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最終章

第十五話 殺したい相手、越えたかった相手

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 ディリスは剣を握り直し、数歩前に出る。

「軽いね。元『七人の調停者セブン・アービターズ』ならもうちょっと踏ん張ろうよ」

「ふふ……『ウィル・トランス』を習得した直後とは言え、随分とはしゃいでいますね」

「貴様を殺せるんだ。そりゃ、はしゃぐよ」

 傷口を抑えるプロジアの表情は未だ崩れず、余裕の笑みであった。
 人のことは言えないが、恐るべき頑丈さである――そう、ディリスは感じた。

 プロジアが一息で距離を詰め、剣を真横に振るう。『ウィル・トランス』で底上げされた身体能力から繰り出される剣閃は、まるで光のようだった。
 それに対し、ディリスは避けることもなく真正面から受け止めた。以前なら吹き飛ばされていた重い一撃。だが、プロジアと同じステージに上がった彼女にとって、ようやく“まともに”耐えられる威力となっていた。

「思い出しますよ……貴方はそうやっていつも軽く私以上になっていく……! 殺人にかける想いは同等のはず! 私と、貴方は!」

「確かにそうなのかもしれないね。私も認めるよ。貴様と私が殺しに対する考えは似ている、いや似ていたって」

 ディリスは一瞬の隙を突き、プロジアの剣を大きく弾いた。がら空きの顔面。ディリスは左手を固く握りしめ、そのままプロジアの右頬へ拳を叩き込んだ。
 威力を殺しきれず、身体を回転させながら、プロジアは壁へと激突する。

「ぐっ……ぅ!」

「私は貴様から始まったこの旅を通して、色々知ったよ。一人で出来ることには限りがあること、誰かがいたからこそ出来たこと、そして親しい者を――友達を失う、失いかけるということがどういうことなのかを」

 そこまで言い、ディリスは一度大きく深呼吸をした。そして、胸につかえていた物を全て出すかのように、言葉を吐いた。

「私はもう、無駄な殺しはしない。これ以上、無意味に何かを奪わない」

 プロジアはここで初めて表情を歪ませていた。本人に自覚はない。
 それだけの衝撃であった。
 何せその言葉は、その言葉だけは。

 ディリス・エクルファイズが口にするには、あまりにも不釣り合いなものだったのだから!

 プロジアの唇は無意識に震えていた。

「な……何を、言っているのですか? 貴方は《蒼眼ブルーアイ》なのですよ? 全てを真正面から噛み砕いてきた最強の代名詞なのですよ……!? 私はそんな貴方を真っ向から殺して、私という証を立てたいのです……! 殺人者が今更心変わりなど、許されない!」

「許される許されない、じゃあないんだ。やるか、やらないか、だ」

「では私が“やらせない”。貴方は今まで通り、“殺し”を貪る獣でなければなりません。そうでなければ、私が殺したい相手ではありません!」

 大きく距離を離した後、プロジアは一瞬だけ憎しみを込めて、エリアとルゥを一瞥した。

「ディリス、私は『七人の調停者セブン・アービターズ』時代に貴方から受けた圧倒的な敗北を塗り替えるために、ここまで来ました。そんな私の目的を奪わないでください!」

 剣を横に構え、プロジアは叫ぶように言った。その構えは彼女が得意とする物。
 それに応えるディリスの構えは――片手のみの大上段。

 シン、とした。
 散々剣戟や爆破の音が響いていたというのに、突然だ。

 互いに理解していた。
 この次の一撃で、勝負は決まると。

「自分勝手が過ぎるよ、そいつはさ」

 消えた。足音もなく。
 コンマの世界で互いの距離はゼロとなり、それぞれが剣を振り抜いた。

 速度はプロジアの方が一瞬だけ速い。
 それはディリスも、そしてプロジアも認識していた。

 プロジアの凶剣が、ディリスの脇腹を抉る。


「――――」


 その、はずだった。

「――私より短剣の使い方、上手いじゃあないですか」

 プロジアの視線はディリスの左手へと注がれていた。渾身の斬撃は、短剣によって遮られていたのだ。
 そしてプロジアは己の傷を確認する。左肩から右腰にかけて、深く鋭く斬り裂かれていた。出血は激しく、骨も断たれている。
 致命傷は確実。だが、彼女は笑っていた。

「……短剣でお手玉していたからね」

 そんな彼女の顔を見ず、ディリスは返した。

「あら? 私の……トレーニング方法、試してくれていたんですか?」

「正確に剣を振るえるお前が言っていたからね。試せる物は試していただけだよ」

「そう、ですか。私も……貴方の力の糧になっていたのですか」

「そうだ。心底憎いけど、学ぶところは確かにあった」

「私は……私だって、貴方から学ぶところが――」

 一瞬の間があった。
 プロジアは再度口を開く。

「……コルステッドを殺した事については、後悔していません。彼の頼みとはいえ、明確に私の意志を以て殺しましたしね」

「――どういう、ことだ?」

 ディリスは呼吸を忘れ、一瞬酸欠になりかけた。
 目の前の世界が崩れそうになるほどの発言。それだけのことを、今プロジアは言ったのだ。

「……コルステッドは“鍵”に宿っていた虚無神に意識を乗っ取られかけていました」

「虚無神……イヴドか」

「ええ、そこに丁度現れた私は彼から経緯を聞きました。そして、意識を塗り潰される前に殺害を依頼されました。もちろん私は貴方を越えたかったので、二つ返事でオーケーし、そして殺した。後は、貴方の見た通りです」

「コルステッドが……?」

「ええ、そうです。貴方との確固たる因縁はそんな事から始まった」


『そして、我は今この瞬間を以て、復活を遂げる』


 神殿の奥から、一本の腕が伸びてきた。その速度は音速というには生温い。
 しかし、ディリスがその腕に貫かれることはなかった。

「プロジア……!」

「何を……呆けているのですか? 私は敗者の役目を果たした、だけのことですよ? しかし――」

 腕は、プロジアの背中から腹部を貫いていた。
 だが、彼女は苦悶の声をあげることなく、ディリスをジッと見る。

「ディリス。私は当初の予定通り、虚無神を復活させました。敗者の最後の悪あがき、止めてみてください」

 そう言い残し、プロジアは神殿の奥へと引きずり込まれていった。
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