう』
最後につないでいた手は自然に離れていった。気付いた時は、たこ焼きを持って、水晶の前に立っていた。驚いているプリムをよそに大泣きしたことを今でも覚えている。
(おじいさんも長くないんだってわかってしまったから泣いたんだろうと思う。)
あの時、ぼくが禁忌を破ったことに対して、女神様のばつがなかったのは、何かそういうことがあったんだろうなと今でも思っている。
(女神様が答えてくれるとは思わないけれど・・・あの一年間・・・いや、三日間はアリエッタの次に人生を変えてくれた出来事だ。)
ねぇ、母方のおじいさん、おばあさん、俺は今も忘れていないよ。
たこ焼きは俺にとってソウルフードになっている。だって、貴方達との思い出が詰まった食べ物だから。
だから、たこ焼きを食べるたびに、思うんだ。
「あー幸せだなぁ」
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