上 下
44 / 96
第二章 六色の矢編

第三十六話 虚無神

しおりを挟む
「虚無神イヴド? そんなおとぎ話に出てくる奴だろうが、何でこんな所にいるんだ」

「勇者と呼ばれる人間によって力を分けられ、封印をされたのだ。分からぬな、理由など」

 偶然、といえばそれまでだろう。

 ディリスにとって、そこは重要ではない。

 彼女が一番確認しなければならないことが一つだけある。

「何が目的で私の前に姿を表した? やり合うつもりならやぶさかではないが」

「好戦的だ。かつて、我の前に立ち塞がった勇者を思い出す」

「話を逸らすな」

「目的か? それなら一つ。我の完全復活なり」

 やはりか、とディリスは思考を巡らせる。

 どう殺せるのか、というテーマで既に彼女の頭の中では数千、数万の戦闘パターンが組み立てられている。

 そんな彼女の思考を読み取っているのか、虚無神は言う。

「ただの人間が、単騎で、我に挑もうとする姿は天晴あっぱれ。そんな汝にだからこそ、話を持ちかけられる」

「話?」

「我の解放に協力せよ。そうすれば世界を虚無に包み込んでもなお、汝の生存だけは見逃してやる」

「お 断 り だ」

 即答である。話にすらならない。

 そんな答えにでも、虚無神は何ら態度を変えることはない。

「その答えも、良い。我の解放をしようとしている者が他にもいる。その者の働きを見守ることにしよう」

「プロジアか……! なら、それが叶うことはないよ。私が奴を殺すんだから」

「なるほど。ならば、我が貴様を滅すればいいということだな」

 途端、周りの空気がヒリついた。

 殺気とか、闘気とか、そういった次元の話ではない。もっと、深淵なる性質。

 流石のディリスでも、少しだけ威圧される。

 それほどまでの“差”があるのだ。

 そんな圧倒的な状況の中で、ディリスは臨戦態勢を崩さない。

 だが、いつまで経っても、虚無神からの次のアクションがない。

「しかし、今の我では精々この洞窟の外にやって来る力強き者の魔力を吸い取り、取り込むことだけだった。たまにやって来る騎士達は旨かったな」

「……ファーラ王国の騎士たちは貴様にやられたのか」

「ここの封印を破るためだったので、もうそれをする事も出来ないがな」

「私が貴様に干渉することは出来ないし、貴様も同じ、ということか」

「然り。故に我は次の封印へ意識を移そう。七つの封印の内、三つが破壊され、残りは四つ。楽しみだ、実に楽しみだ」

 虹の炎が薄くなっていく。同時に、ディリスがいる空間に亀裂が走っていった。

 脱出する、と言っても方法が分からないので、なるようにしかならない。

 完全に空間が崩壊する直前、虚無神は言った。

「我を滅する事ができるのは勇者の力のみ。この時代の人間では、我を滅することは――」

 ディリスの視界が再びまばゆい光に包まれていく。


 ◆ ◆ ◆


「ィー……」

 誰かが呼んでいる。とても必死な声だ。

 無視をしてやるわけにはいかない。

 手繰り寄せる、意識を。手繰って、手繰って――掴めた。

「ディー! ディー!!」

 今度ははっきりと聞こえた。エリアの声である。

 ゆっくりと瞼を開くと、そこには涙で顔をグシャグシャにしたエリアがいた。

「エリア……すっごい泣いているよ」

「っ!? ディー! 良かった! 目が覚めたんだね!!」

「ディーさんが目覚めたんですか!? 良かったですぅ!」

 無事を確認できたエリアとルゥが二人でディリスに突撃する。

 がっしりと抱きついて、もう離すものかという強い意志が感じられる。

 そんな二人を上手に引き離したディリスは今、自分が置かれている状況を整理するために周囲に目をやった。

 すぐにここが宿屋で、自分はベッドに寝ていたのだと理解することが出来た。

「あの時、何があったの?」

「それは私から説明したほうが良さそうですね」

 外で待っていたのか、フィアメリアが入室してくる。……肩にヴェールを乗せて。

「……まだそいつ背負ってたの?」

「ええ。ヴェールは色々とやらかしているので、逮捕するつもりなのですが、中々騎士団の者も来ないので責任を持って、見張っていました」

「本当にこいつの『拘束バインド』って強力だし、維持時間も長いしで、お手上げだよボク」

「褒めていただけて嬉しいです。さて、ディーの身に何があったか説明しますよ。なんせ、三時間は意識失ってましたからね」

「三時間……」

 そしてフィアメリアは説明を開始する。

 竜の祠にあった魔法石が割れ、光が放たれた後、ディリスはその場で意識を失った。

 すると、その余波なのかは分からないがやしろのある空間が崩れそうな気配があったので、すぐさま全員で脱出したという。

 村長への報告をする前に、ディリスを宿屋へと連れて帰って今に至る、というのがディリスの空白期間である。

「……だいぶ迷惑かけたみたいだね、礼を言う」

「それじゃ次はディーの方から状況を説明してもらいましょうか」

「ん、そうだね。……どうやら私はとんでもないのに目をつけられてしまった気がしてたまらないよ」

 とはいえ、どこまで信じてもらえるか。

 ただでさえ、説明が難しい状況だった上に、ディリス自身説明が得意な方ではない。

 そこで、ディリスは言った。

「ごめん、誰か紙とペンもらってきてくれない?」

 頭の中を整理するには、紙とペンで纏めるほうが良いのだ。間違いないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...