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22 呪いを解く旅②

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「さあ~……しゅっぱつしようか~」
「いや師匠、さっきのやる気はどこにいったんです?」


 目の前にいるのは、だらけきったいつもの師匠だ。眠そうにうつらうつらと船を漕いで、しまいには馬車に頭をぶつけそうになったのでカイルがあわてて支えていた。


「ジャレド氏は昨日徹夜で魔法陣を作ったらしい。しばらく魔術の出番はないし、彼は寝かせておこう」
「いつもの師匠の仕事ぶりだわ……」


 ジャレドは集中すると寝食を忘れ魔術に没頭する。今回もそうだったのだろう。カイルにひょいっと担がれた時にはすでに寝息が聞こえていた。


「ジャレドが言うには前回は教会の馬車だったのだろう? しかし今回はなるべく目立たないように移動したいんだ。サクラには申し訳ないが、以前と違って荷馬車で行こうと思う」
「私は大丈夫だよ! みんなと一緒に乗れるならなんでも平気!」


 ありがたいことにこの世界の道はけっこう綺麗に舗装されている。そのうえ案内された馬車をのぞいてみると、床には厚手の絨毯にフカフカのクッション。それに師匠が横になっても十分な広さがあって、なかなか快適に改造してあった。


「うわあ……素敵! 乗り心地良さそう!」
「「頑張りました!」」


 ブルーノさんとアメリさんは顔を見合わせ、満足そうに笑っている。思わず仲良さそうな二人にニヤニヤしていると、荷物を運び終わったカイルが地図を持ってやってきた。


「みんな聞いてくれ。旅の計画なのだが、まず目的地であるケセラの町がここだ。急げば一日で着く距離だが、報告では結界の穴から出ている瘴気の量が多いらしい。そこでそのひとつ前にある『カレブ』という町を目指そうと思う。ここなら休憩しながらでも日没前には着くだろう」

「わかりました。カレブなら時々訪れますので道に迷うこともないです」
「助かるな。よろしく頼む」


 馬車の手綱を取るのはブルーノさんだ。そのまま地図を受け取ると御者台に向かっていく。残った私たちも急いで馬車に乗り込むと「出発します!」というブルーノさんの掛け声とともに、馬車はカレブの町目指して走り出した。


「司教様も見送りたかったみたいで残念がってましたよ」
「まあ、しょうがない。司教様が見送ると目立ってしまうからな」
「ふふ。おじいちゃん……」


 予想どおり馬車の旅は快適だった。私が馬車の揺れに慣れているのもあるけど、疲れたら横になれるのがなかなか良い。私たちは酔わないように、休憩を重ねながらカレブの町に近づいていった。


「あれ? 師匠、もう起きて大丈夫なんですか?」


 もうそろそろカレブの町につくという頃、外で最後の休憩をしていた時だった。さっきまでスヤスヤと寝ていた師匠がやけにスッキリした顔で馬車から出てきた。


「だってもうお昼を過ぎてるだろう? お腹空いたよ~」
「お昼にアメリさんが起こしましたよ? すぐ寝ちゃいましたけど。それにカレブはもうすぐそこらしいですから、その町で食べましょう」
「え~ひどいよ!」


 時間と協調性に厳しい日本人の性なのか、私は師匠に厳しいらしい。しかしそんなやり取りを見たアメリさんがクスクス笑って「パンとチーズならありますから」と言って用意している。


「アメリさんは本当に優しいね」
「そうですね。昔からアメリは思いやりがある女性ですから」


 そう言ってニコニコとアメリさんを見つめるブルーノさんの頬は赤い。優しい瞳で見つめていて、やっぱり一年経った今も二人は両思いみたいで安心した。


 するとそんなほのぼのした雰囲気のなか、カイル一人だけが警戒するように周囲をじっと見つめている。


「カイル、私たち馬車の中に入っていたほうがいい?」


 私にはわからない危険を察知しているのかもしれない。それにさっき魔術で飛ばす郵便を受け取っていた。きっとケリーさんからの報告だろう。


「いや、ここは大丈夫だ。しかし少し瘴気が風にのってきているな。ジャレド氏も起きたことだし、食事を終えたら馬車の進みを早めよう」
「本当だ。まだ地上には降りてないけど、上のほうに黒いのが溜まってる……。私、みんなに伝えてくるね」


 瘴気が見えるのは、私とカイルそして師匠だ。さっきの話をすると師匠も嫌な顔をしてパンを飲み込み、さっさと馬車の中に移動した。


「ブルーノとアメリは、布で口をふさいでおいて~」


 瘴気に耐性のない私たちと違い、二人はあの黒いモヤモヤを吸い込むと体に良くない。いきなり倒れることはないけど、濃度が濃かったら何日も高熱を出してしまう。


(まだあれくらいじゃ大事には至らないけど、結界に穴が開いているケセラの町は大変なことになってそう……)


 魔力を満タンにして結界の穴を修復しなきゃ。久しぶりだから上手くいくかわからないけど、きっと困ってる人がいっぱいいるはず。私はぎゅっと手を握りしめ馬車に乗り込んだ。


 スピードアップした馬車はかなり揺れたが、あっという間に今夜の目的地に着いたようだ。


「さあ、カレブの町に着いたぞ。風向きのせいかこの町には瘴気がほとんど無いみたいだな」


 馬車置き場から町を眺めると、たしかに空は澄み切っていて空気も綺麗だ。私はホッとしてアメリさんたちに報告し、みんなで荷物を持って町の入り口に入っていった。


「瘴気がなくて良かったですね。今日はゆっくり過ごして明日に備えましょう」
「うん!」


 すると町に入ったとたん、たくさんの人たちがワーワーと騒いでいるのが見えた。喧嘩をしているわけじゃないけど、みんなものすごく興奮してお祭り騒ぎだ。


「なにかあったのかな?」
「サクラ、ちょっと下がっててくれ」


 私たちはカイルの誘導で、急いで道の端に駆け寄った。この辺りなら人もそんなにいないから安心だ。そう思ってカイルの背中からチラリと様子をうかがうと、大きな声で叫ぶ一人の男が群衆から飛び出してきた。


「みんな! お祝いだ! アンジェラ王女が、隣国サエラに嫁ぐことが決定したぞ!」


 その男の言葉に、思わず皆で顔を見合わせる。


(アルフレッド殿下が言っていたあの縁談が本当に成立したの? アンジェラ王女が了承したなんて信じられないけど……)


 カイルの名を叫ぶ王女の姿が頭に浮かぶと、なおさら信じられない。数ヶ月経ったならまだしも昨日の出来事だ。



(自暴自棄になったアンジェラ王女がなにかしでかすんじゃ……それにいつも王女の側にいたエリックはどうしてるんだろう)


 私はそんな不安な気持ちを抱きながら、目の前で大喜びする町の人たちをじっと見ていた。
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