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シーズンⅡ-2 食事の相手

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 二〇一五年三月二十一日。

 春分の日。

 刻文《こくぶん》市総合運動公園内『刻文スーパーアリーナ/メインホール』

 十六時十五分開場、十七時開演。

 アンコール! 

 アンコール!

 会場中に五色のペンライトやサイリウムが揺れている。

 ステージにメンバーが再登場するまで観客は自分の一推しのメンバー、推しメンと呼ぶことの方が一般的になっているが、その推しメンのカラーにペンライトを変えて祈りながら振るのだ、サイリウムだと一人で何本もの推しの色を持つファンもいる。

 何を祈るのか。

 アンコール曲に推しメンがリードボーカルの曲が入ってくれることを祈ってる。

 巨大なスクリーンには『祈り』の二文字、左右の電光掲示板にも『祈り』が流れ続ける。

 数分間の祈りの時間が終わり再登場が始まる。

 ・・・・・・おおぉっー!

「みんなぁー、まだまだいくよー」

 十六曲を歌い終え、あと四曲をアンコールで疾走して十九時半には燃え尽きる。

 再登場したのは女性十名で構成される声優音楽ユニットだ。

 三十分後。

 八千名を前にすべてを出し切ったメンバー達が楽屋に戻ってきた。

 お疲れー、お疲れ様ですー。

 やっぱ赤多いなぁ、いや緑も多かったよ、うんっ!そうだね。

 マネージャーの板野《いたの》さんが両手を拡声器代わりにして「メイク落として着替えたら、終わった者からマイクロバスに向かって」を連呼、甲高い声が響く。

 今日のライブ会場である刻文市、その刻文市出身のメンバーが一人いる、彼女だけは両親が楽屋に迎えに来ている。

 他のメンバー九人はマイクロバスに乗り込む。

 着いた先は刻文駅北口。

「真凛《まりん》ちゃんお疲れ」

「はいお疲れ様でした、ここで失礼します」

 神尾真凛《かみおまりん》だけを残し八人のメンバーとマネージャーは新幹線改札口の向こう側へ消えた。

 見送ったあと神尾真凛は刻文駅に隣接しているホテルの二十五階メインレストランに向かった。

 二人で食事をする約束が入っている。

 食事のあとは二十二時過ぎの最終の新幹線で北部市に戻る。

「乾杯っ。真凛ちゃん素晴らしかった、ホント、圧倒された」

「ども。真凛じゃなくてもいいですよ」

「じゃぁ、そうするね朝美ちゃん。ステージの上に恋人がいるなんてって思ったら、ちょっと泣きそうになった」

「手を繋いだこともないのに変な事言わないでっ」

「ケチっ」

「なにがケチよっ。第一、わたし男好きだし。何度言えば分かるの」

「ごめん。大切にするから」

「一生言ってれば。有佳さんの大切にするっていう意味は、あの日すぐ分かったんだから」

「また、それを持ち出すかな」

「持ち出しますとも。口ではそう言いながらお母さんを手放す気なんてないくせに私とも付き合うってことだったんでしょ。気持ち悪い」

 無言で食事を始めた。

 神尾真凛こと宮藤朝美の食事の相手は工藤有佳だ。

 今日は朝美がデビューして二回目のライブ。

 知り合いで見に来ているのは二人。

 家族はデビューした時の『東京湾コロシアム』会場に来てくれたので今日は来ていない。

 今日のチケットを工藤有佳に渡している。

 六年前、激怒したお母さんは工藤有佳を宮藤家の人間との接触禁止にした。

 その工藤有佳に朝美は今から一年くらい前にばったり出くわした。

 お母さんには言っていない。

 北部駅北口ターミナルにある高速バス乗り場の待合所だった。

 一年前の朝美は小学校で通い始めた刻文市にある声優専門学校のジュニアクラスから本科に進み初級、中級を経て最終の上級クラスに在籍していた。

 その日も刻文市に向かうところだったが、小学五年生になる前の月から土日のどっちかで通ってるのに工藤有佳と出会ったことは一度もなかった。

 それが出くわしたからさすがに驚いた。

 だが工藤有佳の方は高校二年になった朝美の姿に気付いていないらしい。

 子供の頃と顔つきと言うか印象が大きく変わる人もいるが朝美はそうじゃない、気付かれる可能性は高い。

 待合所の中で朝美は工藤有佳から離れた場所に立ち様子を窺《うかが》っていたのだが目が合ってしまった、すぐに逸《そ》らしたがひょっとして気が付かれたかも知れない、そう思い始めたら急に不安が襲ってきた。

 待合所はこの時間だと刻文市か津刈《つかる》市行きになる、たぶん同じ刻文市だろうと思う、刻文行き高速バスの乗客数は多いしいつもほぼ満席状態になる。

 刻文行きバスがロータリーに入って来た。

 五人ぐらい間に挟んで工藤有佳の後ろに並び乗り込んだ。

 工藤有佳が座ったのを確認し脇を通り後方に向かおうとしたところで「朝美さん?」って声掛けされ、また目が合ってしまった、「どうぞ」の言葉で思わず隣に腰を下ろした、後ろがつかえていたのがそうさせたのだ。

 あれから五年も経つ、工藤有佳にしてみれば半信半疑だったのかも知れないが声掛けされ、出会ってしまった。

 隣に座る工藤有佳をよくよく見ると本当に小さい。

 身長が百六十四センチの朝美から見たら、なんでこんなに小さい人に恐怖を感じたんだろう、と思えてきたが今だって寝る時に恐怖が出てくるのは変わらない。

 思考から消してしまいたい相手と出会ってしまうなんて運がなさすぎると初めは思ったが、自分の心の中で向き合うことで恐怖から逃れるきっかけが掴《つか》めるかも知れないと思い直した。

 刻文からの帰りがけに出会うことはなかった。

 その日、帰りがけの待合所で初めて一緒になり「次のバスにしない?」と提案され「それくらいなら」と応えてお茶をしたのが今に続く始まりになっている。

「気持ち悪いって、それひどすぎない」

 ばったり出会ってからのことをぼんやり思い出していた。

 無言の食事ももう終わりに近づいている。

 目の前で口を尖らせている。

「誰に聞いたってみんな同じことを言うと思う。お母さんに悪いと思ったらそんな発想できないでしょ。なんで恋人の娘まで手に入れようとするのか。気持ち悪い以外に言葉が見つからないんですけど」

「常識だけで生きてる朝美ちゃんには分からない」

 工藤有佳の物言いにキレた。

「有佳さんこそ偏った見方してる。経験不足だとでも言いたいんでしょうけど、おあいにく様でした」

「朝美ちゃんっ、どんだけ男遊びしてるの。気持ち悪い」

 ムカついた。

 目いっぱい睨んでやった。

 朝美のは男遊びなんかじゃないです。

 いつも真剣です。

 ただ長続きしないだけなんです。

 知りもしないくせに、それのどこが悪いって言うの。

 言うに事欠いて「気持ち悪い」だなんて朝美が言った言葉をただ繰り返してるだけじゃない。
 
 有佳さんなんか男の良さも知らないくせにって思ったら、めちゃくちゃ優越感半端ない気がしてきた。

 そろそろ時間だ。

 こんなところで睨み合ってなんかいられない。

 さっさと反撃して終わりにしよう。

「男に愛される女は気持ち悪いってことなんですね。分かりました、もう会わない。年齢だって一回りも違うし」

「朝美ちゃん、八つよ、八つ。八歳しか違わないから。疲れてるとこゴメンね、私が悪かった。もうそろそろ時間でしょ、今度いつ会えそう?」

「いつって言われても、今月で高校だけじゃなく声優専門学校も卒業するんで刻文に毎週来ることももうない。刻文にいる時だけって約束だったし、今日が最後かな」

「ウソつかないでっ。私をやり込めようとか、私に縋《すが》りついて欲しいとかって朝美ちゃん思ってない?」

「有佳さんったら、恋人になりたいくせに意地張っちゃって、バカみたい。いま目の前にいるこの私に縋りつきたいんでしょ、ホントは」

「私の人生に『縋りつく』なんて発想は無いから。もしそう思ってるならそれは間違いよ。さぁ、もう行きなさい。またね」

「ご馳走様でした・・・またっ」

 また連絡するのは分かっている。

 もう子供じゃない。

 どうしても眠れない時に呪文のように繰り返すことで工藤有佳を受け入れてしまう、その意味が何なのかを知りたい気持ちもある。

 エレベーターが上がってくるのを待ちながら、私と付き合いたいくせになんであんなに意地を張るんだろうと考えてみたが答えは出なかった。

 何回か会ってみて意地を張るタイプじゃないのは分かっていたが、そう見えてしまう。

 工藤有佳が朝美に執着しているせいかも知れない。

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