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二人のなれそめ編
偽り【前編】
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「今日も会食か?」
「はい、本日8時からのご予定です」
竹城の言葉に、彰吾はため息をついた。
「この3週間、ほとんど毎日じゃないか。いい加減疲れた」
「年末ですので、しかたありません。どなたかが、ずっと会食を断っていたツケが回ってきただけです」
竹城の言葉は容赦がなかった。
確かにそうだった。あの店に行くために、よっぽど重要でない限り、すべて断っていたのだ。
時期はすでに12月。
会食だけでなく、仕事もいつも以上に増え、あの店から足が遠のいている。
他の店なら、足が遠のいても、特に気にもかけない。だが、あの店だけは、気になって仕方がない。
最近、なぜか柚子のことが頭をよぎる。
別に恋愛感情なんかじゃない。
真面目に学校へ通っているか。
他の客に失礼な態度をとっていないか。
他の客から言い寄られてはいないか。他の客に…
気がつくと、そんなことを考えて、舌打ちする毎日だ。
竹城の携帯が鳴った。
「もしもし、はい竹城です。これはこれは...」
これ以上、仕事が増えないでくれよ、と彰吾は心の中で願った。
竹城は数分話すと、電話を切る。
「若、今日の会食は中止となりました」
「なに?」
「相手の方が急病だとか。どうしました?やけに嬉しそうですね」
「いや?残念だなと思っているぞ。今日は早く帰るからな。さっさと残りの仕事、もってこい!」
彰吾が仕事を猛スピードで終わらせ、『スナック瑞樹』の扉を開けたのは、9時半を回ったところだった。
「いらっしゃいませ!あら、槇村様!」
出迎えたのは、ママである瑞樹だ。店内は、年末ということもあってか、テーブル席がすべてうまっていた。
「盛況だな」
「ありがたいことです」
彰吾はカウンターの席に通される。
「いつものでよろしいですか?」
「ああ」
瑞樹が素早く、ウィスキーのロックを作り、彰吾の前に置いた。
しかし彰吾はすぐに手を付けず、店内をぐるりと見まわしている。そして、目当ての人物、柚子を見つけた。柚子は他の客と一緒に、楽しそうに話している。
「アイツは…元気そうだな」
「あいつ?どの子ですか?」
「アイツは..柚子だ」
「ああ、ユズカちゃん。ホントにねえ、毎日忙しいのに、頑張ってくれるから助かってます」
「他の客から、言い寄られたりしてないか?」
「どうでしょう。ユズカちゃんは、どんなお客様にも一生懸命対応するから、結構人気なんですけどねえ。言い寄られてるかまでは、私にはちょっと…」
瑞樹は意味ありげに笑った。
「…ちゃんと見ておいた方がいい。アイツは騙されやすそうだからな」
彰吾はグラスを傾け、一気に飲み干した。
よかったじゃないか。
あいつが客に可愛がられて。
これで本当に、自分だけの力で何とかできるだろう。
「槇村様、いらっしゃいませ!あれ、どうしました?眉間にしわ、寄ってますよ」
いつの間にか、柚子ーユズカーが彰吾の顔を覗き込んでいた。
「ああ、久しぶりだな」
「来てくださって、とっても嬉しいです!」
柚子ーユズカーの愛想のいい笑顔を見て、彰吾は驚いた。
ろくに愛想笑いができなかったのに。コイツも成長したようだ。
ユズカは隣に座ると、瑞樹は二人から離れる。
「どうだ?ちゃんと学校に行ってるか?」
「はい!とっても楽しいです!」
「そういや、いろんな客に声かけてもらってるらしいな」
「はい!皆さんいい方ばかりで、ありがたいです!」
「客に言い寄られたりしてないか?」
「大丈夫です!皆さん大人ですので、そんなことありません」
柚子ーユズカーは笑顔で答えた。
明るく、朗らかな笑顔。
普通の客ならば、その笑顔をみて、嬉しいと思うだろう。
だが、彰吾はさらに眉根を寄せ、低い声で言った。
「そんな嘘くさい笑顔を俺に向けるな」
「はい、本日8時からのご予定です」
竹城の言葉に、彰吾はため息をついた。
「この3週間、ほとんど毎日じゃないか。いい加減疲れた」
「年末ですので、しかたありません。どなたかが、ずっと会食を断っていたツケが回ってきただけです」
竹城の言葉は容赦がなかった。
確かにそうだった。あの店に行くために、よっぽど重要でない限り、すべて断っていたのだ。
時期はすでに12月。
会食だけでなく、仕事もいつも以上に増え、あの店から足が遠のいている。
他の店なら、足が遠のいても、特に気にもかけない。だが、あの店だけは、気になって仕方がない。
最近、なぜか柚子のことが頭をよぎる。
別に恋愛感情なんかじゃない。
真面目に学校へ通っているか。
他の客に失礼な態度をとっていないか。
他の客から言い寄られてはいないか。他の客に…
気がつくと、そんなことを考えて、舌打ちする毎日だ。
竹城の携帯が鳴った。
「もしもし、はい竹城です。これはこれは...」
これ以上、仕事が増えないでくれよ、と彰吾は心の中で願った。
竹城は数分話すと、電話を切る。
「若、今日の会食は中止となりました」
「なに?」
「相手の方が急病だとか。どうしました?やけに嬉しそうですね」
「いや?残念だなと思っているぞ。今日は早く帰るからな。さっさと残りの仕事、もってこい!」
彰吾が仕事を猛スピードで終わらせ、『スナック瑞樹』の扉を開けたのは、9時半を回ったところだった。
「いらっしゃいませ!あら、槇村様!」
出迎えたのは、ママである瑞樹だ。店内は、年末ということもあってか、テーブル席がすべてうまっていた。
「盛況だな」
「ありがたいことです」
彰吾はカウンターの席に通される。
「いつものでよろしいですか?」
「ああ」
瑞樹が素早く、ウィスキーのロックを作り、彰吾の前に置いた。
しかし彰吾はすぐに手を付けず、店内をぐるりと見まわしている。そして、目当ての人物、柚子を見つけた。柚子は他の客と一緒に、楽しそうに話している。
「アイツは…元気そうだな」
「あいつ?どの子ですか?」
「アイツは..柚子だ」
「ああ、ユズカちゃん。ホントにねえ、毎日忙しいのに、頑張ってくれるから助かってます」
「他の客から、言い寄られたりしてないか?」
「どうでしょう。ユズカちゃんは、どんなお客様にも一生懸命対応するから、結構人気なんですけどねえ。言い寄られてるかまでは、私にはちょっと…」
瑞樹は意味ありげに笑った。
「…ちゃんと見ておいた方がいい。アイツは騙されやすそうだからな」
彰吾はグラスを傾け、一気に飲み干した。
よかったじゃないか。
あいつが客に可愛がられて。
これで本当に、自分だけの力で何とかできるだろう。
「槇村様、いらっしゃいませ!あれ、どうしました?眉間にしわ、寄ってますよ」
いつの間にか、柚子ーユズカーが彰吾の顔を覗き込んでいた。
「ああ、久しぶりだな」
「来てくださって、とっても嬉しいです!」
柚子ーユズカーの愛想のいい笑顔を見て、彰吾は驚いた。
ろくに愛想笑いができなかったのに。コイツも成長したようだ。
ユズカは隣に座ると、瑞樹は二人から離れる。
「どうだ?ちゃんと学校に行ってるか?」
「はい!とっても楽しいです!」
「そういや、いろんな客に声かけてもらってるらしいな」
「はい!皆さんいい方ばかりで、ありがたいです!」
「客に言い寄られたりしてないか?」
「大丈夫です!皆さん大人ですので、そんなことありません」
柚子ーユズカーは笑顔で答えた。
明るく、朗らかな笑顔。
普通の客ならば、その笑顔をみて、嬉しいと思うだろう。
だが、彰吾はさらに眉根を寄せ、低い声で言った。
「そんな嘘くさい笑顔を俺に向けるな」
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