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二人のなれそめ編
育成
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どうしてこんなことに。
柚子は、鏡に映る自分の姿から、目を逸らした。
それは昼休みのことだった。
秋の晴天の中、大学の芝生の上で、お昼ご飯を食べていると、見知らぬ男性に声をかけられた。
『息子と約束をしてるんだけど、場所がわからなくて』
そして柚子は、その男性を目的の場所まで案内したのだ。
それで終わった。はずだった。
夕方、授業が終わると、またその男性に声をかけられたのだ。
『さっきはありがとう。お礼と言っちゃなんだが、車で家まで送ろう』
優しそうな人だったし、今日は夜のバイトもなかったので、お言葉に甘え、車に乗った。
中にはすでに人がいた。槇村彰吾が。
柚子は咄嗟に逃げようとしたが、時すでに遅し。
車は発進し、無理矢理、想像もしなかった場所に連れて行かれてしまったのだ。
「おい、さっさと出て来い。じゃないとこっちからカーテン開けるぞ」
「で、出ます。出ますから!」
柚子は意を決して、更衣室のカーテンを開ける。
カーテンを開けると、彰吾が腕を組み、柚子を頭からつま先まで、まじまじと見る。
柚子はいつも通り睨み返すが、恥ずかしさで、顔が熱くなっているのがわかった。
柚子のいるのは、アパレルショップ。それも水商売専門の店だった。
店内には色とりどりのドレスが並べられており、中にはかなり際どい服もあった。
今、柚子が試着しているのは、そんなきわどい服、ではなくアイボリー色のミニのタイトドレスだ。
総レースで胸元にフリルがあしらわれており、とても可愛いらしい。
しかし、それを自分が着るとなると別問題。
タイトであるがゆえに、ボディラインがハッキリ強調され、何よりミニだから、ふとももが落ち着かない。
きっと似合わないって笑われる。柚子は唇を強く噛み締めた。
「似合うじゃねえか」
柚子の予想に反して、彰吾は満足そうに頷いた。
意外なその言葉に、柚子はさらに顔を赤らめる。
「本当によくお似合いです」
店員もにこやかに微笑む。
「次は?」
「はい。こちらのAラインのフレアドレスはどうでしょう。お客様の可愛らしさが、より引き立ちますよ」
「じゃあ着替えろ」
「えー!またですか!」
「いいから着替えろ。四の五の言うと俺が脱がすぞ」
「へ、ヘンタイっ!」
柚子は大声を上げ、荒っぽくカーテンを閉めた。
結局、柚子は、10着以上試着することとなり、最終的に衣装5着、靴を3足を彰吾に買ってもらった。
柚子は試着でクタクタになっていると、彰吾は意気揚々と言った。
「飯、食いに行くぞ」
次に連れて行かれた場所は、寿司屋だった。
それもカウンターで大将が握ってくれ、メニューがどこにもない。
柚子は初めてのことばかりで、頭の中がパンクしそうだ。
何より、この男にご飯を奢ってもらうなんて。
本当は逃げ出したかった。
だが、出されてくるお寿司があまりにも美味しそうで、柚子は我慢できず、一つ、また一つと口に運んでしまう。
気が付けば、満腹になっていた。
ふと彰吾を見ると、ニヤニヤした顔で、自分を見ている。
「よく食ったな」
「た、食べられる時に、食べられる物を、たらふく食べろ、というのが母の教えでしたから」
柚子は最後の椀物をすすりながら、仏頂面を作った。
それにしても。柚子はチラリと彰吾を見る。
この人は本当にヤクザなんだろうか。
ヤクザって、もっと粗野なイメージだった。けど、この人は違う。
オロオロする私にさり気なく、色んなことを教えてくれたし、食事する姿も洗練されていた。
認めたくないけど、何度も見とれてしまいそうになった。
もし、この人が、ヤクザなんかじゃなかったら…。
柚子は無意識に考え、慌てて頭を振る。
「なんだ。腹が一杯になって、眠くなったのか?」
彰吾はまだ楽しそうに笑っている。
「ち、ちがいます。槇村様って女性慣れしてるなあって思っただけです。
10年前から、こんなことしてそうだなって」
「10年前?流石に高校生が、女に寿司を奢ってやれるわけねえだろ」
「へ?」
柚子はキョトンとした。
「どうした?」
「じ、十年前は、高校生だったんですか?ということは、まだ、二十代…」
「…お前、何が言いたい」
「い、いえ!別に老けているってことではなく、お、大人っぽいなあって思っただけです!絶対、30代半ばだと思っていたわけでは!!」
柚子が言い訳をすればするほど、彰吾の眉間のしわが深くなっていく。
「…おい」
「は、はい」
「これから焼肉、食いに行くぞ」
「えっ!お寿司食べたばかりじゃないですかっ」
「若いから寿司の後に焼肉も食べられるんだ!さっさと来い!」
彰吾は柚子の荷物を持ち、会計に向かう。
「ま、槇村様!待って下さい!」
柚子はその後を慌ててついて行った。
その後。
柚子は焼肉を、お腹がはち切れそうになるくらい御馳走になり、
お土産に焼肉弁当まで貰うこととなった。
柚子は、鏡に映る自分の姿から、目を逸らした。
それは昼休みのことだった。
秋の晴天の中、大学の芝生の上で、お昼ご飯を食べていると、見知らぬ男性に声をかけられた。
『息子と約束をしてるんだけど、場所がわからなくて』
そして柚子は、その男性を目的の場所まで案内したのだ。
それで終わった。はずだった。
夕方、授業が終わると、またその男性に声をかけられたのだ。
『さっきはありがとう。お礼と言っちゃなんだが、車で家まで送ろう』
優しそうな人だったし、今日は夜のバイトもなかったので、お言葉に甘え、車に乗った。
中にはすでに人がいた。槇村彰吾が。
柚子は咄嗟に逃げようとしたが、時すでに遅し。
車は発進し、無理矢理、想像もしなかった場所に連れて行かれてしまったのだ。
「おい、さっさと出て来い。じゃないとこっちからカーテン開けるぞ」
「で、出ます。出ますから!」
柚子は意を決して、更衣室のカーテンを開ける。
カーテンを開けると、彰吾が腕を組み、柚子を頭からつま先まで、まじまじと見る。
柚子はいつも通り睨み返すが、恥ずかしさで、顔が熱くなっているのがわかった。
柚子のいるのは、アパレルショップ。それも水商売専門の店だった。
店内には色とりどりのドレスが並べられており、中にはかなり際どい服もあった。
今、柚子が試着しているのは、そんなきわどい服、ではなくアイボリー色のミニのタイトドレスだ。
総レースで胸元にフリルがあしらわれており、とても可愛いらしい。
しかし、それを自分が着るとなると別問題。
タイトであるがゆえに、ボディラインがハッキリ強調され、何よりミニだから、ふとももが落ち着かない。
きっと似合わないって笑われる。柚子は唇を強く噛み締めた。
「似合うじゃねえか」
柚子の予想に反して、彰吾は満足そうに頷いた。
意外なその言葉に、柚子はさらに顔を赤らめる。
「本当によくお似合いです」
店員もにこやかに微笑む。
「次は?」
「はい。こちらのAラインのフレアドレスはどうでしょう。お客様の可愛らしさが、より引き立ちますよ」
「じゃあ着替えろ」
「えー!またですか!」
「いいから着替えろ。四の五の言うと俺が脱がすぞ」
「へ、ヘンタイっ!」
柚子は大声を上げ、荒っぽくカーテンを閉めた。
結局、柚子は、10着以上試着することとなり、最終的に衣装5着、靴を3足を彰吾に買ってもらった。
柚子は試着でクタクタになっていると、彰吾は意気揚々と言った。
「飯、食いに行くぞ」
次に連れて行かれた場所は、寿司屋だった。
それもカウンターで大将が握ってくれ、メニューがどこにもない。
柚子は初めてのことばかりで、頭の中がパンクしそうだ。
何より、この男にご飯を奢ってもらうなんて。
本当は逃げ出したかった。
だが、出されてくるお寿司があまりにも美味しそうで、柚子は我慢できず、一つ、また一つと口に運んでしまう。
気が付けば、満腹になっていた。
ふと彰吾を見ると、ニヤニヤした顔で、自分を見ている。
「よく食ったな」
「た、食べられる時に、食べられる物を、たらふく食べろ、というのが母の教えでしたから」
柚子は最後の椀物をすすりながら、仏頂面を作った。
それにしても。柚子はチラリと彰吾を見る。
この人は本当にヤクザなんだろうか。
ヤクザって、もっと粗野なイメージだった。けど、この人は違う。
オロオロする私にさり気なく、色んなことを教えてくれたし、食事する姿も洗練されていた。
認めたくないけど、何度も見とれてしまいそうになった。
もし、この人が、ヤクザなんかじゃなかったら…。
柚子は無意識に考え、慌てて頭を振る。
「なんだ。腹が一杯になって、眠くなったのか?」
彰吾はまだ楽しそうに笑っている。
「ち、ちがいます。槇村様って女性慣れしてるなあって思っただけです。
10年前から、こんなことしてそうだなって」
「10年前?流石に高校生が、女に寿司を奢ってやれるわけねえだろ」
「へ?」
柚子はキョトンとした。
「どうした?」
「じ、十年前は、高校生だったんですか?ということは、まだ、二十代…」
「…お前、何が言いたい」
「い、いえ!別に老けているってことではなく、お、大人っぽいなあって思っただけです!絶対、30代半ばだと思っていたわけでは!!」
柚子が言い訳をすればするほど、彰吾の眉間のしわが深くなっていく。
「…おい」
「は、はい」
「これから焼肉、食いに行くぞ」
「えっ!お寿司食べたばかりじゃないですかっ」
「若いから寿司の後に焼肉も食べられるんだ!さっさと来い!」
彰吾は柚子の荷物を持ち、会計に向かう。
「ま、槇村様!待って下さい!」
柚子はその後を慌ててついて行った。
その後。
柚子は焼肉を、お腹がはち切れそうになるくらい御馳走になり、
お土産に焼肉弁当まで貰うこととなった。
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