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第二章 六色の矢編
第三十六話 虚無神
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「虚無神イヴド? そんなおとぎ話に出てくる奴だろうが、何でこんな所にいるんだ」
「勇者と呼ばれる人間によって力を分けられ、封印をされたのだ。分からぬな、理由など」
偶然、といえばそれまでだろう。
ディリスにとって、そこは重要ではない。
彼女が一番確認しなければならないことが一つだけある。
「何が目的で私の前に姿を表した? やり合うつもりならやぶさかではないが」
「好戦的だ。かつて、我の前に立ち塞がった勇者を思い出す」
「話を逸らすな」
「目的か? それなら一つ。我の完全復活なり」
やはりか、とディリスは思考を巡らせる。
どう殺せるのか、というテーマで既に彼女の頭の中では数千、数万の戦闘パターンが組み立てられている。
そんな彼女の思考を読み取っているのか、虚無神は言う。
「ただの人間が、単騎で、我に挑もうとする姿は天晴。そんな汝にだからこそ、話を持ちかけられる」
「話?」
「我の解放に協力せよ。そうすれば世界を虚無に包み込んでもなお、汝の生存だけは見逃してやる」
「お 断 り だ」
即答である。話にすらならない。
そんな答えにでも、虚無神は何ら態度を変えることはない。
「その答えも、良い。我の解放をしようとしている者が他にもいる。その者の働きを見守ることにしよう」
「プロジアか……! なら、それが叶うことはないよ。私が奴を殺すんだから」
「なるほど。ならば、我が貴様を滅すればいいということだな」
途端、周りの空気がヒリついた。
殺気とか、闘気とか、そういった次元の話ではない。もっと、深淵なる性質。
流石のディリスでも、少しだけ威圧される。
それほどまでの“差”があるのだ。
そんな圧倒的な状況の中で、ディリスは臨戦態勢を崩さない。
だが、いつまで経っても、虚無神からの次のアクションがない。
「しかし、今の我では精々この洞窟の外にやって来る力強き者の魔力を吸い取り、取り込むことだけだった。たまにやって来る騎士達は旨かったな」
「……ファーラ王国の騎士たちは貴様にやられたのか」
「ここの封印を破るためだったので、もうそれをする事も出来ないがな」
「私が貴様に干渉することは出来ないし、貴様も同じ、ということか」
「然り。故に我は次の封印へ意識を移そう。七つの封印の内、三つが破壊され、残りは四つ。楽しみだ、実に楽しみだ」
虹の炎が薄くなっていく。同時に、ディリスがいる空間に亀裂が走っていった。
脱出する、と言っても方法が分からないので、なるようにしかならない。
完全に空間が崩壊する直前、虚無神は言った。
「我を滅する事ができるのは勇者の力のみ。この時代の人間では、我を滅することは――」
ディリスの視界が再びまばゆい光に包まれていく。
◆ ◆ ◆
「ィー……」
誰かが呼んでいる。とても必死な声だ。
無視をしてやるわけにはいかない。
手繰り寄せる、意識を。手繰って、手繰って――掴めた。
「ディー! ディー!!」
今度ははっきりと聞こえた。エリアの声である。
ゆっくりと瞼を開くと、そこには涙で顔をグシャグシャにしたエリアがいた。
「エリア……すっごい泣いているよ」
「っ!? ディー! 良かった! 目が覚めたんだね!!」
「ディーさんが目覚めたんですか!? 良かったですぅ!」
無事を確認できたエリアとルゥが二人でディリスに突撃する。
がっしりと抱きついて、もう離すものかという強い意志が感じられる。
そんな二人を上手に引き離したディリスは今、自分が置かれている状況を整理するために周囲に目をやった。
すぐにここが宿屋で、自分はベッドに寝ていたのだと理解することが出来た。
「あの時、何があったの?」
「それは私から説明したほうが良さそうですね」
外で待っていたのか、フィアメリアが入室してくる。……肩にヴェールを乗せて。
「……まだそいつ背負ってたの?」
「ええ。ヴェールは色々とやらかしているので、逮捕するつもりなのですが、中々騎士団の者も来ないので責任を持って、見張っていました」
「本当にこいつの『拘束』って強力だし、維持時間も長いしで、お手上げだよボク」
「褒めていただけて嬉しいです。さて、ディーの身に何があったか説明しますよ。なんせ、三時間は意識失ってましたからね」
「三時間……」
そしてフィアメリアは説明を開始する。
竜の祠にあった魔法石が割れ、光が放たれた後、ディリスはその場で意識を失った。
すると、その余波なのかは分からないが社のある空間が崩れそうな気配があったので、すぐさま全員で脱出したという。
村長への報告をする前に、ディリスを宿屋へと連れて帰って今に至る、というのがディリスの空白期間である。
「……だいぶ迷惑かけたみたいだね、礼を言う」
「それじゃ次はディーの方から状況を説明してもらいましょうか」
「ん、そうだね。……どうやら私はとんでもないのに目をつけられてしまった気がしてたまらないよ」
とはいえ、どこまで信じてもらえるか。
ただでさえ、説明が難しい状況だった上に、ディリス自身説明が得意な方ではない。
そこで、ディリスは言った。
「ごめん、誰か紙とペンもらってきてくれない?」
頭の中を整理するには、紙とペンで纏めるほうが良いのだ。間違いないのだ。
「勇者と呼ばれる人間によって力を分けられ、封印をされたのだ。分からぬな、理由など」
偶然、といえばそれまでだろう。
ディリスにとって、そこは重要ではない。
彼女が一番確認しなければならないことが一つだけある。
「何が目的で私の前に姿を表した? やり合うつもりならやぶさかではないが」
「好戦的だ。かつて、我の前に立ち塞がった勇者を思い出す」
「話を逸らすな」
「目的か? それなら一つ。我の完全復活なり」
やはりか、とディリスは思考を巡らせる。
どう殺せるのか、というテーマで既に彼女の頭の中では数千、数万の戦闘パターンが組み立てられている。
そんな彼女の思考を読み取っているのか、虚無神は言う。
「ただの人間が、単騎で、我に挑もうとする姿は天晴。そんな汝にだからこそ、話を持ちかけられる」
「話?」
「我の解放に協力せよ。そうすれば世界を虚無に包み込んでもなお、汝の生存だけは見逃してやる」
「お 断 り だ」
即答である。話にすらならない。
そんな答えにでも、虚無神は何ら態度を変えることはない。
「その答えも、良い。我の解放をしようとしている者が他にもいる。その者の働きを見守ることにしよう」
「プロジアか……! なら、それが叶うことはないよ。私が奴を殺すんだから」
「なるほど。ならば、我が貴様を滅すればいいということだな」
途端、周りの空気がヒリついた。
殺気とか、闘気とか、そういった次元の話ではない。もっと、深淵なる性質。
流石のディリスでも、少しだけ威圧される。
それほどまでの“差”があるのだ。
そんな圧倒的な状況の中で、ディリスは臨戦態勢を崩さない。
だが、いつまで経っても、虚無神からの次のアクションがない。
「しかし、今の我では精々この洞窟の外にやって来る力強き者の魔力を吸い取り、取り込むことだけだった。たまにやって来る騎士達は旨かったな」
「……ファーラ王国の騎士たちは貴様にやられたのか」
「ここの封印を破るためだったので、もうそれをする事も出来ないがな」
「私が貴様に干渉することは出来ないし、貴様も同じ、ということか」
「然り。故に我は次の封印へ意識を移そう。七つの封印の内、三つが破壊され、残りは四つ。楽しみだ、実に楽しみだ」
虹の炎が薄くなっていく。同時に、ディリスがいる空間に亀裂が走っていった。
脱出する、と言っても方法が分からないので、なるようにしかならない。
完全に空間が崩壊する直前、虚無神は言った。
「我を滅する事ができるのは勇者の力のみ。この時代の人間では、我を滅することは――」
ディリスの視界が再びまばゆい光に包まれていく。
◆ ◆ ◆
「ィー……」
誰かが呼んでいる。とても必死な声だ。
無視をしてやるわけにはいかない。
手繰り寄せる、意識を。手繰って、手繰って――掴めた。
「ディー! ディー!!」
今度ははっきりと聞こえた。エリアの声である。
ゆっくりと瞼を開くと、そこには涙で顔をグシャグシャにしたエリアがいた。
「エリア……すっごい泣いているよ」
「っ!? ディー! 良かった! 目が覚めたんだね!!」
「ディーさんが目覚めたんですか!? 良かったですぅ!」
無事を確認できたエリアとルゥが二人でディリスに突撃する。
がっしりと抱きついて、もう離すものかという強い意志が感じられる。
そんな二人を上手に引き離したディリスは今、自分が置かれている状況を整理するために周囲に目をやった。
すぐにここが宿屋で、自分はベッドに寝ていたのだと理解することが出来た。
「あの時、何があったの?」
「それは私から説明したほうが良さそうですね」
外で待っていたのか、フィアメリアが入室してくる。……肩にヴェールを乗せて。
「……まだそいつ背負ってたの?」
「ええ。ヴェールは色々とやらかしているので、逮捕するつもりなのですが、中々騎士団の者も来ないので責任を持って、見張っていました」
「本当にこいつの『拘束』って強力だし、維持時間も長いしで、お手上げだよボク」
「褒めていただけて嬉しいです。さて、ディーの身に何があったか説明しますよ。なんせ、三時間は意識失ってましたからね」
「三時間……」
そしてフィアメリアは説明を開始する。
竜の祠にあった魔法石が割れ、光が放たれた後、ディリスはその場で意識を失った。
すると、その余波なのかは分からないが社のある空間が崩れそうな気配があったので、すぐさま全員で脱出したという。
村長への報告をする前に、ディリスを宿屋へと連れて帰って今に至る、というのがディリスの空白期間である。
「……だいぶ迷惑かけたみたいだね、礼を言う」
「それじゃ次はディーの方から状況を説明してもらいましょうか」
「ん、そうだね。……どうやら私はとんでもないのに目をつけられてしまった気がしてたまらないよ」
とはいえ、どこまで信じてもらえるか。
ただでさえ、説明が難しい状況だった上に、ディリス自身説明が得意な方ではない。
そこで、ディリスは言った。
「ごめん、誰か紙とペンもらってきてくれない?」
頭の中を整理するには、紙とペンで纏めるほうが良いのだ。間違いないのだ。
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