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第二章 六色の矢編

第十九話 黒騎士との問答

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 時間を戻そう。

 それは、ルゥが学園長室で初めて『黒剣こっけんのクァラブ』を召喚した直後のことである。

デユ私を喚んだのはコミ?貴様か?

 成人男性の倍はある身長、身に纏うのは光すら吸収する黒い鎧、頭を覆うはカエルの口のような兜。手に持つは身長と同じくらいの黒い長剣。

 身長に目が行かなければ人間かと思えるくらいには、人型である。

 そんな黒騎士がルゥを見下ろし、霊語で語りかけてくる。

 意味が分かっていないルゥに代わり、クラークが一歩前に出た。

アク私はクラークレト彼女の代理オハビとして話そう

アユアマド貴様が“魔法博士”かイイアト魔界にもトザデワ伝わっているぞ

アハウザそれは嬉しいねじゃあレトス単刀直入に話そうメアサ彼女と召喚コウハ契約を結んでくれ

タダ断るオデキ我に指示を出せるのはゼキギ魔王ゼンティムト様イトミただ一人

 即答であった。

 それはそうだろうな、とクラークもここに関しては不思議ではなかった。

 『黒剣こっけんのクァラブ』とは魔界の王とされる魔王ゼンティムトの右腕にして、魔界で数多の猛者相手に無敗を誇る怪物中の怪物。

 今までの歴史上、彼を使役できたという者はただの一人もいない。
 一説によると、即座に召喚者を斬り殺しているとされる。

 クラークの中では当然、“戦闘”というパターンも大いにあり得ると思っていた。
 だからこそ彼は、自分の目の届く範囲でルゥに召喚霊を喚ばせたのだ。万が一があったら、ディリスに本当に殺されかねないから。

ホアユド娘、貴様は何者だ?」

 黒騎士の問いの意味をルゥに説明すると、彼女はカチコチと緊張しながら名乗った。

「わ、私はルゥ・リーネンスです! 貴方の力を貸してください!」

 ルゥの言葉を通訳してやると、黒騎士は兜や甲冑を震わせる。怒っているのか、笑っているのか、分からない。

ホイマチ何故、私の胸はシラデこうも揺れているのだ? イフあの方にお言葉ラユを賜っているギワような感覚トザパになるなど……」

 黒騎士はルゥの目の前へと歩き、剣を大上段に構える。
 クラークが即座に戦闘態勢へと入るが、黒騎士が左手でそれを制する。

問うアイ即座に、迷いなく、ウヘ答えよ

 攻撃魔法の準備をしながら、クラークはルゥへ質問をされることを告げる。
 部屋が緊張感に包まれた。恐らくこれに間違えれば本当に戦闘が始まるとクラークは長年の経験で予測していた。

ホドユ何故、我の力をニマス必要とする?」

 ルゥは考える前に、既に口を動かしていた。

「大事な人達の側に居て、大事な人達のために命を張れるようになりたいからです」

 シン、と室内が静まり返る。

 黒騎士はまだ剣を大上段に構えている。その姿はさながら、罪人の首を刈る処刑人の如く。

 ルゥはジッと、黒騎士を見上げる。恐怖で退く様子は微塵も感じられない。
 それどころか、一歩前に出ていた。斬るなら斬れ、とそう言わんばかりに。

 長い沈黙の後、黒騎士が喋った。

驚いたフフザア雰囲気どころかイスシ我が主君と似たようなシトマロ事まで抜かしおる


 そう言った後、黒騎士が剣を振り下ろす――!


「ルゥちゃん!!」

 剣はルゥの血を吸わず、学園長室の床に突き立てられていた。

マナイク我が名はクァラブフユハシ貴様の心が揺れた時アウスユ我は貴様を斬る

 そう言った後、黒騎士の人指し指から光の線が伸び、ルゥの人指し指に絡みつく。

 クラークは確かに見届けた。これこそが、契約完了の証なのだ。

 それをルゥに教えてやると、彼女は黒騎士へと頭を下げた。

「あ、ありがとうございます! ……あれ? この感じ、もしかして……」

 頭を下げていたルゥは自分の身に起きた違和感に気づいた。これは悪いものではなく、どちらかというと――。

サユヴマありがとうございますそして、よろしくサユお願いします! クァラブさん

 霊語を習得するには二パターンある。一つ目は、独学で勉強。二つ目は、召喚霊と契約を交わすことで自然と身につける。というパターンだ。
 二つ目にいたってはそう簡単に検証出来る内容でもなかったので、クラーク自身真実は分からないでいたが、この光景を見ると、もう疑うことが出来ない。

「……ミド不思議な娘だ

 そう言い残し、黒騎士は再び魔法陣の中に消えていった。
 安心感から地面に座り込むルゥ。ゆっくりと近づいたクラークは彼女の頭を撫でる。

「おめでとう。君は、ある意味偉業を成し遂げた人間だ」

「私が……ですか?」

「魔王ゼンティムトの右腕にして魔界最強の剣士との召喚契約を成功させた、なんて悪意ある者が知ればそれこそ戦争になるんじゃないかな?」

「そんな事には、絶対させません」

「ん。それで良いと思うよ。君はいつまでも、その心を忘れてはいけないよ」

 それは今のクラークが言える最大限のアドバイスであった。

 これ以上は野暮というものだろう。

 何せ、今手に入れた強大な力の使い方なんて、頼もしい仲間が教えるに決まっているのだから。

「君が初めてその力を振るう時、願わくば立ち会わせて欲しいね。教えた者として、私はそれを見届ける義務があると思う」

「はい、クラークさ……いいえ、“師匠”」

 ルゥのまさかの一言に、クラークは目をパチクリとさせる。そして、大きく笑った。

「あっはっは! いいね! 弟子取った事なかったからその呼ばれ方は何だかむず痒いや! あっはっはっは!!」

 これを自分の弟子になりたがっている者たちに聞かせたら血涙を流すだろうな、などと考えながら、それならばとクラークは少しばかり居住まいを正す。

「じゃあ私の弟子であるルゥちゃん、早速だが頼んでいいかい?」

「は、はい! 何でしょうか!?」

 いきなりの師匠からの願いに、少し緊張してしまったルゥ。
 そんな彼女に対し、クラークは笑顔でこう言った。

「お茶淹れてきてもらえないかな? 実はめっちゃ緊張して喉乾いてたんだよね。ほら見てよこの手汗、やばくない?」

 足をガクガクと振るわせている姿だけは、流石に見せられなかったクラークである。
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