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完璧令嬢からの糾弾

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 まあ……! 彼女、グレッグお気に入りの「乙女の……」のヒロインに似ているわ。健気な雰囲気をもったその令嬢は、シャルロットと名乗った。あら、名前まで似ている気がする。彼女は私が挨拶すると、花が咲いたように笑い、会えた喜びを熱心に伝えてくる。良かった。悪い人じゃなさそうね。ホッと一息つきお茶を飲むと、カレン様が興奮気味に話しかけてきた。


「そうそう、レイラ様! 昨日の事、噂になっていますわよ」
「噂? なんでしょう?」
「昨日グレッグ様に、ケーキを食べさせてあげたでしょう? その仲睦まじさったら、うらやましいかぎりです!」
「あ、あれは……」


 私がとまどって声をつまらせていると、ケイティ様も目をキラキラさせてこっちを見ていた。


「私も聞きました! グレッグ様がレイラ様のために、たくさん本をプレゼントしていたとか!」
「まあ! 本当に素敵! 私の婚約者なんて、最近デートにも誘ってくれなくて……」
「私も同じですわ! 私の婚約者なんて誰か別の女性に会っているらしくて、婚約解消もありそうですの」
「「それに比べてグレッグ様は素敵だわ~!」」


 どうやら昨日の事はあっという間に、噂として広がっているようだ。なんだか恥ずかしくなって、思わずハンカチで口元をおさえる。


「あら! レイラ様の刺繍、素敵ですね」
「流行りの色使いで、さすがです!」


 グレッグが作ってくれたとは、口が裂けても言えない。それでもこの刺繍が褒められるのは、グレッグが褒められているようで嬉しくなる。


「刺繍といえばシャルロット様ね! 本当にお上手ですから」
「そう言っていただけると嬉しいです!」


 カレン様に褒められて頬を染める姿は、物語の主人公のように目を引いた。派手な顔立ちではないけれど、不思議と目で追いたくなるのは天性のものなのでしょうね。


「シャルロット様はお菓子作りもお上手で、こちらのクッキーもお持ちくださったの」
「良かったらレイラ様もぜひ!」


 すすめられたクッキーを一口食べてみると、甘さ控えめでふわりと紅茶の香りが広がり、本当に美味しかった。キャラメルがかかったクルミが、良いアクセントになっている。私が褒めるとシャルロット様は大喜びしていた。その姿もとても愛らしく、表情がくるくる変わるので見ていて飽きない。


(……グレッグと話が合いそうね)


 そのあとのお茶会もグレッグが予想していたとおり、昨日の舞台や少女小説の話題が続いた。本当にグレッグの手紙で、予習したかいがあったわ! 少し忘れかけたところはあったけど、無難に過ごせたはず! なんとか今回もやり過ごせたことにホッとした頃、お茶会もお開きになった。


 ようやく帰れると足取り軽やかに歩いていると、隣りにいたシャルロット様が「きゃっ!」と小さく声を上げ、しゃがみこんだ。


「大丈夫ですか?」


 ドレスの裾でも踏んでしまったのかしら? そう思って手を差し出すと、シャルロット様は頬をほんのりと赤らめ私の手につかまった。


「……ですね」
「え? ごめんなさい。聞こえなかったわ」



 シャルロット様は私の手を支えにゆっくりと立ち上がると、誰もが目を奪われるような微笑みで、予想していなかったことを話し始めた。



「レイラ様は、嘘つき令嬢ですね」
「え?」
「刺繍もできない、ドレスも選べない、舞台も寝ていて本当は見ていないでしょう? 今日お茶会で話したことはぜーんぶ嘘!」



 いったい何が目の前で起こっているのか、さっぱりわからない。シャルロット様の表情は、先ほどと全く変わらない。話す言葉が聞こえなければ、私達は楽しく談笑しているように見えるだろう。彼女の変わりぶりに驚き、差し出した手を引っ込めようとするも、反対にギュッと掴まれてしまう。



「でも私は本物です。刺繍も、お菓子づくりも上手で、そのうえ可憐で美しい。あなたの様な怠惰なニセモノじゃないの」
「……な、なにが言いたいの?」


 ようやく絞り出した言葉も無かったかのように無視され、シャルロット様は嬉しそうに話を続ける。私は自分の耳に響くほど、胸がバクバクと鳴るのを聞いていた。


「ほーんと! 生まれつき、お金があるって得ですよね~」


 クスクス笑うシャルロット様は、つかんでいた私の手をグイっと引っぱり、耳元でささやいた。


「私、あなたみたいな人、大嫌いなんです」


 今までと違う憎しみが込められた声色で呟かれ、背筋にゾワリと冷たいものが走る。


「は、はなして!」


 握られた手を強めに引くと、彼女はフッと笑って手をはなす。私は強く引っ張ったせいで後ろによろめき、立っているだけでやっとだ。風がざわざわと強く吹き始め、言い知れない不安が襲ってくる。


「あなたより私の方が、グレッグ様にピッタリですね。私なら彼を本当に理解してあげられる。ニセモノのあなたより、私の方がグレッグ様を幸せにできるわ」



 シャルロット様はフンと嘲るように笑った。しかしそれも一瞬のことで、彼女の表情はまたかわいらしい令嬢に戻る。呆然と立ちつくす私の前で、彼女はそれはそれは美しいカーテシーをして、「ごきげんよう」と去っていった。
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