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危険な夏休み編
ミッション【前編】
しおりを挟む二日目の朝。
柚子は目が覚めた。カーテンからうっすらと朝日が差し込んでいる。
時間を確かめようと携帯を探すが、手元にないことに気づき起き上がる。
周りを見わたすと、飯塚がドア近くに寝ていた。柚子は布団から出ると、スエットを引き上げる。
そっとドアを開けたが、飯塚は目を覚まさない。
ー逃げ出したい。けど、約束は守らなきゃ。
柚子はリビングに向かうと、そこに飯塚の父親がいた。
「おはようございます」
柚子が声をかけると、新聞から目を離し、ぎこちない笑みを浮かべる。
「おはよう。どうや、気分は良うなったか?」
「すみません、ご迷惑おかけしまして」
「気にせんでええ。元はと言えば、あのアホが悪いんや。お腹空いたやろ、なんか作ろか」
「あ、お手伝いします」
「お客さんに手伝ってもらうわけには...」
「いえ、手伝わせてください」
柚子は長袖をまくり上げ、強引に手伝う。
この父親をガッカリさせたくない。そのために自分はいるのだ。
それに手伝っていれば、嫌のことも忘れられる。
彼女の役をやらされることも、そして昨日の彰吾との電話のことも。
豆腐とネギを切りながら、柚子は昨日の彰吾のやり取りを思い出す。
明らかに様子がおかしかった。前なら根掘り葉掘り聞いてきたのに。
まるで、自分の動向に関心がない、という風に感じ、胸の奥がざわつく。
ー早く帰りたい。せめて電話したいのに。
しかし携帯は飯塚にまた取り上げられ、どこかに隠されてしまった。
「柚子ちゃん。味噌汁が...」
「あ、すみません」
柚子は沸騰している味噌汁の火を慌てて消した。
ー何とか携帯を取り返そう。それが今日のミッションだ。
柚子が決意し朝食の用意していると、飯塚雷がひょっこりと顔を見せた。
「おはよー柚子ちゃん。ここにおったんかいな」
そして欠伸を噛み殺しながら柚子を抱きしめた。
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ、はないやろ。おはようのキスぐらいしてえや。いつもみたいに」
「このどアホがっ!」
父親は新聞紙で息子の頭を殴る。
「何するんじゃい!」
「そのだらしない格好、何とかせい!」
飯塚の父親は息子を台所から追い出す。そして、オロオロしている柚子を席に座らせた。
「あんなアホほっといてええ」
手を合わせ朝食を食べ始める。柚子もつられて、いただきます、と手を合わせ食べ始める。
ほどなくして、着替えて少しはマシになった飯塚が現れた。
「味噌汁、納豆、目玉焼き、漬物にご飯。もうちょっとマシなモン出せや」
「嫌やったら自分でつくれ」
ケンカ腰の二人のやり取りを、柚子はビクビクしながら聞いていた。
「おい雷。今日は柚子ちゃんの服買いに行ったれ」
柚子は男物の服を借りていた。なので、どれもこれもぶかぶかだった。
「わかってる」
「ホンマ何、考えとんねん。準備もなしに、女の子を無理やり連れて帰るやなんて」
「ほっとけや」
「お、お二人とも落ち着いてください!わたしは大丈夫ですから」
柚子が二人を止める。
「せや、服買いに行くついでに、どっか遊びに行こ!こんなとこ、いててもオモロないやろ」
「買い物のついでに、晩御飯の材料も買ってこい」
「嫌や」
「何?」
親子は睨みあった。
「二人ともケンカしないで下さい!折角の朝ごはんが台無しです!」
柚子にとって食事は大切だった。それを他愛のないケンカで台無しにされるのは一番嫌だった。
「ごめんな」
「悪かった」
男二人は頭を下げる。
ー二人とも、顔を見合わせればケンカばっかり。なんとか仲良くさせないと。
本当ならほっておけばいいのだけど。
けれど乗り掛かった舟だ。彼女として、きちんと役割を全うしよう。
柚子は、もぐもぐと口を動かしながら、二人をどう仲良くさせるか考えた。
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