忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

二十七話 覚醒の兆し (響)

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 「全員、警戒しろ。敵は風祭家の血筋だ。不測の事態が起こる可能性も視野に入れろ。敵は子供一人だが、警戒レベルを最大限にまで引き上げろ!子供だと侮っていると、痛手を負う可能性が高い。我々に敗北は許されん。全ては啓二様のために」

 敵の一人が大声を上げながら警戒を促すと、周りの敵達は素早く気持ちを切り替えた。敵は警戒しながらも響を囲うように陣取り、各々の武器を構えた。緊迫した空気が漂い、誰もが言葉を発することはなかった。

 響は未だに自身の拳を見詰め、唖然としていた。たった一回の攻撃で六人もの敵を気絶させたのだ。自分でも信じられない現象だった。鍛錬の成果なのだろうか。それとも謎の声が言っていたように、力を渇望することで何らかの影響を受けているのだろうか。響に考察している時間はなかった。

 前衛の敵が接近戦を仕掛け、後衛の敵が遠距離から魔術を放ってきた。豪雨のように光の矢が降り注ぎ、容赦なく響に襲い掛かった。嵐が通り過ぎて行くような怒涛の攻撃だった。砂塵が舞い、視界が悪くなっても敵は攻撃の手を緩めなかった。

 槍を持った敵が穂先を回転させながら連続で突きを繰り出してきた。全ての攻撃が急所を的確に狙った鋭い突きだったが、響は妙な違和感を敏感に感じ取っていた。何故だか分からないが、今の響には敵の動きが遅く感じた。

 まるでテレビから流れる映像をスローモーションの状態で再生しているような不可思議な現象だった。それに全ての敵の動きが手に取るように分かった。急に視野が広がったような違和感に加え、動体視力まで向上したかのような感覚に困惑した。

 初めは不可思議な現象に戸惑いを隠せなかったが、敵の攻撃を躱しているうちに徐々に慣れつつあった。違和感は視覚だけではなかった。聴覚や嗅覚にも異変が起こっていた。耳を澄ませば敵の足音が脳に響き渡るように伝わって来た。

 今なら瞼を閉じている状態でも敵の位置が正確に把握できた。さらに驚いたのが敵の臭いも嗅ぎ分けることができそうな気がした。集中すればするほど効果は実感できた。さすがの響も五感が異常なまでに鋭くなっていることを気付かされた。

 人間は窮地に陥ると無意識のうちに脳の制限を外し、あり得ない超常現象を引き起すことがある。それを人は覚醒と呼んでいる。脳を覚醒させることができる人間は限られた者だけであり、響ですらも覚醒に関する知識を持ち合わせていなかった。

 人間の脳は未だに解明されていない部分が多いため、意識的に脳を覚醒させることが難しい。自分の意思で脳を覚醒させることができる人間は、ほんの一握りだけと言われている。脳の覚醒は魔術の有無に拘わらず、生まれや育ち方に影響を受けやすいと言われているが、どのような条件で覚醒に至ったのかまでは分からない。

 それに魔術には制約と制限が必ず存在する。そして、膨大過ぎる力には必ず対価が求められる。脳の覚醒にも何らかのデメリットが存在する筈だ。力が漲るような感覚に高揚感を覚えると同時に、今の状態は危険水域に達していると響は感じていた。

 急激な変化に身体が対応できるのか疑問を感じた。それに覚醒した状態を長時間もの間、酷使した場合の反動を考えると敵を早急に片付ける必要がある。できるだけ長時間の戦闘は避けたい。響とて何が起こるのか、把握できていない状態なのだ。

 「全員で掛かれ!敵は子供一人だけだ。我々が落ち着いて対処すれば問題はない筈だ。敵に攻撃の手段を与えるな。繰り返す。敵に攻撃の手段を与えるな。数では我々の方が優位なのだ。何も恐れる必要はない」

 「はっ」

 「了解」

 敵達は四方八方から攻撃を繰り返していた。左右の敵がタイミングを合わせるように、刀を横薙ぎに振るった。鋭い一撃であるが、当たらなければ意味はない。響は跳躍することで躱し、槍を持った敵の背後に着地する。敵に悟られる前に首を捻った。

 「くっ……」

 骨が豪快に折れる音が鳴り響いた。槍を持った敵は地に倒れ、痙攣していた。集団を率いているのは槍を持った敵だった。司令塔を失った敵達は徐々にではあるが連携が乱れつつあった。その僅かな隙を見逃すほど響は甘くはない。

 砂塵が舞っている状況を利用し、気配を完全に断った。視界の悪い状況下で鎌を持った敵の背後に回り込み、首を豪快に捻る。再び、骨が折れる音と敵の悲鳴が響き渡った。鎌を持った敵は白目を剥きながら豪快に地に倒れた。
  
 倒した敵は八人。残りの敵は三十二人。着実に敵の数を減らしていた。不思議と実践不足の響でも対応できるようになっていた。どうのように戦えば敵に最大限のダメージを与えることができるのか、身体が自然と動いた。

 頭で考えながら行動するよりも早く、的確に敵を行動不能にすることができた。少しずつではあるが自信にも繋がり始めた。自分は戦える。魔術が使えなくても敵と対等に戦えている。これほど嬉しいことはなかった。どれだけ力を渇望したことか。

 待ち望んだ力を得て、思わず笑みが零れた。辺りを見渡すと、敵達は響を囲うように移動しながら接近して来ていた。さすがの響も敵の攻撃パターンを把握しつつあった。敵は懲りずに前後左右から接近戦を仕掛けて来た。もう見慣れた光景だった。

 敵の攻撃パターンは数種類だけ。パターン化した連携を悟らせないようにしているみたいだが、今の響は冷静に物事を判断できた。恐れるまでもない。左右の敵が猛スピードで響の懐に潜り込むと、刀を斬り上げるように一閃させた。回避する必要性も感じなかった。響は氣を纏った両手で左右の敵の刀を受け止めた。

 「なっ……」

 「おいおい……マジかよ……」

 力を振り絞った渾身の一撃を、軽々と止められたのだ。左右の敵は動揺を隠し切れなかった。僅かの間、沈黙が訪れる。だが、敵は直ぐに冷静になり、落ち着きを取り戻した。響の両手は塞がっており、隙だらけだったのだ。

 左右の敵は響の背後に視線を向けると、不敵な笑みを浮かべた。背後に回り込んでいた新たな敵が鉄斧を振り被っている姿が視界に入ってきたのだ。これで終わりだ。敵達は勝利を確信したが、全くの予想外のことが起きた。

 鋭利な刃身が響の首を刈り取ろうと直撃した次の瞬間、鉄斧が真っ二つに折れた。折れた刃の部分がくるくると回転しながら地面に突き刺さった。全く予期していなかった事態に敵達は焦燥感を滲ませる。もはや、敵達は何が起こっているのか理解できなかった。混乱した敵達は響の無傷な姿を見て、作戦を変更せざるを得なかった。

 「遠距離からの攻撃に切り替えろ!!接近戦では分が悪い。繰り返す。遠距離からの攻撃に切り替えろ。接近戦では敵わない。前衛の者は後退しろ。敵を子供だと侮ってはいけない」

 再び、光の矢が怒涛の勢いで降り注ぐが、響は光の矢を避ける仕草すらも取らなかった。幾重にも重なり合うように降り注ぐ光の矢が響の身体に容赦なく突き刺さる。怒涛の勢いで回避する余裕もない攻撃だったが、響は平然としていた。

 光の矢を浴びても怪我もしていなければ出血もしていない。全くの無傷と言っても良い。響には意味のない攻撃にしか思えなかったのだ。回避も防御も必要性を感じなかった。理由は分からない。しかし、敵の魔術が幼稚に思えたのだ。

 「あり得ん。魔術が効かないだと……」

 「いや、何か絡繰りがある筈だ。魔術を無効化にする魔術……」

 「そのような魔術は聞いたことがない。だが、確実に言えることは厄介な相手を敵に回したってことだ」

 「ああ、どうやら不味い状況に陥ったようだ」

 攻撃が効いていない現実を受け入れることができなかった敵達には困惑が広がる。様々な憶測が脳裏に浮かび上がるが、敵達に正確な答えは分からなかった。もはや、敵達に手の打ちようはなかった。最善と思われる策は使い果たした。
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