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五歳編
八話 再会 (響)
しおりを挟む「失礼する。皆さんが元気そうで何よりだ。時間が取れたから偶には風祭家の皆さんに会いに行こうと娘達と話しが纏まってな。急な訪問を許してくれ。」
薫子の案内で室内に入ってきたのは花菱敦だった。花菱家の当主にして、信護の大学時代の先輩でもあった。大学を卒業してからも友好関係は続き、今では子供同士の縁談を勝手に決めてしまうほどに仲が良い。
黒髪を短く纏め、銀縁の眼鏡を掛けていた。仕立ての良いスーツは高級品なのであろう。長身だが細身な体躯でもあり、ビジネスマンのように見える。目尻の皺が優しい人柄を表していた。とても穏やかな人相で、響にも優しく接してくれる。
強面の信護とは正反対のタイプである。一見すると武道には向いていないように見えるが、仮にも花菱家の当主である。魔術、武術ともに信護に引けを取ることはない。十二支家は知る人ぞ知る名家であるが、世間には知られていないこともある。
それが十二支家内の格付けだ。つまり十二支家には序列が存在する。序列は魔術の能力だけでは上げることができない。組織としての統率力や人柄なども求められる。四年に一度、十二支家の当主達が集まり、序列を決める議決会議が行われる。
その会議で決まった序列により、十二支家の立ち位置が決まる。現在の花菱家の序列は第六位であり、風祭家の序列は第三位になる。花菱家と風祭家の当主が今の代に変わったのは三年前になる。来年には序列を決める議決会議が行われる予定だ。
他の十二支家の当主達も年配の方々が増え、引退する時期が差し迫っている。つまり世代交代の時期が迫っているのだ。次の議決会議で序列一位の候補に最も近いと噂されているのが風祭家、そして花菱家の二家であった。
信護も敦も野心的で向上心が高い人間性である。仲が良いと言っても、組織内において序列を上げることは役割が変わるため、信護も敦も互いに譲れない部分もある。良きライバルでもあり、親友と呼べる間柄でもある複雑な関係であった。
「敦こそ元気そうで何よりだ。急な訪問などと思ってはいないから安心してくれ。良くぞ来てくれた。感謝しなければならないな。紅葉も響も喜んでいるに違いない」
信護は椅子から立ち上がり、敦と握手を交わした。仕事が忙しい二人がゆっくりとして会えるのは稀であり、二人の表情から思わず笑みが零れた。旧友に再会したかのような空気だった。普段、硬い表情をしている信護が嬉しそうに微笑んでいた。
「そう言って貰えると、喜ばしい限りだ」
「さぁ、席に掛けてくれ。美鈴さんと華凜ちゃん、そして美玲ちゃんも遠慮せずに」
「ええ、ご無沙汰しております。信護さん」
そう答えたのは花菱美鈴だった。純白のドレスを身に纏い、上品な佇まいであった。シャープな輪郭に亜麻色の髪を肩まで伸ばし、清楚な印象だった。ファンデーションとリップを塗っているだけだが、充分に顔立ちが整っているのが伝わって来る。
小柄ではあるが、人を惹き付けるような魅力に溢れていた。美鈴の背後には花菱華凜と花菱美玲が控えていた。華凜は花菱家の長女であり、今年で七歳になってばかりだった。紅葉と同い年でもあり、仲の良い友人でもあった。
華凜も美鈴と同様の純白のドレスを身に纏っていた。亜麻色の髪の毛を肩まで伸ばし、バラの香りが仄かに香っていた。細身な体躯でありながらも、同年代の女の子と比べたら身長が高い印象を見受ける。薄い化粧が華凜の表情を際立たせていた。
「響さん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ええ、美玲さんは如何でしたか?」
上品に、それでいて控えめに挨拶をしたのは美玲だった。美玲は響と同い年の五歳になる。そして、花菱家の次女でもある。二人は緊張しているのか、ぎこちない会話である。響も美玲も互いが許嫁という関係であることを承知している。
だからこそ緊張をしているのか、仄かに頬が赤く染まっていた。互いを意識し過ぎているのか、微妙な距離感だった。美玲は控えめなワンピースを身に纏い、俯いていた。時折、響の表情をチラチラと窺っていた。
亜麻色の髪の毛を短く纏め、笑顔の似合う少女だった。美玲は響と視線が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。響は美玲が照れている理由を察することができなかったのか、不思議そうな表情を浮かべていた。
「ええ、私も元気にしてました」
「それは良かったです。美玲さんに会えて嬉しいです。今日は楽しんでいって下さい」
「はい、実は響さんに会わせたい方がいるのですが……二人でお話がしたいです」
「僕にですか?」
「ええ、お願いできませんか?」
「大丈夫ですよ。では、僕の部屋で話しましょう」
「ありがとうございます」
響は敦達に挨拶を済ませてから美玲と共に居間を出た。絨毯が敷き詰められた廊下に出ると、美玲の手を握りながら響の部屋に向かった。美玲は緊張しているのか、部屋に到着するまで無言だった。何とも言えない空気が漂うが、苦ではなかった。
「あの……響さん。今も変わらず勉強と鍛錬ばかりですか?」
「ええ、それ以外にやることがありませんので……」
響の部屋に到着した二人は室内に入ると、ベッドに腰を下ろした。ベッドは子供が使うには少しばかり大きいキングサイズとなっていた。二人は視線を合わせ、見詰め合った。響も美玲も胸が高鳴り、何を話せば良いのか分からなくなっていた。
「……僕の顔に何か付いていますか?」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、お化粧が似合っていたもので……」
「あぁ……姉上です。全ての元凶は姉上なのです。」
「ふふっ……紅葉さんらしいですね。響さんもお似合いですよ。」
口元に手を当てながら微笑む美玲の姿に思わず見惚れてしまった。美玲の家庭も教育には厳しいのか、五歳とは思えない受け答えだった。礼儀もしっかりとしており、思いやりも感じる。美玲の仕草や言動に響は過敏に反応してしまいそうだった。
鼓動が張り裂けそうな不思議な気持ちであった。何故だか分からないが、この気持ちを美玲には悟られてはいけないと、無意識のうちに考えるようになっていた。けして素直になれない訳でもないし、性格が歪んでいる訳でもない。
ただ、この気持ちを美玲に知られてしまったら今の関係が壊れてしまいそうな気がしたのだ。響は五歳になっても未だに魔術を扱うことができない。どんなに鍛錬を繰り返しても、自身の系統が陰性の特異体質であることに変わりはない。
それは響にとって受け入れがたい現実であり、負い目でもあった。響が無能者だと知っても美玲は変わらずに接してくれるとは思う。美玲は誰にでも手を差し伸べるような優しさに溢れている。真っ直ぐな性格であり、魔術の有無で人を差別しない。
困っている人が近くにいたら放って置けないタイプだとは思う。だが、結婚となると話しは変わって来る。響は幼いながらにも許嫁という関係に疑問を持ち始めていた。自分は美玲に相応しいのかと。今の関係はいつまで続くのであろうか。
美玲との関係も長くは続かない予感を感じずにはいられなかった。美玲の立場を考えたら、響は潔く身を引くべきだと思った。しかし、不安や緊張が脳裏を過ぎったのは一瞬のことだった。美玲の表情を見て、会話の途中であったことを思い出した。
響は脳をフル回転させ、化粧をしている言い訳を考えた。男性が化粧をしていたら変なのは響にも理解できた。だが、咄嗟に言い訳など思い浮かぶ訳もなかった。
「……似合ってないです。これは僕であって僕でないのです」
「ふふっ……響さん。意味が分からないです」
響は必死になって化粧をすることが自分の趣味ではないとアピールしようとする。姉の紅葉によって強制的に化粧をやらされていると。しかし、美玲の微笑みを見ていると、自分の必死なアピールが徒労に終わった気がした。
ベッドの上に座っている二人の距離は近く、美玲の鼓動が聞こえるような気がした。意識をすればするほど顔が熱くなっていった。それでも美玲には悟られたくなかった。響も年頃の男の子だ。表情や態度にでないように意識することに必死だった。
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