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32.避暑へ出発
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窓から射す陽の光に、目が覚める。起きるとまだ、早い時間だった。日の出の早さ、日の入りの遅さを感じると、夏が来たことを感じる。
こんなに早く目が醒めたのは、普段なら日光を遮っている厚いカーテンを、リサが開けたからだ。今日は、避暑に出発する日。早起きする必要がある。
「起きたわ。おはよう、リサ」
「おはようございます、キャサリン様。身支度を始めてよろしいですか?」
「ええ。お願い」
髪を梳くリサに、「ミルブローズ伯爵領とは、どんなところなのですか?」と聞かれる。
避暑の際、多くの使用人は屋敷に残って通常の業務を行うか、休暇を取る。私の侍女であるリサは、一緒に付いてきて、身の回りの世話をしてくれるのだ。他にも父や母、リアン、それぞれが、必要なだけの使用人を連れて行く。馬車の数にも限りがあるから、本当に必要最低限の人数のみだ。
「小さい時に行ったきりで、よく覚えてはいないけれど、父やセシリーの話だと、とても美しいところだそうよ」
「楽しみですね」
「ええ。ミアや、他の家と一緒に行けるというのも、新鮮でいいわよね」
「私も、他家の使用人の仕事ぶりを間近で見る機会はなかなかないので、楽しみです」
他家の使用人から学ぶ気満々の、仕事熱心なリサ。根が真面目なのだ。
支度を済ませて階下へ向かうと、荷物を馬車に積み込み始めていた。と言っても、別荘ごとに必要な物品は揃えてあるから、それほど多くはない。道中の食事や、何かあった時のための予備の着替えやアクセサリー程度。困ったら買うこともできるので、こちらも使用人の数同様、必要最低限だ。
「おはよう。大荷物ね、ロディ」
「おはようございます、お嬢様。別荘にも道具はあるのですが、どうも、いつもの調理道具がないと、心配なもので」
ロディも、避暑には同行する。鞄は大きく、ごつごつと歪に膨らんでいる。あの中に、調理道具が詰め込まれているのだ。道具にこだわる辺りに、プロとしての矜持を感じる。
「おはよう、ノアも荷物が重そうね」
「これは、リアン様のお勉強道具です。私自身の荷物は、ほとんどございません」
リアンの身の回りの世話をするために同行するのは、ノアだ。張り切って参考書を運んでいる。かわいそうに、リアンは出先でも勉強は休めないらしい。
「おはよー……おねえさま、ぼくねむい」
ノアが出て行くと同時に、眠たげに目を擦りながら、リアンが階段を下りてくる。眠そうだが、服はぴしっと着ているし、寝癖も整えられている。誰かに叩き起こされ、準備されたのだろう。
私の足元に寄ってくるリアンは、そのまま両腕を脚に回してきた。柔らかなドレスの生地に、顔を埋める。目を閉じて、頬をすりすり。その様子は可愛いけれど、抱きつかれた私は、そこから動けなくなってしまった。
「おはよう! もう準備はできたのね?」
「では、行こうか。アルノーとマリアが待っているよ」
入り口から、両親が戻ってくる。つばの広い帽子を被った母は、まさに「避暑に向かうご婦人」そのもので、優雅だ。父も、普段より少しラフな格好をしていて、それがまた似合う。ふたり並ぶと、理想的な貴族の休日だ。
「ぼく、ねむいの」
「馬車に乗ったら眠れるわよ。リアン、おいで」
母が手を取ると、素直に私のスカートから離れるリアン。リアンの空いた反対の手を、父が自然に掴んだ。
私は少し離れて、後ろからそれを見る。小さいリアンの両手を取る、父と母。ふたりとも、眠たげなリアンを、目に入れても痛くないような表情で見ている。入り口からの光が逆光になり、その凹んだ後ろ姿が、シルエットで浮かんだ。
なんて素敵な、家族の図なんだろう。母もそうだし、何の躊躇いもなく、自然にリアンと手を繋ぐ父もそうだ。そして、幼い子に注ぐ、惜しみない愛情の溢れた視線。
ーー将来私も、こんな家族を作れたらいいなあ。
父と母とリアンの姿が、そのまま、私の憧れとして記憶される。
「まだ朝早いから、道も随分空いているようね」
「ああ、進みが早いな。この分だと、予定より早く着くかもしれないね」
皆で馬車に乗り、領地へ向かう。使用人用の馬車や荷物を積んだ馬車もあるため、数台で移動する、なかなかの規模での移動である。貴族たちは同時期に避暑に向かうから、整備された通りやすい道は、混み合うこともある。
それでも、出発を早めたことが功を奏し、大きなトラブルなく進むことができていた。
「あまりお話ししたことのない方もいらっしゃるから、緊張するわ」
「大丈夫よ、キャシー。ハミルトン侯爵家の方々も、話しやすくて、誠実な、良い人達だから」
他の参加者とは、オルコット家の領地の方で合流することになっている。それぞれの家の移動経路を考えた時、その方が効率が良かったのだ。私達は、もてなす側。遅れられないから、こうして早朝から移動しているというわけ。
オルコット領からミルブローズ伯爵領は、4家が揃った馬車団が形成される。移動速度が下がることが予想されるので、間にあるブランドン侯爵領で宿を取ることにしたそうだ。
ブランドン侯爵領を訪れることには、それだけでなく、自分の目で確かめておきたいという父の思惑があるのは、以前聞いた通りだ。あの領に出入りしているタマロ王国の人々がどんな雰囲気なのか、私も興味がある。
「リアンはもう寝ているのか」
「そうみたい。朝早かったから」
リアンは馬車に乗った瞬間、私に頭を預けて眠りについている。その髪を撫でてやりながら、私は自分の計画を思い返していた。
私のこの度のテーマは、リアンに同世代の友達を作ること。そのために、「同じ苦労をする」ことだ。苦労といっても、血反吐を吐くような苦労ではなく、スコーン作りのような、楽しさのあるもの。
肩のあたりから聞こえてくる、リアンの微かな寝息。私もだんだん眠くなり、徐々に、両親の会話が遠くなっていった。
こんなに早く目が醒めたのは、普段なら日光を遮っている厚いカーテンを、リサが開けたからだ。今日は、避暑に出発する日。早起きする必要がある。
「起きたわ。おはよう、リサ」
「おはようございます、キャサリン様。身支度を始めてよろしいですか?」
「ええ。お願い」
髪を梳くリサに、「ミルブローズ伯爵領とは、どんなところなのですか?」と聞かれる。
避暑の際、多くの使用人は屋敷に残って通常の業務を行うか、休暇を取る。私の侍女であるリサは、一緒に付いてきて、身の回りの世話をしてくれるのだ。他にも父や母、リアン、それぞれが、必要なだけの使用人を連れて行く。馬車の数にも限りがあるから、本当に必要最低限の人数のみだ。
「小さい時に行ったきりで、よく覚えてはいないけれど、父やセシリーの話だと、とても美しいところだそうよ」
「楽しみですね」
「ええ。ミアや、他の家と一緒に行けるというのも、新鮮でいいわよね」
「私も、他家の使用人の仕事ぶりを間近で見る機会はなかなかないので、楽しみです」
他家の使用人から学ぶ気満々の、仕事熱心なリサ。根が真面目なのだ。
支度を済ませて階下へ向かうと、荷物を馬車に積み込み始めていた。と言っても、別荘ごとに必要な物品は揃えてあるから、それほど多くはない。道中の食事や、何かあった時のための予備の着替えやアクセサリー程度。困ったら買うこともできるので、こちらも使用人の数同様、必要最低限だ。
「おはよう。大荷物ね、ロディ」
「おはようございます、お嬢様。別荘にも道具はあるのですが、どうも、いつもの調理道具がないと、心配なもので」
ロディも、避暑には同行する。鞄は大きく、ごつごつと歪に膨らんでいる。あの中に、調理道具が詰め込まれているのだ。道具にこだわる辺りに、プロとしての矜持を感じる。
「おはよう、ノアも荷物が重そうね」
「これは、リアン様のお勉強道具です。私自身の荷物は、ほとんどございません」
リアンの身の回りの世話をするために同行するのは、ノアだ。張り切って参考書を運んでいる。かわいそうに、リアンは出先でも勉強は休めないらしい。
「おはよー……おねえさま、ぼくねむい」
ノアが出て行くと同時に、眠たげに目を擦りながら、リアンが階段を下りてくる。眠そうだが、服はぴしっと着ているし、寝癖も整えられている。誰かに叩き起こされ、準備されたのだろう。
私の足元に寄ってくるリアンは、そのまま両腕を脚に回してきた。柔らかなドレスの生地に、顔を埋める。目を閉じて、頬をすりすり。その様子は可愛いけれど、抱きつかれた私は、そこから動けなくなってしまった。
「おはよう! もう準備はできたのね?」
「では、行こうか。アルノーとマリアが待っているよ」
入り口から、両親が戻ってくる。つばの広い帽子を被った母は、まさに「避暑に向かうご婦人」そのもので、優雅だ。父も、普段より少しラフな格好をしていて、それがまた似合う。ふたり並ぶと、理想的な貴族の休日だ。
「ぼく、ねむいの」
「馬車に乗ったら眠れるわよ。リアン、おいで」
母が手を取ると、素直に私のスカートから離れるリアン。リアンの空いた反対の手を、父が自然に掴んだ。
私は少し離れて、後ろからそれを見る。小さいリアンの両手を取る、父と母。ふたりとも、眠たげなリアンを、目に入れても痛くないような表情で見ている。入り口からの光が逆光になり、その凹んだ後ろ姿が、シルエットで浮かんだ。
なんて素敵な、家族の図なんだろう。母もそうだし、何の躊躇いもなく、自然にリアンと手を繋ぐ父もそうだ。そして、幼い子に注ぐ、惜しみない愛情の溢れた視線。
ーー将来私も、こんな家族を作れたらいいなあ。
父と母とリアンの姿が、そのまま、私の憧れとして記憶される。
「まだ朝早いから、道も随分空いているようね」
「ああ、進みが早いな。この分だと、予定より早く着くかもしれないね」
皆で馬車に乗り、領地へ向かう。使用人用の馬車や荷物を積んだ馬車もあるため、数台で移動する、なかなかの規模での移動である。貴族たちは同時期に避暑に向かうから、整備された通りやすい道は、混み合うこともある。
それでも、出発を早めたことが功を奏し、大きなトラブルなく進むことができていた。
「あまりお話ししたことのない方もいらっしゃるから、緊張するわ」
「大丈夫よ、キャシー。ハミルトン侯爵家の方々も、話しやすくて、誠実な、良い人達だから」
他の参加者とは、オルコット家の領地の方で合流することになっている。それぞれの家の移動経路を考えた時、その方が効率が良かったのだ。私達は、もてなす側。遅れられないから、こうして早朝から移動しているというわけ。
オルコット領からミルブローズ伯爵領は、4家が揃った馬車団が形成される。移動速度が下がることが予想されるので、間にあるブランドン侯爵領で宿を取ることにしたそうだ。
ブランドン侯爵領を訪れることには、それだけでなく、自分の目で確かめておきたいという父の思惑があるのは、以前聞いた通りだ。あの領に出入りしているタマロ王国の人々がどんな雰囲気なのか、私も興味がある。
「リアンはもう寝ているのか」
「そうみたい。朝早かったから」
リアンは馬車に乗った瞬間、私に頭を預けて眠りについている。その髪を撫でてやりながら、私は自分の計画を思い返していた。
私のこの度のテーマは、リアンに同世代の友達を作ること。そのために、「同じ苦労をする」ことだ。苦労といっても、血反吐を吐くような苦労ではなく、スコーン作りのような、楽しさのあるもの。
肩のあたりから聞こえてくる、リアンの微かな寝息。私もだんだん眠くなり、徐々に、両親の会話が遠くなっていった。
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