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「田中角栄氏(第64・65代 総理大臣)」について(中編2の2)
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パーティー当日、私が担当したのは受付係。来賓の方々が記帳するカウンターで、重々しく「いらっしゃいませ」の挨拶と共に記帳をスムーズに促しながら、重要人物の到着時には、間髪を入れずに柿沢氏の秘書にそれを伝える役だった。よってほとんどすべての来賓が私の目の前を通り過ぎていくことになる。
受付開始の時間になり、代議士が到着し始めた。
そのなかには、二階堂進、鳩山威一郎、渡辺美智雄、竹下昇の姿があった。
そしてもうすぐ田中角栄も到着する・・・事前にすべての出席代議士を教えてもらっていたわけではなかったので、「あ、こんな人も来た!」と、ただただ驚きの連続であった。
この時、田中はロッキード事件の被疑者として公判中であったものの、キングメーカーとして依然として政界に強い影響力を持っていた。
この時の総理は中曽根康弘氏。その次に総理になりたくて仕方がなかったのが竹下と言われていた。彼が田中に『まだでしょうか』とお伺いを立てたところ「時期と言うものがあるっ。総理とはなりたくてもなれず、また、なりたくなくてもやらなきゃいけないものだ。」
「いまの中曽根を見ろ。自分の力で総理になったんじゃない!」
こういったやり取りがあったといわれるほど、田中なくしては組閣がまとまらない時代だった。
その田中が現れた。二十メートルほど向こうのロビーの角を曲がって、秘書やSPに付き添われながら五~六人の集団でこちらに向かってきた。いわずもがなロビー全体が張りつめた。
「この人が田中角栄か!」
色が黒い。すごい威圧感。これが第一印象だった。
田中は記帳のために私に近づいてきた。そして筆を取り上げた。
やや目を細め、頭を十センチほど引くのが見えた。
記帳欄の枠に少し余白を残すような小ぶりの字で「田中角栄」と彼は書いた。
達筆だった。
筆をおき、そして彼はいつものように片手をあげ、周りをなめるように見渡しながらパーティー会場に向かっていった。
それを見届けたのち、私は秘書に田中の到着を知らせるために彼らの集団を追うように会場に向かった。
「しまった・・」そこで失態をしてしまった。SPが私をじろりと見た。鋭い眼光だった。私は急ぐ気持ちで、途中の階段を、彼らから五メートル離れてトントンと小走りに上がった時のことだ。
さて、田中の到着をみて、祝賀会が始まった。よくあるように、複数の国会議員から祝辞ないし応援演説がひっきりなしに続いた。
そして会も終盤。演台に田中が登場した。
「え・・・田中角栄でございます」と例のだみ声で始まった。
わさわさとしていた参加者全員がその場にくぎ付けとなった。田中の説得力ある一言一言に、みんな引きつけられていった。一国を背負って立つ男のオーラである。
田中は熱弁をふるった。自分が置かれている現在の状況が状況だけに気合が入ったのであろう。
柿沢氏の秘書が「田中先生・・・時間・・・大幅に超過しているよ・・」と漏らすのが聞こえた。
こと私は、仕事中というのを忘れて、田中の一言一句を聞き漏らすまいと彼をじっと見つめていた。
今ここに、昭和五十八年十月十二日の夕刊がある。捨てきれずに取っておいたものである。
一面には大きく『田中元首相に懲役四年実刑』が、黒地に白抜きで踊っている。容疑は外為法違反だった。
(後編)に続く
受付開始の時間になり、代議士が到着し始めた。
そのなかには、二階堂進、鳩山威一郎、渡辺美智雄、竹下昇の姿があった。
そしてもうすぐ田中角栄も到着する・・・事前にすべての出席代議士を教えてもらっていたわけではなかったので、「あ、こんな人も来た!」と、ただただ驚きの連続であった。
この時、田中はロッキード事件の被疑者として公判中であったものの、キングメーカーとして依然として政界に強い影響力を持っていた。
この時の総理は中曽根康弘氏。その次に総理になりたくて仕方がなかったのが竹下と言われていた。彼が田中に『まだでしょうか』とお伺いを立てたところ「時期と言うものがあるっ。総理とはなりたくてもなれず、また、なりたくなくてもやらなきゃいけないものだ。」
「いまの中曽根を見ろ。自分の力で総理になったんじゃない!」
こういったやり取りがあったといわれるほど、田中なくしては組閣がまとまらない時代だった。
その田中が現れた。二十メートルほど向こうのロビーの角を曲がって、秘書やSPに付き添われながら五~六人の集団でこちらに向かってきた。いわずもがなロビー全体が張りつめた。
「この人が田中角栄か!」
色が黒い。すごい威圧感。これが第一印象だった。
田中は記帳のために私に近づいてきた。そして筆を取り上げた。
やや目を細め、頭を十センチほど引くのが見えた。
記帳欄の枠に少し余白を残すような小ぶりの字で「田中角栄」と彼は書いた。
達筆だった。
筆をおき、そして彼はいつものように片手をあげ、周りをなめるように見渡しながらパーティー会場に向かっていった。
それを見届けたのち、私は秘書に田中の到着を知らせるために彼らの集団を追うように会場に向かった。
「しまった・・」そこで失態をしてしまった。SPが私をじろりと見た。鋭い眼光だった。私は急ぐ気持ちで、途中の階段を、彼らから五メートル離れてトントンと小走りに上がった時のことだ。
さて、田中の到着をみて、祝賀会が始まった。よくあるように、複数の国会議員から祝辞ないし応援演説がひっきりなしに続いた。
そして会も終盤。演台に田中が登場した。
「え・・・田中角栄でございます」と例のだみ声で始まった。
わさわさとしていた参加者全員がその場にくぎ付けとなった。田中の説得力ある一言一言に、みんな引きつけられていった。一国を背負って立つ男のオーラである。
田中は熱弁をふるった。自分が置かれている現在の状況が状況だけに気合が入ったのであろう。
柿沢氏の秘書が「田中先生・・・時間・・・大幅に超過しているよ・・」と漏らすのが聞こえた。
こと私は、仕事中というのを忘れて、田中の一言一句を聞き漏らすまいと彼をじっと見つめていた。
今ここに、昭和五十八年十月十二日の夕刊がある。捨てきれずに取っておいたものである。
一面には大きく『田中元首相に懲役四年実刑』が、黒地に白抜きで踊っている。容疑は外為法違反だった。
(後編)に続く
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