上 下
93 / 111

絆と紐

しおりを挟む
 スタンピートの警報から30分後。

 普段は冒険者や商売人達で賑わっているダンジョン都市周辺の草原を、340体と1人で駆けていく。

「少し急ぐぞ!」

 速度を上げると、大地が悲鳴を上げた。

 総重量100トンを越える金属の塊が大地を踏み鳴らし、まるで山が崩れたかのような轟音を巻き起こす。

 足音と振動は近くの森まで伝わり、多くの生物を驚かせた。木々から鳥が飛び立ち逃げていく姿はまるで、スタンピートから人間が逃げていく姿のようだった。

 大群が住処の横を通過する姿は、かなりの恐怖を与えるだろう。それも、無力な一般動物なら尚更である。

 若干の罪悪感に蝕まれつつも、さらに速度を上げる。緊急事態であるため、すぐに駆けつけなくてはいけないのだ。

 1人で空を飛べば一瞬で到着することができるが……今更狼達を置いて行くことはできない。普段、俺が背に乗せて送り迎えをしているせいで、ダンジョン都市までの道のりをこの子達は知らないのだ。もちろん、山までの帰り道も。

 というか、置いて行くことは許されないだろうな……物理的に。

 というのも、そもそも今回のスタンピートは危険度が高いので、狼達を連れてくるつもりはなかったのだ。

 そのため、彼らを置いて1人で飛び立とうとしたのだが、彼らは俺が羽ばたくことを許さなかった。

 なんと、全員で俺の翼を踏みつけたのだ。Bランクの天龍といえど100トンを越える重さで翼を押さえつけられては、空を飛ぶことは叶わない。

 翼の上から退くように命令したのだが、彼らは嫌がって命令を無視した。懐柔契約において、命令はほぼ無敵の効力を発揮するはずなのだが……あっさりと無視された。

 絆や信頼によって成される契約なので、当人達が嫌がることは命令できない。つまり、彼らを説得して置いて行くことは不可能だった訳だ。

 それならばと、逃げるようにダンジョン都市へ向かおうとした俺であるが、あらゆる手で阻まれてしまう。

 いや……強くなりすぎてびびったね。340vs1とはいえ、逃げるくらいはできると思っていたんだがな……。

 個々のパワーやスピードもかなりの物だったが、何より連携が素晴らしかった。

 常に一定の距離を保って俺を囲み、正面突破をさせない陣形。俺が空を飛べば、すぐさまバフを受けた狼が飛び付いて捕獲。捕獲を失敗したとしても、炎のレーザーやらの遠距離支援で妨害。

 地に潜れば全員で大地を踏み鳴らし、俺の脳と鼓膜を破壊した。

 正直、2度としたくない体験だった。

 俺からは攻撃してこないという状況をうまく活かした、完璧な捕獲作戦だったと言えるだろう。

 多くの魔力を消費し、転移するという手もあったが、この後に控えているスタンピートの対処を考えるとそんな魔力は使えるはずもなく……。

 いつのまにか成長していた狼達に感服し、降伏を宣言した。すると、嬉しそうに尻尾を振り回すのだから、こちらの内心は複雑である。

 これから死地に赴くというのに、どうしてそんなに嬉しそうにするんだ。大人しく山に篭っていれば、自分たちは傷付かなくて済むのに。

 そう問いかけると「お前が言えたことじゃないぜ」「敗亡者は黙って、俺らを案内しろ!」「俺たちが守ってやるから、後ろで援護でもしてな!」とのこと。

 契約の影響か、なんとなく言いたいことが伝わってくるのだ。

 調子に乗っている狼にゲンコツを落とし大人しくさせた後、2つの約束を交わした。

 まず、俺からのお願いは「お前たちは、支援と援護のみに徹すること。」

 そして、狼達からの命令は「死なないこと。」

 ……どうして、あれほどまでについて来ると言って聞かなかったのか。初めての命令に逆らった理由が、なんとなく察せられた。

 もちろん死ぬつもりなどないし、その覚悟もない。しかし、一瞬。一瞬だけ頭によぎった愚かな考えが、どうやら見通されていたようだった。


「俺も、お前達も、誰も死なない。それでいいだろ?」


 それに応えるように伝わってくる感情と、思考と、熱。

 ああ。やっぱり、ここが好きだ。

 この場所だけは、壊させない。……失いたくない。


 キュッ


 いつもは緩い仮面の紐を、きつく縛り直した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...