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アズール遠征
118:アズール最終日
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「あの島は?」
王都への帰還を明日に控え、ナシェルとネイト、ウィルと共に、カインが俺を沈めると言っていたアズール海峡を望める岬に来ている。
その海峡を挟んだ向こう側に浮かぶ島は、堅牢な石造りの城が見えるが、よく見ると朽ちかけており、人の住んでいる気配はない。
「あの島もアズールの領地なんです。デュバルとラスターの真ん中にあって島土も広い為、要塞として使われていた島で、デュバルの女傑が戦ったのもあの要塞島なんですよ。アズール、デュバル、ラスターの頭文字を取ってアデラ島と呼ばれています。」
「船で海に出て戦ったと聞いていたんだが…ここで戦っていたのか」
「王都とは山もない一直線の道で繋がっているアズールは、デュバルとラスターに挟まれてはいますが、両領地との間には大きな川がありますから、橋を落とされたら渡って来られない。王都を占拠したい敵に、一番に狙われるアズールを守る砦として、アデラ島に要塞を造り、海の向こうから来る数多の敵を迎え討ってきたのです。船で海に出る事もあったらしいので、それが伝えられているのでしょう」
淀みなく説明してくれるのは、初日にオレンジ愛を見せつけてくれたフェリクス。
当主より領地を知っているとアズール伯爵が言っていたが、歴史にも詳しいらしい。
「この海峡も自然の要塞になっただろうしな」
「その通り。流石だねネイト…アデラ島やアズール海峡でたくさんの命が散りました…オレンジの花の花言葉は、幸せな結婚。そして、オレンジの実の花言葉は子孫繁栄。アズールの先祖は、愛する者同士が幸せな結婚をして、たくさんの子供達の笑顔で溢れる領になる様にと願いを込めて、オレンジ畑を作ったんです」
「嫁ぐ娘の結婚祝いに、オレンジの苗木を持たせるのには、先祖の願いが込められてるんですね…」
「レインはそんな事まで知っているのか…すごいな」
「そんな予定はないんですけどね」
「ハハッ…結婚祝いではないけれど、快気のお祝いに、オレンジの苗木を用意しているから、よかったら持って帰ってよ。勿論、殿下にも…宜しければお納め下さい」
「本当ですかっ!ありがとうございます!特舎の、一番陽当たりのいい場所に植えます」
「それは嬉しいな…ありがとう。植える場所は来年入る王太子宮の庭だな…そういえば、ネイトはどこに植えたんだ?」
「ソアデンの庭園だ。脳筋が手塩にかけて育ててるよ」
「2人は結婚しても、暫くは営舎だったね…気付かなくて申し訳なかったな。でも、ラヴェルが育ててくれてるなら安心だね」
「ええ、義兄上に教示して頂けて助かりました。エルデはあまり詳しくなくて…」
「ハハッ…セシルとエルデは食べる専門なんだよ」
学園時代は交流がなかったというラヴェル騎士団長とフェリクスは、今回の遠征ですっかり意気投合して、叔父上と3人で毎夜グラスを傾けていたと聞いた。
そのラヴェル騎士団長以下、アズール遠征一行は全ての日程を終えて王都へ帰還したが、ラヴェル騎士団長は、今度は地理学者を含めた調査隊を伴って、迎えの隊と共に再びアズールに来ている。
海の向こうから来た侵略者達を退けた、兵どもの戦いの傷跡が残る島。海峡を挟んだその島に、願いの込められたオレンジの花の香りは届いているのだろうか…
ーーー
「レナ…あの島はどうだった?」
『亡者の無念で溢れておる』
「今回の海側の領地の異変は、あの島が原因か?」
『これまでで一番ではある』
フェリクスに、これまで領内で瘴気の発生した場所を教えてもらい、森、川、ついでに町まで巡って来たレナは、朽ちた要塞の残る島が原因だと示した。
「そうか、ありがとう。そこのスコーン食べていいぞ」
『もう食しておる』
「本当に好きだな、スコーン…て言うか、食事をするんだな」
『食事は不要だが味覚はある。次だ、侍者』
「侍者じゃない!護衛だ!」
ネイトが投げるスコーンを、空中をフヨフヨ泳ぎながら空中でキャッチする姿に、眷属の威厳は感じられない。
「アデラ島…気になりますね」
「ああ…大陸ばかり気にしていたが、島は盲点だったな…」
『まだ猶予はある。伴侶よ、先ずは身体を労われ』
地理学者達も島は意識していなかった様で、とても驚いていた。フェリクスに島の案内を頼み調査に当たる事になったが、その調査結果次第では、再びアズールへ来る事になるだろう。
ーーー
「アズール伯爵、滞在が延びて迷惑をかけてしまったが、世話になった。調査の協力にも感謝する。それから、オレンジの苗木も大切に育てるよ、ありがとう。」
アズール伯爵と共にカイエンワインの乾杯で迎えた、アズール最後の夜。
「勿体なきお言葉にございます…殿下の大切な御身に怪我を負わせてしまいました事、改めて謝罪をさせて下さい」
「何度も言うが、私の油断が招いた自業自得だ。身体ももう問題ない。だが、それでも気に病むと言うなら、陛下のお説教が短いものである事を祈っていてくれ」
訪れた先の領地で王族の身に起きる事は、全て当主の責任になるが、今回は己の油断が原因であって、アズール伯爵家に責任を問う事はないと伯父上も言っている。
その分の説教なり罰をなりを受ける覚悟は……明日の馬車の中ですればいい。
「………殿下…勿論にございます…殿下の御身がご無事であった事、心より嬉しく思っております。陛下もきっと、同じにございます」
エルデの優しい心根は伯爵譲りなのだろう。緩く微笑む伯爵の表情からは、責任を追及されない事の安堵ではなく、本当に身を案じてくれているのだと伝わってくる。
「ありがとう…ところで、エルデは本当に一緒に帰ってもいいのか?」
折角の帰省なのだからと、エルデにはアズールに残る事を提案して休暇を与え、エルデもそのつもりで遠征に同行して来たのだが、伯爵は首を縦に振らなかった。
「エルデは殿下の大切な御身にお仕えする役ですから。それに、ネイトに嫁に出したのです。嫁が1人で実家に戻るのは…喧嘩した時だけでしょう?」
「ハハッ…まだ結婚はしていないが、これからも、エルデに逃げられない様にネイトは頑張らないとな?」
壁に控えるネイトに声をかけると、未だ拗れたままである事にバツの悪さを感じたのか、さりげなく目を逸らした。
「私事ですが…10年前にエルデはデュバル公爵家へ、8年前にセシルが病に倒れ、長い眠りに着きました…静かな屋敷で過ごす事が辛くて、畑にばかり居ましたが、畑に出ても隠れんぼする2人が居るんじゃないかと…探しては涙を流して……ですが、この半月、とても幸せな時間を過ごす事が出来ました。屋敷でゆっくり過ごしたのも久しぶりです。家族が揃ったと思ったら、娘2人を嫁に出さなくてはならない…正直複雑ですが、ジークもネイトもとても良い青年で…家族が増えたと思いなさいと、妻にも諭されたんです…」
目尻の涙を拭いながら微笑んだ伯爵は、その視線を鼻を啜るネイトに移して、苦笑いを浮かべながら声をかけた。
「ネイト、君からエルデを貰いたいと手紙を受け取った時は家族皆で驚いたよ…君の人気はアズールでも殿下と二分する程だから、エルデは騙されてるのではと疑ったりしてね…でも、ジークから話を聞いて…気の毒になってしまってね…疑ったりして申し訳なかった」
「……ネイトは犯罪行為すれすれだったからな…」
「…黙って下さい。殿下」
エルデが好き過ぎる余りのネイトの行動を、叔父上がどの様に語ったのかは定かでないが、眉を下げた伯爵は本当に気の毒に思っているらしい。
「…まあ、それだけ想ってもらえてエルデも幸せでしょう…それにしても…エルデのあの重度な物語思考には驚いたのだが、ユリウスが原因だって?」
「…ええ、そう、ですね…」
「こればかりは、私にもどうする事も出来ないが…ユリウスには釘を刺しておいたから大丈夫だと思うよ」
「宰相閣下に…?何を仰ったのですか?」
「2人の邪魔をするなら、エルデの結婚式のヴァージンロードを一緒に歩かせないと言っておいたよ」
あの夜会の日に涙を流して喜んでいた宰相が頭に浮かぶ…
やり切ったという満足気な表情の伯爵の言葉は、釘どころか杭を刺したのではという程に、宰相を大人しくさせるのに充分なものだった。
王都への帰還を明日に控え、ナシェルとネイト、ウィルと共に、カインが俺を沈めると言っていたアズール海峡を望める岬に来ている。
その海峡を挟んだ向こう側に浮かぶ島は、堅牢な石造りの城が見えるが、よく見ると朽ちかけており、人の住んでいる気配はない。
「あの島もアズールの領地なんです。デュバルとラスターの真ん中にあって島土も広い為、要塞として使われていた島で、デュバルの女傑が戦ったのもあの要塞島なんですよ。アズール、デュバル、ラスターの頭文字を取ってアデラ島と呼ばれています。」
「船で海に出て戦ったと聞いていたんだが…ここで戦っていたのか」
「王都とは山もない一直線の道で繋がっているアズールは、デュバルとラスターに挟まれてはいますが、両領地との間には大きな川がありますから、橋を落とされたら渡って来られない。王都を占拠したい敵に、一番に狙われるアズールを守る砦として、アデラ島に要塞を造り、海の向こうから来る数多の敵を迎え討ってきたのです。船で海に出る事もあったらしいので、それが伝えられているのでしょう」
淀みなく説明してくれるのは、初日にオレンジ愛を見せつけてくれたフェリクス。
当主より領地を知っているとアズール伯爵が言っていたが、歴史にも詳しいらしい。
「この海峡も自然の要塞になっただろうしな」
「その通り。流石だねネイト…アデラ島やアズール海峡でたくさんの命が散りました…オレンジの花の花言葉は、幸せな結婚。そして、オレンジの実の花言葉は子孫繁栄。アズールの先祖は、愛する者同士が幸せな結婚をして、たくさんの子供達の笑顔で溢れる領になる様にと願いを込めて、オレンジ畑を作ったんです」
「嫁ぐ娘の結婚祝いに、オレンジの苗木を持たせるのには、先祖の願いが込められてるんですね…」
「レインはそんな事まで知っているのか…すごいな」
「そんな予定はないんですけどね」
「ハハッ…結婚祝いではないけれど、快気のお祝いに、オレンジの苗木を用意しているから、よかったら持って帰ってよ。勿論、殿下にも…宜しければお納め下さい」
「本当ですかっ!ありがとうございます!特舎の、一番陽当たりのいい場所に植えます」
「それは嬉しいな…ありがとう。植える場所は来年入る王太子宮の庭だな…そういえば、ネイトはどこに植えたんだ?」
「ソアデンの庭園だ。脳筋が手塩にかけて育ててるよ」
「2人は結婚しても、暫くは営舎だったね…気付かなくて申し訳なかったな。でも、ラヴェルが育ててくれてるなら安心だね」
「ええ、義兄上に教示して頂けて助かりました。エルデはあまり詳しくなくて…」
「ハハッ…セシルとエルデは食べる専門なんだよ」
学園時代は交流がなかったというラヴェル騎士団長とフェリクスは、今回の遠征ですっかり意気投合して、叔父上と3人で毎夜グラスを傾けていたと聞いた。
そのラヴェル騎士団長以下、アズール遠征一行は全ての日程を終えて王都へ帰還したが、ラヴェル騎士団長は、今度は地理学者を含めた調査隊を伴って、迎えの隊と共に再びアズールに来ている。
海の向こうから来た侵略者達を退けた、兵どもの戦いの傷跡が残る島。海峡を挟んだその島に、願いの込められたオレンジの花の香りは届いているのだろうか…
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「レナ…あの島はどうだった?」
『亡者の無念で溢れておる』
「今回の海側の領地の異変は、あの島が原因か?」
『これまでで一番ではある』
フェリクスに、これまで領内で瘴気の発生した場所を教えてもらい、森、川、ついでに町まで巡って来たレナは、朽ちた要塞の残る島が原因だと示した。
「そうか、ありがとう。そこのスコーン食べていいぞ」
『もう食しておる』
「本当に好きだな、スコーン…て言うか、食事をするんだな」
『食事は不要だが味覚はある。次だ、侍者』
「侍者じゃない!護衛だ!」
ネイトが投げるスコーンを、空中をフヨフヨ泳ぎながら空中でキャッチする姿に、眷属の威厳は感じられない。
「アデラ島…気になりますね」
「ああ…大陸ばかり気にしていたが、島は盲点だったな…」
『まだ猶予はある。伴侶よ、先ずは身体を労われ』
地理学者達も島は意識していなかった様で、とても驚いていた。フェリクスに島の案内を頼み調査に当たる事になったが、その調査結果次第では、再びアズールへ来る事になるだろう。
ーーー
「アズール伯爵、滞在が延びて迷惑をかけてしまったが、世話になった。調査の協力にも感謝する。それから、オレンジの苗木も大切に育てるよ、ありがとう。」
アズール伯爵と共にカイエンワインの乾杯で迎えた、アズール最後の夜。
「勿体なきお言葉にございます…殿下の大切な御身に怪我を負わせてしまいました事、改めて謝罪をさせて下さい」
「何度も言うが、私の油断が招いた自業自得だ。身体ももう問題ない。だが、それでも気に病むと言うなら、陛下のお説教が短いものである事を祈っていてくれ」
訪れた先の領地で王族の身に起きる事は、全て当主の責任になるが、今回は己の油断が原因であって、アズール伯爵家に責任を問う事はないと伯父上も言っている。
その分の説教なり罰をなりを受ける覚悟は……明日の馬車の中ですればいい。
「………殿下…勿論にございます…殿下の御身がご無事であった事、心より嬉しく思っております。陛下もきっと、同じにございます」
エルデの優しい心根は伯爵譲りなのだろう。緩く微笑む伯爵の表情からは、責任を追及されない事の安堵ではなく、本当に身を案じてくれているのだと伝わってくる。
「ありがとう…ところで、エルデは本当に一緒に帰ってもいいのか?」
折角の帰省なのだからと、エルデにはアズールに残る事を提案して休暇を与え、エルデもそのつもりで遠征に同行して来たのだが、伯爵は首を縦に振らなかった。
「エルデは殿下の大切な御身にお仕えする役ですから。それに、ネイトに嫁に出したのです。嫁が1人で実家に戻るのは…喧嘩した時だけでしょう?」
「ハハッ…まだ結婚はしていないが、これからも、エルデに逃げられない様にネイトは頑張らないとな?」
壁に控えるネイトに声をかけると、未だ拗れたままである事にバツの悪さを感じたのか、さりげなく目を逸らした。
「私事ですが…10年前にエルデはデュバル公爵家へ、8年前にセシルが病に倒れ、長い眠りに着きました…静かな屋敷で過ごす事が辛くて、畑にばかり居ましたが、畑に出ても隠れんぼする2人が居るんじゃないかと…探しては涙を流して……ですが、この半月、とても幸せな時間を過ごす事が出来ました。屋敷でゆっくり過ごしたのも久しぶりです。家族が揃ったと思ったら、娘2人を嫁に出さなくてはならない…正直複雑ですが、ジークもネイトもとても良い青年で…家族が増えたと思いなさいと、妻にも諭されたんです…」
目尻の涙を拭いながら微笑んだ伯爵は、その視線を鼻を啜るネイトに移して、苦笑いを浮かべながら声をかけた。
「ネイト、君からエルデを貰いたいと手紙を受け取った時は家族皆で驚いたよ…君の人気はアズールでも殿下と二分する程だから、エルデは騙されてるのではと疑ったりしてね…でも、ジークから話を聞いて…気の毒になってしまってね…疑ったりして申し訳なかった」
「……ネイトは犯罪行為すれすれだったからな…」
「…黙って下さい。殿下」
エルデが好き過ぎる余りのネイトの行動を、叔父上がどの様に語ったのかは定かでないが、眉を下げた伯爵は本当に気の毒に思っているらしい。
「…まあ、それだけ想ってもらえてエルデも幸せでしょう…それにしても…エルデのあの重度な物語思考には驚いたのだが、ユリウスが原因だって?」
「…ええ、そう、ですね…」
「こればかりは、私にもどうする事も出来ないが…ユリウスには釘を刺しておいたから大丈夫だと思うよ」
「宰相閣下に…?何を仰ったのですか?」
「2人の邪魔をするなら、エルデの結婚式のヴァージンロードを一緒に歩かせないと言っておいたよ」
あの夜会の日に涙を流して喜んでいた宰相が頭に浮かぶ…
やり切ったという満足気な表情の伯爵の言葉は、釘どころか杭を刺したのではという程に、宰相を大人しくさせるのに充分なものだった。
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