上 下
23 / 88
二人のなれそめ編

危機【前編】

しおりを挟む

「ユズカちゃん、ちょっといい?」

瑞樹が柚子ーユズカーを手招きする。
今日は氷雨のせいか、客は来ておらず、皆、暇を持て余していた。
ユズカは瑞樹の後について控室に行く。
「どうかしましたか?ママ」
「槇村様と何があったの?」
やっぱりそのことか。ユズカはなんと言っていいか困ってしまった。
槇村彰吾が店に来なくなり、一か月がたつ。
「言いたくなければ、言わなくていいのよ。でもね、もし、一人で悩んでるんなら、相談してほしいの。力になれるかもしれないし」
「ありがとうございます」
ユズカはニコリとほほ笑んだ。
この笑顔のせいで、彰吾が来なくなったとは瑞樹も予想しなかっただろう。
ユズカは勇気を出して、相談した。
「槇村様に言われたんです。私の作り笑顔を見ても、嬉しくないって」
「えっ?」
「謝ろうとは思ってるんですが、なんといって謝ったらいいのかわからなくて…」
「連絡先は知ってるの?」
ユズカはうなずく。
以前、援助の件で気が変わったら連絡して来い、と携帯番号を渡されていた。
しかし、ずっとかけられずにいる。
「まさか、そんなことが理由だったなんて…ふふっ」
「どうかしました?」
「槇村様も案外と子供だと思って。自分だけには見せてほしいんだ…フフッ」
「えっ?」
「ユズカちゃん、ただ、ごめんなさいって言えばいいのよ。それ以外の言葉はいらないわ」
「許してくれるでしょうか?槇村様は」
「許すも何も、勝手にあっちが駄々こねただけでしょう」
「そ、そうなんですか?」
ユズカは驚いた。あれは駄々をこねていたの?そんな風には見えなかったけど。
「大丈夫。きっと許してくれるわよ。どっちかって言うと槇村様のほうが、許してほしいって思ってるかも」
瑞樹は意味ありげに微笑んだ。

柚子ーユズカーはその晩、瑞樹から、今日はもう早く帰りなさい、と言われた。
雨があがった夜の道は、人通りも少なく、ひんやりとした空気が余計に身に染みる。
柚子はずっと考えていた。

初めは、会えないならそれでもいい、と意地を張った。
それなのに、段々、会いたいという気持ちが強くなった。
でも、あの人が会いたくないって思っていたら?
そう考えただけで怖くなり、今日まで連絡できなかった。
もし、許してもらえたとしても、あの人がまた来てくれた時、どういう顔で迎えればいいのだろう。
さすがに仏頂面はダメだ。
となれば、笑顔を見せるしかない。
あの人と仲直り出来て嬉しい、また会えて嬉しい、そんな気持ちを込めた、本当の笑顔を。
「うぅ…」
柚子は自分の頬が熱くなるのを感じた。

考え事をしていたせいで、柚子は気付いていなかった。
自分のアパートの入り口に誰かがいて、柚子を見つけると近寄ってきたことに。
柚子がその人物に気づいた時には、既に目の前にいた。
柚子は立ち止まり、男を見上げた。
薄暗くてよく顔が見えないが、そのシルエットには見覚えがあった。

「久しぶりだね、柚子ちゃん」

聞き覚えのある、優しく甘い声。
柚子は咄嗟に逃げる。しかし、男に腕を掴まれた。
「何で逃げるんだい。ずっと待ってたんだよ。君が帰ってくるのを」
柚子はその声を聞くと全身に鳥肌がたった。
「離してっ!」
柚子は持っていた傘で、精一杯、男を殴った。
「うっ!」
男がひるんだ一瞬のスキをついて柚子は男から逃げ出す。
そして無我夢中で駆け出した。

どうして、がいるの?
どうして、どうして…
「あっ!」
柚子は足を滑らせ、盛大に転んだ。
しかし、直ぐに立ち上がり、また、必死に走る。

「誰が…誰が助けてっ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クールな御曹司の溺愛ペットになりました

あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット やばい、やばい、やばい。 非常にやばい。 片山千咲(22) 大学を卒業後、未だ就職決まらず。 「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」 親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。 なのに……。 「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」 塚本一成(27) 夏菜のお兄さんからのまさかの打診。 高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。 いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。 とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...