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第1章 仕事始め
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東京都内を走る道路で円を描くようにぐるっと回る形状から環状線と名付けられた道路がある。
東京都道318号環状七号線、通称環七または環七通りがそれだ、23区内を通る。
板橋区を通る環七通り沿いから一つ裏手の通りに村善建設がある。
昨年、2021年に創業50周年を迎え創業者村上善吉は75歳になることもあり後期高齢を理由に会長職に退き、今は二代目として息子の健太郎38歳が社長に就任している、善吉37歳の時の子供だ。
中卒だった善吉が勤め先の中堅建設会社から独立したのが25歳の時だ、前年に事務をしていた5歳年上の秋江と職場結婚、二人は仕事が軌道に乗るまで子供を我慢し創業5年後に初めての子供を授かった、生まれたのは娘、さゆりと名付けた、善吉が当時はまっていた演歌歌手の名前だ。
その後、一度流産した時は絶望したが諦めかけていた時に息子を授かった、善吉37歳、秋江42歳の時だ。
息子の誕生ほど二人に希望を与えた出来事は後にも先にもない。
善吉はしゃにむに働き、戸建て中心の仕事をリホーム全般に広げ、成長時代の波に乗って公共事業やビル建設まで業容を拡大、息子に代を譲った昨年時点で従業員90名の会社に育て上げている。
2021年が終わり新たな年を迎えた。
正月三が日。
多くの人が年越しのために都内から久々に帰郷している。
正月三が日の環七通りは交通量が少なく普段の喧噪さは微塵もない。
外は静かなのに村善建設の裏手にある自宅はそうではなかった。
居間にいるのは善吉と秋江と息子夫婦、さゆりの5人、かなりの量のお酒も入っている。
「お義姉さんが戻るなんて言い出すから私たちがこの家を出ることになったんですからねっ」
健太郎の嫁の加奈が口をとがらせて吐き出してきた。
加奈はまだ二十代だ、健太郎と10歳差の年の差婚、結婚してもう6年が経つが子供はいない。
「何よっ、正月そうそう。私だって好きで戻ってきたわけじゃないんだから。この家しか私にはないのよ、なんと言われようと絶対、この家から動きませんから」
さゆりは離婚して実家に戻っている、まだ1週間も経っていない。
「この家しかないって、もう貰《もら》ったつもりでいるみたいなこと言ってるんですけど。お義姉さん、頭おかしんじゃないんですか、国立大学出てるくせに」
さゆりが出たのは東京隣県の国立大学だ、自宅通学が可能だったので一人暮らしはしていない、卒業して大手ゼネコンに勤務し4年後に社内結婚して長男が生まれ年子で長女が生まれた、さゆりが30歳になった時に夫が地元企業に転職すると言い出した、その時まで夫が地元志向だったとまったく知らなかった、結局、本州最北端の県に転居、15年前のことだ。
「加奈さんっ、その言い方は何なのよっ、もう、頭にきた。お父さんもお母さんも何とか言ってやってよ」
「加奈、さゆりは離婚してもう行くところがないんだ。そのくらい分かってあげなさい」
そういうと善吉は焼酎グラスを傾けた、娘が何か言えというので言葉を発したものの後は何も言わない感じ、次の言葉が出でこない。
「そうよ。ねえ加奈さん、私からもお願い。分かってあげて」
秋江の言い方は娘の肩を持つというより嫁の加奈に気を使っているような言葉使いにもとれる。
「健太郎、あんたはどうなのよ。姉がこんな目にあってても嫁の肩を持つつもり?はっきり言ってよ」
嫁にガンと言わない父と母を見てさゆりはヒステリック気味になっている。
「ちょっと待ってよ、姉さん。まだ、戻ってきたばっかしだし、少しこっちの生活に慣れてから、ね。加奈もこの6年、頑張ってきたんだし」
健太郎にしてみれば姉が出戻ったことで姉と嫁の板挟みになる雰囲気が耐えられない。
「もお、いいっ」
さゆりが椅子を立って居間から出ていった。
「なによあれ、私だけ悪者にしようとしてる。更年期なんとかってやつじゃない」
言いながら含み笑いをしている加奈。
「あの性格だから友也君も我慢できなかったんだろう」
善吉は妙に納得した顔付で娘の元旦那を憐れんでいるかのようだ。
「あなた、先に帰ってていいわよ。後片付けしてから帰るから」
「そうか、風呂沸かしておくから」
「ありがとう」
息子夫婦の自宅は村善建設から徒歩で7、8分ぐらいか、5階建てマンションの最上階すべてを使っている。
元々は、善吉と秋江が住む予定で自社物件の最上階をそのつもりで作っていたのだがさゆりの離婚で事情が変わっている。
健太郎が帰り後片付けを終えた加奈を善吉と秋江が見送るために玄関に向かおうとした。
「明日、仕事始めにお義姉さんの入社を発表するんで、このままだと気まずいから少しお話してから帰ります」
「いいの?」
「もちろんです、家族ですから」
「加奈さん、ありがとう。まさか離婚して戻ってくるなんて、これから大変だと思うけどひとつ宜しくお願いしますね」
「はい」
そう言うと二人に笑みを浮かべて加奈はさゆりがいま使っている部屋に向かう。
東京都道318号環状七号線、通称環七または環七通りがそれだ、23区内を通る。
板橋区を通る環七通り沿いから一つ裏手の通りに村善建設がある。
昨年、2021年に創業50周年を迎え創業者村上善吉は75歳になることもあり後期高齢を理由に会長職に退き、今は二代目として息子の健太郎38歳が社長に就任している、善吉37歳の時の子供だ。
中卒だった善吉が勤め先の中堅建設会社から独立したのが25歳の時だ、前年に事務をしていた5歳年上の秋江と職場結婚、二人は仕事が軌道に乗るまで子供を我慢し創業5年後に初めての子供を授かった、生まれたのは娘、さゆりと名付けた、善吉が当時はまっていた演歌歌手の名前だ。
その後、一度流産した時は絶望したが諦めかけていた時に息子を授かった、善吉37歳、秋江42歳の時だ。
息子の誕生ほど二人に希望を与えた出来事は後にも先にもない。
善吉はしゃにむに働き、戸建て中心の仕事をリホーム全般に広げ、成長時代の波に乗って公共事業やビル建設まで業容を拡大、息子に代を譲った昨年時点で従業員90名の会社に育て上げている。
2021年が終わり新たな年を迎えた。
正月三が日。
多くの人が年越しのために都内から久々に帰郷している。
正月三が日の環七通りは交通量が少なく普段の喧噪さは微塵もない。
外は静かなのに村善建設の裏手にある自宅はそうではなかった。
居間にいるのは善吉と秋江と息子夫婦、さゆりの5人、かなりの量のお酒も入っている。
「お義姉さんが戻るなんて言い出すから私たちがこの家を出ることになったんですからねっ」
健太郎の嫁の加奈が口をとがらせて吐き出してきた。
加奈はまだ二十代だ、健太郎と10歳差の年の差婚、結婚してもう6年が経つが子供はいない。
「何よっ、正月そうそう。私だって好きで戻ってきたわけじゃないんだから。この家しか私にはないのよ、なんと言われようと絶対、この家から動きませんから」
さゆりは離婚して実家に戻っている、まだ1週間も経っていない。
「この家しかないって、もう貰《もら》ったつもりでいるみたいなこと言ってるんですけど。お義姉さん、頭おかしんじゃないんですか、国立大学出てるくせに」
さゆりが出たのは東京隣県の国立大学だ、自宅通学が可能だったので一人暮らしはしていない、卒業して大手ゼネコンに勤務し4年後に社内結婚して長男が生まれ年子で長女が生まれた、さゆりが30歳になった時に夫が地元企業に転職すると言い出した、その時まで夫が地元志向だったとまったく知らなかった、結局、本州最北端の県に転居、15年前のことだ。
「加奈さんっ、その言い方は何なのよっ、もう、頭にきた。お父さんもお母さんも何とか言ってやってよ」
「加奈、さゆりは離婚してもう行くところがないんだ。そのくらい分かってあげなさい」
そういうと善吉は焼酎グラスを傾けた、娘が何か言えというので言葉を発したものの後は何も言わない感じ、次の言葉が出でこない。
「そうよ。ねえ加奈さん、私からもお願い。分かってあげて」
秋江の言い方は娘の肩を持つというより嫁の加奈に気を使っているような言葉使いにもとれる。
「健太郎、あんたはどうなのよ。姉がこんな目にあってても嫁の肩を持つつもり?はっきり言ってよ」
嫁にガンと言わない父と母を見てさゆりはヒステリック気味になっている。
「ちょっと待ってよ、姉さん。まだ、戻ってきたばっかしだし、少しこっちの生活に慣れてから、ね。加奈もこの6年、頑張ってきたんだし」
健太郎にしてみれば姉が出戻ったことで姉と嫁の板挟みになる雰囲気が耐えられない。
「もお、いいっ」
さゆりが椅子を立って居間から出ていった。
「なによあれ、私だけ悪者にしようとしてる。更年期なんとかってやつじゃない」
言いながら含み笑いをしている加奈。
「あの性格だから友也君も我慢できなかったんだろう」
善吉は妙に納得した顔付で娘の元旦那を憐れんでいるかのようだ。
「あなた、先に帰ってていいわよ。後片付けしてから帰るから」
「そうか、風呂沸かしておくから」
「ありがとう」
息子夫婦の自宅は村善建設から徒歩で7、8分ぐらいか、5階建てマンションの最上階すべてを使っている。
元々は、善吉と秋江が住む予定で自社物件の最上階をそのつもりで作っていたのだがさゆりの離婚で事情が変わっている。
健太郎が帰り後片付けを終えた加奈を善吉と秋江が見送るために玄関に向かおうとした。
「明日、仕事始めにお義姉さんの入社を発表するんで、このままだと気まずいから少しお話してから帰ります」
「いいの?」
「もちろんです、家族ですから」
「加奈さん、ありがとう。まさか離婚して戻ってくるなんて、これから大変だと思うけどひとつ宜しくお願いしますね」
「はい」
そう言うと二人に笑みを浮かべて加奈はさゆりがいま使っている部屋に向かう。
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