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二人のなれそめ編
危機【前編】
しおりを挟む「ユズカちゃん、ちょっといい?」
瑞樹が柚子ーユズカーを手招きする。
今日は氷雨のせいか、客は来ておらず、皆、暇を持て余していた。
ユズカは瑞樹の後について控室に行く。
「どうかしましたか?ママ」
「槇村様と何があったの?」
やっぱりそのことか。ユズカはなんと言っていいか困ってしまった。
槇村彰吾が店に来なくなり、一か月がたつ。
「言いたくなければ、言わなくていいのよ。でもね、もし、一人で悩んでるんなら、相談してほしいの。力になれるかもしれないし」
「ありがとうございます」
ユズカはニコリとほほ笑んだ。
この笑顔のせいで、彰吾が来なくなったとは瑞樹も予想しなかっただろう。
ユズカは勇気を出して、相談した。
「槇村様に言われたんです。私の作り笑顔を見ても、嬉しくないって」
「えっ?」
「謝ろうとは思ってるんですが、なんといって謝ったらいいのかわからなくて…」
「連絡先は知ってるの?」
ユズカはうなずく。
以前、援助の件で気が変わったら連絡して来い、と携帯番号を渡されていた。
しかし、ずっとかけられずにいる。
「まさか、そんなことが理由だったなんて…ふふっ」
「どうかしました?」
「槇村様も案外と子供だと思って。自分だけには見せてほしいんだ…フフッ」
「えっ?」
「ユズカちゃん、ただ、ごめんなさいって言えばいいのよ。それ以外の言葉はいらないわ」
「許してくれるでしょうか?槇村様は」
「許すも何も、勝手にあっちが駄々こねただけでしょう」
「そ、そうなんですか?」
ユズカは驚いた。あれは駄々をこねていたの?そんな風には見えなかったけど。
「大丈夫。きっと許してくれるわよ。どっちかって言うと槇村様のほうが、許してほしいって思ってるかも」
瑞樹は意味ありげに微笑んだ。
柚子ーユズカーはその晩、瑞樹から、今日はもう早く帰りなさい、と言われた。
雨があがった夜の道は、人通りも少なく、ひんやりとした空気が余計に身に染みる。
柚子はずっと考えていた。
初めは、会えないならそれでもいい、と意地を張った。
それなのに、段々、会いたいという気持ちが強くなった。
でも、あの人が会いたくないって思っていたら?
そう考えただけで怖くなり、今日まで連絡できなかった。
もし、許してもらえたとしても、あの人がまた来てくれた時、どういう顔で迎えればいいのだろう。
さすがに仏頂面はダメだ。
となれば、笑顔を見せるしかない。
あの人と仲直り出来て嬉しい、また会えて嬉しい、そんな気持ちを込めた、本当の笑顔を。
「うぅ…」
柚子は自分の頬が熱くなるのを感じた。
考え事をしていたせいで、柚子は気付いていなかった。
自分のアパートの入り口に誰かがいて、柚子を見つけると近寄ってきたことに。
柚子がその人物に気づいた時には、既に目の前にいた。
柚子は立ち止まり、男を見上げた。
薄暗くてよく顔が見えないが、そのシルエットには見覚えがあった。
「久しぶりだね、柚子ちゃん」
聞き覚えのある、優しく甘い声。
柚子は咄嗟に逃げる。しかし、男に腕を掴まれた。
「何で逃げるんだい。ずっと待ってたんだよ。君が帰ってくるのを」
柚子はその声を聞くと全身に鳥肌がたった。
「離してっ!」
柚子は持っていた傘で、精一杯、男を殴った。
「うっ!」
男がひるんだ一瞬のスキをついて柚子は男から逃げ出す。
そして無我夢中で駆け出した。
どうして、あの人がいるの?
どうして、どうして…
「あっ!」
柚子は足を滑らせ、盛大に転んだ。
しかし、直ぐに立ち上がり、また、必死に走る。
「誰が…誰が助けてっ」
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