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29 お妃様選定の儀②
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「はい。竜王様が二十歳で国王に就任された時、補佐として選んだのはシリル様でした。その選択に周囲の者は驚き、リプソン侯爵は激しく反対したのです」
リディアさんは私を竜舎ではなく、王族専用の裏の通路に案内し始めた。私が部屋に戻りたがっているのを、わかっているみたいだ。
「本来ならシリル様は、水晶の守り人と呼ばれる番人の後継者です。竜王様の補佐は代々、リプソン侯爵家から選ばれていました。侯爵も自分か息子が選ばれるだろうと、疑いもしていなかったはずです」
少し湿った裏通路で過去に起こった出来事を聞いていると、少し気持ちが重くなってくる。私はそんな気持ちを振り払うように、カツカツと靴音を力強く鳴らしていた。
「そこで、侯爵がこれでは不公平だと、竜王様に異論を唱えました。父親が水晶の守り人で、息子が竜王の補佐では、妃選びに不正が行われてもおかしくないと言ったのです」
「アビゲイル様のためでしょうか?」
リディアさんは私の言葉に、しばし悩んだあと、首を横に振った。
「……それもあるかとは思いますが、侯爵が強く反対することで、発言を取り消すと思っていたようです。しかし竜王様はシリル様を補佐に選ぶことを撤回せず、シリル様のお父様であるルシアン様が職を辞し、そしてリプソン侯爵は王宮から去りました」
「そんなことがあったんですね……」
じゃあこの国で権力を失ったリプソン侯爵は、アビゲイル様が選ばれてほしいと切望しているんだろうな。それに妾になったと噂された私が、竜王様の近くにいては、さぞ目障りなはず。
それにあの寒気のする、粘ついた視線。少しでも私が弱気になったら、くじけてしまいそうな気持ち悪さがあった。
(負けちゃダメ! しっかりしなきゃ!)
私はカツンと大きな靴音を鳴らし、自分の部屋の扉を開けた。
◇
「明日のお妃様選び、どうしよう……」
夜ベッドに入り、お腹をさすりながら、今日一日ずっと気になっていたことを呟いた。あの話を聞いてからというもの、私の頭の中は明日の「お妃様選定」のことでいっぱいだ。
しかも騎士団や王宮でもその話題でもちきりで、どこにいっても私を悩ませていた。
(どのタイミングで、竜王様に伝えればいいんだろう……)
選定は明日の朝だと言ってたから、その前に竜王様に会えるかリディアさんに聞いたけど、選定の儀が終わるまでは時間が取れないと断られてしまった。
もう女性たちの招待は始まってるし、騎士団も警備の準備をしている。どちらにしてもあのアビゲイル様のお父さんが、中止にするのを許さないだろう。
「卵くん、寝ちゃったの?」
昨日あたりから卵くんの寝る時間が、多くなっている気がするけど大丈夫かな。まあ、でも卵くんに頼るのも違うよね。私はお腹をさすっていた手を離し、パンと頬を叩き気合いを入れた。
「自分で決めなきゃ……!」
私の悪い癖だ。揉め事が苦手で、どうしても強く言えない。パニックになって、言葉が出てこないのだ。それで我慢してきたことばかりだったのに。
「よし! 明日、無理やり行って、私も選定を受けさせてもらおう!」
場所も時間も選定を受ける者にしか、教えてもらえないから、明日リディアさんに言ってみよう。そう決めたのなら、早く寝ないといけない。儀式は朝からだ。私はまだ眠くない目をぎゅっと瞑り、毛布をかぶった。
「目の下のクマがすごい!」
あれから何度も夜中に起きてしまい、結局寝不足だ。そんな顔色の悪さを鏡で確かめていると、少しあせったようなノック音が部屋に響いた。
「リディアです。入室してもよろしいでしょうか?」
「えっ? はい! どうぞ!」
部屋に入ってきたリディアさんは、急ぎ足で私のほうに歩いていくる。なんだか様子がおかしい。リディアさんの目が、いつになく真剣で、手が震えている。
「竜王様がお呼びです。リコにお妃様選定の儀に、来てほしいと言っています」
「えっ? もう始まってるのですか?」
ようやく朝日が見えてきたという時間なのに、神聖な儀式だからか、かなり早かったようだ。
「わかりました。行きます!」
結局卵くんの声はあれから聞こえないけど、私は行ってきますの挨拶をするように、ポンとお腹を叩いた。
(なにがどうなってるのか、全くわからないけど、ちょうどいいわ! 私にも選定の儀を受けさせてもらおう!)
バクンバクンと大きな心臓の音が、全身を震わせている。唇を噛み締めていないと、舌を噛んでしまいそうで、きゅっと口に力を入れた。
お妃様を選ぶ水晶の部屋というのは、いつも私が過ごしている王宮の地下にあるらしい。今まで入ったことのない場所で、リディアさんが案内してくれなかったら迷子になっていた。
「こちらです」
階段を降り、細い道を突き当たった場所に、大きな扉があった。二人の騎士が、その重厚な扉を開けてくれる。すると、その瞬間。
私の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「お妃様が決定いたしました! 竜王様のお妃様は、アビゲイル・リプトン候爵令嬢です!」
(え? 今、なんて言ったの……?)
目の前にはたくさんの令嬢たちが、拍手をしてアビゲイル様にお祝いの言葉を言っている。その中で私ひとりだけが、声も出せぬまま呆然と立ち尽くしていた。
リディアさんは私を竜舎ではなく、王族専用の裏の通路に案内し始めた。私が部屋に戻りたがっているのを、わかっているみたいだ。
「本来ならシリル様は、水晶の守り人と呼ばれる番人の後継者です。竜王様の補佐は代々、リプソン侯爵家から選ばれていました。侯爵も自分か息子が選ばれるだろうと、疑いもしていなかったはずです」
少し湿った裏通路で過去に起こった出来事を聞いていると、少し気持ちが重くなってくる。私はそんな気持ちを振り払うように、カツカツと靴音を力強く鳴らしていた。
「そこで、侯爵がこれでは不公平だと、竜王様に異論を唱えました。父親が水晶の守り人で、息子が竜王の補佐では、妃選びに不正が行われてもおかしくないと言ったのです」
「アビゲイル様のためでしょうか?」
リディアさんは私の言葉に、しばし悩んだあと、首を横に振った。
「……それもあるかとは思いますが、侯爵が強く反対することで、発言を取り消すと思っていたようです。しかし竜王様はシリル様を補佐に選ぶことを撤回せず、シリル様のお父様であるルシアン様が職を辞し、そしてリプソン侯爵は王宮から去りました」
「そんなことがあったんですね……」
じゃあこの国で権力を失ったリプソン侯爵は、アビゲイル様が選ばれてほしいと切望しているんだろうな。それに妾になったと噂された私が、竜王様の近くにいては、さぞ目障りなはず。
それにあの寒気のする、粘ついた視線。少しでも私が弱気になったら、くじけてしまいそうな気持ち悪さがあった。
(負けちゃダメ! しっかりしなきゃ!)
私はカツンと大きな靴音を鳴らし、自分の部屋の扉を開けた。
◇
「明日のお妃様選び、どうしよう……」
夜ベッドに入り、お腹をさすりながら、今日一日ずっと気になっていたことを呟いた。あの話を聞いてからというもの、私の頭の中は明日の「お妃様選定」のことでいっぱいだ。
しかも騎士団や王宮でもその話題でもちきりで、どこにいっても私を悩ませていた。
(どのタイミングで、竜王様に伝えればいいんだろう……)
選定は明日の朝だと言ってたから、その前に竜王様に会えるかリディアさんに聞いたけど、選定の儀が終わるまでは時間が取れないと断られてしまった。
もう女性たちの招待は始まってるし、騎士団も警備の準備をしている。どちらにしてもあのアビゲイル様のお父さんが、中止にするのを許さないだろう。
「卵くん、寝ちゃったの?」
昨日あたりから卵くんの寝る時間が、多くなっている気がするけど大丈夫かな。まあ、でも卵くんに頼るのも違うよね。私はお腹をさすっていた手を離し、パンと頬を叩き気合いを入れた。
「自分で決めなきゃ……!」
私の悪い癖だ。揉め事が苦手で、どうしても強く言えない。パニックになって、言葉が出てこないのだ。それで我慢してきたことばかりだったのに。
「よし! 明日、無理やり行って、私も選定を受けさせてもらおう!」
場所も時間も選定を受ける者にしか、教えてもらえないから、明日リディアさんに言ってみよう。そう決めたのなら、早く寝ないといけない。儀式は朝からだ。私はまだ眠くない目をぎゅっと瞑り、毛布をかぶった。
「目の下のクマがすごい!」
あれから何度も夜中に起きてしまい、結局寝不足だ。そんな顔色の悪さを鏡で確かめていると、少しあせったようなノック音が部屋に響いた。
「リディアです。入室してもよろしいでしょうか?」
「えっ? はい! どうぞ!」
部屋に入ってきたリディアさんは、急ぎ足で私のほうに歩いていくる。なんだか様子がおかしい。リディアさんの目が、いつになく真剣で、手が震えている。
「竜王様がお呼びです。リコにお妃様選定の儀に、来てほしいと言っています」
「えっ? もう始まってるのですか?」
ようやく朝日が見えてきたという時間なのに、神聖な儀式だからか、かなり早かったようだ。
「わかりました。行きます!」
結局卵くんの声はあれから聞こえないけど、私は行ってきますの挨拶をするように、ポンとお腹を叩いた。
(なにがどうなってるのか、全くわからないけど、ちょうどいいわ! 私にも選定の儀を受けさせてもらおう!)
バクンバクンと大きな心臓の音が、全身を震わせている。唇を噛み締めていないと、舌を噛んでしまいそうで、きゅっと口に力を入れた。
お妃様を選ぶ水晶の部屋というのは、いつも私が過ごしている王宮の地下にあるらしい。今まで入ったことのない場所で、リディアさんが案内してくれなかったら迷子になっていた。
「こちらです」
階段を降り、細い道を突き当たった場所に、大きな扉があった。二人の騎士が、その重厚な扉を開けてくれる。すると、その瞬間。
私の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「お妃様が決定いたしました! 竜王様のお妃様は、アビゲイル・リプトン候爵令嬢です!」
(え? 今、なんて言ったの……?)
目の前にはたくさんの令嬢たちが、拍手をしてアビゲイル様にお祝いの言葉を言っている。その中で私ひとりだけが、声も出せぬまま呆然と立ち尽くしていた。
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