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穏やかでない日常
128:カトレヤとローザ オリアーナ
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カトレヤへ輿入れしてから6年の間に帰省したのは2度。弟のナシェルが立太子した時と、皇子が産まれた時の里帰り。
そして、3度目の今回…笑顔で家族と再会し、夜会でも他国との交流だけでなく、友人達とも久し振りに楽しい時間を過ごせたのは、母からの手紙でナシェルの事を知った私に、全て吐き出してからダリアへ向かいなさいと言ってくれたセリアズのおかげで、残りの滞在期間も母と妹を元気付けながら過ごそうと思っていた…
なのに、シシーはどうして泣いているの…母が石を撫でる手は何故震えているの…?
私の記憶の中のナシェルは13歳の姿のままなのに…目の前の石に刻まれているのは、私の弟の名なの…?
ーーー
此処に居る間だけは、皇太子妃ではなく、姉として弟の死を悼みいと過ごした1ヶ月。
訪れた国賓をもてなす為の南棟に滞在しているのは、ローザの双子の兄妹と私達のみとなったが、聖皇国へ向かう事が正式に決まった兄妹は、明日から滞在先を大聖堂に移し、長い帰省となった私達も帰国の途に就く為、明日ダリアを発つ。
魔物に関する情報を共有したいと話していたフランとの面会は、滞在最終日の今夜になって漸く実現したのだけど…フラン、顔に出過ぎよ。
「い、いかがでしたか?ドレスでの訓練は」
「ハハッ…全く動けないどころか、着るのにも一苦労でしたよ」
「コルセットはキツイし、足下は心許ないし、ヒールも安定しない…オリヴィエ、君はすごいな…私の誇りだよ」
「…あ、ありがとう。ところでルシアン…?あの、膝から降ろしてくれない?」
「何故?」
「何故?恥ずかしいからに決まってるじゃないっ!」
「我慢してくれ。産まれてから今まで、君とこんなに長く離れた事はなかったからね…心配で気が狂いそうだったよ…ん?少し太ったか?」
「ちょっとっ、触らないで!って言うか、失礼だわ!」
「何だか、背徳感を感じるわね…」
「リアーナ…やめなさい」
デュバルとセイドの訓練に参加して精悍さが増したルシアン殿下が、毒を気にする必要のない食事で、肉付きがよくなった事を気にしているオリヴィエを膝に乗せ、その柔らかさを堪能する…
麗しい兄妹から漂う、甘美で危うい香りに興味をそそられるけれど、ルシアン殿下の頬をつねって文句を言うオリヴィエには、いまいち官能さが足りないわね。
「…フフッ…オリヴィエが結婚するとなったら、ルシアン殿下は大変ね」
「結婚…?オリヴィエ、私がいない間に男を見つけたのか?」
「?!何を言ってるのよ!私はずっとオリアーナ達と過ごしていたわ、オリアーナも変な事を言わないで!」
「フフッ…ごめん、オリヴィエ…それにしても、ルシアン殿下もすごい溺愛振りね」
「過保護なのよ…でも、ルシアンがいなかったら私はとっくに淘汰されてた…ううん、その前に生きる事を諦めてた。あの血生臭い場所で生き延びられたのはルシアンのおかげね」
そう言ってルシアン殿下に抱きついたオリヴィエと、慰める様に小さな頭を撫でるルシアン殿下のこれまでの人生は、常に死と隣り合わせだった。
産まれてからずっと2人きり、誰も信じられず、明日に希望を持てない人生とはどんなものなのか想像すら出来ない。
「そのローザですが、魔物の出現率が上がっているという話は聞いた事はないですか?」
外交のないローザの情報は少なく、カトレヤ、ダリア、サルビアを悩ませている魔物についての情報も勿論皆無で、この機会にローザの現状も知っておきたいと、2人にも時間を作ってもらっている。
「フラン殿は魔物の調査に向かわれたのでしたね…ローザも同じです。皇都周辺に限られているので、皇都自体を移設する計画も立てられています」
「都の移設とは、壮大だな。」
「そうでもありませんよ、数百年前までは代替わりの度に都が変わっていたらしいので…今の場所に落ち着いてから100年近く経つそうですが、今の皇太子は皇都出身ではないですから、このままいけば兄の出身地が次の皇都になるでしょうね…都を移したくない貴族にとって、故郷のない流浪の民だった母を持つ私達は都合良い存在でしたが、私達もローザを出ましたし、あそこまで魔物が増えてしまっては諦めるしかないでしょうしね」
ダリアは海側の領地、カトレヤはダリアとローザとの三国の緩衝地帯となっている嘆きの森の周辺、サルビアはダリアとの国境付近、ローザに至っては皇都周辺、都を移す事を余儀なくされるまでに深刻な状況になっている。
「フランは今回の調査で何か収穫はあったの?」
「……アズール領のアデラ島、そこに溜まった負の念が、瘴気の発生源を生み出していると…王家の罪がダリアの魔物が増えた原因と思われます」
「王家の罪…?」
「大陸の領土戦の間、王が生贄を使って儀式を行っていたんです…」
「王家の罪……もしかして、生贄…って、人間なの?」
「………王城の禁書庫で伯父上が調べられました。非常に申し上げ難いのですが、カトレヤやサルビア、ローザにも同じ様な史実があるのではないかと思われます」
「……カトレヤにもそういった史実は残っているよ…ローザもそうだろう?」
「生贄や儀式については知りませんが…今も皇都でたくさんの血が流れていますから…何処よりも罪深いかもしれません」
人は時に間違い、誤った選択をする。
その誤りがそのまま死に繋ってしまう動物と違い、人間はこの世で唯一、反省し、考え、やり直す事を許される生き物。
王皇族とて人間、迫られれば判断を誤る事もあるだろう。
そのおかげで平和があるのなら、誤りではないと言う者もいるかもしれない。
それでも、このままにはしておけない…
「帰国したら、嘆きの森を調べてみるよ。フラン殿、今後も情報を共有しながら対処するという事で宜しく頼む」
「こちらこそ宜しくお願いします…ところで、セリアズ殿にもガーラ神の眷属が?」
「ん?ああ、眷属ね……子供好きなのが一頭いるよ」
「でしたら調査は問題なさそうですね。実は、アデラ島の事を教えてくれたのは、ジュノー神の眷属なんです」
「それは……心強いね…」
遠い目をするセリアズが思い浮かべているのは、セリアズの守護より、幼い皇子と皇女と遊ぶ事に尽力している、ガーラ神の眷属の白狼ウィスだろう。
帰国したら、先ずはウィスの説得から始めないといけないわね…
そして、3度目の今回…笑顔で家族と再会し、夜会でも他国との交流だけでなく、友人達とも久し振りに楽しい時間を過ごせたのは、母からの手紙でナシェルの事を知った私に、全て吐き出してからダリアへ向かいなさいと言ってくれたセリアズのおかげで、残りの滞在期間も母と妹を元気付けながら過ごそうと思っていた…
なのに、シシーはどうして泣いているの…母が石を撫でる手は何故震えているの…?
私の記憶の中のナシェルは13歳の姿のままなのに…目の前の石に刻まれているのは、私の弟の名なの…?
ーーー
此処に居る間だけは、皇太子妃ではなく、姉として弟の死を悼みいと過ごした1ヶ月。
訪れた国賓をもてなす為の南棟に滞在しているのは、ローザの双子の兄妹と私達のみとなったが、聖皇国へ向かう事が正式に決まった兄妹は、明日から滞在先を大聖堂に移し、長い帰省となった私達も帰国の途に就く為、明日ダリアを発つ。
魔物に関する情報を共有したいと話していたフランとの面会は、滞在最終日の今夜になって漸く実現したのだけど…フラン、顔に出過ぎよ。
「い、いかがでしたか?ドレスでの訓練は」
「ハハッ…全く動けないどころか、着るのにも一苦労でしたよ」
「コルセットはキツイし、足下は心許ないし、ヒールも安定しない…オリヴィエ、君はすごいな…私の誇りだよ」
「…あ、ありがとう。ところでルシアン…?あの、膝から降ろしてくれない?」
「何故?」
「何故?恥ずかしいからに決まってるじゃないっ!」
「我慢してくれ。産まれてから今まで、君とこんなに長く離れた事はなかったからね…心配で気が狂いそうだったよ…ん?少し太ったか?」
「ちょっとっ、触らないで!って言うか、失礼だわ!」
「何だか、背徳感を感じるわね…」
「リアーナ…やめなさい」
デュバルとセイドの訓練に参加して精悍さが増したルシアン殿下が、毒を気にする必要のない食事で、肉付きがよくなった事を気にしているオリヴィエを膝に乗せ、その柔らかさを堪能する…
麗しい兄妹から漂う、甘美で危うい香りに興味をそそられるけれど、ルシアン殿下の頬をつねって文句を言うオリヴィエには、いまいち官能さが足りないわね。
「…フフッ…オリヴィエが結婚するとなったら、ルシアン殿下は大変ね」
「結婚…?オリヴィエ、私がいない間に男を見つけたのか?」
「?!何を言ってるのよ!私はずっとオリアーナ達と過ごしていたわ、オリアーナも変な事を言わないで!」
「フフッ…ごめん、オリヴィエ…それにしても、ルシアン殿下もすごい溺愛振りね」
「過保護なのよ…でも、ルシアンがいなかったら私はとっくに淘汰されてた…ううん、その前に生きる事を諦めてた。あの血生臭い場所で生き延びられたのはルシアンのおかげね」
そう言ってルシアン殿下に抱きついたオリヴィエと、慰める様に小さな頭を撫でるルシアン殿下のこれまでの人生は、常に死と隣り合わせだった。
産まれてからずっと2人きり、誰も信じられず、明日に希望を持てない人生とはどんなものなのか想像すら出来ない。
「そのローザですが、魔物の出現率が上がっているという話は聞いた事はないですか?」
外交のないローザの情報は少なく、カトレヤ、ダリア、サルビアを悩ませている魔物についての情報も勿論皆無で、この機会にローザの現状も知っておきたいと、2人にも時間を作ってもらっている。
「フラン殿は魔物の調査に向かわれたのでしたね…ローザも同じです。皇都周辺に限られているので、皇都自体を移設する計画も立てられています」
「都の移設とは、壮大だな。」
「そうでもありませんよ、数百年前までは代替わりの度に都が変わっていたらしいので…今の場所に落ち着いてから100年近く経つそうですが、今の皇太子は皇都出身ではないですから、このままいけば兄の出身地が次の皇都になるでしょうね…都を移したくない貴族にとって、故郷のない流浪の民だった母を持つ私達は都合良い存在でしたが、私達もローザを出ましたし、あそこまで魔物が増えてしまっては諦めるしかないでしょうしね」
ダリアは海側の領地、カトレヤはダリアとローザとの三国の緩衝地帯となっている嘆きの森の周辺、サルビアはダリアとの国境付近、ローザに至っては皇都周辺、都を移す事を余儀なくされるまでに深刻な状況になっている。
「フランは今回の調査で何か収穫はあったの?」
「……アズール領のアデラ島、そこに溜まった負の念が、瘴気の発生源を生み出していると…王家の罪がダリアの魔物が増えた原因と思われます」
「王家の罪…?」
「大陸の領土戦の間、王が生贄を使って儀式を行っていたんです…」
「王家の罪……もしかして、生贄…って、人間なの?」
「………王城の禁書庫で伯父上が調べられました。非常に申し上げ難いのですが、カトレヤやサルビア、ローザにも同じ様な史実があるのではないかと思われます」
「……カトレヤにもそういった史実は残っているよ…ローザもそうだろう?」
「生贄や儀式については知りませんが…今も皇都でたくさんの血が流れていますから…何処よりも罪深いかもしれません」
人は時に間違い、誤った選択をする。
その誤りがそのまま死に繋ってしまう動物と違い、人間はこの世で唯一、反省し、考え、やり直す事を許される生き物。
王皇族とて人間、迫られれば判断を誤る事もあるだろう。
そのおかげで平和があるのなら、誤りではないと言う者もいるかもしれない。
それでも、このままにはしておけない…
「帰国したら、嘆きの森を調べてみるよ。フラン殿、今後も情報を共有しながら対処するという事で宜しく頼む」
「こちらこそ宜しくお願いします…ところで、セリアズ殿にもガーラ神の眷属が?」
「ん?ああ、眷属ね……子供好きなのが一頭いるよ」
「でしたら調査は問題なさそうですね。実は、アデラ島の事を教えてくれたのは、ジュノー神の眷属なんです」
「それは……心強いね…」
遠い目をするセリアズが思い浮かべているのは、セリアズの守護より、幼い皇子と皇女と遊ぶ事に尽力している、ガーラ神の眷属の白狼ウィスだろう。
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