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第二章 六色の矢編
第五十五話 ぶち殺すことには変わりない
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エリアが目を覚ますと、そこは廃墟であった。
目の前には古びた女神像、周りの椅子があったであろう場所以外の床は陽焼けしており、くっきりと浮き彫りになっている。
高い天井、大きな扉、そこでようやく彼女はここが元々教会だったのだと理解出来た。
「ここは……」
「起きたか」
背後から声がした。それも最近聞いたばかりの声。
鮮血のように真っ赤な長髪、そして目元が読めないサングラス。
そう、他の誰でもないディリスを傷つけた張本人。
「ロッソさん……でしたよね」
「俺みたいな奴の名前を覚えていてくれるだなんて優しいねぇ。ほらよ」
そう言って、ロッソがエリアの前に放り投げたのはパンであった。
それも暖かく、先程買ってきたばかりと推察できた。
怪しすぎる。
これで毒でも入っていようものなら、いよいよディリスに顔向けができない。
そんな最大限の警戒心に気づいているのか、ロッソは鬱陶しそうに補足した。
「毒なんて入ってねぇよ。テキトーな店のパンを買っただけだ。めんどくせーからさっさと食え。お前の健康が損なわれちゃ《蒼眼》が本腰入れて戦えねーからよ」
「じゃあ食べません」
「食え。さもなければ殺す」
「私だってそれなりに戦えます。いくら貴方が殺すと言っても少しぐらいなら抵抗は――」
風切り音。
左右の首筋にぴたりと添えられた剣からはひんやりとした空気が放たれている。
あと数ミリ。
彼の気まぐれで押し込まれていたのなら、エリアは既にこの世にいなかっただろう。
「抵抗は、何だい?」
「っ……」
「お前が暴れたり、逃げようとしなければ俺は何も危害は加えない。誓って、だ。というか、俺に弱っちい奴を殺させるな」
「貴方のことは聞いたことがあります。たしか小さな国の全ての人間を殺したと聞いています。老若男女問わずに……」
ぴくり、とロッソの眉が動いた。
そして彼は舌打ちをしたあと、その辺の瓦礫へ腰を下ろす。
「あぁ……そうだったな。そーいう事になっているんだよな」
てっきり斬った人数でも自慢されるのかと思っていたが、思いがけない反応にエリアは困惑する。
「俺は昔から弱いやつが嫌いだ。眼中にも入れたくねぇ。お前はどうだ? 嫌いか?」
「私は、好きです。だから目に見える範囲なら、手を差し伸べたいと思います」
「ははははは!! おんなじことを言いやがる! あのクソババアみたいなことを!」
ひとしきり笑った後、ロッソは鞘に収めていた剣を再び抜いた。
今度は攻撃行動ではなく、ただくるくると回して遊ぶだけ。
エリアに危害を加えないという言葉は本当らしい。
「私と同じことを言っていた人がいたんですか?」
「ああ、そうさ。ここに居た」
「ここに……? この教会に、ですか?」
手入れもされず、ただそこに放置されていたせいで、すっかり廃墟と化しているこの教会に。
エリアは無言でまた辺りを見回した。
だが、どんなに目を凝らしても、誰かが居たようにはとてもではないが思えない。
「ああ、とんだお節介焼きのクソババアだったがな」
「……その方は、今どこに?」
「死んだよ――俺が殺した」
「……そう、ですか」
どことなく、そうではないかと思っていた。
だが、本当にそういった返答が来たため、エリアは少しだけ悲しくなってしまった。
◆ ◆ ◆
一方その頃、ディリスはフィアメリアとルゥからあらかた全てを聞き終えたところであった。
「……一日、寝ていたのか」
「あの赤い人、ロッソさんは言っていました。また戦うと」
「だからエリアさんを人質代わりに連れて行った、と。はぁ……それにしても厄介ね、本当に。《抹殺のロッソ》がプロジアと手を組んでいるだなんて悪夢も良いところよ」
「そんなにロッソさんは強いんですねっ……」
「うん、強い。あの時、あいつに手心加えられなかったら本当にヤバかったかも私」
ルゥの言葉に頷くディリス。
同時に、腹部の傷が少しだけ傷んだ。
「エリアさん……大丈夫でしょうか……? 何かされているんじゃないかと考えると、私……」
涙ぐむルゥを引き寄せ、ディリスはそっと抱きしめた。
言葉が上手い方ではなかった彼女が精一杯考えた、励ましである。
ディリスはルゥの耳元でこう言った。
「エリアはたぶん、大丈夫だ。何となく、そう思う」
「ほ、本当ですか?」
「うん。あいつと私はある意味同類だ。だから、もし私が思っている通りの相手なら、エリアは絶対に傷つけられない」
剣を交わし、殺気をぶつけ合ったからこそ、だろうか。
ディリスはある意味、ロッソに対して信頼があった。
だからこそ、ディリスはフィアメリアにこう聞いた。
「ねぇフィアメリア。私の知識が正しければ、あいつって無差別殺人鬼なんだっけ?」
「ええ。小さな国一つ滅ぼした稀代の殺人鬼ですよ」
「老若男女皆殺し?」
「ええ、年齢や性別は関係なかったみたいですね」
「本当にそうなのかね」
「ディーからすれば、そうではない、と?」
「うん。あいつは違うね。そういう殺せれば何でもいいってやつじゃないはずだ。何かあるんだ。殺しに対して、明確な何かを持っているんだ。そうじゃなければ、あそこまで殺しに対して、熱意を傾けられないはずなんだよ。まあ、でも――」
そこで、ディリスは言葉を区切る。
とはいえ、だ。
とはいえ、ロッソが何をしたかについては今更確認するまでもない。
だから、次は何をするべきか。
答えはとうに決まっていた。
「――ぶち殺すことには変わりないけどね」
既に眼が蒼く輝いていた。
目の前には古びた女神像、周りの椅子があったであろう場所以外の床は陽焼けしており、くっきりと浮き彫りになっている。
高い天井、大きな扉、そこでようやく彼女はここが元々教会だったのだと理解出来た。
「ここは……」
「起きたか」
背後から声がした。それも最近聞いたばかりの声。
鮮血のように真っ赤な長髪、そして目元が読めないサングラス。
そう、他の誰でもないディリスを傷つけた張本人。
「ロッソさん……でしたよね」
「俺みたいな奴の名前を覚えていてくれるだなんて優しいねぇ。ほらよ」
そう言って、ロッソがエリアの前に放り投げたのはパンであった。
それも暖かく、先程買ってきたばかりと推察できた。
怪しすぎる。
これで毒でも入っていようものなら、いよいよディリスに顔向けができない。
そんな最大限の警戒心に気づいているのか、ロッソは鬱陶しそうに補足した。
「毒なんて入ってねぇよ。テキトーな店のパンを買っただけだ。めんどくせーからさっさと食え。お前の健康が損なわれちゃ《蒼眼》が本腰入れて戦えねーからよ」
「じゃあ食べません」
「食え。さもなければ殺す」
「私だってそれなりに戦えます。いくら貴方が殺すと言っても少しぐらいなら抵抗は――」
風切り音。
左右の首筋にぴたりと添えられた剣からはひんやりとした空気が放たれている。
あと数ミリ。
彼の気まぐれで押し込まれていたのなら、エリアは既にこの世にいなかっただろう。
「抵抗は、何だい?」
「っ……」
「お前が暴れたり、逃げようとしなければ俺は何も危害は加えない。誓って、だ。というか、俺に弱っちい奴を殺させるな」
「貴方のことは聞いたことがあります。たしか小さな国の全ての人間を殺したと聞いています。老若男女問わずに……」
ぴくり、とロッソの眉が動いた。
そして彼は舌打ちをしたあと、その辺の瓦礫へ腰を下ろす。
「あぁ……そうだったな。そーいう事になっているんだよな」
てっきり斬った人数でも自慢されるのかと思っていたが、思いがけない反応にエリアは困惑する。
「俺は昔から弱いやつが嫌いだ。眼中にも入れたくねぇ。お前はどうだ? 嫌いか?」
「私は、好きです。だから目に見える範囲なら、手を差し伸べたいと思います」
「ははははは!! おんなじことを言いやがる! あのクソババアみたいなことを!」
ひとしきり笑った後、ロッソは鞘に収めていた剣を再び抜いた。
今度は攻撃行動ではなく、ただくるくると回して遊ぶだけ。
エリアに危害を加えないという言葉は本当らしい。
「私と同じことを言っていた人がいたんですか?」
「ああ、そうさ。ここに居た」
「ここに……? この教会に、ですか?」
手入れもされず、ただそこに放置されていたせいで、すっかり廃墟と化しているこの教会に。
エリアは無言でまた辺りを見回した。
だが、どんなに目を凝らしても、誰かが居たようにはとてもではないが思えない。
「ああ、とんだお節介焼きのクソババアだったがな」
「……その方は、今どこに?」
「死んだよ――俺が殺した」
「……そう、ですか」
どことなく、そうではないかと思っていた。
だが、本当にそういった返答が来たため、エリアは少しだけ悲しくなってしまった。
◆ ◆ ◆
一方その頃、ディリスはフィアメリアとルゥからあらかた全てを聞き終えたところであった。
「……一日、寝ていたのか」
「あの赤い人、ロッソさんは言っていました。また戦うと」
「だからエリアさんを人質代わりに連れて行った、と。はぁ……それにしても厄介ね、本当に。《抹殺のロッソ》がプロジアと手を組んでいるだなんて悪夢も良いところよ」
「そんなにロッソさんは強いんですねっ……」
「うん、強い。あの時、あいつに手心加えられなかったら本当にヤバかったかも私」
ルゥの言葉に頷くディリス。
同時に、腹部の傷が少しだけ傷んだ。
「エリアさん……大丈夫でしょうか……? 何かされているんじゃないかと考えると、私……」
涙ぐむルゥを引き寄せ、ディリスはそっと抱きしめた。
言葉が上手い方ではなかった彼女が精一杯考えた、励ましである。
ディリスはルゥの耳元でこう言った。
「エリアはたぶん、大丈夫だ。何となく、そう思う」
「ほ、本当ですか?」
「うん。あいつと私はある意味同類だ。だから、もし私が思っている通りの相手なら、エリアは絶対に傷つけられない」
剣を交わし、殺気をぶつけ合ったからこそ、だろうか。
ディリスはある意味、ロッソに対して信頼があった。
だからこそ、ディリスはフィアメリアにこう聞いた。
「ねぇフィアメリア。私の知識が正しければ、あいつって無差別殺人鬼なんだっけ?」
「ええ。小さな国一つ滅ぼした稀代の殺人鬼ですよ」
「老若男女皆殺し?」
「ええ、年齢や性別は関係なかったみたいですね」
「本当にそうなのかね」
「ディーからすれば、そうではない、と?」
「うん。あいつは違うね。そういう殺せれば何でもいいってやつじゃないはずだ。何かあるんだ。殺しに対して、明確な何かを持っているんだ。そうじゃなければ、あそこまで殺しに対して、熱意を傾けられないはずなんだよ。まあ、でも――」
そこで、ディリスは言葉を区切る。
とはいえ、だ。
とはいえ、ロッソが何をしたかについては今更確認するまでもない。
だから、次は何をするべきか。
答えはとうに決まっていた。
「――ぶち殺すことには変わりないけどね」
既に眼が蒼く輝いていた。
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