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11)双子と自分と隠し部屋
しおりを挟む自分の過去を振り返ってみても、お世辞にもいい生活をしていたとは言えないと思う。少なくとも、カルマリアではいい思い出がないことは確かだ。
「考えていても仕方がないか。やれることがあるならやるべきでしょうし」
ちいさく呟いた後、後ろを振り返ると、護衛兼監視を公言するビビが入り口付近に椅子を持ってきて座っていた。私が本を読むのが長くなりそうだということを見越してのことだろう。
確かに一昨日も図書館の中で寝てしまった経緯がある。それを考えると、ビビが室内で見守りをするのは当然のことだと言わざるを得なかったし、否とも言えなかった。
アリエッタはため息をついた後、図書室にある数多の本から一冊取り出した。本を見ようと椅子に座ったその時、本棚の奥の方に何かが見えた。
気のせいかと思いつつ、もう一度よくよく見てみると、髪の毛が見えている。少し視線を下に移すとスカートの裾らしきものも見えた。
「ビビ、あそこに2人いるみたいだけれど」
「え、もしや・・・見てまいります」
心当たりがあるのか、ビビが奥の方へと向かった。しばらくすると話し声と共に、ビビが二人のこどもを連れてきた。
男女の双子の子ども。
服装からしても身分が高い子どもだろうか。髪の毛は天使の輪が見えるほど艶がある茶色だが、目は黒色。・・・目の色を考えるとどう考えても、アリア様からの遺伝としか思い浮かばない。
「目が黒いのって、もしかして?」
「はい、ザン殿下とアリア様のお子様達でございます。お二方ともご挨拶は?」
促されてか、ビビの後ろに隠れていた双子はおずおずと口を開いた。
「・・・ルーティ・トーリャ」
「同じく、マーティ・トーリャです」
「・・・ご丁寧に。アリエッタといいます、お見知りおきを」
まだ幼い二人のために跪いて挨拶すると、二人も警戒心を解いたのか、ホッとした顔で近づいてきた。
「「アリエッタ」」
「はい、なんでしょうか」
二人ともぎゅっとアリエッタのスカートの裾を掴んでくる。目を丸くしていると、顔をあげた双子が真剣な声で聞いてきた。
「お母様は治る?」
「治してくださる?」
「えっと・・・?」
「アリエッタ様、申し訳ございません。ルーティ様、マーティ様、治せる可能性があるだけで、確実に治せる保証はないのですよ」
アリエッタの視線を受けてか、ビビが双子に対して説明している、双子たちは涙を堪えながら首を横に振っている。
「それでもいい」
「あたし達、母様の声を知らないの」
「動いた母様に会いたいの」
「「・・・おねがいします」」
必死に頭を下げる王子や王女達の様子に胸を打たれた。
子ども達を見た瞬間、重なったのは昔の記憶。
母親と離ればなれになった時の自分。
繋いだ手の温もり。
優しい母の声。
家族の笑い声。
自分にはもう手に入らないあの大事な日々。
でも、この子達はまだ取り戻せるかもしれない。少なくとも、自分がいる限り可能性はある。
「精一杯の努力はさせていただきます」
ぎゅっと双子達を抱きしめ、なんとか自分なりに精一杯の言葉を伝えた。
気持ちが伝わったのかは解らないが、双子達が強く抱きついてきたのをもう一度抱きしめ返した。
「・・・ビビ、この子達は寂しがっているんですね」
「はい。お生まれになった後に意識不明になったものですから。もちろん、ザン殿下もケイト様も一生懸命愛情を注いでおられますが、やはり母親が恋しい年頃かと・・・」
「・・・でしょうね。あ、寝ちゃった」
「兵士に頼んでお二人を部屋までお連れいたします。アリエッタ様、私が戻るまでココを出てはいけませんよ?」
「だ、大丈夫ですから」
「・・・・・・」
「ちゃんとここにいますから」
少々疑惑的に見てくるものの、言質を取ったビビは兵士と共に双子を連れて出て行ったのでほっとした。
ばたんとドアが閉まったのと同時に、表情を打ち消したアリエッタは奥の方へ動き出した。
「こんななかなかないチャンス、無駄にはできないわ・・・多分、ここにもあるのよね、あの部屋が」
ビビを信用していないわけではないが、ザン殿下の息がかかっている以上、警戒対象である。
こういっちゃ悪いが、自分はあの愚かな国は当然として、この国も完全には信用してはいない。
(・・・カルマリアから見ればお尋ね者。ザン殿下も皇帝陛下も、今は私が有益な駒だから生かしているだけだ。言い換えれば、国にとってメリットがあるなら、私をカルマリアに引き渡すだろうし。)
奥の本棚を眺め、本を一冊ずつ確認していくと、本で紙ではなく、箱状態になっている箇所に当たった。
(この本を開ければ・・・・・・やっぱり、スイッチがあった。)
カルマリアでもこういう図書室には隠し部屋があったことを考えれば、調べてみて正解だった。
スイッチを押すと、本棚が動き、地下への階段が出てきた。アリエッタは迷いなく、そこに足を踏み入れた。幼い頃の影響で暗闇には慣れているので、とんとんと降りられた。
「ふーん。やっぱり、聖女絡みの本や資料が多いわね。こういう所はカルマリアと大して変わらない」
降りた先は、広い部屋。
そこにあったのは、聖女絡みの本や資料ばかり。
そして他にもいくつかこの世界では見慣れないモノがたくさん置いてあった。
「あ。これ・・・使えるかも。ちょっと拝借しようっと」
その中から一つだけ気になったものをポケットに入れ、本来の目的である本棚の方を念入りに調べる。
「・・・この国では日本人の召喚が多いからか、日本語の資料がたくさんあるわね。でも、こっちじゃなくて、聖女のことについての記録が知りたいのよね・・・あ、あった」
目当ての本を見つけると両手で広げた。
「ふうん、危険なのは、年に1度の月喰で結界との関係による魔力の暴走ぐらい」
目当てのものを見つけ、読み漁っていく。聖女に関する記録を読み漁り、改めて思ったことはこの国はカルマリア国とはやはり異なる認識を持っているということ。
「この国では聖女に対しては割といい待遇だなぁ。暴走に対しての対策もきちんと講じているみたいだし・・・それでもやっぱり、自分の世界に戻った人はいないんだ」
「残念ながらいませんよ。恐らくどの国でも同じでしょう」
「・・・・っ・・・・その声は・・・ザン殿下!?」
振り返ると、ザン殿下が壁にもたれかかっていた。彼が指を鳴らすと辺りが明るくなる。お互いの顔がはっきり見える中で、ため息をついた。
「・・・よく、気づかれましたね。閉め直したはずなのですが」
「貴方が出た気配を感じなかったので、もしやと思ってこちらに降りてきました」
「驚かないんですね」
「我が妃も以前同じ様な行動に出たことがありますよ。もっとも、彼女の目当ては日本の書籍でしたが」
「・・・随分行動力があるお方なんですね、あの見た目からはイメージができません」
「あれには随分ひやひやさせられたものですよ。ケイトが産まれてから少し落ち着きましたが」
肩をすくめて近寄ってくるザン殿下に対し、アリエッタは話を逸らした。
ポケットに入れたモノについては気づかれていないのだから、この場を切り抜ければ、後は何とかなるはずだ。
「ザン殿下は・・・日本語を勉強なさってたんですか?」
「ああ、妃に合わせて一通りは。・・・漢字はなかなかに手強かったですね。それで、この部屋に入った理由は?」
(・・・やはり、そう簡単には騙されてくれないか。それに、さすがに皇族・・・私が逃げるのを警戒してか、隙がない動きだわ。)
「調べたいことがあったのと、私がなくした本と同じ本があるかもと思っただけですよ」
「どんな本ですか?」
「多分、説明しても解らないと思います。アリア様だったら、もしかしたら解ったかもしれませんが」
「・・・私の方からも聞きたいことがあるのですが」
「何なりと」
「昔、どこかで会った記憶がするのですが、心当たりは?」
「多分あるでしょうね。カルマリア国ですれ違っていたとしてもおかしくはないかと」
「つまり、会ったことは認めるというわけですか」
「そこを否定してもしょうがありませんから」
「ふむ。会ったことは別にばれてもいい。つまり、バレたくないのは・・・貴方が何者かであることの方」
「ご明察。その様子だともう薄々は気づいていそうですが」
「まぁ、ある程度は。カルマリアという国が貴方を奴隷としたのもそれに関係があるのでしょう」
「あー、かなり関係しています。もっともあの国は・・・なんというか、私を上手く利用することができませんでした」
「愚かな国だ。人種差別にこだわらなければ随分と良い思いが出来たものを」
ザン殿下の皮肉に確かにと頷きそうになったが、心の中だけに留めておいた。
(あ。一応、言っておかなくては。)
「・・・ザン殿下」
「何だろうか?」
「私の正体はケイト王子には内密でお願いします」
「・・・何故?」
「一言で言うなら、ケイト王子にとっては必要ない情報だから、でしょうか」
(後、私が面倒っていうこともある。)
「・・・面倒という方が本音でしょう。表情と考えが一致するとはずいぶん素直な人ですね」
「あれ、ザン殿下は私の心を読み取れるのですね。ケイト王子は読み取れなかったようなので、大丈夫だと高を括っていましたが、これは気を引き締めないといけませんか」
「私が心を読み取れない人間は、皇帝陛下と我が妃だけですよ」
「なるほど・・・アリア様の場合は聖女だからでしょうか」
「どうでしょうね。しかし、あのケイトが読み取れぬとは・・・道理で、アリエッタ殿に執着するわけです」
「ふえ、どういうことですか?」
「我々にとって化かしあいは割と面倒な部類に入るんですよ。気を使わなくても済む人間がいれば、精神的に幾分か楽になります。特に、この魔窟の中にはそういう人間は滅多にいないので貴重です」
(・・・あ。だから、ケイト王子は私に気を使われたくないのか・・・納得いった。)
そりゃ、私の前で気を抜くはずだ・・・それはそれで問題はあるが、ケイト王子ならどうとでもなるだろう。私の方はそれだと困るけれど・・・。
(うーん。ちょっとそっちについてはひとまず置いておくか。)
「アリエッタ殿、そろそろここを出ては。もう目当てのモノがないことは確認したのでしょう」
「そうですね。無駄足でした」
「言ってくれますね。ここにあるのは世に出してはならぬほど貴重な物ばかりなのに」
ザン殿下に促される形で図書室へと戻る。隠し部屋は再び封印された。ホッと一息ついたその時、ザン殿下から鋭利な声で囁かれた。
「噴水広場での功績に免じて、貴方が持ち出したモノについては見逃します・・・あそこで腐らせておいても仕方がないですしね」
「・・・っ・・・・!!」
「その代わり、使った時には説明を。それでは、私は失礼する」
こちらを見もせずに、さっさと消えていったザン殿下の後ろ姿を眺めながら、舌打ちした。
「これだから、皇族は・・・裏表が激しすぎて嫌になる」
「アリエッタ様、舌打ちしたいのはこちらでございますよ。どこにいらしたのです?」
「げっ・・・び、ビビ・・?」
声と共に寒気がしたので恐る恐る振り返ると、そこには般若になったビビが立っていた。
なんとか誤魔化そうとしたものの、怒りいっぱいのビビには通用しない。首をひっつかまれ、問答無用で部屋に連れ戻された後は説教の嵐が待っていた。
「うう・・・ビビってば・・・3時間も正座で説教とは・・・足が・・・!!」
ぐったりとベッドに寝そべる。しびれた足を揉みながら、ふと思い返していた。
双子達の願い。
ザン殿下の意図。
ケイト王子の思惑。
「・・・まぁ、ザン殿下には恩もあるし、のせられてやりますよ。今だけは」
余談
書斎で窓を眺めていたザンは、机の前に立っていたラティスに振り返った。
「ザン殿下・・・隠し部屋で二人きりになるなど無謀な。何かあったらどうしたんですか?」
「あの娘が俺に何かできるとは思わん。それに貴重な情報も得ることができた・・・ラティス」
「まったく。はい、なんでしょうか」
「近々、カルマリアに向かうぞ。アリエッタ殿とケイトも連れていくから手配を」
「――――かしこまりました」
ラティスが部屋を出たのを確認した後、傍にいたシャラに話しかけた。
「シャラ」
「はい、何でしょうか」
「あの娘については放置だ。監視も不要、これからは護衛のみに徹しろとビビに伝えておけ」
「しかし、カルマリアにいたことを隠していることを思えば、アリエッタ殿は危険では?」
「・・・言い換える。あの娘を敵に回すな。俺が考える人物であれば間違いなく、害してはならぬ人間だ」
「・・・つまり、手を出せばこちら側が危険だと?」
「皇帝陛下にもお伝えするが、対抗できるとしたらケイトだけだろう。まあ、この国内であれば、あの娘もおいそれと動かないだろう。その気もなさそうだしな」
「・・・ザン様は、アリエッタ殿の正体に心当たりがおありなのですね?」
「ああ。だが、確証はない。まぁ、俺はアリアが戻ればそれで問題ない。そのためには利用ぐらいはさせてもらうさ。そこは向こうも感づいているだろうよ」
椅子に深く腰掛けながら、紅茶を飲む。
その間にシャラは一礼して消えていった。
(しかし、まさか、あの「子ども」が「あの娘」だったとは。あのボロボロだった子がよくぞ、成長したものだ。)
カルマリアに出陣したことを思い出し、ザンはポツリと呟いた。
「・・・カルマリアも愚かなことをしたものだ、自ら再生の希望を潰すとはな」
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