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第三章 最強のお兄ちゃんは隣国へ行く

コハクとしての旅立ち

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早朝。人攫いの被害に遭った人たちを保護する場所へと様変わりした建物内を見わたして、僕はほっと息を吐いた。
これからは、西方の近衛さんたちとカルサの人たちが引き継ぎをしてくれるらしい。テクタくんのように無事に家族と会えた子もいれば、まだそれが叶っていない子たちや大人もいる。
この建物が、彼らの一時的な保護施設となり、家族の元へ帰れることが何よりだけれど、再び人攫いの被害に遭う場所に帰らなければいけないのなら、そう言った人たちはここで生活の基盤を築けるような、そんな場所になってくれたらいいなあ。

僕はお母さんと一緒にスヤスヤと眠るテクタくんを見た。

「よかったね。」

そっと起こさないように声をかけてから、隣国へ向かう準備を整えた。

「ここの人たちをよろしくお願いいたします。薬は、予備分も含めて多めに作っておいたので、まだ必要な方がいたら渡してください。それぞれ、分量などもここにまとめてあります。」

僕は、コウタケモモの解毒薬の調剤記録を西方のカルサの人へ渡した。

「感謝いたします。コハクさん。」

「近衛さんたちには、僕の姿は内緒にしておいてください。」

「ハウラさんからも事情は聞いております。カルサの者は、皇帝に仕える身。コハクさんのしたことは全て皇帝のためです。あなたの不利益になる情報は口外いたしません。」

うん、うん。流石、カルサの人たちだ。セレスタイン様を支えてくれる人と、こうやって出会えたことに、僕は嬉しくなった。

「元に戻ったようだね。今日からきみはコハクだよ。」

ハウラさんが現れて、僕の姿を見て微笑んだ。

「それでは、私たちはここにいる者に気づかれる前に発つ。西方と隣国、それから北方の関わりについても調べてくるから、カルサに報告を頼む。」

「はい!」

心なしか、西方にいるカルサの人たちは、初めて会った時よりも逞しく見えた。きっと、ハウラさんの鍛練が凄まじかったのだろうな・・・・。

「コハクくん。バナジナイト王国へ向かうよ。」

「はーい!」

本当は、とんでもなくドキドキして緊張が頂点にまで達していたけれど、僕は普段通りを心がけて馬小屋へと向かった。

今回の人身売買制圧が、少しでもセレスタイン様のためになっていますように。

◇◇◇

国境の検問所は、流石にカルサの者でも帝国内の検問所に比べると厳しかった。もちろん、帝国の検問所の近衛さんも立ち合いの元で行われるけれど、バナジナイト王国からしたら不愉快極まりないのだろう。

「何故、カルサの者が我が王国へ?」

黒い近衛服を纏ったバナジナイト王国の近衛兵が、威圧的に僕たちを見遣った。

「先日、帝国内の北方で反乱が起きた。その手引きをした者に、そちらの王族の名が出た。それから、西方との人身売買にも関わっているようだ。・・・・これを見せたら早いだろうか?」

ハウラさんが、山賊の拠点で見つけたバナジナイト王国の金貨を取り出した。

「この金貨を拾った所にいた者が、ジャスパーという名を口にした。さらに北方の反乱の首謀者からも、バナジナイト王国のジャスパーと取り引きをしたという証言を得ている。」

「ふん。そんなもの・・・・」

「そんなもの、確かに我が帝国で作りあげた証言だと一蹴できるほどのものであることは、重々承知している。しかし、バナジナイト王国は先代皇帝及び現皇帝が即位してから、何度も締結違反をしては帝国と争いを起こしているのも事実。我々としては、穏便に収束させたいと考えている。疑わしきことが起きた故に、カルサの者が動いているのだ。何もなければ、それで良いではないか。それとも、何かあるから私たちを入国させたくないのか?」

ハウラさんが畳み掛けるように、バナジナイト王国の近衛へと告げた。やっぱり迫力があるよね、ハウラさんって・・・・。

「我が帝国の皇帝から、直々に書状が出たら、それこそ争いは免れないだろう。そして、不利益を被るのは、過去の戦から見てもどちらであるかは言わなくとも分かるだろう?・・・・それでも私たちを王国へ入国させる気はないのか?」

遂に、バナジナイト王国の近衛が音を上げた。

「分かった。入国を許可しよう。急ぎ、王城にも連絡を入れる。王城の近衛が来るまでは、ここで待機してもらおう。」

「承知した。」

ハウラさんと僕は、検問所に取り付けられた鉄製の椅子に腰をかけた。ハウラさんが深く息を吐き出した。

「全く。面倒な仕事だね。ジャスパーには呆れるよ。」

「でもこれで、また一歩ジャスパーに近づけたね。紫の瞳を持つ人が無事だといいんだけど。」

僕たちは声をひそめて会話をした。

「そう簡単には接触できないだろうけど、コハクくんなら意外と何とかしちゃうかもね。」

「タツノキミさんが味方になってくれたらいいんだけどなあ。」

両親が言っていたことが本当なら、バナジナイト王国にはタツノキミさんがいるはずだ。タツノキミさんは、紫の瞳を持つ者を好むと言われているから、捕えられた人だけでも良いから逃してほしい。でも・・・・

「どうしてタツノキミさんは、隣国にまで紫の瞳を持つ人を連れて行くことを止めなかったんだろう?タツノキミさんなら、北方の反乱の時点で助けることもできたんじゃないのかな?」

「それこそ、薬物か何かを使用されているとか?ベリル様も少し疑っていた。」

タツノキミさんに限って、そんなことがあるのだろうか?

「うーん・・・・」

「まあ、私もタツノキミを実際に見たことがないから何とも言えないけれどね。とりあえず、コハクくんと行動は共にするから、あまり私を置いて行かないでね。」

「えっ?!ハウラさんは、別の任務があるんでしょう?これから、隣国の調査とか。カルサさんの代わりに来たんだよね?」

ハウラさんは、何故だか意味ありげな笑みを浮かべた。

「どうだろうね・・・・」

それから俯いてしまったハウラさんに、僕はこれ以上質問することはできなかった。

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