忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

六十話 襲撃⑧ (肇)

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 会心の一撃だった。振り落とされた大剣と大斧は大地を穿ち、地割れのような亀裂を生じさせた。肇と松衛は上空に逃げることで回避したが、その破壊力に呆気に取られた。香苗の個人情報は事前に調査済みで、万全の状態で対策を取っていた。

 土の魔術師にとって、悪天候の状況での戦闘は御法度。とくにゴーレムを主力とする戦い方を好む香苗にとって、雨は天敵と言っても良い。今の香苗はゴーレムを維持するだけでも苦労しているはずだ。それにも拘らず、自ら先陣を切った。

 その上、この破壊力だ。不利な状況に置かれても屈しない不屈の精神、そして一切の躊躇いもなく攻撃に転じるその勇ましい姿には驚きを禁じ得ない。土煙が辺りを覆っているため、全域を見渡すことはできなかった。

 それでも割れた大地が、その威力を物語っていた。真っ向から力比べをしていたら、間違いなく殺されていた。肇は驚きを通り越して、驚愕せざるを得なかった。豪雨を降らせているのは肇の能力だ。精霊が顕現しやすい環境を生み出すためのものでもあったが、香苗の能力を封じるために講じた対抗手段でもあった。

 だが、その対抗手段を香苗はものともしなかった。これだけ長時間もの間、雨風に晒されているのだ。効果がない訳がない。土の魔術師にとって、この豪雨は致命的なはずだ。精神力でどうこうできる問題ではない。

 本来であれば、この悪天候の中で土の属性を使い続けることは愚の骨頂にも思えた。しかし、香苗の考え方は肇とは真逆の発想だった。使い慣れていない属性で戦うよりも、使い慣れたゴーレムを駆使した戦闘を行った方が勝率が上がる。立地、天候、気温などに合わせて属性を、器用に使い分けることは香苗には不向きだった。

 悪天候のせいで香苗の能力に制限を敷いたとしても、ゴーレムの特性を百パーセント活かせなくなったしても、使い慣れたゴーレムで戦うことが響子の手助けになると信じていた。ここで響子の足を引っ張る訳にはいかない。

 「どうやらゴーレムを操っている者は、儂と同じタイプのようじゃな。器用に属性を使い分けることができんのじゃよ。肇、お前さんとは相性が悪いと思うぞ。お前さんは精霊の契約者に集中しろ。でなければ敗北しかねん」

 「分かっている」
 
 複数の属性を操る肇にとって、一つの属性しか扱えない魔術師は不器用以外のなにものでもない。本来、戦闘とは変化する状況に合わせて適切な行動を取ることを求められる。状況に合わせて系統や属性を使い分けることで、優位な状況を作り出す。

 だが、一つの属性しか扱えない魔術師は、戦略や戦術といったものを全て無視し、力技で押し通す傾向がある。肇にとっては非常にやりにくい相手なのだ。

 「随分と余裕なのね。喋っている暇があるかしら?」

 背後から響子の声が聞こえたと思ったら、水の濁流が襲い掛かった。肇は咄嗟の判断で風の結界を身体に纏い、難を逃れようとする。だが、襲い掛かる水の濁流に、電流が流れていることを悟った。通常の防御では身体が麻痺する可能性がある。

 防御を諦め、回避に徹する。肇と松衛は上空に逃げるが、そこに二体のゴーレムが待ち構えていた。大剣と大斧を豪快に振り被り、二体のゴーレムは勢いのままに大剣と大斧を振り落とした。大地を斬り裂く轟音が鳴り響き、土煙が上がる。

 「厄介な……」

 「儂に任せろ」

 不死鳥の姿をした松衛が、燃え盛る火炎を吐き出した。大剣を持ったゴーレムの肩に乗っている香苗は、ゴーレムを巧みに操り、大剣を横薙ぎに振るわせた。炎と大剣がぶつかり合うが、土で形成された大剣は一瞬で溶け、炎は香苗に襲い掛かった。

 「香苗!!避けなさい」

 「クッ……」

 間一髪。香苗はゴーレムの肩から跳躍するこで、炎が直撃することは避けた。炎が左腕を僅かに掠めたが、大したダメージではない。すぐに治療を始めようとするが、予想外のことが起きた。左腕に燃え移った炎が消えなかったのだ。

 「香苗!!その炎は対象物が燃え尽きるまで消えないわ。今すぐ腕を斬り落としなさい。身体に燃え移るまで時間がないわ。急いで!!」

 「なっ……分かりました」

 香苗は響子の指示に従い、土で刀を形成させる。歯を喰いしばった次の瞬間、腕を斬り落とした。腕の断面から血が溢れ、激痛が襲う。汗が止まらなかった。油断すると意識を持っていかれそうだった。だが、文句を言ってられる状況ではない。切断された腕に布を巻き付け、急いで止血をするが、なかなか血が止まらなかった。

 「はぁはぁ……」

 「腕を斬り落とすとは……儂の炎の特性に良く気付いたな。さすがは風祭響子といったところか。肇が何度も説明したと思うが、我々の目的は精霊だ。今、引くなら命は見逃してやっても良い。無駄な殺生は好まんのでな」

 「香苗は引きなさい。あとは私だけで充分よ」

 「……はい。分かりました」

 それは戦力外通告に等しかった。やはりこの悪天候では香苗の能力を存分に活かすことはできなかった。それに片腕を失った今となっては、大した役割を果たせそうにない。ならば思考を切り替え、助けを呼ぶことに集中するべきだ。

 肇と松衛の能力は理解した。二人とも危険な能力を有し、戦力差にも大きな隔たりがある。響子がどれだけ持ち堪えることができるのか、時間との勝負になる。香苗に求められるのは迅速な行動である。迷っている時間はなかった。

 残りのゴーレムは二体だけ。大盾を持ったゴーレムと、大斧を持ったゴレーレムの二体だ。制約上、四体までのゴーレムしか顕現させることができない。先の戦いで二体のゴーレムを失った香苗には、手痛い代償だった。

 「響子様。助けを呼んで、すぐに戻ってきます。少しの間だけ持ち堪えて下さい」

 「ええ。分かっているわ」

 「ゴーレムは残していきます。私の操作から切り離し、自立型に切り替えました。ですが、制約に縛られているため、攻撃と防御の二パターンの行動しか取れません。使い捨てて構いませんので、有効的に使って下さい」

 「ええ。早く行きなさい」

 「はい」

 豪雨の中、香苗は全速力で駆け抜ける。車もバイクも使い物にならなくなっており、自力で走るしか選択肢がなかった。徐々に遠ざかっていく香苗の背中を見送ると、響子は戦闘態勢に入った。不利な状況下に置かれていることは理解していた。

 それでも香苗だけは逃したかった。大切な部下であり、友人でもある香苗の無事を祈ることしかできない自分を呪った。香苗に助けを呼びに行かせたのは、戦場から遠ざけるための口実だった。肇と松衛の戦力は響子の予想を遥かに上回っていた。

 助けが間に合わないことは理解していた。響子も一緒に逃げるという選択肢もあったが、円華を放置できなかったのだ。響子は自分が殺されることを理解しながらも、この場を引き下がる訳にはいかなかった。殺された部下の気持ちを思うと、一矢報いなければ気が治まらなかった。

 「仲間は逃げたか……大人しく精霊を差し出せ。さすれば命は見逃してやる」

 「残念だわ。あなた達とは気が合いそうにないわ」

 「……そうか。ならば望み通り死ぬがよい」

 響子は全力で氣を解放する。体力も氣も消耗し、体調も万全とは言えない。それでも残された気力で立ち向かう。小手先だけの戦術では勝ち目はない。やはり現状では戦力差に大きな隔たりがあり、大きな溝を埋めるだけの手段は思い浮かばない。

 死力を尽くさなければ一矢報いることもできない。その時、肇が旋風を繰り出した。旋風に合わせるように松衛が炎を吐き出し、響子に襲い掛かった。混ざり合う火炎と旋風は唸りを上げながら響子を呑み込んだ。

 

 

 

 

 
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