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第一章 出会い

第一話 蒼い眼を持つ者

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 ファーラ王国プラゴスカ領中心都市プーラガリア。

 そこが、ディリス・エクルファイズのやってきた都市であった。

「ここか」

 商業が盛んなこの都市にはそれだけ情報が行き交っている。

 彼女、ディリスもその無数の情報の中から目的の情報を探り出すため、いくつかの交通手段を用いて、このプーラガリアまでやってきたのだ。

 前髪の両端の長さが違う黒みがかった赤髪と黒いロングコートを風にそよがせながら、様々な呼び込みが聞こえてくる大通りを歩いていると、色々な景色が見えてくる。

 売り込んでいる商人、商品を眺めているお客、そして武器を持った腕の覚えがありそうな輩など実に様々。

 特に彼女が視線を向けるのは、その中でも武器を持った輩である。

 茶色の瞳を彷徨わせると、すぐに“目標”を発見した。

「いたいた、『冒険者』」

 冒険者とは、世界各地に存在する所謂、“何でも屋”のような職業である。
 猫探しからドラゴン退治まで、依頼金と己の納得さえあれば何でもやって生計を立てるのが彼らだ。

 そんな彼らにとっても必要なのが情報。
 それならば、彼らはどこで情報収集をするのか。
 彼らに依頼を斡旋している冒険者ギルドだろうか、いいやそこではない。

 もっと、楽しくて効率の良い場所だ。

「……よし」

 冒険者に付いていくこと数分。酒樽が描かれた看板のぶら下がる店までやってきた。

 冒険者と酒には切っても切れぬモノがある、ということだ。情報収集に酒場は欠かせない。

 ディリスが早速入店すると、店の従業員がやってくる。

「いらっしゃいませ! けどごめんなさい! 今、ちょーっと混んでまして……相席でも良いですか?」

「良いよ」

「ありがとうございます~! じゃあ早速聞いてきますね! すいませ~ん!」

 店の外からでも店内の活気は感じ取れていた。ゆっくり座れないどころか、入店を断れることまで覚悟していたディリスにとっては渡りに船。

 後はその相席する者が納得してくれれば良いのだが、と彼女は思った。

 何を食べようか、壁にぶら下がっているメニュー表を眺めながら待っていると、従業員が笑顔で戻ってきた。

「はい! 了解もらいましたので、私に付いてきてください~!」

「ありがとう」

 イカつくてむさ苦しい男どもの集団の中を予想していたが、席まで行くと、ディリスは小さく驚いた。

 二人掛けの木製の席に座っていたのは、少女であった。
 第一印象は愛嬌たっぷり、と言った感じである。桃色の長い髪を2つに結んでおり、髪も長め。

「あ! 貴方が相席の方ですね! はじめまして! エリア・ベンバーと申します!」

「エリア……ベンバー」

 ディリスは少しばかり目を見開いた。だが、気取られぬように。

(今、ベンバーと言ったか?)

 揺さぶられた感情をすぐに抑える。そんな訳、ないのだ。

 ディリスは詳しく話を聞こうとしたが、その前にエリアが皿を突き出していた。

 皿の上にはホーンラビットのステーキが乗っていた。ホーンラビットとはファーラ王国内に数多く生息し、なおかつ弱い魔物である。そのままだと肉が硬いが、適切に処理をすれば、柔らかく栄養価も高い庶民の味方となる。

 ディリスも好んで食べる魔物だ。

「まずは食べましょう! ちょっと注文しすぎたので、一緒に食べてくれると嬉しいです!」

「この数を一人で?」

「はい! ですが、少し減らせば良かったな、とちょっぴり後悔してます」

 木製テーブルをこれでもかと埋め尽くすは料理が乗った皿・皿・皿。一体どれくらい注文したのだろうか。既に空になっている分も勘定に入れれば、間違っても“少し減らせば”という量ではない。

 これはそう、少なくとも四人以上で食べる量だ。

「えっと……エリアはいつもこれぐらいの量を食べるの?」

「はい! 生まれつき魔力量が多いからなのか分からないんですけど、めっちゃお腹減るんですよね!」

「魔力は生命エネルギーも素となるからね。その可能性は無きにしもあらず、か」

「その分、食費が掛かっちゃうんでお得な依頼がないかどうか、いつも冒険者ギルドに通い詰めてしまうんですよね! あっはっはっは!」

 冒険者ギルド、という単語が出てきたので改めてディリスは気づかれない程度にエリアを見やる。

 動きやすそうなジャケット、使い込みが感じられない戦闘用のナイフ、そしてピカピカの背嚢。所謂、“駆け出し”の類なのだと結論付けるにはそう時間は掛からなかった。

「貴方も冒険者なんですか?」

 ディリスの手近に置いてある剣を指差し、エリアはそう問いかける。

「うん、まあそんな所かな」

「やっぱりそうなんですね! 冒険者ランクはどれくらいですか? ブロンズ? シルバー? それともゴールド? まさか最高ランクのプラチナですか!?」

「そのどれでもないよ。アイアンランク」

「アイアンランク!?」

 まさかの一言に、エリアは驚きを隠せないと言った感じだ。

 それはそうだ、とディリスは内心笑う。

 アイアンランクとは、冒険者になって“まだ一度も依頼を達成したことのない真の意味での駆け出し”という意味なのだから。

「じゃあ……ブロンズの私がちょっぴり先輩ですね!」

「そうみたいだね。だから私は簡単そうな依頼を探しにこの都市に来たんだ。エリアもここへ情報収集に来たの?」

「そうですね! 私も良い依頼ないかなーっていうのと、人を探しに来たんですよ」

「人を……?」

「はい、えっと……お父さんのお友達?」

「何故に疑問形? ……どういう人なの?」

 するとエリアは少し悩んだ素振りをしてから、こう言った。

「ん~と……出来の悪い生徒らしいです」

「友達に掛ける評価にしては随分突飛な内容だね」

「私ももうちょっと話を聞ければ良かったんですけどね~」

「もうちょっと……って、エリアのお父さんは今どうしているの?」

「……お父さんは半年前に亡くなりました。殺されました」

 ディリスは喉まで出かかった相槌を飲み込んだ。あまりにも彼女がすんなりと喋るものだから、一瞬思考が回らなかったのだ。

「ねえエリア、そのお父さんの名前って――」


 瞬間、酒場の扉が勢いよく開かれた。

 音と勢いの荒々しさ。それだけで“厄介そうのが来た”とディリスは結論付ける。こういう時の直感は大体外れたことがない。


「ちょ、お客さん! もう満席なんですって! どこにも座る場所ないんですって!」

「うるせぇ! だったら他の奴らをさっさと追い出せば良いだろうが!!」

 入り口では従業員が強い態度で出る大柄な男を制止している所が見られた。

 段々と緊張が高まっていく酒場内。

 エリアも動揺する中、ディリスだけはその大柄な男の二箇所に視線が向いていた。

(蒼い眼に、天秤の刻印付きの剣)

 蒼い色の眼。そして鞘に納めず、ただ裸のままで腰ベルトに差している剣。真ん中あたりに天秤の印が付いていた。

 ディリス以外にもその二箇所に気づいた冒険者がいるようで、徐々に“その名”を連想させていく。

「おい……あれ見たか?」

「蒼い眼に天秤の剣……嘘だろ? まさかあの……? でもこんな場所にいるのか、奴が?」

 その視線に気づいた大男はそれに気分を良くしたのか、腰の剣を抜き、こう言い放つ。


「おうおう、どうやらもう隠しきれないようだな。そうだよ俺があの“最強”を処刑する伝説の処刑人――《蒼眼ブルーアイ》だ!!」


 その名に酒場の冒険者全てが反応した。

 それはディリスでもあり、そしてエリアもであった。
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