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翻弄されたニセモノ令嬢

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 ゆっくり目を開けると、グレッグは何か戦いに挑むような、やる気に満ち溢れた目をしていた。


「……あの、グレッグ?」


(おかしいわね。予想ではこの後、甘い雰囲気になると思ってたのだけど……?)


 グレッグは拳をぐっと握りしめ、私に向かってさわやかに笑いかける。


「まずは結婚式の準備だな! 色はピンクで統一したい。教会にも花を飾り、招待状も凝ったものしよう!」
「は、はあ……」
「ドレスは、俺に任せてくれ!」


 グレッグは鼻息荒くそう言うと、ドスっと音がするほど自分の胸を拳で叩いた。さっきまでのあの甘いロマンティックなグレッグは、どこに行ってしまったの? そんな私の戸惑いなどお構いなしで、彼の結婚式への熱い想いは止まらない。


 それにしても、ここまで理想の結婚式があったとは。そのわりにいっこうに日取りが決まらなかったけど、もしかして……。私は思い当たったことをグレッグに尋ねると、彼はよくぞ聞いてくれた! とばかりに、輝くような笑顔で答える。


「俺がどうしてもこの舞踏会でプロポーズをしたいと、両親に伝えていたんだ! 優勝者として表彰された舞踏会でプロポーズなんて、ロマンティックだろう? 」


 そうでした。グレッグはこういう人でした。ものすごく満足そうなグレッグを見ていると、文句も出てこない。


(まあ、シャルロット様や妨害工作がなければ、普通に幸せな毎日でしたもの。グレッグはいつもどおりで、悪くないわね。あとの面倒な結婚準備は彼に任せて、しばらくは疲れを癒やしてゆっくりしましょう!)


 結婚式は準備にかなり時間がかかるものだ。なにも予定がない毎日を考えると、自然と口元がゆるむ。しかし私は結婚できることに興奮したグレッグをなめていた。


「そうと決まれば、帰るぞ!」
「えっ……きゃあ!」


 そこからは怒涛の展開だった。少しでも早く結婚式をしたいグレッグにより私は抱き上げられ、群衆の間を横切り馬車まで運ばれた。途中でグレッグが 「もう我慢できない!」と言うものだから、また新しい噂がたったのは言うまでもない。


 そのままグレッグの自宅であるラウザー邸に連れて行かれると、両家の親と仕立て屋が待っていた。「プロポーズ成功おめでとう!」と祝われたと思ったら、すぐに結婚式のドレスの採寸だ。聞けば教会や会場の準備は、すべてグレッグのお母様が手配済みだという。それでも数日後、あまりの忙しさにグレッグのお母様が倒れてしまったけど。


 その頃の私はというと、自宅のクライトン伯爵邸に帰り、自分の荷物の整理をしていた。……といっても母が仕切ってメイドが準備してくれるので、私は横で見ているだけ。


 やることもないのでみんなの素晴らしい働きぶりを見ていると、メイドが1人減っている気がした。不思議に思って他のメイドやお母様に聞いても「わかりません」「そんな子いたかしら」という返事が戻ってくる。


(なにかあった気がしたけど、なんだったかしら?)


 しかしそんな疑問も忙しい毎日のなかでは、あっという間に忘れてしまう。だって気づけばあの舞踏会から10日後の今日! 私は彼の考えたドレスで神父様の前に立ち、誓いの言葉を言っているのだから! 早い。怖いくらい展開が早いわ。


 式が終わり教会から出ると、カレン様とケイティ様が目をうるうるさせて駆けよってきた。


「レイラ様! おめでとうございます!」
「本当に美しくて、感動しました!」


 感激して話す2人の横には、婚約者らしき男性が寄り添っている。あら? なんだか以前紹介された方とは、違うような? そういえばこの前のお茶会では、2人とも婚約者とうまくいっていないと話していたけど。これは聞いて良いものかしら? 


「あの、お2人の……」
「はい! 今日ご紹介しようと思って、内緒にしてたんです」
「レイラ様は忙しいでしょうから、お手紙読む暇もないだろうと思って」
「前の浮気者とは別れて、とても誠実な人と婚約できました」
「「全部グレッグ様のおかげです!」」


 2人はお互いの婚約者と腕を組み、本当に幸せそうに見つめ合っている。


(以前お2人が婚約者を紹介してくださった時、すごく緊張して気を使ってる雰囲気だったけど……今の方とは和やかで楽しそうだわ。素敵な人と婚約できたみたいで、良かった……!)


 それにしてもグレッグのおかげとは、どういう事だろう? 詳しく聞きたいけど今は時間がないわね。今度は私から2人をお茶に誘いましょう。カレン様とケイティ様は、いつでも私の幸せを喜んでくれるもの。もっと2人と仲良くなりたい。そんな気持ちが自分の中から出てきた事に驚いていると、グレッグが迎えにやってきた。


「レイラ! 行こうか!」


 グレッグの声で振り向くと、私は思わず時が止まったように立ちつくす。青空の下で陽の光を背にしたグレッグは、黄金の髪をなびかせ手を差し出していた。白いタキシードを着ているせいか、体全体が光の粒でキラキラと輝いているように見える。


(まるで少女小説のヒーローみたいだわ……)


 招待客もグレッグの姿に心を奪われたように、見入っていた。その様子を見ていると、今までは感じたことがないモヤモヤした気持ちが心の奥に生まれる。


 (……なるほど、これが嫉妬なのね。……でも、あなたの本当の姿を知っているのは私だけだわ)


 私がグレッグを手招きして呼ぶと、彼は飼い主に呼ばれた大型犬のように笑顔で駆けよってきた。ニコニコと私への愛情を隠そうとしない表情に、胸が高鳴る。


(なんだか私も、浮かれちゃってるみたいね)


 私は教会の階段を一段上がり、差し出されたグレッグの手をつかんだ。そのままゆっくりと顔を近づけると、彼の表情が驚きに変わる。顔はみるみる赤くなり、私を見つめる瞳の奥には熱がこもり始めた。


「愛してるわ。グレッグ」


 私はまわりがざわめくのを感じながら、私だけの愛しい乙女な騎士にキスをした。
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