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3 砂漠化の謎を探る

3-5.魔力石の使い方

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 私とニコは、執務室の窓から、外の様子を確かめた。私たちの左右には、不正がないかを確認するためだろう。ベンジャミンのパパ……副魔導士長のマルゴと、魔導士長がそれぞれ立っている。

「とりあえず、俺ひとりでやってみるから」

 ニコが窓の外を見ると、みるみるうちに、糸のような雨が降り始める。空は晴れている。ただ純粋に空中に水を出し、自然に任せて落としているという、そういう魔法だ。
 雨に濡れる範囲はどんどん広くなる。途中でニコが呼ぶので、私は体を寄せた。魔力を補給し、王都のこちら側全域に、等しく水が降りかかる。

「……こんな感じ、ですかね」

 雨を止ませて、ニコが隣を見た。魔導士長は、口をぱくぱくさせている。幾度か口を開閉し、漸く声が出た。

「なんでそんなこと、ひとりで出来るんだ?」
「なんで、と言われましても。出来るものはできるんです」

 私の隣にいるマルゴが、小声で「胸元に魔力石隠してる?」と囁いてきた。違いますよ、と服を伸ばしてみせると、納得した様子である。

「……あとは、ベンジャミンが隠し持っていないか、だな」
「魔力石を、どうしてそんなに探しているんですか?」
「探しているわけでもない。最近、価格が高騰しているのだ。利益目当てに、私物化するものもいるだろう」

 事もなげに説明する魔導士長の言葉が、引っかかった。

「価格って……魔力石を売り買いするんですか?」
「そうだ」
「魔力石って、かつて禁止されましたよね。危険だ、ってことで」

 それを、魔導士長クラスの立派な魔導士が、悪びれもせずに売り買いしている。

「それは、昔の話だろう? そもそも魔力石は、我々魔導士には、必要不可欠なのだ」
「え……いつからです?」
「いつから、って……そうだな。皆が使うようになったのは、やはり砂漠化以降だろうか。なにしろやるべきことが、何倍にも膨れ上がったものなあ」

 魔導士長によると、足りない魔力を魔力石で補い、魔法を使うというのは、もはや常態化しているとのこと。
 私はそれを聞いて、頭がくらくらした。
 あの危険な魔力石に頼らないと、ろくに魔法も使えないなんて。確かに砂漠化への対処は大変だろうが、それにしたって、情けない話だ。

「皆さん、魔力石は、どこから買うんですか?」
「王城から支給されるが、決められた量を超えたものは、買わねばならないのだ。何しろ年々価格が上がっているもので、私的な販売もなくならなくてなあ。我々も取り締まってはおるが、いたちごっこなんだ」

 しかも、王城が率先して魔力石を売っている。

「お城の人たちは、どうやって魔力石を作っているんですか?」
「さあ。その製法は極秘とのことで、我々も、知らせてはもらえぬのだ」

 彼の話だけでは、王都の魔導士が抱えた問題の実態は、なかなか掴めなかった。

「では」
「いや。話しすぎたな。君たちが魔力石を使っていないのはわかった。下がってよろしい」

 さらに質問を重ねようとしたところで、そう中断される。
 不本意ながら、私は執務室を、出るしかなかった。

「魔導士が、魔力石を買うなんて」
「信じられないよね。魔力石って、イリスがさらわれた、原因になったものだろう? それを平然と買って、使うなんて」

 ニコも、語気が荒い。

「これじゃまた、イリスみたいな子が、生まれてしまうよ」
「……なんとかしたいわ」
「そう。でも俺は、どうしていいかわからなかった。どこから手をつけていいかも、わからないし」

 私は頷いた。
 この問題は、根が深い。
 結局のところ、砂漠化が改善されない限りは、どうにもならない気もする。
 うーん、とふたりで唸っているうちに、ベンジャミンの屋敷に戻ってきた。

「戻りましたー」

 声をかけながら、室内に入る。

「……あれ、ベンジャミンさん?」
「うぅ……おかえり……頭が痛い……」

 ベンジャミンは机に突っ伏し、苦しげに呻いている。
 彼の周りには、焼け焦げたたくさんの紙。

「再現しようとしたんですね、地図を」
「そう……印刷魔法は、火で焼き付けているから……」
「直接火を出したら、燃えるに決まってるじゃありませんか」

 それができる魔導士もかつてはいたが、初心者がいきなりやろうとしても、今のベンジャミンのように、紙を燃やしてしまっておわりである。

「金型を火で熱して、焼き付けるんですよ」
「そうなの?」
「そう。そしたら金型が熱くなって、紙に焼き色がつくのよね」

 それならば、誰にでもできる。
 研究仲間はそれを発見して、皆に広めようとしていたけれど……現存していないのだかは、その策は失敗したのだろう。

「……君」
「うわ。大丈夫ですか、ほんとに」

 顔を上げたベンジャミンは、目の下にクマが色濃く出て、病人じみていた。目だけが異様に、ぎらぎらしている。

「大丈夫じゃない。頭が痛い。魔法、使いすぎた」
「ゆっくり休んだらどうですか」
「魔力石が、引き出しの一番下にあるから……取って……」

 ぱたり。
 また、ベンジャミンは顔を伏せる。

「ベンジャミンさんも、魔力石持ってるんだ」

 意外そうにニコが言った。

「古の魔導士は魔力石なんか使わなかったって言って、普段は使わないんだよ」
「それはいいわね」
「だよね、好感がもてる」
「……非常用だ」

 伏せてはいるが、耳は私たちの会話を聞いているらしい。ニコは引き出しを開け、奥の方から袋を取り出した。中には、青く光る魔力石が入っている。

「どうぞ」

 ベンジャミンが魔力石を受け取ると、淡い光が、徐々に弱まっていった。石に溜められていた魔力が、ベンジャミンに流れたのだ。

「……ありがとう! それよりもイリスちゃん、どうして知ってるの! 金型のこと!」
「えっ?」
「印刷魔法の! 金型を熱する、って!」

 魔力が戻り、復活したベンジャミンが、私の肩をガッと掴んで大声をあげる。
 頭をぐらぐらゆらされながら、余計なことを言った、と思った。つい親切心で言ってしまったが、この手合いに研究のヒントを与えると、水を得た魚になる。

「ベンジャミンさん、イリスに乱暴しないでください」
「あっ……ごめんね!」

 ニコが止めてくれ、ベンジャミンは離れる。

「魔力石って、こんな風に使うんですね」
「ニコは、使ったのは、見たことないの?」
「ない。ただ、ベンジャミンさんに、皆使ってるって話を聞いただけ」

 ニコは、光をなくした石を、まじまじと観察する。

「あ、それ返しといて。僕は印刷魔法の再現に戻るから!」
「返す、って?」
「王城に。使った魔力石は、返さないといけないでしょ! 再利用するんだから!」

 そんなの、初耳だ。
 ベンジャミンに追い立てられ、私たちは再度、王城に向かうことになる。

「ニコの扱い、ひどくない?」
「まるで小間使いでしょ。まあ、いいんだ。あの人、ああ見えて、嫌なやつではないから」
「まあねえ……」

 嫌なやつではないが、人の使い方に配慮はない。
 釈然としない気分も、空を飛んでいると、なんとなく紛れていった。

 さっき行ったのは、王城の隣の塔。
 今度はそこではなく、王城の方だろうと推測し、そちらへ向かった。

「……何用ですか」
「魔力石を返しに来たのですが」

 警備をしている騎士に伝えると、「こちらへ」と箱を差し出される。中には、私たちが持っているのと同じように、光を失った石がいくつか入っている。

「ここで渡して、それで終わりなんですか?」
「そうです」
「王城の中で、魔力を入れ直すんですね」
「……確かに、お預かりしました」

 うっかり返事をしないかと思って、言ってみた私の言葉は、あっさり流された。
 あまり居座って、妙に思われても困る。そのまま王城に背を向けた。

「無視されたけど、それって、王城の中で作業してるってことよね」
「俺もそう思った」

 飛んで戻るとき、ニコと私は、その点で意見の一致を見た。
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