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君の笑顔が見たいから
オオカミと臆病者
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この期に及んで僕はまだ二の足を踏んでいた。好きになった相手の家でエロDVDを見て、互いに手まで重ね合ったりしてそれはもう"いい雰囲気"になっている。誰が見ても今からエッチする流れだ。たとえ今日出会ったばかりで付き合ってもいない、告白すらもしていない関係でも。
そう、それが問題なのだ。僕も尾上くんも成人だから、互いに合意があれば行きずりの関係を持ったとしても何ら咎められる事は無いし、僕だって白馬の王子様を信じているような歳でも無い。せいぜい仕事上でのお付き合いがあれば御の字だと思っていたのにまさかエッチ出来るなんて、棚ぼたにも程があるだろう。それなのに、喉の奥に刺さっていつまでも取れない魚の骨のような葛藤が石膏のように僕の身体を押さえつけていた。
「ご、ごめんなさい。悪ふざけが過ぎましたね……」
僕の沈黙を拒絶と捉えた尾上くんは重ねていた手を離して、男同士でよくある下品な冗談だったのだと言い訳をする。僕はこの状況でどうするべきかまだ決めあぐねていた。
「えっと……」
「そうだ、何かつまみでも作ってきますね!」
明るく放った言葉とは裏腹に、あれほど暴れていた尾上くんの尻尾はだらりと垂れて、目尻には光るものが見える。僕が声を出すよりも先に、尾上くんは逃げるようにキッチンへと向かった。
テレビからは再び白々しい喘ぎ声が聞こえ始める。アルコールと、それとは別の化学物質であれほど高揚していた気持ちも嘘のように吹き飛んでどこかに行ってしまった。このまま何事も無かった事にしてしまえば、きっとまた会社で会ったときもお互いに笑顔の仮面を貼り付けたまま良好な関係を築けるだろう。その方が、勢いに飲まれて身体を重ねて後悔するよりもお互いのためになるに違いない。
ずび……ぐすっ……
喧しい雑音に混じる鼻を啜る音。昼間見た、緊張でしどろもどろになりながらもパンフレットを読み上げる姿と、口の周りをタレで汚しながらも「おいしいですね」と語りかける笑顔が浮かんだ。僕の身体はバネ仕掛けの玩具のように弾き出された。
「尾上、くん」
床にうずくまったオオカミの身体がビクリと反応する。更に歩みを進めて、正対するようにしゃがみ込む。尾上くんは顔を伏せたまま小さく呟いた。
「ごめんなさい」
違うんだ。謝らなければいけないのは僕の方なんだ。
「気持ち悪かったですよね……」
反射的にその身体を押し倒す。フローリングに身体が打ち付けられた鈍い音がする。尾上くんの目は、恐怖と驚愕と懺悔の色で濡れていた。手の平から布越しに獣毛の柔らかさと震えが伝わる。
「尾上くん」
僕は本当に馬鹿だ。一回りも歳の離れた尾上くんの気持ちを汲み取る事も、自分の気持ちを伝える事もしなかった。あまつさえ彼は誰とでも寝る軽い男ではないかと疑いすらしてしまった。本当に謝るべきは僕のほうなのだ。歯ぎしりをしたい気持ちを抑えて、愛しいオオカミに語りかける。
「好きだ」
君を大切にしたい。側にいたい。もっと知りたい。笑顔を見たい。そんな陳腐な言葉すら出てこずに、三文字だけが捻り出された。尾上くんは目は見開いて、口をぱくぱくとさせている。例えこの口から叱責や拒絶の言葉が出てきても僕は……
「おっ、おれ……僕も、です……んむっ」
刹那、長いマズルに食らいついて舌をねじ込む。オオカミの歯列をなぞっていると、遠慮気味に長い舌が絡みついてくる。鼻から息を吸い込むと、ほんのりとビールと汗の匂いに混じって、森林のような匂いがした。
そう、それが問題なのだ。僕も尾上くんも成人だから、互いに合意があれば行きずりの関係を持ったとしても何ら咎められる事は無いし、僕だって白馬の王子様を信じているような歳でも無い。せいぜい仕事上でのお付き合いがあれば御の字だと思っていたのにまさかエッチ出来るなんて、棚ぼたにも程があるだろう。それなのに、喉の奥に刺さっていつまでも取れない魚の骨のような葛藤が石膏のように僕の身体を押さえつけていた。
「ご、ごめんなさい。悪ふざけが過ぎましたね……」
僕の沈黙を拒絶と捉えた尾上くんは重ねていた手を離して、男同士でよくある下品な冗談だったのだと言い訳をする。僕はこの状況でどうするべきかまだ決めあぐねていた。
「えっと……」
「そうだ、何かつまみでも作ってきますね!」
明るく放った言葉とは裏腹に、あれほど暴れていた尾上くんの尻尾はだらりと垂れて、目尻には光るものが見える。僕が声を出すよりも先に、尾上くんは逃げるようにキッチンへと向かった。
テレビからは再び白々しい喘ぎ声が聞こえ始める。アルコールと、それとは別の化学物質であれほど高揚していた気持ちも嘘のように吹き飛んでどこかに行ってしまった。このまま何事も無かった事にしてしまえば、きっとまた会社で会ったときもお互いに笑顔の仮面を貼り付けたまま良好な関係を築けるだろう。その方が、勢いに飲まれて身体を重ねて後悔するよりもお互いのためになるに違いない。
ずび……ぐすっ……
喧しい雑音に混じる鼻を啜る音。昼間見た、緊張でしどろもどろになりながらもパンフレットを読み上げる姿と、口の周りをタレで汚しながらも「おいしいですね」と語りかける笑顔が浮かんだ。僕の身体はバネ仕掛けの玩具のように弾き出された。
「尾上、くん」
床にうずくまったオオカミの身体がビクリと反応する。更に歩みを進めて、正対するようにしゃがみ込む。尾上くんは顔を伏せたまま小さく呟いた。
「ごめんなさい」
違うんだ。謝らなければいけないのは僕の方なんだ。
「気持ち悪かったですよね……」
反射的にその身体を押し倒す。フローリングに身体が打ち付けられた鈍い音がする。尾上くんの目は、恐怖と驚愕と懺悔の色で濡れていた。手の平から布越しに獣毛の柔らかさと震えが伝わる。
「尾上くん」
僕は本当に馬鹿だ。一回りも歳の離れた尾上くんの気持ちを汲み取る事も、自分の気持ちを伝える事もしなかった。あまつさえ彼は誰とでも寝る軽い男ではないかと疑いすらしてしまった。本当に謝るべきは僕のほうなのだ。歯ぎしりをしたい気持ちを抑えて、愛しいオオカミに語りかける。
「好きだ」
君を大切にしたい。側にいたい。もっと知りたい。笑顔を見たい。そんな陳腐な言葉すら出てこずに、三文字だけが捻り出された。尾上くんは目は見開いて、口をぱくぱくとさせている。例えこの口から叱責や拒絶の言葉が出てきても僕は……
「おっ、おれ……僕も、です……んむっ」
刹那、長いマズルに食らいついて舌をねじ込む。オオカミの歯列をなぞっていると、遠慮気味に長い舌が絡みついてくる。鼻から息を吸い込むと、ほんのりとビールと汗の匂いに混じって、森林のような匂いがした。
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