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第8章 交わり

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 連休が明けた。
 村善建設総務部4人は誰も連休の谷間の出勤日に休みを取っていない、当然休暇を取るものだと思っていた吉田由奈も特に予定がないので取らないという、小旅行一つしていない総務部4人の連休明けの会話は仕事で始まっている、今日から障害者中央センターの改修工事が本格的に始まる。
「あの親御さん、大丈夫でしょうか。また来たら怖いんですけど」
 不安そうな顔を向ける吉田由奈。
「吉田さん、そんな言い方はよくないわよ、あの方はクレイマーじゃないんだから、ただ、息子さんのことを心配してるだけ」
 加奈が吉田由奈に注意する。
 連休前に入院している患者の親御さんが村善を訪ねて来ている、資材を運ぶ音で子供が怯えてイラついているので何とかしてほしいと、現場の作業員に言ったが埒が明かないので伺ったと言う、幸いに営業部長が会社に居たので対応に当たっていた。
「もし来られたら、私が居れば私が、居なければ、そうねぇ、ここは年配の工藤さんにお願いするわね。工藤さんなら親御さんの気持ちを逆なですることなく対応してくれると思う」
 加奈が指示を出す。
「分かりました」
 さゆりが即答する。
「工藤さんが入社してくれてて本当に良かったです、わたし絶対にムリなんで」
 吉田由奈がぱっと明るい顔を見せる。
「対応するかどうかは別として皆んなでいちど現場を見てきた方がいいと思う、近いんだし」
 交代で障害者中央センターに行くことになった、初めに加奈と遠藤多恵子、次にさゆりと吉田由奈が行く、歩いて5分もあれば着く。
 現場は、センター建物と敷地内にある職員住居の2か所だ、どちらも増築はなしで耐震の強度を高めるのとスプリンクラーを増設する、2か所とも一部のレイアウトを変更した上で内外装の修繕をするのが改修工事の主な内容になっている、特に4階建てが2棟ある職員住居は一つの階に6世帯あったものを4世帯に変更して居住スペースを広げることになる、昔の建物なので狭すぎたのだ。
 見終わって4人が揃う。
「あの看板はいつ設置したのですか、凄くいいです」
 さゆりが誰ともなしに言う。
「工藤さんもそう思う?、いいよね、あれ。桑子さんの提案であれに書き換えたの、出来立てのほやほや」
 加奈が答える、桑子は村善の営業部長である、書き換えて出来上がった看板には「どの現場よりも静かに仕事をします」と「質問や疑問はその場でお答えします」の2つが書かれている、あの親御さんの対応に当たった営業部長の誠意が現れている、入院患者とその親御さん達のストレスを少しでも緩和したいという思いで健太郎の許可を取って連休中に書き換えている。
 仕事を再開する4人、10時を少し回ったところだ。
 加奈は考え事にふけっている、遠藤多恵子からは彼女の体調が回復したのでこの前のお詫びも含めてすき焼きを用意するので遊びに来て欲しいと頼まれ、週末の金曜日に晩御飯を食べに行く、引っ越し祝いも兼ねてお肉だけは加奈が用意すると伝えて了解を得ている。
 考え事は遠藤多恵子達の事ではない、健太郎のこと、そして親子と思われるあの二人のことだ。
 今まで以上に仕事に専念して健太郎の思い描く会社の成長の手助けをしたい、現場の看板を見たことでその思いがさらに膨らんでいる。
 今の健太郎は病気が再発していない、マゾとして女性に虐げられたいのだ、淫行には目を光らせておくがもう戻ることはないだろう、問題は加奈の方にある、藤崎智子から連絡が来ていない、2カ月前に母親と3人で集まり口裏合わせをしたのが最後でそれ以降は母親とだけ会っていて加奈は呼ばれなくなっている、さゆりに加奈のことを悟られたくないのは分かるが、このまま縁を切られるかも知れない。
 藤崎智子に調教された加奈は縛られただけで感じる躰に作り替えられている、痛みでもアナルでも逝ける、健太郎の望みは二人で一緒になので健太郎は加奈の反応に驚くかも知れない、自分の知らないところで加奈が開発されていたのを知ってしまう可能性だってある、悩みは尽きない、マゾ夫婦募集を見つけたことで健太郎に押し切られる形で一歩を踏み出すことになってしまった。
 昨夜、家に戻ってからの健太郎の集中力には感嘆符が付く。
「パソコンで検索すればすぐ分かるかも」
 家に戻るなり健太郎がそう言ってきた、何を言っているのかが加奈にも分かる。
「うん、女性起業家、画像、でいいんじゃない」
「だな、多ければ若手女性起業家にしてみる」
 2つのキーワードで100人以上が瞬時に検索される、加奈と健太郎が画像を見ていく、伊藤緋香里を見つけた、画像をクリック、株式会社トレンド32スワン代表取締役宇佐美光里と出ている、会社の所在地は台東区。
「ひかりって本名だったんだ」
 加奈がつぶやく。
「ホントだ、本名を出すなんて変わってるなぁ」
 健太郎が思ったままの感想を口に出す。
「確かに、でもご主人様になる人って案外そうかも、しっくりくるんじゃないのかな」
 それもありかも、って加奈が言い添える。
「そういうものかも知れない」
 そう言った健太郎が、仮にそうだとしたら、何で俺たちの前で調べれば分かるようなことを言ったんだろう、もしかして、と続けてくる。
「もしかして、大学院時代に起業して今は経営者って言ったのは口を滑らしたんじゃなくて、俺たちが信頼できるって思ったから口に出したんじゃないかな、加奈はどう思う?」
「うぅーん、健太郎と話してて自分のことを知ってもらってもいいと思ったのかも、だって、伊藤綾子さんも二人の会話を嬉しそうに見ていたから、あなたが気に入られた可能性はあるわね」
 二人の難しい会話を聞きながら伊藤綾子と目を合わせたことを加奈は思い出している、あの時に伊藤緋香里が健太郎を気に入っていると分かったのだ。
「そうだったら嬉しいけど」
 スラっと自然に出てくる。
「なによ、すっかり緋香里の虜になってるじゃない。あなたはこれって言ったらそればっかりなんだから、まったく」
「巡り合わせだったのかも、だって、経歴がW大出てT大大学院って、巡り合わせしかないでしょ」
「あなたと同じ大学なんだ、嬉しそうな顔しちゃって」
「神様が僕たち夫婦をあの方の元へ導いてくれたのかも知れない」
 確信めいた健太郎の言葉、曹洞宗の檀家なのに仏様とは言わない。
「うっそくさぁー、神様も軽くみられたもんだわ、夫婦じゃなくて、あなただけでしょ、このド変態マゾ男が。健太郎あなたね、高卒女から超高学歴女に乗り換えようなんて考えてるなら無駄よ、それを知ったら緋香里様はすぐにあなたを捨てるから、私には分かるんだから」
 加奈の言い方は内容と違っていて優しい。
「えっ、いいの?」
「なにっ」
「だっていま、緋香里様って」
「あっ」
 ばつが悪そうな加奈、だって信頼できそうだから、でも、まだ決めたわけじゃないんだからね、と続ける。
 健太郎がパソコンに向き直る、加奈が先にお風呂に入り上がった後で声掛けするが返事が曖昧な健太郎、強く加奈が言ってやっと風呂場に向かって歩き出す、お風呂から上がってすぐパソコンに戻る健太郎。
 午前零時半を回った。
「まだ寝ないの?」
「うん、もう少し。宇佐美光里ってお父さんの会社が大変だったみたい、だからあの会社を作ったんだ、起業家へのインタビューあるんだけど、30分、加奈も見てみる?」
「もう遅いから、私は後でチェックする。あのへんてこりんな名前の会社、なにやってるの?」
「訴訟を起こす時の作業や起こされないための改善提案などをAIを使ってやる会社みたい、緋香里様の会社は中小企業に特化している、調べたら日本だけでなくアジアや米国にまたがる大企業向けは既に先端企業がいて上場してる」
「おっ、健太郎の得意分野じゃん、その株を買うつもりだったりして」
 健太郎の株式投資のセンスは抜群だ、基本は中長期投資、買った株のIRだけでなく事業状況やニュースも毎日空き時間にサクッとチェックしてる、加奈が見ても感心する。
「ないない、調べてるだけ。緋香里様のことは少しでも知っておいたほうがいいと思って」
 会ったその日から僕《しもべ》としてお仕えしている健太郎。
「少しじゃないでしょ、そのうち緋香里様と同じぐらいのレベルまでいっちゃったりして、まあそういう健太郎は嫌いじゃないけど、先に寝るね、おやすみなさい」
 ベットに入る加奈、あんなに嬉しそうな健太郎は初めて見た気がする、この縁を大事にしていきたいと加奈も思いながら眠りに就いた。

 目をつぶったままの加奈がハッと我に返る。
「村上さん、大丈夫ですか。なんだか疲れてるみたい」
 遠藤多恵子が心配そうに加奈を見てくる。
「大丈夫、思った以上に改修工事の経費が掛かりそうなんで頭の中で算段してたらウトウトしちゃったみたい、もう大丈夫だから」
 加奈が自分の頬をパンパンと叩き、目を覚ましてからキーボードに打ち込む、宇佐美光里、会社、と。

 
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