忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

四話 系統検査① (響)

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 「僕も皆さんみたいに有能な魔術を扱えると良いのですが……」

 「響様なら大丈夫だと思います。もっと自信を持って下さい。では早速ですが、検査をしてみましょう。例え、どんな結果になったとしても私達にとって響様は大切な御方であることは変わりません」

 響にはタイムリミットが迫っている。六歳までと限られた期間で成果を上げなければならない。六歳を過ぎた段階で魔術を扱えなければ無能者として扱われる。今まで氣の操作すらもまともにできなかったこともあり、系統の検査は行っていなかった。

 響は緊張と不安が入り交ざった神妙な面持ちで源十郎を見詰めていた。失敗は一度でも許されない。両親からの期待に答えることができるのか、重圧に押し潰されそうだった。日に日に重圧は重くなり、容赦なく響に圧し掛かった。

 「源十郎さん……僕は魔術を扱えるのでしょうか?」

 「知らべてみないことには何とも言えませんが、何があっても諦めてはいけません。響様が不安に駆られるのも理解はできますが、気持ちで負けてはいけません」

 「はい。系統を調べるにはどうすれば良いのですか?」

 「系統を調べるにはこの水晶を使います」

 源十郎が取り出した水晶は特殊な作りになっていた。手の平サイズの丸い水晶であり、水晶の中に水が入っていた。透き通るような綺麗な水晶に、思わず目を奪われた。響は緊張のあまり心拍数が、どんどん上昇しているような錯覚に襲われた。

 もし、魔術が使えないと判断されたら響の人生は終わりを迎える。例え、血の繋がった家族であっても容赦なく切り捨てられる。そんなこと考えるまでもなく理解できた。風祭家だけではなく、どこの家庭でも無能者は冷遇される運命なのだ。

 かつての民主主義の時代は終わりを迎え、現代は魔術に偏った能力主義で成り立っていた。魔術の有無が階級を生み出し、格差の激しい競争社会に様変わりしていたのだ。自然と魔術に劣った人間は劣等種として差別されるようになった。

 差別されるだけならば響でも耐えることができる。しかし、現実は魔術に劣った人間に対して社会保障もなければ、守られるべき基本的人権も危うい状況なのだ。ただ普通に生きていくことさえも許されない。魔術が劣った人間には厳しい環境である。

 本来、受けるべき教育も受けることができずに、働く環境でさえも存在しない。そのような状況が貧困街を増加させていた。貧困街は四十七の都道府県、全てに存在する。貧困街の住民は生きていくために略奪や強盗を繰り返し、飢えを凌いでいた。

 自然と街の治安は悪化し、世界情勢も不安定になっているのが現状だった。未だに風祭家が所有する敷地から一歩も外へ出たことがない響は街だけではなく、貧困街にも行ったことがなかった。だが、貧困街の存在は知っていた。

 そして、貧困街の住民がどのような扱いを受けているのか、源十郎からみっちりと教わっていた。響のように恵まれた環境で生まれ育った人間でさえも魔術を扱えなければ貧困街に墜とされる可能性がある。だからこそ響には焦りが生じていた。

 「水晶で系統が判明するのですか?」

 「ええ、その通りです」

 「どのように扱うのですか?」

 「水晶に、ご自身の氣を流し込むだけです。ただ、響様は未だに氣を発することができないので今回は特別な処置を取りたいと思います。私の氣を響様の身体に流し込み、私の氣を纏って頂きます。そうすることで間接的に響様の系統が判明します」

 「分かりました。不安ですが試してみたいです」

 「では、早速ですが試してみましょう」

 源十郎は氣を解放すると、身体に氣を纏わせた。源十郎の身体の周囲が漆黒に輝き、凄まじい氣だと感じずにはいられなかった。思わず源十郎を見入ってしまった。自分も源十郎のように氣を自在に操ることができるだろうか。不安に苛まれた。

 「今から響様の身体に私の氣を流し込みます。準備はできていますか?」

 「はい、いつでも大丈夫です」

 「では、いきます」

 「はい」

 源十郎が右腕を響に向けると、漆黒の氣が響の身体を包み込んだ。響の身体の周囲が漆黒に輝き、違和感を感じていた。氣を纏っても力が漲る訳でもなく、魔術が扱えるようになったとも思えなかった。ただ光り輝いているだけだった。

 「そのまま氣を全身に纏った状態を維持するように心掛けて下さい。集中することが何よりも重要になります。少しでも気を逸らしてしまうと、氣を維持できなくなりますので細心の注意を払って下さい」

 「はい。気を付けます」

 「では、氣を纏った状態のまま水晶に手を翳してみて下さい」

 「分かりました」

 水晶に両手を翳すと、漆黒の氣が水晶を包み込んだ。初めは何も変化が起きなかった。だが、時間が経つにつれて水晶の中に入っている水に変化が起きた。透き通るような透明の水が漆黒に色を変えたのだ。まるで絵の具を混ぜたように。

 すぐに変化が訪れたために、響も喜んで良いのか複雑な表情を浮かべた。漆黒に変色することが、どのような意味合いを持つのか分からなかった。だが、水晶が反応を示したことで魔術を扱える可能性を示していた。僅かな希望に縋りたい気分だった。

 ひとまずは安心しても良いのではないかと安堵の息を漏らしたが、源十郎の表情は変わらなかった。まるで初めからこのような結果になることが分かっていたかのような表情だった。響は不安を感じながらも源十郎を見詰めた。

 「響様、まだです。まだ響様の系統は映し出されていません」

 「え?でも漆黒に変色しましたよ?」

 「それは私の氣に反応しただけです。響様の系統ではありません。ご自身の系統を調べるにはもう少し時間が掛かります。集中力を乱さないように気を付けて下さい」

 「……分かりました」

 数秒、数分は経過したであろう。響は集中力を乱さないように気を配りながら、ひたすらに待ち続けた。すると、漆黒に変色した水が徐々に透き通るような透明な水に戻った。しばらく待つと、水晶の中の水が沸騰するように泡立ち、宙に浮かんだ。

 まるで無重力空間で水が浮いているかのように、不思議な現象だった。それが何を意味するのか、響には分からなかった。だが、源十郎が驚きの表情を浮かべているのが視界に入った。響はどうしたら良いのか分からずに、不安に駆られた。

 「源十郎さん……大丈夫ですか?」

 「ええ、大丈夫です。思わず固まってしまい申し訳ありません」

 源十郎の反応を見ていると、嫌な予感を感じずにはいられなかった。響は五歳になっても未だに氣を自在に操ることができない。それ以前に体内を循環している氣を感じることができまいまま五歳になってしまったのだ。通常では考えられない。

 響自身も魔術を扱えない可能性を何度も考えた。最悪の場合、家族によって殺される可能性もある。普段は優しい両親だが、教育には厳しいことから簡単に見捨てられることも視野に入れなくてはならない。心拍数がどんどん上がり、眩暈がした。

 「結果を教えて貰っても良いですか?」

 「……ええ、響様は陰性の特異体質になります」

 「……」

 響は額に手を当てながら天井を仰いだ。嫌な予感が的中したと言わざるを得ない。陰性反応を示す特異体質の別名は無能者だ。どんなに努力を重ねたとしても魔術を扱うことは叶わない。響にとっては悲惨な結果であり、思わず嘆きたくなった。

 系統は年を重ねても変わることはない。努力で変えることもできない。人それぞれに具わった個性でもある。響は現実を直視することができずに、涙を流した。今までの努力は無駄だったのであろうか。存在そのものを全否定された気分だった。

 「……響様……」

 「源十郎さん、申し訳ありません。一人にして頂けないでしょうか?」

 「響様、陰性反応を示す特異体質は研究が進んでいないだけであり、魔術を使えない訳ではありません」

 「気休めは止めて下さい。さすがの僕でも理解できることです」

 響は泣き腫らすことしかできなかった。魔術を扱えない可能性も少なからず視野に入れていた。だが、魔術を扱えるようになるという希望の方が遥かに上回っていた。実際に現実として受け入れるには抵抗感があり、時間の掛かる作業だった。
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