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あれから私達はジュエルを連れて王宮に転移した。
ミランダ王女はマナカ様達と改めて陛下に呼ばれるそうだ。
ジュエルを心配そうに見ていた顔に私まで胸がぎゅっとなってしまった。


「ミリオネア、陛下に謁見してくるが、その後時間をくれ」
「わかったわ」


ジャスティンが部屋を後にしてしばらく経つが、私はぼうっと窓の外を見ていた。
赤くなった空をただ綺麗だと。
ジュエルが抱えていた不安に気付いてあげられなかった事、気持ちを利用してしまった事。
申し訳ないと落ち込んでも、そんなの綺麗事だと思って気分は晴れなかった。


「ミリオネア、遅くなった。すまない」


ジャスティンが疲れ果てた顔をしてドアから姿を現した。そんな姿を彼が見せるのは珍しい。
それだけ話し合いが難航したと言う事だろうか。


「…ジュエルは…どうなるの?」
「あぁ…とりあえずは部屋に監禁する。危ない魔道具を数個所持していた事もあるし…ミランダ王女の事もミリオネアに対してした事も、他の令嬢達の事も…どれも許される話ではない」
「…そうね…。私はまだ未遂だから良いとしても、ミランダ王女と令嬢達は…取り返しがつかないわ」
「…俺個人としてはお前を襲おうとしたのが許せないがな」


ギリッと歯を噛み締めて、据わった目をしたジャスティンが一番危険人物に見える、と思ってしまった。


「それで、早速だが母上が言っていた事を今から聞きたいと思う。…ミリオネアも一緒に聞いて欲しい」
「わかったわ」
「このフロアの人払いはしてある。さらに念を入れて寝室に防音魔法を張って解呪しよう」
「はい」


私達はジャスティンの寝室に移動して、彼の隠し金庫からアネシャ様の結婚指輪を取り出した。
金庫の在処を見てしまった事に震えを覚えたが、ジャスティンは隠すつもりはないらしい。
信用という名の脅迫みたいだ。
もう絶対に婚約破棄など出来ない。
もししたとしたら、口封じに殺される。


「ミリオネア、顔が引き攣ってるぞ、どうした?」
「わざと見せたでしょ、金庫の場所」
「そうだ。お前がどんな真実を知ろうと逃げないようにな」
「馬鹿ね…もう離れないわよ」
「うん、信じてる」


陽だまりのような笑みを浮かべたジャスティンは、もう迷いなどないように見えた。
キラキラとあの時と変わらない輝きを保つ指輪を手に取って、「真実の扉を開け」と魔力を流す。


キィィィンと指輪から黄金の光が漏れ出し、目の前に映像が映し出された。
若い頃の陛下と、アネシャ様が赤ちゃんを抱いて微笑む映像が始まり。


『ジャスティン、元気に大きくなってね。あなたは私達の宝物よ』
『アネシャに似て美形だな、私に似ている所は…耳の形かな?ジャスティン、お前は世界で二番目に愛している。一番はお前の母様だ』
『まぁ、あなたったら…』


微笑ましい映像と音声が流れ、ジャスティンが成長する過程が見えて私の表情筋が崩壊した。
3人の幸せそうな表情は一枚の絵のように素敵だった。自分もそうなりたいと思わせる程に。


「この頃は…みんな笑ってたんだ…」


ぽつりと呟いたジャスティンの目がふと寂しげに伏せられた。
幸せの記憶はそこであっけなく終わる。


映像には泣きながら陛下を詰るアネシャ様、床に頭を突けて謝る陛下が映されて。
どうやらこの映像は指輪から見た目線で記録されているらしい。


『裏切り者!!どうして!!どうしてなのよ!!』
『アネシャ、信じてくれ!!私が愛しているのは君だけだ!!酒を飲まされて記憶が…起きたら隣に彼女がいたんだ!!何もなかったと信じたい…けれど記憶がない以上…どうにも…すまない、すまないアネシャ…』
『信じてたのに…あなたを信じてたのに…!』
『アネシャ愛してる!!君だけを愛してるんだよ!!信じて欲しい…』


か細い声で信じてたのにとアネシャ様が呟き、陛下は涙声でアネシャ様に愛を紡ぐ。
亀裂が出来た二人の姿が離れていく。
気持ちを取り戻そうとする陛下、拒絶するアネシャ様。


『王妃様、我が娘はどうやら懐妊したようですぞ。陛下のお子ですな』
『そう、それはおめでたいわね。でも、何が言いたいのかしら?私に離婚でもしろと言いたいの?』
『私はそんな事は…。ただ事実をお伝えしたまでの事…陛下も喜んでいらっしゃる』
『…そう。重ね重ねおめでたいわね』


ヒルダンテ前侯爵が下卑た笑みを見せながら遠ざかっていく。
姿が見えなくなり、部屋に入った途端にアネシャ様が崩れ落ちて泣いている。
それから離婚の話し合いが持たれたが、陛下は決して首を縦には振らなかった。


『私だけを愛してる…そう言いながら…他の女を抱けるのね…』


土砂降りの中、アネシャ様は侍女もつけず一人庭園を歩いていた。


『アネシャ!!』


陛下がアネシャ様を抱き締め、『すまない、すまない…アネシャ…』と自分の上着をアネシャ様に掛けようとした時。


『触らないで!!あなたなんて死ねば良いのよ!!子供まで作って…許せない…!もう二度と顔も見たくないわ…』
『すまない…アネシャ…でも、私は君だけを愛してる…』


強さを増す雨の中、互いに泣きながら気持ちを口にする二人。
暗がりの中、アネシャ様の左手薬指が鈍く光った。


真っ白なシーツの上、アネシャ様が苦しげに咳き込む。肺に空気を取り込むたびにヒューヒューと音がして。


『…アネシャ様…私のせいです…。私が…私が全て悪いんです……』


啜り泣きのような小さな声で王妃様が震えていた。ぎゅっとアネシャ様の右手を握り、幽鬼のような顔で。


『陛下は…アネシャ様を裏切ってはいません…!私の…私の嘘だったんです…!』


流れ出す涙を拭いもせずに王妃様はアネシャ様に真実を語る。


『お父様に…私の最愛の人を殺すと脅されて…仕方なくお酒に弱い陛下に強いお酒を…!陛下は意識が朦朧としながらも私はアネシャ以外は要らないと…!陛下はただ眠られていたのです…!私が…お父様に逆らえず…か、関係があったように偽装を…すみません…すみませんでした…アネシャ様…』


王妃様は床に這いつくばり、頭を擦り付けて何度もすみませんでしたと繰り返していた。


『…お腹の…子…は…?』


アネシャ様が消え入りそうな声で王妃様に問う。
王妃様は頭を下げたまま、『私の最愛の人の子です…』と答えた。


『そ…。陛下を…呼んで…その話を…げほっ…できる…?』
『はい…全てを…お話しします…!子供を産み落としたら私は命を断ちます…!』


王妃様の顔に迷いはない。
子を守る本能なんだろうか、ありえない事を口にする。
本来であれば、残酷だが親子もろとも処刑だ。
もちろん、ヒルダンテ侯爵家も取り潰しで一族は全員処刑だろう。


『だ…だめよ…子には…親が……必要…なんだから…』
『私は…許されない罪を犯したのです…この子の為になら…何でも出来ますわ…!』


アネシャ様はにこり、と優しく微笑んだ。
それはまるで女神様のように神々しかった。
そしてアネシャ様はゆっくりと口を開く。


『陛下を呼びなさい』


ジャスティンが唖然とした顔で映像を凝視していた。彼が聞いていた物とは、まるで違う事柄が真実で。
きっと脳内でパニックが起きているのだろうと思う。
私もまた、観劇でも見ている気分だ。
とても現実にあった話とは思えなかった。
アネシャ様は慌てて部屋に飛び込んできた陛下に、王妃様の話を聞かせ、さらに自分の命が長くない事を告げた。
陛下は王妃様を憎々しげに睨み、剣を抜いて殺そうとしたがアネシャ様の言葉を告げられると崩れ落ちて泣いた。


『嘘だろう…アネシャ…私が治すから…。高名な医師を呼び治癒魔法師も見つけてみせるから…そんな…そんな事言わないでくれ…』


譫言のように繰り返す陛下をアネシャ様は少しだけ哀しげに見て、そっと陛下の頬に触れた。


『あなた…信じて…あげられなくて…ごめんなさい…』
『私が…私が迂闊だったんだ…アネシャは悪くない!!私が全て…アネシャ…嫌だ…私を置いていくなんて言わないでくれ…何でもするから…お願いだよ…』


陛下が途切れ途切れになりながらアネシャ様に懇願している。
アネシャ様は微笑みを絶やさず『最後にお願いがあるの…』と陛下の頬を撫でた。
陛下は何でも聞いてやるとアネシャ様の言葉を待つ。


アネシャ様から出た言葉は、私達の予想を遥かに超えたものだった。


『私が亡き後、ヒルダンテ侯爵令嬢を王妃として娶り、生まれてくる子を陛下の子として育てて欲しい』


陛下の顔から感情がごそりと抜け落ち、『そんな事は出来ない』と呟いた。
王妃様も言葉も出ずにただ唖然としていた。
アネシャ様は、生まれてくる子には何の罪もない。ジャスティンの親で国の王である以上、子は国そのもので殺すなどあってはならない。
そして、子には母が必要なのだと告げた。


「なら…俺は…俺には母が居なくとも良いと…?」


ジャスティンが震える手を握りしめて呟く。
そう思っても仕方がないと思った。
ジュエルには母がいて、ジャスティンには居なくなるなら。


『ジャスティンはどうなるんだ…?不貞をした父を持ち、その不貞相手が王妃などと…ジャスティンが可哀想じゃないのか…』


陛下がぼろぼろと涙を溢す。
ジャスティンの事を愛し、未来を考えるならばそう思うのは当然だった。


『ジャスティンは大丈夫。今までたくさんの愛をありったけ注いできたの。越えられるわ、あの子なら。だって私達の子だもの。私はジャスティンならそれが出来ると信じてる。そして、必ず私達みたいに最愛を見つけるわ』


アネシャ様が愛しげに笑う。
最初に見た幸せそうな表情と、ジャスティンの未来が見えたかのように。


『約束よ、あなた。私の愛した人達を宜しくね。ずっとあなたとジャスティンを愛してるわ』
『アネシャ…?最期みたいに言うな!!私は…君と離れたくない!!』


アネシャ様は少しだけ困った顔をして笑う。


『ヒルダンテ侯爵令嬢、あなた…申し訳ないと思うならば国を守りなさい。そして、子供を大切にね…』
『アネシャ様…あぁ…アネシャ様…』
『嫌だ…アネシャ…逝くな…お願いだから…』


そこで、ぷつりと映像が途切れ黄金の光が消える。
日が暮れて、灯りもつけてない部屋には淡い月明かりだけが届いていた。
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