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第四章 最強のお兄ちゃんは帝国へ帰る

クォンタムクアトロシリカの心のうち

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鮮やかに彩色された廊下をパタパタと駆ける音が聞こえた。

「シリカ!次の戦のことなんだけどさ!」

トンと私の腕を引いたのはアンバーだった。大きな琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。この瞳に見つめられると、タツノキミたちも彼の言うことをよく聞くようになる。そんな不思議な瞳だった。

「タツノキミを前線に出すのは最後にする。」

「本気なの?」

「ああ。隣国といつまでも戦に明け暮れているのもうんざりしていたところだ。」

いや、次の戦に勝ったところで隣国がこの国を攻めるのを止めることはまず無いだろう。和平の締結は数百年の間に何度も破られている。結局のところ、うんざりしても戦はなくならないのだ。

「噂通り、バナジナイト王国にタツノキミを従えられる民は存在しないみたいだしね。」

初代皇帝ラリマーの時代は、バナジナイト王国でも旧国の民がタツノキミを使いモルダバイト帝国と争っていた。けれども、ある時期を境にバナジナイト王国では旧国の民の証である紫の瞳を持つ者が生まれなくなった。今では、タツノキミを従えた我が国の兵が、バナジナイト王国の兵を圧倒的な戦力差で一網打尽にしてしまっている。
そのような戦場を目の当たりにしたアンバーが、タツノキミを利用した戦法に心を痛めていることも知っている。アンバーもタツノキミもこれまで充分戦に貢献してくれた。そろそろ戦法そのものを変える時なのだ。

しかし、そのような噂の真偽を確かめる者がいるとは・・・・

「カルサか?」

「うん。カルサったらさ、シリカが一任してる罪人の処刑もいつか代わりたいって言ってたよ。皇帝思いな側近だよね。」

「まったく、そこまで背負わなくても良いのに。」

私は茶髪で大柄な東方出身の男を思い浮かべ、ため息を吐いた。

「あはは、だよね~」

「アンバー、おまえもだ。」

頭の後ろで手を組み、ケラケラと笑うアンバーを見て私はさらに頭が痛くなった。

「僕はやりたくてやってるからいいんだよ。」

「・・・・おまえもカルサもとことん似た者同士だな。」

何故、私の周りにはこうも自己犠牲の精神が強い者ばかりいるのだろうか?

「あーあ。それにしても、タツノキミの軍勢をなくすってことは僕もお役目御免かあ。次の仕事どうしようかな。」

こいつ、最後まで私に罪悪感を抱かせないように努めているな・・・・。

「そのことなんだが、戦が終わったら話したいことがある。」

「今じゃダメなの?」

きょとんとするアンバーに、今すぐばらしてしまいたい気持ちを抑える。

「・・・・もう少しだけ、待っていて欲しい。」

「ん、分かった!それじゃあ、明日も早いからもう行くね!」

どこまでも屈託なく自分を信じてくれる彼の後ろ姿を見送りながら、私はアンバーと初めてたわいもない話しをした日のことを思い出していた。

◇◇◇

かつて、タツノキミを従えることができるのは紫の瞳を持つ者だけとされていた。しかし、その常識は初代皇帝ラリマーによって覆された。紫の瞳を持っていなかった彼が、旧国を滅ぼし、モルダバイト帝国を築き上げることができたのは、タツノキミの王として君臨する力を持っていたからである。

そして、私の前に北方の民が差し出してきたアンバーもまた、ラリマーと同じ黒髪に琥珀色の瞳を持つ者だった。

「同郷の者を恨んではいないのか?」

「えっ!どうして?!」

ある日、北方の地を豊かにさせている滝壺で、私にそう問われた彼は、心の底から驚いているようだった。この滝壺は、多くの目がある帝都や帝城から逃げ出した先で見つけた、アンバーと私の休息の地でもある。岩場から冷たい水の中へと突っ込んでいる両足で、バシャバシャと水面を蹴り上げながらアンバーは首を傾げていた。

「おまえだけを戦に向かわせた者たちだ。確かにアンバーほどの力は持っていないかもしれないが、彼らも紫の瞳を持つ者たちだぞ?」

それなのに、どうしてお前だけが帝都へ来なければならなかったのか。タツノキミの力に依存した戦をいまだに展開している私たちにも非があるが、生け贄のようにやって来たアンバーの処遇には腹立たしさを感じてしまう。

「そうだけどさ、ラリマーが残した出鱈目な言い伝えのせいで、紫の瞳を持つ民は肩身が狭いでしょう?その点、僕は変なやっかみを吹っかけられることもない。僕一人で事足りるじゃないか。」

「ラリマーの言い伝えだって、そもそもは・・・・」

ラリマーとデュモルティエの悲劇知った旧国の民が、自身の無力さを嘆いて作った「紫の瞳を持つ者への戒め」ではないか。

「驚いた!シリカ、知っていたの?」

「タツノキミを戦力にする作戦が出た時に、北方の言い伝えは調べた。・・・・皇帝に関わる歴史は帝都にも必要だしな。」

「北方の皆んなは悪い人たちではないでしょう?」

私はそんな風に思えないよ。長い年月の間に言い伝えは風化してしまっているではないか。そうでなければ、北方の民はお前と共に戦ってくれたはずだ。

「お前はいつでも、後悔しなければ誰も恨みやしないな・・・・」

◇◇◇

目の前で息を潜めた青年は、三ヶ月前に突如私の前に現れた。アンバーにそっくりだったので、彼の記憶がないのを良いことに、「アンバー」と名付け、私のことは「シリカ」と呼ばせている。しかし、いずれ彼の記憶は戻るだろうし、彼の一番がここまで迎えに来るはずだ。

「この通行手形が持つ意味を知っているか?・・・・ああ、記憶がないのだったな。」

「ごめん・・・・」

私の馬鹿げた質問にも、彼は律儀に謝った。

「これは、皇帝が生涯を共にしたいと思った者に与える証だ。何処にいても皇帝が捧ぐ愛は変わらない、と。そう言う意味を含ませている。」

「戦が終わったらアンバーにあげる予定だったの?」

記憶を失っても彼の資質がそうさせるのか、青年の問いかけはいつも鋭く、私を驚かせる。

「そうだ。・・・・結局、アンバーはその戦で死んでしまい、渡すことは叶わなかったが。」

「そっか・・・・」

戦の後と言わずに、あの時、渡していたら・・・・
自分のことのように傷ついた顔をした青年の頭をぽんぽんと撫でた。こうすると青年は満足そうに目を細めるので、きっと私以外の誰かからも同じように撫でられた経験があるのだろう。

「・・・・お前は誰からもらったのだろうな。」

「え?」

「その証に施されている装飾は、私のものではない。それどころか、歴代の皇帝のものとも異なっている。」

けれども偽物とは言えない。それほどまでに、彼の持っている通行手形は精巧な作りをしているからだ。

「あの・・・・これは皇帝からのものではない、とか・・・・?そもそも僕が皇帝の知り合いとか、ちょっと想像つかないな・・・・」

「目の前に皇帝がいるぞ?それに、装飾は違えど、これは間違いなく皇帝が授ける通行手形だ。・・・・はやく会えると良いな。」

私も、青年の一番である皇帝には興味がある。はやく迎えに来ないだろうか?

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