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61.ハッピーエンドを目指して
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「お嬢様、今度夜の町を見に行きませんか」
セドリックは、私の顔を見ると、必ず誘いをかけてくる。その正確さと言ったら、ゼンマイ仕掛けの人形のようだ。
決められた言葉を繰り返すのは、それがストーリー上、必要な台詞だから。このままにしておくのは、余りにも哀れだ。本来のセドリックは、信頼に値する、優秀な商人だ。その姿に戻してやりたい、と思う。
「いいわ。今夜来てもらえる?」
「ありがとうございます!!」
だから私は、セドリックの提案に乗った。了承した瞬間、隣のノアから殺気が放たれたが、めげずに約束を取り付ける。
私の返事を聞いたときの、彼の歓喜と安堵が入り混じった表情と言ったら。
セドリックはスキップしそうな勢いで、倉庫を後にした。途端に、ノアが私に鋭い視線を浴びせる。
「どういうおつもりですか、キャサリン様」
「今日行けば、セドリックのあのしつこい誘いから解放されるって、勝算があるのよ」
「誘いなら、我々が断っているじゃありませんか!」
確かに、ノア達は私とセドリックが顔を合わせないように尽力してくれている。今日のように会ってしまっても、直ぐに間に入って断ってくれる。
彼らの気持ちはありがたいものであり、それにずっと守られていよう、とすることもできただろう。
でも私は、こうして彼らに心労をかける現状を、終わりにするつもりだった。単純な話だ。セドリックのストーリーを完了させれば、彼は理性を取り戻すはずである。
「エリック様も付いてきてくれるの。大丈夫よ」
「あの方が……そうですか」
エリックの名を出せば、ノアは引き下がる。彼はこの国でも有数の騎士だ。彼が付いていれば、万が一のことはない。エリックとは、予め打ち合わせをしておいた。今日が、決行の日。
春が近づき、空が暗くなるのが徐々に遅くなってきた。それでも日が翳ると、急に肌寒くなる。私は暖かな上着を羽織り、エリックと共に、馬車でセドリックを迎えた。
「失礼致します……あぁ、騎士様もご一緒なのですか」
「当然ですわ」
その目に浮かぶ落胆の色を、私は見逃さない。
でも、これに問題はないはずなのだ。セドリックのルートでは、平民のアレクシアとセドリックは、そもそも基本的に馬車では移動しない。必要なのは、「徒歩でふたりで移動する」こと。馬車を降り、エリックを背後に置いてセドリックと移動する。話はそこからだ。
「キャンドルの夜を見に参りましょう」
「いいわ。そうして」
セドリックは、私とエリックの向かいに座り、優雅な口調でそう提案する。 その態度は堂々としている。さすが、貴族相手の商人だ。心の内を表情にあからさまに出すことはしない。
商店街の一角で、夜になるとキャンドルを灯す。それがキャンドルの夜だそうだ。たいそう美しいのだという。毎年恒例のもので、学園時代には、級友が「誰といく?」と浮ついた会話をするのを耳にしたこともある。そういう話題が出る頃には、ベイルはアレクシアに夢中だったから、私にとっては初めての場所だ。
馬車を止め、セドリックのエスコートで、外に出る。「ふたりで歩く」という体裁を、一旦整えるためだ。エリックは後ろから、一定の距離を保って見ていてくれる。大丈夫。エリックが居れば、安心だ。
暗い中に、小さな光がいくつも揺れ、ぽうっとその付近を橙色に照らしている。初めて見るキャンドルの夜は、幻想的な光景だった。
「あら、きれいだわ……」
「ええ、この美しい光景を、ご覧にいれたかったのです」
それは、想像以上に美しく、思わず嘆息した。
「ねえ、エリック様。見て、綺麗だわ」
「……本当ですね」
私達が視線を合わせた瞬間、背後から、きゃあ、という悲鳴が聞こえた。振り返ると、女性のスカートに火がついて、燃え始めている。キャンドルが落ちたのだろうか。
「やっ、火が! 燃えてる!」
女性はばたばたと駆け回り、キャンドルがスカートに引っかかっていくつも倒れる。駆け寄られた人々も逃げ出し、一瞬にして辺りはパニックに陥った。
「大変だわ……! ど、どうしよう、エリック様、なんとかしてあげて」
「はい」
頼むと、エリックがすっと動き、事態の鎮圧に乗り出す。水を持ってくるよう指示を受け、野次馬の中から人が駆けていく。
「お嬢様、危ないですから、こちらへ」
「エリック様がいてくださるから、ここにいるわ」
「いえ、危ないですから」
セドリックが強引に、私の手を引く。抵抗すると、敵わない力でさらに引かれ、それでも踏ん張ると、体ごと持ち上げられた。
「ちょっと! やめなさい!」
暴れても意味がなく、セドリックは軽々と私の体を運んでいく。この喧騒の中で、私の声は、離れたエリックにまでは届かなかった。エリックはまだ、火のついた女性の対応をしている。やられた。エリックが頼みの綱だったのに、体良く引き離されてしまった。
セドリックは、私の顔を見ると、必ず誘いをかけてくる。その正確さと言ったら、ゼンマイ仕掛けの人形のようだ。
決められた言葉を繰り返すのは、それがストーリー上、必要な台詞だから。このままにしておくのは、余りにも哀れだ。本来のセドリックは、信頼に値する、優秀な商人だ。その姿に戻してやりたい、と思う。
「いいわ。今夜来てもらえる?」
「ありがとうございます!!」
だから私は、セドリックの提案に乗った。了承した瞬間、隣のノアから殺気が放たれたが、めげずに約束を取り付ける。
私の返事を聞いたときの、彼の歓喜と安堵が入り混じった表情と言ったら。
セドリックはスキップしそうな勢いで、倉庫を後にした。途端に、ノアが私に鋭い視線を浴びせる。
「どういうおつもりですか、キャサリン様」
「今日行けば、セドリックのあのしつこい誘いから解放されるって、勝算があるのよ」
「誘いなら、我々が断っているじゃありませんか!」
確かに、ノア達は私とセドリックが顔を合わせないように尽力してくれている。今日のように会ってしまっても、直ぐに間に入って断ってくれる。
彼らの気持ちはありがたいものであり、それにずっと守られていよう、とすることもできただろう。
でも私は、こうして彼らに心労をかける現状を、終わりにするつもりだった。単純な話だ。セドリックのストーリーを完了させれば、彼は理性を取り戻すはずである。
「エリック様も付いてきてくれるの。大丈夫よ」
「あの方が……そうですか」
エリックの名を出せば、ノアは引き下がる。彼はこの国でも有数の騎士だ。彼が付いていれば、万が一のことはない。エリックとは、予め打ち合わせをしておいた。今日が、決行の日。
春が近づき、空が暗くなるのが徐々に遅くなってきた。それでも日が翳ると、急に肌寒くなる。私は暖かな上着を羽織り、エリックと共に、馬車でセドリックを迎えた。
「失礼致します……あぁ、騎士様もご一緒なのですか」
「当然ですわ」
その目に浮かぶ落胆の色を、私は見逃さない。
でも、これに問題はないはずなのだ。セドリックのルートでは、平民のアレクシアとセドリックは、そもそも基本的に馬車では移動しない。必要なのは、「徒歩でふたりで移動する」こと。馬車を降り、エリックを背後に置いてセドリックと移動する。話はそこからだ。
「キャンドルの夜を見に参りましょう」
「いいわ。そうして」
セドリックは、私とエリックの向かいに座り、優雅な口調でそう提案する。 その態度は堂々としている。さすが、貴族相手の商人だ。心の内を表情にあからさまに出すことはしない。
商店街の一角で、夜になるとキャンドルを灯す。それがキャンドルの夜だそうだ。たいそう美しいのだという。毎年恒例のもので、学園時代には、級友が「誰といく?」と浮ついた会話をするのを耳にしたこともある。そういう話題が出る頃には、ベイルはアレクシアに夢中だったから、私にとっては初めての場所だ。
馬車を止め、セドリックのエスコートで、外に出る。「ふたりで歩く」という体裁を、一旦整えるためだ。エリックは後ろから、一定の距離を保って見ていてくれる。大丈夫。エリックが居れば、安心だ。
暗い中に、小さな光がいくつも揺れ、ぽうっとその付近を橙色に照らしている。初めて見るキャンドルの夜は、幻想的な光景だった。
「あら、きれいだわ……」
「ええ、この美しい光景を、ご覧にいれたかったのです」
それは、想像以上に美しく、思わず嘆息した。
「ねえ、エリック様。見て、綺麗だわ」
「……本当ですね」
私達が視線を合わせた瞬間、背後から、きゃあ、という悲鳴が聞こえた。振り返ると、女性のスカートに火がついて、燃え始めている。キャンドルが落ちたのだろうか。
「やっ、火が! 燃えてる!」
女性はばたばたと駆け回り、キャンドルがスカートに引っかかっていくつも倒れる。駆け寄られた人々も逃げ出し、一瞬にして辺りはパニックに陥った。
「大変だわ……! ど、どうしよう、エリック様、なんとかしてあげて」
「はい」
頼むと、エリックがすっと動き、事態の鎮圧に乗り出す。水を持ってくるよう指示を受け、野次馬の中から人が駆けていく。
「お嬢様、危ないですから、こちらへ」
「エリック様がいてくださるから、ここにいるわ」
「いえ、危ないですから」
セドリックが強引に、私の手を引く。抵抗すると、敵わない力でさらに引かれ、それでも踏ん張ると、体ごと持ち上げられた。
「ちょっと! やめなさい!」
暴れても意味がなく、セドリックは軽々と私の体を運んでいく。この喧騒の中で、私の声は、離れたエリックにまでは届かなかった。エリックはまだ、火のついた女性の対応をしている。やられた。エリックが頼みの綱だったのに、体良く引き離されてしまった。
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