大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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03 大魔女さんと霜の巨人

魔晶と雪茸のリゾット 後編

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 いよいよ巨大雪だるまこと霜の巨人との対面だ……と思いきや、彼は僕たちのそばにミニサイズの雪だるまを用意してくれて、そちらとの会話になった。
 無線の子機みたいだな。

『よく来てくれたね。そしていやはや、手間をかけた、大魔女とその仲間たちよ』
「こんにちは、霜の巨人。あなたの話が聞けるならお易い御用よ」

 僕とエリーチカはピッとなって話を聞くも、トッティは堂々たるものだ。

「ここに来たのは、他でもないあなたの知恵を借りたいと思ってのことなの。質問しても大丈夫かしら?」
『もちろん構わないとも、小さな大魔女。わたしが察するに、そこの青年にまつわることかな?』
「ええ。彼はしょくでこの世界にやってきたの」
「霜の巨人。僕はカイって言います。その……ここから、元の世界に戻る方法を探していて」
『ふむ、なるほど。そういうことか』

 元の世界に戻る。
 その言葉を口にする時、なんとも言えない感情が心をよぎるのを感じる。
 僕はこの世界には馴染みつつある。
 そんな中でふと不安になるのだ。
 元の世界に戻ったら、向こうはどうなっているんだろうか。時間が流れ置いてけぼりにされていたらどうしよう。最悪、浦島太郎みたいなことになっていることだって、ありうるかもしれないのだ。
 それだけじゃない。トッティのことを、僕は……。

 自然と視線を彼女に向けてしまっていたらしい。トッティと目が合うと、彼女はもうすっかり馴染みの微笑みを浮かべて小さく首を傾げた。『細かいことは後で考えましょう』とでも言っているかのようだ。
 少しだけ気持ちが軽くなり、僕は再び霜の巨人に向き合うことができる。

『カイ。私が思うに、君がこの世界から元の世界に戻るのは非常に難しい。ただ……』
「ただ……? 方法があるんですか」
『うむ。正確に言うと、方法がなくはないというのが適切だろう。それだけ難しいということだ』
「でも私たちにも可能なこと、ということよね。聞きたいわ」

 うむ。ともう一つうなずき、雪だるまは話を続ける。
 少しややこしい話になるが、と前おいて。

『君が世界の歪みから来たなら、君が帰るのもまた世界の歪みからということになるだろう。蝕が起こった時、世界は大きく歪んだ。そして今もその名残なごりで歪んでいる。この歪みの力を使うんだ。ただし、名残程度の歪みでは君が帰るのにはいささか力が不足している』
「つまり、僕が戻るにはもっと世界が歪んだところを探す必要があるということですか?」
『おおむね、そうだ。それでね、いま最高に世界が歪んでいる場所が一か所思い当たるんだ』
「まさかそれって……」
「ピッ……もしかしてもしかすると……」

 トッティが露骨に嫌そうな顔になる。エリーチカが戦慄の表情で身を固くして、僕だけがキョトンとしている。

『魔王のいる場所だ』
「……参ったわね」
『うむ。今この世界に顕在化けんざいかしている魔王は、空間に干渉して世界を歪ませている。もともと魔王というのは人界とは別の階層にいるものだからね。それでだ、歪ませられた世界は正常に戻る時にその反動で一番の力が生じるはずなんだ』

 要するにバネの反動と同じ話ということらしい。
 とはいえ、言っている内容は大変なことだ。
 魔王がいるから歪んでいる、それを正常に戻す。つまり魔王がこの世界からいなくなればいい。
 つまり、つまり。

「つまり……魔王を倒す?」
『その通りだ』
「ひ、ひええ魔王……」
「なかなかすごい展開になってきたわね」

 トッティはさすがに苦笑を隠さない。エリーチカが僕の襟元から墜落しそうになっている。
 魔王。それがどんなにかまずい存在なのかは、さすがに僕だってわかる。さっき会った魔王の配下でさえ圧倒的な存在感を主張していたし、こんなに強そうな霜の巨人が封印されていたほどなんだから。
 魔王を倒す……。ちょっと想像がつかなかった。

 それでも……。
 ちら、とトッティの横顔を見る。雪原に映える褐色の肌。強気な光を宿した瞳が輝いている。
 トッティなら。
 応えてくれるように彼女が言い切る。

「そうね。やってみましょうか、カイ」
「ほ、本当に?」
「今のままじゃ無理かもしれないけど、やるだけの価値がある。それに他ならぬあなたのためだからね」
「本気ですか、トッティさまあ!? そんじょそこらの相手と違いますよう!」
「二言はないわ、本気なの。これでも魔法使いの端くれとして、勝ち目のない戦いじゃないと思っているから。もちろん戦略は重要だけどね」
『君はなんというか、驚かされる存在だな……』

 巨人が、感心半分呆れ半分という口調で言う。
 僕もそう思う。だけど、トッティが言うなら信じられる。不思議な確信があった。

「今のままじゃ無理なのはわかっているわ。良い条件を整えるわよ、戦いはそれからね。だからそのために霜の巨人。エリーチカ、借りていくわよ。それにまたあなたの力も借りると思う」
『うむ。もちろん構わないとも。君は恩人だからね』
「カイ。……怖い?」
「ちょっとね」

 僕は正直なところを答えた。それはそうだ。だって僕はまだまだ弱い人間だから。
 でもこれは、他ならぬ僕のためのことなんだ。僕が元の世界に戻るのは、『魔王を倒すくらい』難しい。そんな比喩ひゆにすらなりそうなことを、トッティは例え話ではなくやってくれようとしている。

『カイ、こちらの世界で穏やかに過ごすという選択肢だってある。思い詰めすぎずに考えると良い。どのみち、魔王ムーサルーシュは執念深いやつだ、君たちのことを追ってくるだろうが』
「はは、は……しゃれにならないですけど。わかりました。……トッティ。僕が向こうに帰るかは置いといても、魔王には対抗しないといけないよね。その手段をなんとかして探そう」
「ええ。私たちの自由のために、大事なことね」
「僕が帰るかどうかは、それから考えるってことでどうかな?」
「……わかったわ」

 トッティは少しなにか言いたげだったが、そのままうなずいてくれた。
 僕が少し怖気付いていることに配慮してくれたのかもしれない。
 ポンっと背中を軽く叩かれた。

「わっ」

 と飛び上がると、彼女は笑っていた、僕を元気づけるように。少女のように。

「いずれにしてもまた旅、ね。さあカイ、次は何を食べさせてくれるのかしら?」
「そうだね。次は焼きおにぎりなんかどうだろうか。それに新天地で珍しいものがあったらそれもいいかな」
「ヤキオニギリ……聞きなれない響きだわ。気になるメニューね」
「おいしいやつですね!? エリーチカも食べたいですぅ!」

 料理のことを考えると、トッティの笑顔を見ていると、迷いが晴れる。
 それも含めてが、この世界の神様がくれた『祝福ギフト』なのかもしれない。

 気づくと晴れ渡った空。
 雪原と樹氷は七色に光を反射して、まぶしく輝いていた。寒さも忘れて、つかの間、僕たちは見入る。
 もし元の世界に帰ることを選んでも、この世界でずっと生きることを選んでも。僕はこの一瞬を一生忘れないだろうと思うのだった。
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