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第二章 六色の矢編
第四十一話 貴族の覚悟
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「頼み? お貴族様が? 私達に?」
「ディー、当たり強いよ。もう少し優しく優しく」
エリアにそう言われてしまえば、これ以上は何も言えなくなる。
そろそろ話を聞く姿勢になろうと、ディリスは頭のスイッチを切り替えた。
「で、どういう内容なの?」
「ありがたい。それじゃまずは結論から先に言う。僕を隣のパナリージュ領にあるパナリージュ魔法学園まで護衛してくれないだろうか。もちろん、相応の謝礼は用意するつもりだ」
「護衛?」
「ああ。パナリージュ魔法学園はプーラガリア魔法学園と姉妹校でね。毎年、選ばれた代表が互いの学校に行き、二ヶ月ほどそこで勉強する、という行事が行われている。それに今回、僕が選ばれた」
「ふーん、それでパナリージュ領まで、か」
パナリージュ領というのはこのプラゴスカ領の隣に位置する領地である。
領主はドルドレス・パナリージュ。
あそこの領地はどちらかというと武闘派が多く、あの領の最大の目玉は領主自らが設立した『聖雷騎士団』と呼ばれる武装集団が領土の安全を守っている。
その練度は一説によると、ファーラ王国騎士団にも迫るのではないかと言われているが、本当の所は分からない。
「何で私達にそれを頼むの? ……これは煽りじゃないけど、ギルフォード家なら護衛出来る人材にも困ってないと思うんだけどね」
エリアの言っていたことが本当なら、その力を使えばいくらでも護衛出来る人間なんか引っ張って来れるだろう。
それをしないということは、それ相応の理由があるはずなのだ。
言外にそれを伝えると、ギルスは大きくため息をついた。
「お見通しのようだね。ああ、そうさ。自慢ではないけど、ギルフォード家だってそれなりの立場にいる。その立場にいるからには、護衛にも事欠かないはずなんだ。だけど、今回は話が少し変わってくる」
「どういう事?」
懐から一通の手紙を取り出したギルスはそれをディリスへ手渡した。
無遠慮に中身を取り出し、一読すると、彼がこうして護衛を頼みに来る理由がほんのりと理解できた。
「何だ、生命狙われてるの?」
「そうだ。交換留学の代表に僕が選ばれた翌日の夜、屋敷にその手紙が届いたんだ」
手紙の中を要約すると、パナリージュ魔法学園までの道中でギルスを殺す、という内容である。
それだけならまだ良いだろう。対処もできる、というものだ。
だが、ディリスからしてみれば、その相手が問題なのだ。
「なるほど、『火鼠の牙』か。ねえギルス、何やらかしたの? 要人専門の暗殺集団に生命狙われるだなんて、ギルフォード家は相当闇の一族と見えるけど?」
「ば、ばか言え! 自慢じゃないが、ウチはその辺の貴族と違って、まだ人のためになるような事を考えられるくらいには堕ちていないぞ!」
アイコンタクトで、エリアにその真偽を確認するが、彼女はすぐに頷いた。
「そうだよディー。ギルフォード家の当主であるオリヴァー・コン・ギルフォード様はよく人を集めてはイベントを考えて、実行してくれるような人なんだ。それでこのプーラガリアの人もだいぶ楽しめているし、観光客も来てお金を落としてくれるしで、このプーラガリアのためになるようなことをいつも積極的にやってくれる人なんだよ」
「そっか。それは素晴らしい人だね。そんな人の息子は、さぞかし立派なんだろうなぁ」
「おい聞こえてるぞ全部。というかあからさまにこっちを見て、皮肉を送るな」
「自覚あるんだね」
「あの時のことは謝罪したじゃないか! ……それに、僕も少し考えを改めたよ。人を見る力が足りていなかったんだ、君達に出会う前の僕には」
すっかり毒気が抜けたギルスに、これ以上ディリスが茶化すことはなかった。
彼女の頭の中では、とりあえず受ける方向で纏まりつつあった。
貴族なら金払いも良さそうだし、しばらく暮らしが楽になる。
だが、それにしても問題が一つある。
「行きは良いよ。だけど、帰りはどうするの? 流石に私達も二ヶ月もギルスの護衛はしてあげられないよ」
「それについては心配ない。プーラガリア魔法学園とパナリージュ魔法学園には双方向に転移できる魔法陣があるんでね。帰りはそれを使う」
「じゃあ行きもそれを使えば良いじゃないか。ましてや生命狙われてるんなら、なおさら使わない理由はないよ」
怯むかと思えば、ギルスは直ぐに口を開いてみせた。
元より、この話を出す以上、そういった話が出るのも当然と言えば当然だろう。
どんな事情があるのか、実に興味のあるディリスである。
「まず一つ目の理由として伝統がある。交換留学という以上、それぞれの領についても見聞を広めるため、行きだけはそれぞれ魔法陣無しでたどり着かなければならないんだ」
「ふーん……理解できない伝統だね」
「まあ、そう言わないでくれ。そして二つ目。こっちのほうが重要かな」
少しだけ言いづらそうにするギルス。
「僕は貴族だ、生命を狙われるというのも覚悟の上。だからこそ、ここで臆病風に吹かれてはいけないんだ。こんなこと、きっと僕が生きていく上でたくさん経験していくことになるだろうから」
「それが二つ目の理由?」
「そうだ。笑いたければ笑うがいいさ」
「ううん、そういうことじゃない」
ディリスが立ち上がり、鞘に収めていた天秤の剣を握る。
「気に入った。少しだけ見直したよ」
振り返った彼女の表情は少しだけ、柔らかかった。
「ディー、当たり強いよ。もう少し優しく優しく」
エリアにそう言われてしまえば、これ以上は何も言えなくなる。
そろそろ話を聞く姿勢になろうと、ディリスは頭のスイッチを切り替えた。
「で、どういう内容なの?」
「ありがたい。それじゃまずは結論から先に言う。僕を隣のパナリージュ領にあるパナリージュ魔法学園まで護衛してくれないだろうか。もちろん、相応の謝礼は用意するつもりだ」
「護衛?」
「ああ。パナリージュ魔法学園はプーラガリア魔法学園と姉妹校でね。毎年、選ばれた代表が互いの学校に行き、二ヶ月ほどそこで勉強する、という行事が行われている。それに今回、僕が選ばれた」
「ふーん、それでパナリージュ領まで、か」
パナリージュ領というのはこのプラゴスカ領の隣に位置する領地である。
領主はドルドレス・パナリージュ。
あそこの領地はどちらかというと武闘派が多く、あの領の最大の目玉は領主自らが設立した『聖雷騎士団』と呼ばれる武装集団が領土の安全を守っている。
その練度は一説によると、ファーラ王国騎士団にも迫るのではないかと言われているが、本当の所は分からない。
「何で私達にそれを頼むの? ……これは煽りじゃないけど、ギルフォード家なら護衛出来る人材にも困ってないと思うんだけどね」
エリアの言っていたことが本当なら、その力を使えばいくらでも護衛出来る人間なんか引っ張って来れるだろう。
それをしないということは、それ相応の理由があるはずなのだ。
言外にそれを伝えると、ギルスは大きくため息をついた。
「お見通しのようだね。ああ、そうさ。自慢ではないけど、ギルフォード家だってそれなりの立場にいる。その立場にいるからには、護衛にも事欠かないはずなんだ。だけど、今回は話が少し変わってくる」
「どういう事?」
懐から一通の手紙を取り出したギルスはそれをディリスへ手渡した。
無遠慮に中身を取り出し、一読すると、彼がこうして護衛を頼みに来る理由がほんのりと理解できた。
「何だ、生命狙われてるの?」
「そうだ。交換留学の代表に僕が選ばれた翌日の夜、屋敷にその手紙が届いたんだ」
手紙の中を要約すると、パナリージュ魔法学園までの道中でギルスを殺す、という内容である。
それだけならまだ良いだろう。対処もできる、というものだ。
だが、ディリスからしてみれば、その相手が問題なのだ。
「なるほど、『火鼠の牙』か。ねえギルス、何やらかしたの? 要人専門の暗殺集団に生命狙われるだなんて、ギルフォード家は相当闇の一族と見えるけど?」
「ば、ばか言え! 自慢じゃないが、ウチはその辺の貴族と違って、まだ人のためになるような事を考えられるくらいには堕ちていないぞ!」
アイコンタクトで、エリアにその真偽を確認するが、彼女はすぐに頷いた。
「そうだよディー。ギルフォード家の当主であるオリヴァー・コン・ギルフォード様はよく人を集めてはイベントを考えて、実行してくれるような人なんだ。それでこのプーラガリアの人もだいぶ楽しめているし、観光客も来てお金を落としてくれるしで、このプーラガリアのためになるようなことをいつも積極的にやってくれる人なんだよ」
「そっか。それは素晴らしい人だね。そんな人の息子は、さぞかし立派なんだろうなぁ」
「おい聞こえてるぞ全部。というかあからさまにこっちを見て、皮肉を送るな」
「自覚あるんだね」
「あの時のことは謝罪したじゃないか! ……それに、僕も少し考えを改めたよ。人を見る力が足りていなかったんだ、君達に出会う前の僕には」
すっかり毒気が抜けたギルスに、これ以上ディリスが茶化すことはなかった。
彼女の頭の中では、とりあえず受ける方向で纏まりつつあった。
貴族なら金払いも良さそうだし、しばらく暮らしが楽になる。
だが、それにしても問題が一つある。
「行きは良いよ。だけど、帰りはどうするの? 流石に私達も二ヶ月もギルスの護衛はしてあげられないよ」
「それについては心配ない。プーラガリア魔法学園とパナリージュ魔法学園には双方向に転移できる魔法陣があるんでね。帰りはそれを使う」
「じゃあ行きもそれを使えば良いじゃないか。ましてや生命狙われてるんなら、なおさら使わない理由はないよ」
怯むかと思えば、ギルスは直ぐに口を開いてみせた。
元より、この話を出す以上、そういった話が出るのも当然と言えば当然だろう。
どんな事情があるのか、実に興味のあるディリスである。
「まず一つ目の理由として伝統がある。交換留学という以上、それぞれの領についても見聞を広めるため、行きだけはそれぞれ魔法陣無しでたどり着かなければならないんだ」
「ふーん……理解できない伝統だね」
「まあ、そう言わないでくれ。そして二つ目。こっちのほうが重要かな」
少しだけ言いづらそうにするギルス。
「僕は貴族だ、生命を狙われるというのも覚悟の上。だからこそ、ここで臆病風に吹かれてはいけないんだ。こんなこと、きっと僕が生きていく上でたくさん経験していくことになるだろうから」
「それが二つ目の理由?」
「そうだ。笑いたければ笑うがいいさ」
「ううん、そういうことじゃない」
ディリスが立ち上がり、鞘に収めていた天秤の剣を握る。
「気に入った。少しだけ見直したよ」
振り返った彼女の表情は少しだけ、柔らかかった。
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