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「葉加瀬太郎氏」について(後編)

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 いま思えばワンチャンスだった。それ以降、ヘンリー・マンシーニ楽団の公演に関する話が私のもとに届くことは無かった。仮にいま、東京で公演があっても残念だがとても行けない。

 それから数年後、仕事場を銀行に戻し、広報室で結構多忙な日々を送っていた。
この部門の仕事は、大きく二つに分かれる。マスコミからの取材対応や、銀行トップの懇談会の開催、決算記者会見などを担当する「広報」の仕事、そしてもう一つが、読者がイメージする、企業CMの作成や、支店に掲示しているポスターの作製を担当する「広告」の仕事。
そんなある日、「広告」の方の仕事でウエから私に指示が来た。
「次の土曜日だが、TVCMの撮影に立ち会ってくれないか。悪いが君一人で十分だろう」と。
前々から詰めてきた、銀行の次期テレビCMの企画と段取りが固まったのだった。
そのCMのキャラクターは・・・・・・葉加瀬太郎だった。

いろんな候補者から、銀行側が彼を採用したのは彼が本物だったから。すなわち、活躍している内容のイーメージの良さ、そして何より音楽家として一流の腕を持っている事だった。

すぐさま、数年前の恵比寿ガーデンプレイスの、ふらりと入ったあのギャラリーが思い出された。これも・・・何かのご縁と感じた。

 当日、午前中、そのCMに登場する(脇役と言っては失礼だが)子供たち二人の撮影を終えた。
企画では、CMの(わずかではあるが)最初には子供たちが博多湾を見下ろす戸外でバイオリンを弾くシーンを出すことにしていた。気になっていた天気も問題なく、良い感じの映像が取れた。

 午後になって葉加瀬用の撮影スタジオに移った。
彼が着る衣装を含め、スタジオの準備はすべて整っていた。
しばらくして葉加瀬の一行が到着した。彼らが準備してきたのは・・・バイオリン一本だけ。

立会いの身として私がやることと言えば、広告会社の担当者や、撮影スタッフ、そして葉加瀬氏とコミュニケーションをとるくらい。

そんななか、彼が持参したバイオリンについて、私は不躾(ぶしつけ)にも葉加瀬太郎に聞いた。
「今日のそのバイオリンは・・・・高モノなんでしょうね・・?」
葉加瀬氏が言うには十八世紀につくられたもので、「値段はやはりそれなりのものがあるでしょうが、今日のこれは東京の楽器店から借りてきたものなんですよ(笑)。ストリオニって言うんです」と。

 撮影は進んだ。数種類のシーンがカメラに収められた。
現場を見渡すと、色々な係りの人がワサワサと仕事をしていた。ちょっとした映画撮影のような光景でもあった。

撮影の合間に、ちょっとしたブレイクができる。ディレクターと照明さんの打ち合わせ、小道具さんによる微調整など・・・臨機応変に係りは動いていた。

何度も撮り直しはあった。その調整に時間がかかりすぎた時に、現場のディレクターに文句を言うのは葉加瀬太郎のマネージャーの仕事だった(葉加瀬への負担を考えて)。

そんな折、葉加瀬太郎は手元のストリオニで好き勝手にクラシックの曲を弾き始めるのであった。
「ツゴイネルワイゼン」「田園」「四季」など、あっこれ知ってると呟いてしまうほど、名曲のワンフレーズをキュッキュ・キュッキュ弾くのである。さりげないようで本気モードを感じさせる物もあった。
まさに「心に残るクラシック・ワンフレーズメドレー」だ。CD化すれば、子供向けのレッスンの材料にもなりそうだった。
思うに、彼は、働いているスタッフへのサービスの半面、忙しい自身の仕事の合間を見計らって、(これはわたしの想像だが)バイオリンの運指の練習をしているようにも見えた。
とにかく、音色が違う。それを無料(ただ)でやってくれるところが「気前の良い人」であった。


 ついこのあいだ、ネットの映像で高嶋ちさこを見た。彼女はテクニックもそうだが雰囲気にもなかなか素晴らしいものがある。
女性バイオリニストではほかに、千住真理子や川井郁子などもいる。大学時代からの友人の西尾君が話していたが、彼はいま、スペイン舞踊(フラメンコ)をメインに弾いている「Yui」が推しとのこと。
そう聞いて、早速私も聴いてみたが、とても素晴らしくそして新しい世界観を作っている。
天才パコ・デ・ルシアのフラメンコギターが好きな私から見ても、彼女のバイオリンと、ギタリストのデュオの映像は、実に感動のひとことだ。

ふと、男性の方に目をやると、ちょっとさびしい感じがする。
葉加瀬太郎に追いつく、魅力ある若手世代の台頭が望まれる。
Jポップスももちろん良いが、やはり芸術的演奏家は社会が意識して支援していかなければいけないと思う。
芸大は出たけれども、それから先が先細りでは、若手バイオリニストが可愛そうである。

 国は年末には、来年度予算の概算要求を組み直している。
各種ばらまき支援資金も良いのだが、若手音楽家向けに二~三億円でも支援として予算に組みこんでみてはどうか。優に十人以上は食っていける勘定だ。そしてこの先、この若手たちが成就した暁の、国内外への影響力に加え、音楽をやっている子供たちへの影響は大したものになると思う。

これから季節は、冬から初春へと向かう。
静かな夜に、スマホからでもいい、読者もバイオリンの調べに耳を傾けながら、瞑想にふけってみられてはいかがだろうか。
きっと、心落ち着く時間(とき)を過ごすことができると思う。
                                  (了)

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