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26 リュダール視点

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「な…んだ…あれ…」


 俺は呆然とそれを見ていた。
 はっ…はっ…と荒くなる呼吸を落ち着かせようと胸に手を当ててみても意味がなかった。


 あの日、殿下と共にシュバルツ家へ行った。
 殿下の悲願も、アリーシャの報われなかった秘密の恋も漸く叶う。
 やっと俺も隠れてアリーシャに殿下からの贈り物を届ける役が終わると思っていた。
 そして、全ての顛末を持ってティアラに会いに行こうと思っていた。そこで全てを告げ、謝罪をして…許してくれるまで、もう一度好きになってもらえるまで頑張るんだと決めていたんだ。


 応接室に入ると、お義父さんと、お義母さん、アリーシャがいて、立ち上がり挨拶をする。殿下は「急に来てすまない」と言いつつも、これからの明るい未来を描いて笑顔でアリーシャに求婚をした。
 俺も殿下の後ろに立ち、お義父さんの次の言葉を待つ。上手くいって欲しい。やり方は邪道だけどアリーシャにかける殿下の真剣な思いを聞いて認めて欲しいと思った。


「サイラス殿下、申し訳ありませんがその求婚は受けられません」


 お義父さんはそう言って、難しい顔で首を横に振った。殿下は言葉も出せずに戸惑っている。断られる、という選択肢はなかっただろうから。もしかしたら…反対されるかも、という考えがなかったわけではない。でも、せっかく殿下が自ら手を伸ばした希望に水を差したくなかったから何も言わなかった。ダメだとしても、時間はかかっても本当にアリーシャを愛しているなら二人を説得していけばいいと思ったからだ。


「…どうして?どうしてダメなの!?お父様!!私達は真剣に想いあっているのに!!」


 アリーシャが泣きながらお義父さんに詰め寄る。やはりダメか…と俺は俯いた。殿下がどんな顔をしているのかが見れないが、今必死に説得の言葉を探しているはずだ。


「理由を…聞かせてもらえないだろうか」


 静かに殿下がそう言った。俺は婚約者がいながら、アリーシャに想いを寄せたからダメなんだと思っていた。半年前にアリーシャに心を奪われた瞬間から、ずっと婚約者をどうにかしろと言って来た。けれど、今はもう婚約は解消されているから、ゆっくり話をすればわかってくれる…はずだったのに。


「理由…。言わねばわかりませんか、殿下」


 お義父さんは変わらず難しい顔で、お義母さんは冷たさを感じる笑みを崩さない。アリーシャはぐすぐすと泣いていて、求婚をしに来たとはとても思えなかった。


「シュバルツ侯爵…俺は…アリーシャと生涯添い遂げたいと思っているんだ…」
「そうですか。けれど、私の答えは否、です」
「だから何故…!」


 お義父さんがすっと目を見据えた。殿下の肩がぴくりと揺れる。俺も、あんなお義父さんを見るのは初めてだった。ぴりぴりと空気が痛い。


「それを理解出来ない殿下だから、ですよ」
「え…?」


 すぱりと切り裂かれたみたいだった。俺はお義父さんが言っている事を理解出来ているのか?思い違いをしているのではないか?そんな考えが頭をよぎる。


「リュダール、君は殿下の護衛であり一番近しい大人だね?」
「…はい」
「君は何故、殿下を止めなかった?」
「俺は…殿下のたった一つの願いを叶えて欲しかったんです…」
「へぇ?願いを叶えると…ははっ…!」


 お義父さんは可笑しそうに笑った。馬鹿にされた気がしてムッとはしたが、お義父さんは普段人を馬鹿にしたりはしない人だ。何か理由がある。俺が、考えた事とは違う理由が。


「侯爵は、俺がした事は間違っていると…?」


 殿下が悔しげな声で問う。殿下もこれが最善だと思ったから行動に出たはずだ。俺もその考えに賛同したから協力をした。何が違う?どこが間違っているのか?


「そうですね。間違いだらけで、直す気も起きないくらいに。王族の要望なら通ると思いましたか?我が家紋を甘く見ないで頂きたい。今のあなたに娘はやれません」
「お父様!!どうして!!何でなの!?」


 アリーシャは大きな瞳からぽろぽろと涙を溢しながらお義父さんに食らいつくが、お義父さんはそれに目もくれない。相手をする意味がないとさえ思っているのか。


「今の…俺には?ならば、俺が侯爵の言っている意味を理解し、改善すればチャンスはあると?」
「そうですね、今のままでは永遠に無理です。あなたは王族、目の前の事だけ見ていれば良いのではない。それに愚かな今の娘に王子妃は務まりません。これ以上の温情は出しませんので、速やかにお帰り下さい。娘を想ってくれる気持ちはありがたく受け取っておきます」
「侯爵、温情をくれてありがとう。ただ、アリーシャと手紙のやり取りくらいは認めて欲しい」


 お義父さんは暫く考えた後、月に二度なら、と頷いた。アリーシャはまだ「どうして」と繰り返していたが、殿下はすでに前を向いている。この状況をひっくり返す事を考えているのだ。


「あぁ、殿下。リュダールに手紙を届けさせるのはおやめ下さい。それが原因で、リュダールとティアラは婚約解消をしますから」
「えっ…?」


 あぁ、殿下に知られてしまった。何も言っていなかったのに。殿下が目を見開いて俺を振り返る。俺は曖昧に笑うしかなかった。
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