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危険な夏休み編

クセモノたち【後編】

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そんなわけで、彰吾が柚子に『今日、店に行く』と連絡を入れた。しかし。

「あら、槇村様、いらっしゃいませ」

彰吾が『スナック 瑞樹』の扉を開けると、ママである瑞樹が出迎えた。
店は大勢の客で賑わっている。
「こちらにどうぞ」
カウンター席に案内され、あたりを見回すと、柚子がテーブル席にいるのを見つけた。
他の客と話している。しかも、その客は飯塚だった。彰吾はとっさに二人に向かって行こうとした。
「だめですよ。槇村様」
瑞樹が彰吾の腕を掴む。彰吾は睨んだが、瑞樹は涼しい顔をしている。
「ユズカちゃんは、忙しいんです。少しお待ち下さいね」
「……」
明らかに不機嫌になった彰吾を見て、瑞樹は苦笑した。
「独占欲もほどほどに」
瑞樹はやんわりと釘をさす。
「…あの飯塚って奴はよく来るのか?」
「はい、最近はよく来られてます」
「大丈夫なのか?あんな得体のしれない男を常連にして」
「豊原様のご紹介ですから」
瑞樹がにっこりと笑う。この世界が長い瑞樹には、いい客かどうかは見定めているらしい。
「槇村様、いらっしゃいませ~!」
彰吾の首元に誰かが抱き着き、背中に柔らかいものがあたった。
「ちょっと、麗美ちゃん!」
瑞樹は窘めるが、麗美はまったく気にしていない。顔が赤いので、大分酔っぱらっているらしい。
相変わらず、胸元を強調するドレスで、谷間をこれでもかと彰吾に向けている。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
彰吾が答える前に、麗美は隣に座った。
「暑いのに、きっちりスーツを着こなしてるなんて。やっぱり大人の男性は違いますねえ」
麗美が誰かと比べているのはハッキリわかった。彰吾は麗美を無視する。
「そういえば、聞きました?ユズカちゃんから」
「...アイツがどうかしたのか?」
麗美を適当にあしらうつもりだったが、柚子ーユズカーの話題を振られると、やはり気になってしまう。
「まあユズカちゃん、何も言ってないの?へえ、そうなんだあ」
麗美が意味深な眼で微笑む。「飯塚様に手を上げたんですよ。ユズカちゃん」
「手を上げた?アイツが?」
「ちょっと、麗美ちゃん!」
瑞樹は珍しく目を吊り上げた。
彰吾は二人に目を向ける。
柚子ーユズカーの表情はハッキリわからないが、飯塚は上機嫌で喋っている。
「何があった?」
彰吾は瑞樹に聞く。
「さあ、ユズカちゃんに聞いても、何も答えなくて」
「セクハラされて怒ったんじゃないですか?耳元でなんかコソコソ言われてたみたいだし。まだまだお子様よねぇ」
「それくらいの事、ユズカちゃんなら軽く否せるわ。でも、どんな理由があれ、お客様に手を上げるのは絶対ダメ。飯塚様は、懲りずに来ていただいてるから、よかったものを...」
瑞樹はため息をついた。
「まあ、ユズカちゃんも今では、飯塚様と仲良くしてるしねえ。さっき、食事に行くとか何とか話してたみたいだし」
「...本当か?」
彰吾は麗美に聞いた。
「ええ。ユズカちゃん、ものすごく喜んでたもの。ホント得よねえ、童顔な子って。ちょっと笑顔見せただけで、男はコロッと信じちゃうんだから。あーあ、私も誰か素敵な人と一緒にご飯行きたいなあー」
麗美のあからさまなおねだりは、しかし彰吾の耳に入っていない。
彰吾は眉間にしわを寄せ、柚子ーユズカーと飯塚を見ていた。
「麗美ちゃん、あちらにヘルプに行ってちょうだい」
瑞樹は麗美に指示した。
「ええっー!私、槇村様と、もっと…」
「いいから行きなさい」
瑞樹は有無を言わせない口調で言う。
麗美はまだ、ぶつぶつ文句を言っていたが、席を立っていった。
「大丈夫ですよ、ユズカちゃんは」
瑞樹が励ますように言う。
「あの子はきちんと線引き出来る子ですよ。まあ槇村様に言っても、説得力はないでしょうけど」
「飯塚に柚子以外の女をつけろ」
「それは出来ません」
彰吾の無理な提案を、瑞樹がきっぱりと断った。
「お客様のご指名がつくのは、ユズカちゃんにとってもいいことですから。それに...」
瑞樹は目を細める。
「槇村様だってご存じでしょう。ホステスを独占する方法くらい」
「...もっと店に来て金を落とせってことか」
瑞樹はにっこりと笑った。
「さすが槇村様ですわ。プライベートだけではなく、お仕事でもユズカちゃんを可愛がってあげてくださいね」

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