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3 恋の行く末
3-8 メイディと作戦会議
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「珍しいな、お前から誘いをかけてくるなんて」
「……うん。ちょっと、相談したいことがあって」
数日後。放課後、作業場でアレクセイと落ち合ったメイディは、したいことがある、と申し出た。
「ふうん。お前のしたいことなら、何でも付き合うぜ」
「ありがと。……じゃあ」
「は? 待て待て待て。何でお前がそれを」
首に提げたネックレスの紐を引っ張り、先端の魔導具を引き出したメイディを、アレクセイが慌てて制止する。が、時わずかに遅し。メイディの指先は魔導具に触れ、緑の光が走った。
「それ、ミアの魔導具だよな? どうしてお前が持ってんだ。俺の……じゃねえな。ちゃんとある」
「貰ったんだよ。こないだ、話したの。それでどうしても、アレクを交えて話したくて」
「嫌だよ俺は、何でミアと話さなきゃならねえんだ」
「どうしても必要なの!」
ミアとの契約魔法のせいで、メイディの口からは何も言えない。それでも、顔を突き合わせて話すことが、皆の幸せへの近道だと確信を得ていた。
「絶対嫌だ。あいつ、俺の気も知らねえで、説教ばかりかましやがるんだよ」
「あら。どんな気がおありだったのか、ぜひご教授いただきたいですわ」
「くっそ、来やがった。早いんだよ」
「その早さがあなたの命を救ったことを、自覚なさるべきだと思いますわ」
ミアの優雅な微笑みは、雑多な作業場には似つかわしくないほどに美しい。一瞬見惚れてから、メイディは立ち上がり、部屋の端から椅子を持ってきた。
「こんなところで、すみません。ここなら、誰も来ないので」
「あなたからのお誘いなら、構いませんわ。こんなに素晴らしい魔導具も見せていただけるなんて」
ミアが指し示すのは、中央に鎮座する巨大な魔導具だ。全面に張り巡らされた緻密な紋様は、芸術的なまでに洗練されている。
「確かにこんな紋様を刻まれるあなたの作とは思えませんわね、あの魔導具は……」
「そう言ってもらえて嬉しいです。……ほらアレク、アレクもこっち来て」
椅子をもうひとつ引っ張り出し、ミアと対面する位置に置く。声をかけるが、アレクセイは、部屋のすみで不機嫌そうに腕を組んで立ったまま。
「嫌だよ。俺はミアとは話さねえぞ」
「わたくしだって、あなたと交わす言葉はありませんわ。ですが、メイディさんのお考えを聞かずに、そんな風にしていてよろしいの? メイディさんは、あなたの幸せを願ってくださる貴重な存在ですのに」
「……ちっ。そういうとこが嫌なんだよ」
「あなたのそういう粗暴なところ、わたくしも嫌いですわ」
悪口の応酬である。メイディが思っていたより、険悪な雰囲気だった。
言い負かされたアレクセイがどっかりと椅子に腰を下ろし、ミアを睨むように見る。涼しい視線を返してから、ミアはメイディを見上げた。
「どのようなご用件か、教えてくださる?」
「はい……私たちの、卒業パーティーでの作戦について、です」
「は? 待てメイディ、お前、何話そうとしてんだよ」
「大丈夫なんだってば!」
珍しく声を張り上げるメイディの勢いに、アレクセイはたじろいで言葉を飲む。
「私たちは手を組んだほうがいいんです。台本を作りましょう。卒業パーティーの、台本を。ミア様も、私たちが何をしでかす気か、知っておきたいですよね?」
「そうね、わたくしはその方がありがたいですわ。殿下のお考えは、いつもわたくしには理解できないものですから」
「うるせえな。お前の考え方だって、俺にはわかんねえよ。なあメイディ、止めようぜ。こんな奴に手の内を明かしたら、全部台無しにされるんだって」
「されないから。私たちのーーああ、言葉が出ない」
契約魔法の影響で口をつぐむメイディの言葉を、ミアが引き継ぐ。
「わたくしは、殿下が婚約を破棄なさろうとするのなら、止めはしませんわ」
「は? ……いいのかよ。お前の父はそれでいいと言ってんのか?」
「いいも、何も。あなたの傍若無人な振る舞いには、わたくしたちもほとほと呆れておりますのよ」
「ふうん、そりゃ都合が良いな。……それで? お前、わざわざそれを聞かせるためだけにこの場を設けたんじゃねえだろ」
「うん。……話は、ここから」
メイディは、鞄から一冊の本を取り出す。
「読んだことは?」
「俺はあるぜ。名作だよな」
「わたくしは……内容だけなら、サマンサから聞いたことが」
「それなら話が早いですね。……この流れに則って、婚約破棄しませんかってことなんです」
メイディの提案に、アレクセイとミアは顔を見合わせる。
「俺は、成立するなら何でもいいが」
「則って、というのは……?」
「この話の主人公は、理不尽な理由で婚約破棄されますよね。それで、傷心のところを、異国の王子様に求婚される。ミア様には、この主人公になってほしいんです」
「つまり……?」
困惑するふたりの顔を、メイディは順繰りに見比べた。
「アレクが婚約破棄をしたところへ現れるのが、飛空演劇団の座長、ミルムさん。ミア様を演劇団に勧誘して、その場で了承してしまえば、ミア様は演劇団に入れます。卒業パーティくらい人がたくさんいる場所での宣言は、公式なものになるんですよね?」
「ミアが演劇団に?」
「わたくしが、演劇団に……」
アレクセイは、訝しげに。ミアは、しみじみと。ふたりの反応は対照的だった。
「ミアは国のために生きたい女だぞ。演劇団に入りたいわけないだろ」
「黙りなさい、殿下。……メイディさんは、わたくしのために、わざわざ考えてくださったのね」
「はい。ミア様は本当は、自由になりたいんだと思って。ミルムさんはケビン先生の甥らしくて、頼めば必ず来てもらえるそうです。ミア様が望めば、彼は卒業パーティで、ミア様を『さらって』くれます」
メイディは膝に手を添え、身を乗り出す。
「手に入れたいと望めば、ミア様の自由は手に入ります。……それでも、国のために身を尽くしたいですか? 自分の気持ちを、ないものとして。それがミア様の、幸せですか?」
そうは思えないからこそ、メイディの言葉には力がこもった。
ありえないと思っていた選択肢が目の前に出てくると、視界は開けるものだ。何かを成さないと人生は無意味だと思い詰めていたメイディが、「楽しければいい」と思えるようになったように。国益のために行動しなければならないと思い詰めているミアにも、新たな選択肢を提示したかった。
「……もちろん、お嫌でしたら、アレクが私を好きすぎて婚約破棄したってことになりますけど」
「嘘のつもりだったのに、本当になっちまうんだから困ったもんだなあ」
「ミア様の前でそんなこと言わないでよ。照れるでしょ」
「何だよ、事実なんだからいいだろ」
流れるように、睦まじく小突き合う二人を見ながら、ミアはしばらく考え込んだ。
「乗りますわ」
そして朗々と、宣言したのだった。
「は? 乗るって……お前、公爵家を出る気なのか? 後先考えずに行動すると、後悔するぞ」
「あなたにだけは言われたくありませんわ。……卒業パーティで騒動を起こして、お二人は、自由になるつもりなのでしょう?」
卒業パーティーを経て、アレクセイもメイディも、「楽しい」人生に向けて歩み始める。
「わたくしだけ、また新たな枷に囚われるなんて……癪ですわ、そんなの」
そう言い放つミアの瞳は、覚悟に染まっていた。
「やりましょう、メイディさん。完璧な台本を作りましょうね。わたくしが演劇団に入ることを、誰もが納得してしまうような、素晴らしいものを」
「ええ、ぜひ!」
「何だよ、二人で盛り上がりやがって」
手を取り合う女二人を見て、仲間外れにされたアレクセイはつまらなそうに呟いた。
「……うん。ちょっと、相談したいことがあって」
数日後。放課後、作業場でアレクセイと落ち合ったメイディは、したいことがある、と申し出た。
「ふうん。お前のしたいことなら、何でも付き合うぜ」
「ありがと。……じゃあ」
「は? 待て待て待て。何でお前がそれを」
首に提げたネックレスの紐を引っ張り、先端の魔導具を引き出したメイディを、アレクセイが慌てて制止する。が、時わずかに遅し。メイディの指先は魔導具に触れ、緑の光が走った。
「それ、ミアの魔導具だよな? どうしてお前が持ってんだ。俺の……じゃねえな。ちゃんとある」
「貰ったんだよ。こないだ、話したの。それでどうしても、アレクを交えて話したくて」
「嫌だよ俺は、何でミアと話さなきゃならねえんだ」
「どうしても必要なの!」
ミアとの契約魔法のせいで、メイディの口からは何も言えない。それでも、顔を突き合わせて話すことが、皆の幸せへの近道だと確信を得ていた。
「絶対嫌だ。あいつ、俺の気も知らねえで、説教ばかりかましやがるんだよ」
「あら。どんな気がおありだったのか、ぜひご教授いただきたいですわ」
「くっそ、来やがった。早いんだよ」
「その早さがあなたの命を救ったことを、自覚なさるべきだと思いますわ」
ミアの優雅な微笑みは、雑多な作業場には似つかわしくないほどに美しい。一瞬見惚れてから、メイディは立ち上がり、部屋の端から椅子を持ってきた。
「こんなところで、すみません。ここなら、誰も来ないので」
「あなたからのお誘いなら、構いませんわ。こんなに素晴らしい魔導具も見せていただけるなんて」
ミアが指し示すのは、中央に鎮座する巨大な魔導具だ。全面に張り巡らされた緻密な紋様は、芸術的なまでに洗練されている。
「確かにこんな紋様を刻まれるあなたの作とは思えませんわね、あの魔導具は……」
「そう言ってもらえて嬉しいです。……ほらアレク、アレクもこっち来て」
椅子をもうひとつ引っ張り出し、ミアと対面する位置に置く。声をかけるが、アレクセイは、部屋のすみで不機嫌そうに腕を組んで立ったまま。
「嫌だよ。俺はミアとは話さねえぞ」
「わたくしだって、あなたと交わす言葉はありませんわ。ですが、メイディさんのお考えを聞かずに、そんな風にしていてよろしいの? メイディさんは、あなたの幸せを願ってくださる貴重な存在ですのに」
「……ちっ。そういうとこが嫌なんだよ」
「あなたのそういう粗暴なところ、わたくしも嫌いですわ」
悪口の応酬である。メイディが思っていたより、険悪な雰囲気だった。
言い負かされたアレクセイがどっかりと椅子に腰を下ろし、ミアを睨むように見る。涼しい視線を返してから、ミアはメイディを見上げた。
「どのようなご用件か、教えてくださる?」
「はい……私たちの、卒業パーティーでの作戦について、です」
「は? 待てメイディ、お前、何話そうとしてんだよ」
「大丈夫なんだってば!」
珍しく声を張り上げるメイディの勢いに、アレクセイはたじろいで言葉を飲む。
「私たちは手を組んだほうがいいんです。台本を作りましょう。卒業パーティーの、台本を。ミア様も、私たちが何をしでかす気か、知っておきたいですよね?」
「そうね、わたくしはその方がありがたいですわ。殿下のお考えは、いつもわたくしには理解できないものですから」
「うるせえな。お前の考え方だって、俺にはわかんねえよ。なあメイディ、止めようぜ。こんな奴に手の内を明かしたら、全部台無しにされるんだって」
「されないから。私たちのーーああ、言葉が出ない」
契約魔法の影響で口をつぐむメイディの言葉を、ミアが引き継ぐ。
「わたくしは、殿下が婚約を破棄なさろうとするのなら、止めはしませんわ」
「は? ……いいのかよ。お前の父はそれでいいと言ってんのか?」
「いいも、何も。あなたの傍若無人な振る舞いには、わたくしたちもほとほと呆れておりますのよ」
「ふうん、そりゃ都合が良いな。……それで? お前、わざわざそれを聞かせるためだけにこの場を設けたんじゃねえだろ」
「うん。……話は、ここから」
メイディは、鞄から一冊の本を取り出す。
「読んだことは?」
「俺はあるぜ。名作だよな」
「わたくしは……内容だけなら、サマンサから聞いたことが」
「それなら話が早いですね。……この流れに則って、婚約破棄しませんかってことなんです」
メイディの提案に、アレクセイとミアは顔を見合わせる。
「俺は、成立するなら何でもいいが」
「則って、というのは……?」
「この話の主人公は、理不尽な理由で婚約破棄されますよね。それで、傷心のところを、異国の王子様に求婚される。ミア様には、この主人公になってほしいんです」
「つまり……?」
困惑するふたりの顔を、メイディは順繰りに見比べた。
「アレクが婚約破棄をしたところへ現れるのが、飛空演劇団の座長、ミルムさん。ミア様を演劇団に勧誘して、その場で了承してしまえば、ミア様は演劇団に入れます。卒業パーティくらい人がたくさんいる場所での宣言は、公式なものになるんですよね?」
「ミアが演劇団に?」
「わたくしが、演劇団に……」
アレクセイは、訝しげに。ミアは、しみじみと。ふたりの反応は対照的だった。
「ミアは国のために生きたい女だぞ。演劇団に入りたいわけないだろ」
「黙りなさい、殿下。……メイディさんは、わたくしのために、わざわざ考えてくださったのね」
「はい。ミア様は本当は、自由になりたいんだと思って。ミルムさんはケビン先生の甥らしくて、頼めば必ず来てもらえるそうです。ミア様が望めば、彼は卒業パーティで、ミア様を『さらって』くれます」
メイディは膝に手を添え、身を乗り出す。
「手に入れたいと望めば、ミア様の自由は手に入ります。……それでも、国のために身を尽くしたいですか? 自分の気持ちを、ないものとして。それがミア様の、幸せですか?」
そうは思えないからこそ、メイディの言葉には力がこもった。
ありえないと思っていた選択肢が目の前に出てくると、視界は開けるものだ。何かを成さないと人生は無意味だと思い詰めていたメイディが、「楽しければいい」と思えるようになったように。国益のために行動しなければならないと思い詰めているミアにも、新たな選択肢を提示したかった。
「……もちろん、お嫌でしたら、アレクが私を好きすぎて婚約破棄したってことになりますけど」
「嘘のつもりだったのに、本当になっちまうんだから困ったもんだなあ」
「ミア様の前でそんなこと言わないでよ。照れるでしょ」
「何だよ、事実なんだからいいだろ」
流れるように、睦まじく小突き合う二人を見ながら、ミアはしばらく考え込んだ。
「乗りますわ」
そして朗々と、宣言したのだった。
「は? 乗るって……お前、公爵家を出る気なのか? 後先考えずに行動すると、後悔するぞ」
「あなたにだけは言われたくありませんわ。……卒業パーティで騒動を起こして、お二人は、自由になるつもりなのでしょう?」
卒業パーティーを経て、アレクセイもメイディも、「楽しい」人生に向けて歩み始める。
「わたくしだけ、また新たな枷に囚われるなんて……癪ですわ、そんなの」
そう言い放つミアの瞳は、覚悟に染まっていた。
「やりましょう、メイディさん。完璧な台本を作りましょうね。わたくしが演劇団に入ることを、誰もが納得してしまうような、素晴らしいものを」
「ええ、ぜひ!」
「何だよ、二人で盛り上がりやがって」
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